第204話:火猫の力

 レモンの木を守る不死鳥フェニックスの圧はすごい。

 なぜレモンの木を守るべきなのかわかっていないのに、騎士団達をにらみつけている。


 周りにいる騎士団員達も武器を構えているけど、明らかに動揺していた。

 誰も動こうとはしないし、周りを見渡すようにキョロキョロしてばかり。


 相手がいきなり妨害をしてきた冒険者とはいえ、国を守った英雄達と戦えないんだろう。


 国の政策によるケチャップの量産と、英雄達を天秤にかけた時、一介の騎士で判断できる領域を越えてしまう。

 そうなると、自然と判断が委ねられるように、スズと騎士団長のファインさんに注目が集まっていく。


 互いに一撃ずつ攻撃が入った2人の戦いは、吹き飛ばされたスズが起き上がって、猫スタイルで威嚇しているところだ。

 フシャーッ! と怒る仕草は、完全に猫である。


 両手両足で地面をグッと踏み込んだ瞬間、スズの周りにファイヤーボールが10個ほど作り出された。

 今までの火魔法とは燃え方が違う、小さな太陽とも思えるような輝きのするファイヤーボール。


 蝕んでいた精霊の魔力の影響がなくなったことで、思い通りに魔法をコントロールできるようになったのかな。

 いきなりダークエルフと戦うより、ファインさんと実戦形式で試せてよかったのかもしれない。


 完全な迷惑行為には違いないけど。


「から揚げーーーッ!」


 それはファイヤーボールだよ、とツッコミを入れる暇もなく、ファイヤーボールが猛スピードで解き放たれた。


 燃え方も違えば、放った魔法のスピードも全然違う。

 大きいからなんとか目で終えるけど、ファイヤーボールのスピードが銃弾レベルになっている。


 当然、いきなりそんな速度で魔法が放たれれば、避けることは不可能。

 目を大きく開けたファインさんは身を守るように防御した。


 1発当たるだけでドゴンッ! と、明らかにダメージを与えるような音が鳴り響く。

 一気に表情が険しくなるファインさんに、次々とファイヤーボールが襲い掛かった。


 ファイヤーボールの大きさ的に、銃弾の速さで飛ぶ大砲だ。

 いくらファインさんが強かったとしても、威力が高すぎる。

 量産が簡単な魔法であることを考えれば、魔法を受け続けるだけでも厳しいだろう。


 容赦のないスズは再度ファイヤーボールを作り出し、射出しながら駆け出していく。


 横に飛んだファインさんが、ファイヤーボールを回避。

 避けきれないファイヤーボールは剣で弾き、最小限のダメージで抑えるけど、数が多くて食らってしまう。


 スズが接近することで、近距離からファイヤーボールが放たれて避けにくくなるんだ。

 猫のように素早いスズから逃れる術はなく、圧倒的な魔法攻撃でファインさんを追い込む。


 さらにそこへ、接近したスズが襲い掛かるようにファインさんへ飛び込んだ。


 両者が武器でガキーンッ! と競り合うも、スズがファイヤーボールの生成をやめることはない。

 武器を対処して競り合えば、魔法攻撃に対して無防備になってしまう。


 絶好のチャンスを逃さないように、動きが止まったファインさんへファイヤーボールが襲いかかる。

 何とかスズの武器を弾いて、ファイさんは後ろへ距離を取った。

 だが、魔法の追撃は早い。


 そして、スズ本体の追撃も早く、休む暇が与えられることはない。


 極力攻撃を食らわないように守り一辺倒になるファインさんと、魔法と物理攻撃を併用して追い込むスズ。

 誰がどう見ても一方的な戦いに思えるほど、ファインさんは追い込まれていた。


 きっとファインさんの頭の中では、魔法使いと拳戦士を同時に相手にしているような感覚に近いだろう。

 魔法と物理の連携攻撃を息つく暇もなく、連続で受け続けているような状態だ。


「これが噂に聞く、火猫の攻撃スタイルか」


「火猫の攻撃スタイル……ですか?」


 エステルさんの時に魔法と物理攻撃は一部併用して戦っていたけど、今までこんな戦い方をしたことはなかった。

 物理主体なら物理攻撃で、魔法主体なら魔法攻撃で分けて戦っていたから。


「私の時には、戦闘スタイルを合わせてきたんだろう。だが、本来は複数の魔物を相手にしても動じない、攻撃に超特化した独特な戦闘をすると聞いている。これだけ物理と魔法を複合的に使われれば、対処法を考える時間はなく、目の前のことを処理するだけで精一杯だろうな」


 確か最初に出会った頃、リーンベルさんが教えてくれたっけ。

 スズはBランクパーティの依頼を単独でクリアする実力がある、と。


 精霊の魔力の反動がきつくなってきたため、戦闘スタイルを変えて戦わないと今まで戦えなかったんだろう。

 でも今は違う、暴走していた魔力も落ち着き、魔法を完全にコントロールできるようになった。


「普通は私のように、魔法でサポートして戦闘をこなす。風魔法でスピードを高めたり、土魔法で防御力を高めたりして、補助するような形をとる。物理攻撃と魔法攻撃を併用して使い続けるなど、普通は頭の処理が追い付かないからな」


 スピードを付けて敵に飛び込めば、それだけ敵の動きも読みにくく、カウンター攻撃を受けやすくなる。

 反撃をされることを考えて防御も意識しないといけないし、攻撃の手を緩めることなく攻め続けなければならない。

 動体視力がよくてカバーできたとしても、研ぎ澄まされた集中力が必要になるだろう。


 そんな中で火魔法をコントロールするなんて、普通の人はできるはずもない。


「辺境地でスタンピードが起こった時、たった1人で戦場を猫のように駆け回って、魔物を半分以上も駆逐したと聞く。燃えたぎるような火魔法で圧倒したことから、火猫の二つ名が付けられたらしいが……Aランク冒険者の域を超えているぞ。まさかフェンネル王国の騎士団長が手も足も出ないとは」


 つまり、これが僕と出会う前に活躍して、火猫の二つ名をもらった本来の力……になるのか。

 いや、火猫と呼ばれていた頃の力を取り戻しただけでは、ファインさんを圧倒することは難しい。

 仮にもファインさんは、ドラゴンの猛攻を1人で受け切ったと言われる最強の騎士だから。


 きっとエステルさんの言う通り、Aランクを越えてSランクの領域に踏み込んでいるんだ。

 料理でパワーアップすることもなく、自分の力だけで。


 流れるようなスズの連続攻撃に、ファインさんは早くも息が上がり始めている。

 目まぐるしいスズの攻撃に対処するため、常にスズとファイヤーボールを確認しながら、動かされていた。


 それをスズもわかってやっているんだろう。

 攻撃の手を緩めるどころか、ファイヤーボールの数を増やして追い込んでいる。


 逃げ道を塞ぐようにスズが回り込むと、ファインさんは危険を察知したのか、大きく距離を取るように後ろへ飛んだ。

 その瞬間、ファインさんは縮こまるようにギュッと身構えた。


「勝負あったな、火猫の戦闘センスがこれほどとは思わなかったが」


 エステルさんがそう思うのも無理はない。


 ファインさんが移動した場所、いや、移動させられた場所の周りには、数多のファイヤーボールが浮遊している。

 逃げ回っているファインさんを確実に仕留めるため、罠を作って追い込んだだけに過ぎない。

 連続攻撃を続けていたのも、ファイヤーボールの数を増やしていたのも、自分の攻撃に集中させて罠を気付かせないようにするため。


 逃げ場のないファイヤーボールの牢獄に閉じ込められたファインさんに、逃げるという選択肢は存在しない。

 さらに追い討ちをかけるように、前方から新しいファイヤーボールを作ったスズが砲撃する。


「ぐっ、魔法障壁ッ!」


 ファインさんの周りに土色のした障壁が展開された瞬間、ファイヤーボールの雨が叩き付けられた。


 一度足を止めてしまえば、スズの魔法を受け止め続ける羽目になる。

 しかもスズは、激しく動き回る中でもファイヤーボールをコントロールしていた。

 立ち止まって狙い撃ちできるようになれば、更なる攻撃を加える余裕が生まれてしまう。


 大量のファイヤーボールを左手でコントロールするように作り続け、ファインさんに放たれていく。

 それと同時にスズは、右手で炎の槍を形成。


 逆手で炎の槍を握りしめると、ファイヤーボールの攻撃を中断して、勢いよくファインさんに投げ付ける。


 障壁に当たった瞬間、バリンッ! とガラスにヒビが入るように障壁が割れた。

 連動するようにファインさんが地面に膝をつくと、距離を詰めたスズが回し蹴りを叩きこみ、ファインさんを吹き飛ばす。


 膝をついたところを見ると、最大限まで魔力を使って障壁を展開していたんだろう。

 事前に連続攻撃で攻められ続け、体力も奪われている。

 そんな中で吹き飛ばされれば、さすがに起き上がってくることはない。


 ギャラリーも騎士団も誰も声をあげることができず、戦い終わってもまだ、2人を見守ることしかできなかった。

 衝撃的な光景に理解が追いつかず、現実を受け入れることができていないんだと思う。


 2人の戦闘は長期戦じゃなく、僅か数分の短期戦だったから。


 から揚げにレモンを搾りたかっただけなのに、王国最強の騎士をあっさり倒してしまうとは。

 これから戦争が起こるというのに、縁起が悪すぎる。


 火猫の反乱をどうやって言い訳しよう……と悩んでいると、シロップさんが国王を抱えて走ってきた。

 看板を立てるように、僕の目の前に国王をドンッと立たせる。


「なっ?! ど、どうなっている! ファイン団長は気合を入れて木を切り落とすと言っておったのに」


 当然の反応である。


 そんな非常事態でも、から揚げにレモンを搾りたいマイペースな1人の女の子は、レモンをちぎって持ってきた。

 キラキラとした眼差しで僕を見つめて、スッとレモンを差し出してくる。


 最初の一撃だけ攻撃を受けただけで、圧倒的な力量で攻め続けた、から揚げが大好きな女の子。

 騎士団長ファインさんをふっ飛ばして張本人、火猫のスズだ。


「国王様、レモンが欲しかっただけなんです。すいません、まさかこんなことになるとは思ってなくて」


 と、謝罪しながらテーブルを取り出し、レモンを切り分けていく僕に説得力はない。


 戦闘から一転、試食会の始まりだ。

 から揚げ+レモンの説得力は高いからね。


 早速アイテムボックスにある、から揚げを取り出して、切り分けたレモンをスズに渡してあげた。


 勝利をもぎ取り、レモンをもぎ取ったスズは嬉しそうに搾る。

 良い運動にもなって、お腹が空いたのかもしれない。


 ルンルン気分のスズは、口の中へから揚げを入れる。


 一噛みした瞬間、刺激的なレモンの酸味が油っぽさを消すという魔法のような刺激が走ったに違いない。

 揚げ物のマイナス要素を打ち消す柑橘系のパワーは、今までの味変とは異なる。


 そのため、スズは膝から崩れ落ちたまま固まり、口だけを動かしていた。


「………」


 ゴクンッと喉にから揚げが流れていっても、スズは動かない。

 どうやら、そのまま気絶してしまったらしい。


 デートスポットを奪い返したのに、から揚げにレモンを搾ったら、まさかのデート終了である。

 実に酸っぱい思い出になってしまったよ、レモンだけに。


 近くにいた国王がつまみ食いをすると、状況は一変した。

 すぐに騎士団の武装が解除され、急遽レモン狩りを開始。

 途中で料理長までやって来る大騒ぎとなり、一部の人間だけで、から揚げにレモンの試食会が始まってしまう。


 数に限りがあるため、ギャラリーの住人に食べさせることができない。

 それが申し訳ないなーと思わせるように、周りがザワザワとしていた。


「おい、いま料理長様が師匠と呼んでいたぞ。確かあの子供、火猫と一緒にいたよな」


「えぇ、火猫ちゃんはパーティを組んで、今はショコラとして活動しているはずよ」


「レモンを守るために騎士団を止めたのなら、この国の料理文化を発展させたのって……」


 火猫の反乱で評価が下がることはなく、なぜか醤油戦士の株が急上昇。


 料理長が子供の僕を師匠と呼ぶだけでは、空耳と思われるかもしれない。

 でも、まだ王都にすら存在しないはずの揚げ物料理『から揚げ』は、カツ丼の兄弟分ともいえる見た目をしている。


 この世界の人であれば、見た瞬間に惹き込まれてしまうほど暴力的なフォルム。

 見間違えるはずはない、伝説級の料理だ。


 僕は思った、最近は醤油戦士が評価され過ぎていると。


 過大評価されることで人は有頂天になり、大切なものを失う人もいる。

 また、人の妬みを買うことにも繋がるため、これ以上は危険な領域へ踏み込んでしまうだろう。


 戦闘力の低い僕は、陰でコソコソ動く程度がピッタリなんだよ。

 幸いなことに、素敵な女性に囲まれて暮らしているんだから。


 今後は目立つことを避け、表舞台はスズに任せるようにしないと……。


「フェンネル王国の食文化を変える少年、か。ああいう歴史を変える子がフィオナ様と結婚すれば、この国は安泰だろうな」


「そもそも、ショコラはフィオナ様の命を守っているのよ。男なら責任をもってフィオナ様と結婚すべきだわ」


「国を動かす大改革を主導して、Sランク冒険者達にも人望がある。なぜ国王様はフィオナ様と結婚させないんだ?」


 僕は思った、もっと醤油戦士の評価を高めようと。


 誰もが納得する形でフィオナさんと結婚して、国民に祝ってもらいたい。

 子供を楽しみにされることで、フィオナさんに子作りを積極的になってもらう作戦だ。


「料理長、確かフェンネル王国に酢はありますよね。酢と醤油とレモンをいい感じで合わせると、ポン酢になります。大根おろしも用意すれば、トンカツが進化しますよ」


 評価されたい願望が強くなった僕は、気が付けば声を大きく張り上げて、周りにアピールをしていた。

 住人がどよめいて「やっぱりあの子が……」と、食文化の発展に貢献していたことを認知させることに成功。


 随分といい加減な作り方なのに、誰も突っ込まないのはお約束だ。


「師匠、大根おろしとはなんですか?」


「知らないんですか? 仕方ありませんね、今日は試作品を作ります。城へ戻る前に大根を買っていきましょう」


 なぜか最後は主婦みたいになり、国王と料理長と共に八百屋へ寄って城へ帰った。

 パレードのような騒ぎになる住人を連れながら。

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