第198話:カレーが教えてくれたもの
古代竜の鍋は大きすぎるので、スズに火魔法で火力調整してもらうこと、12時間。
自分でもなぜ徹夜して、古代竜のためにカレーを作っているのかわからなくなっていた。
エルフ族のみんなはすでにカレーを食べ終えて、今は夢の中だと思う。
みんな子供みたいに騒いでいたし、セリーヌさんも元気になったからね。
ハッピーなことが続いて、幸せな気分で良い夢を見ているはず。
当然、夜ごはんを食べたフィオナさん達は徹夜をする必要がないため、エルフの里でスヤスヤ眠っている。
しっかり英気を養って、もっと僕に欲望をぶつけてほしいと思う。
朝日が差し込む中、バサッ! バサッ!と、大きな翼を羽ばたかせて、1匹のドラゴンがやってきた。
そう、カレーが食べたい古代竜である。
ドッシーンッ! と地面を鳴らして降り立つと、大きなオークとミノタウロスを何匹も捕まえてきていた。
「パンや米を食わんのでな、肉でカレーを食いたい」
「確かにドラゴンは、肉食っぽいイメージですね。ちょうど古代竜様のカレーもできましたから、後はご自由にお食べください」
「えぇー! グッドタイミングじゃん!」
相変わらず、古代竜のノリは軽い。
そもそも、魔物に分類されるドラゴンがグルメ志向ってどういうことだろうか。
器用に爪を使ってルンルン気分で解体していく姿は、明らかに手慣れている。
興味深そうにスズも見ているから、なかなか見られない光景なんだろう。
長生きし過ぎた影響で、体の内側は弱っているのかな。
丸ごと食べると骨が喉に刺さったり、消化不良を起こしたり、噛み砕けなかったりするんだ。
ドラゴンも老いには敵わないんだと思う。
魔物の解体が終わると、古代竜はドラゴンブレスでこんがりと肉を焼いていく。
絶妙な火力調整で焼き上がった肉を、カレーの鍋に入れ、ディップのように付けて食べ始めた。
「むっひょっひょっひょ、むっひょっひょっひょ」
おいしい料理と出会ってしまい、嬉しさのあまりに笑ってしまったんだろう。
異様な笑い方だけど、古代竜ってこういうものなのかもしれない。
「ちょーうまいじゃーん」
JKみたいになっても気にしないよ。
僕はもうだいぶ慣れてきたからね。
異世界で強い奴は、基本的に変な奴が多いって知っているから。
古代竜が小躍りをして食べ始めたせいで、セリーヌさんが起きてしまう。
羨ましそうにカレーを眺めているし、朝からカレーを食べられるタイプかもしれない。
徹夜で手伝ってくれたスズも食べたそうだから、昨日残ったカレーを朝ごはんにまわそう。
朝日が差し込む中、世界樹の前で食べるカレーは格別においしい。
奇妙な笑い声で食べる古代竜に目をつぶれば、夏休みに家族でキャンプに来たような雰囲気だ。
妻であるスズがカレーを味わって食べ、子供であるセリーヌさんがガツガツとカレーをかきこんでいるように思える。
パパの僕に至っては、いつおかわりが来てもいいように、2人が食べるところを見守るだけ。
勢いよく食べ過ぎてセリーヌさんが喉を詰まらせたら、スキルを行使して、牛乳を世界樹の根元に放てばいい。
もしかしたら、僕って良いパパになれるのかもしれないな。
一家の大黒柱はスズで、専業主夫は僕で決まりだよ。
早くもセリーヌさんがおかわりを取りに来たため、カレーをよそってあげる。
「ところで、2,000年前にダークエルフを倒したんですよね? それなのに、なぜ蘇っているんですか?」
「それなんじゃー。余も全く気付かずに過ごして、1,000年前に知ったんじゃ。役目を交代するべく生まれた、ハイエルフが殺された時に」
確かハイエルフが殺されて、セリーヌさんが世界樹と同化する羽目になったんだよね。
「2,000年前、余が戦場へ行った時は戦いが終わった後じゃった。魔物を召喚したとはいえ、いくらダークエルフでもエルフの軍勢には敵わなかったんじゃろう。大きな傷を負ったダークエルフ達は、勝ち目がないと悟り、幻術を見せてやり過ごしたんじゃなかろうか」
「魔眼による幻術……。死に際を幻術で見せ、生きながらえたということですか?」
「そうじゃと思うが、確証はない。完全な推測になるんじゃが、帝国がエルフに敵対し続けたのも、陰でダークエルフが操っている可能性があるんじゃ。エルフの勢力を弱めて確実に復讐するため、2,000年もの長き時間を費やして、準備をしていたんじゃと思う」
歴史を改ざんしてきたのは、自分達に対抗できる力を持つエルフを弱らせるため、だったのか。
エルフが人族より優秀な種族だったとしても、また争いが起きれば完全な悪役になってしまう。
多くの人が亡くなった大戦の後で、エルフが人族を殺すような事件が起これば、世界中で攻撃の標的とされるだろう。
無闇に帝国側が進軍した結果だったとしても、エルフの立場が狭くなるのは明らかだ。
想像以上に計画的な行動をしていたんだな。
いや、まだダークエルフが帝国を操っていると確定したわけでは……。
「魔眼持ちなら、おそらく私が知っている人物だ。間違いなくダークエルフは帝国にいる」
ふと声がして振り向くと、カイルさんとエステルさんが戻って来ていた。
カイルさんもエステルさんも、一晩経って復活したみたいだ。
「極端に魔力が目に集まっている人間が、帝国に1人だけ存在する。私のような特異体質で、本人は持病のようなものと言っていたから、気にしなかったんだが。代々帝国を支える家系なだけに、魔眼持ちのダークエルフである可能性が高いだろう」
まさか本当に隣国の中枢で、ダークエルフが過ごしていたなんて。
どこにいるか場所がわかっただけでも、ありがたいと思った方がいいのかな。
それに、第4王女であるエステルさんの存在は大きい。
本拠地が帝国とわかっても、素直に乗り込むわけにいかないから。
無闇に攻め行ってしまえば、フェンネル王国との全面戦争に発展してしまう。
でも、エステルさんを経由すれば、内部へ侵入することが可能になる。
心を入れ替えたであろうエステルさんに案内してもらって、主犯格のダークエルフだけ討伐できれば、1番いい形で終えることができる。
「これでダークエルフが帝国を根城にしているのは確実ですね。でも、これからエステルさんはどうするんですか? 帝国を操る者が本当にダークエルフなら、母国と敵対することになりますが」
エステルさんの心の中では、もう決まっているんだろう。
フッと鼻で笑うような仕草をした後、カイルさんの手をギュッと握り始めた。
応えるようにカイルさんも強く握り返す。
「昨日色々と話し合ってな、俺達は一緒に手を取り合うことにした。カレーのように、複雑な関係になるだろうがな!」
ちょっと何を言ってるのかわからないですけどね。
2人は昨夜、僕が必死にカレーを作っている間、どういう関係になったんだろうか。
ザックさんも一緒にいたはずなのに、男女の関係になったとでもいうのか!?
僕の考えすぎであってほしい。
カレーのように複雑に絡み合い、3人でドロドロの関係へ発展したなんて思いたくもない。
だって、それはずるいと思うんだ。
こっちはスパンキングされた後、徹夜してカレーを作っていたんだぞ。
甘口のカレーを提供しただけで、甘い夜を過ごさないで下さいよ!
「帝国の過ちは、決して許されるものではない。だが、ここで立ち止まるわけにもいかない。食欲がなくても食べなければ生きれぬように、世界を守るために私は戦う。そう、カレーが教えてくれた」
違いますね、それはただカレーの香りにやられて食欲が沸いただけです。
前向きになってくれたなら、今後も餌付けをさせていただきますね。
帝国の過ちを許したとしても、一晩の過ちを許す気はありませんが。
「エルフの話を聞いた俺達には、やらなければならないことがある。複雑な思いやエルフへの罪滅ぼしはあるだろうが、後回しにさせてくれ。世界の脅威であるダークエルフには、互いに手を取り合って戦う必要があるからな!」
カレーのようにですね、わかります。
ご飯とルーが手を取り合っていたんですね。
随分と真面目に考えているようですから、きっと昨晩は何もなかったと思います。
手を取り合うことは許可しますが、2人の関係が発展することは認めませんよ。
戦いが終わった後は、ちゃんと離れてくださいね。
決意表明の邪魔をしないようにスーッとスズが現れたので、カレーのおかわりを入れてあげる。
「今までの経験上、ダークエルフの強さは異常。幻術を防ぐ術を持たないと、魔眼だけで全滅してもおかしくはない。古代竜様ですら操られるのなら、私達は全員幻術にかけられる」
昨日チーズカツカレーを食べて、「むひょえええええ」と叫んでいた人間とは思えない、冷静な分析力だな。
2,000年前に全てのエルフ達が誤認していたくらいだし、かなり広範囲に幻術をかけていた可能性もある。
対応策をしっかり練っておかないと、返り討ちになることは間違いない。
有益な情報を提供してくれたスズには、トッピングにハンバーグも追加してあげよう。
「幻術への対応策なら、俺に考えがある」
握っていたエステルさんの手を離したカイルさんは、グッと力強く握り拳を作ってきた。
最近は情けない姿が多かったため、少しでもカッコつけたいんだと思う。
「イチかバチかの賭けになるが、ドワーフ達を仲間に引き入れるんだ。幻術を防ぐアイテムを作れるのは、奴らしかいないだろう。帝国の裏でダークエルフが暗躍していると知れば、エルフ嫌いのドワーフも協力してくれるはず。問題があるとすれば、フェンネル側の俺達も嫌われていることくらいだな」
どんどん話のスケールが大きくなってきて、本当に困るよ。
嫌われている国と和解するなんて、想像を絶するストレス案件だぞ。
伝説の変態鍛冶職人、オレッチに頼んだ方が早いんじゃないのか?
それに、僕はそろそろ家でのんびり過ごしたい。
最近はリーンベルさんと一緒に過ごす時間が短くて、早くも恋しくなっているんだ。
いつ死ぬかもわからない綱渡りイベントを極力避けて、みんなで仲良くごはんを食べていたいだけなのに。
「ダメだ、時間がない」
そんなこと言われても、リーンベルさんの天使の笑顔が……って、僕の心の声に反応したわけじゃないのか。
ややこしいことは言わないでくれよ、エステルさん。
アッサリとカイルさんの意見を否定したため、エステルさんに視線が集中する。
昨日までの落ち込んでいたような彼女の姿はない。
キリッとした目付きで、誰よりも真剣な顔をしていた。
「2か月前から私は、フェンネル王国へ調査のためにやって来ている。目的はわかるだろう、エルフの調査だ。すでにフェンネル王国の領土内で何件も目撃情報が流れているため、エルフを
雪の都アングレカムで遭遇した時は、確かに森を調査していた。
目撃情報があるのなら、エステルさんの他にも調査隊が出歩いていてもおかしくはない。
でも、バレるものなのか?
同じパーティメンバーですら、リリアさんがエルフだと気付かなかった。
10年近くもエルフであることを隠し通せていたし、魔力を肌で感じるエステルさんもリリアさんがエルフだと気付かなかったのに。
「今となっては、情報が本当だったのかわからない。だが、調査報告を受けるのは皇帝だけだ。皇帝がダークエルフか、ダークエルフに操られていた場合、好きなタイミングで民衆をけしかけるだろう。本格的な調査が2か月前に始まったことを考えれば、時間が残されているとは言いにくい」
エステルさんが所属していた調査隊の部下達も、調査が終わって帰還している。
他の調査隊も同じように帰還していたら、情報の整理が行われて、次の命令が下されるということか。
「じゃあ、帝国はもう戦争の準備を始めているんですか?」
「あぁ、すでにドワーフ達とは水面下で協定を結んだ。フェンネル王国と戦争する場合、援軍で駆け付ける手筈になっている」
想像以上に大変なことになってきたな。
相手がダークエルフとわかった以上、早くしないと獣人国と冒険者を巻き込む大きな戦争になるだろう。
まだダークエルフが2体もいる状態でドワーフと帝国兵が攻めてきたら、フェンネル王国は防衛不可能だ。
そもそも、前線にダークエルフが2体出てきた時点で、負けは確定している。
今までの傾向からいえば、ボスのように黙って後方で眺めていることはない。
自ら先頭に立ち、魔物と帝国兵を率いて襲ってくるだろう。
さらに魔眼で幻術まで使ってきたら、絶望的な状態だな。
「スズ、オレッチさんに幻術防止のアイテムは作ってもらえないかな? ちょうどアングレカムで一緒になって、ちょっとお世話になったんだけどさ」
「全員分の装備を作ろうと思ったら、さすがに材料のことを考えても無理。それにドワーフの里に住んでいないドワーフは、一族から追放された、はぐれドワーフになる。援軍で戦争に混じることを考えれば、直接ドワーフと交渉した方がいい」
あっ、オレッチは里から追放されてたんだ。
デリケートな問題だから、今のは聞かなかったことにしよう。
「フェンネル王国と仲が悪いことを考えても、可能性は低そうだね。一応、フィオナさんに頼んで、外交してもらうくらいしかできないかな」
「余の時からそうじゃったが、頑固者はいつまで経っても頑固者よのー」
「でも、このままドワーフ族と帝国を迎え撃つよりはマシ。援軍を妨害しない限り、二か国と同時に戦うことになる」
スズの言う通りなんだけどね。
帝国とドワーフという2か国の軍事力に加えて、ダークエルフが2人も付いてくるんだ。
このまま攻め込まれてしまえば、間違いなくフェンネル王国は滅亡する。
その先にあるのは、世界の破滅だけだ。
「エルフが迫害されている以上、目立った動きも取れんからのー。ここはお前達に頑張ってもらうしかないんじゃ」
結局、世界平和のために巻き込まれる形になりそうだな。
ユニークスキルのことを知る
幸せそうな表情で古代竜がカレーを食べ終えると、サッと手を出してくる者が現れる。
朝ごはんにクッキーを強奪してくる者、リリアさんだ。
フィオナさんとシロップさんもやって来たため、迷わずに餌付けを始めていく。
「で、こいつは連れて行くのか? さっき自分のことをスパイと呼んでいたぞ。裏切るようなら、ここも襲撃されてしまう」
いつから聞いていたのかわからないけど、どうやら盗み聞きをしていたらしい。
クッキーをもらうタイミングを伺っていたのかもしれない。
「殺すなら殺してもらっても構わない。帝国はそれくらいのことをしてきた。だが、もう少しだけ待ってくれ。私は何度もドワーフ族の里に足を運んでいて、面識もある。仲介役になれるかもしれない」
リリアさんは自分で決めるべきじゃないと思ったのか、セリーヌさんに判断を委ねるように振り向いた。
「頼れる者も他におらんのじゃ。ダークエルフを倒すなら、1人でも強者が味方にいた方がいいじゃろう」
舌打ちをしたリリアさんは、再びクッキーを食べ始める。
正直、今はそこまで嫌っているようには見えないけどね。
なんとなく素直になれないというか、突っかからずにはいられないような感じに見える。
「大丈夫だと思いますよ、根は正義感が強い人ですから。最悪、こちょこちょと言えば「だーっはっはっは、だーっはっはっは」こうなります」
大真面目な空気でも、エステルさんの調教は生きている。
笑い転げる姿は幸せそうで何よりだよ。
複雑な気持ちでいると思うけど、今は思う存分笑ってほしい。
「なんじゃ、その芸は! こちょこちょ、こちょこちょ」
「だーっはっはっは、だーっはっはっは」
「面白いのじゃ! 見てるこっちも面白いのじゃ!」
「やめ、やめてくれ、だーっはっはっは」
おもちゃを見付けたようにセリーヌさんが遊び始めたことで、エステルさんはしばらく笑い転げることになってしまった。
今後は無闇に『こちょこちょ』と言わないでおこうと、さすがの僕も反省した。
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