第197話:神の舌を持つ者
スズとリリアさんの暴走が終わる頃、里の方から凄い形相でエルフ達が走ってきた。
「俺もクソガキが持っていたやつを食べたい!」
「この香りだ、このスパイシーな香りが暴れ馬からしたぞ!」
「なぜ香りだけでおいしいとわかってしまうの?」
美女エルフが食欲に振り回されている姿は美しい。
私も食べてみたい、という表情が色っぽいんだ。
男のイケメンエルフはどうでもいいため、僕の視界には入っていないよ。
「待て、ワシが先だ」
そんな中、いきなり爆弾発言をぶっ込んできた奴がいる。
密かに羨ましいと思っていたであろう、古代竜だ。
どう考えても体格が違い過ぎて、作る気が起こらない。
人数が多いエルフ達の分も作ろうとは思わないけど。
「古代竜様の分も、エルフ族全員の分もありませんよ。身内で食べる分しか作っていないので」
どうしよう、言ってはいけないことを言ってしまった気がする。
エルフ族がゾンビ化したと思わせるような、絶望的な状態に陥ってしまった。
ダラリと両腕を垂らし、悲壮感漂う表情で「アァー、アァー」と言ってくるんだ。
脱力しきった古代竜が、ドラゴンゾンビ化する姿は不気味すぎて困るよ。
「カレーだけなら……、時間もらえれば、作り……ますよ……。米やパンは足りませんから、用意してもらわないと無理ですけど」
なぜ僕は許可してしまったんだろうか。
実はお人好しだったのか、ハイエルフの血が同族のエルフを助けたいと思ったのかわからない。
もしかしたら、女性エルフと素敵な展開になるかもしれないという野心が溢れ出たのかもしれない。
間違いなくいえることは、徹夜しないと全員分が作れないということだ。
老婆だったセリーヌさんの姿を見ても誰も何も言わないのに、カレーが食べられることに喜ぶ姿を見せ付けてくるエルフ達。
仲間達で仲良くハイタッチやハグをしている。
なお、引きこもりでコミュ障の僕は、ボーリングでストライクを取った時に行うハイタッチのノリができない。
だから、女性のエルフだけで構いませんから、全員後で僕にハグしてもらってもいいですか?
僕の心の声が通じるわけもなく、時間がかかるとわかったエルフ達は、ワイワイと盛り上がりながら里へ戻っていった。
そして、カレーライスばかり食べていた仲間達は「パンにも合うんですか?」となってしまい、パンとカレーで食べ始める始末。
当然のようにカレーとパンが合うとわかり、全員が輪になって話し合いが開かれることになった。
今後、ご飯とパンのどちらで食べ進めていくべきなのか、というどうでもいい会議である。
結論はどっちも食べるになると思いながら、渋々カレーを作ろうと思っていると、エリクさんだけ残っていることに気付いた。
カレーの鍋を覗きながら、真剣な顔をしている。
「シナモン、ローレル、ターメリック……」
「え? わかるんですか?」
香りで使っている香辛料を当てるなんて、一体何者なんだよ。
作った本人は、カレーのルーという雑な情報しか持っていないというのに。
「香りだけではハッキリしないがな。この辺りで採れそうなものが入っていると思ったが、随分と複雑な調合だな」
よく効く軟膏を作れるくらいだから、カレーの調合も任せられるかもしれない。
料理長は未だにソースを作り出せていないから、こういう複雑な調合は苦手なはずだ。
作り方さえ編み出してもらえれば、この世界にカレーとソースを普及してくれるだろう。
カレーにソースをかけて食べる人もいるから、一石二鳥である。
「これはまた別の調味料なんですけど、これも作れますか?」
小皿にソースを取り出して手渡すと、不思議そうな顔をしてエリクさんは受け取る。
クンクンと香りを確かめ、指でチョンッと付けて舐めた。
「むっ! 随分と濃い味だが、変わった旨味があるな。野菜に……酢とスパイスか……。時間をかければ、似たようなものくらい作れるだろう。この黒い液体がどうかしたのか?」
神の舌を持つタイプみたいだ。
彼のような人を天才というんだろうね。
調味料を飛ばしてゴブリンを倒し、ケツを叩かれて世界を救う僕とは大違いだ。
「セリーヌさんも随分カレーが好きみたいでしたから、僕が離れても食べられた方が嬉しいだろうなーって思いまして。でも、複雑に混ぜ込んだカレーのルーの作り方は、ハイエルフの英知とも呼べるもの。資格のない者が作れば、精神に異常をきたす禁断の調合なんです」
作り方の知らない僕は、いつものように適当な言葉を並べていく。
今日ほどハイエルフという種族を適当に活用した日はないだろう。
「そして、ソースを再現できる者であれば、作れる可能性はあります。いとも簡単にソースを作れると言ったエリクさんなら、資格があることでしょう。今なら実物もありますし……、やってみますか?」
秘技、他人に再現させるを発動した。
長年生き続けてきたエルフにとって、食文化の発展は人族よりも嬉しいはず。
さっきもエルフ族全体が異常に興奮してやって来たからね。
ましてや、神と崇めるハイエルフのセリーヌさんが喜ぶとわかれば、命をかけて挑戦してもおかしくはない。
絶対に命が奪われることはないけど!
「……わかった、挑戦しよう。カレーには、それだけの価値がある!」
だが、彼はまだカレーを食べていない。
「カレーの誘惑に惑わされないでくださいね。複雑なスパイスを見抜くには、経験がものを言いますから」
僕はサッパリ見抜けないと思いながら、味見ができる程度のカレーを手渡した。
ゴクリッと喉を鳴らした後、エリクさんは慎重に口の中へ運んでいく。
そして、頭を抱え込んでしゃがみ込んでしまう。
「………わからない、12種類のスパイスが入っていることしか理解できない! なんだ、後6種類のスパイスの味は!」
すごいわかってんじゃん。
合計で18種類のスパイスが入っていたことをあっさりと見抜いている。
そもそも、18種類もスパイスが混ざっていたなんて、僕は初めて知ったけどね。
「ハイエルフの英知は甘くありませんよ。いいですか、スパイスだけに気を取られないでください。複雑に絡み合うカレールーの中には、もっと別の物も入っています」
豚エキスとかリンゴとかハチミツとか……いっぱい入ってるからね。
カレーのパッケージの裏側を記憶するほど、僕は記憶力が良くないんだ。
ルーなんて作ったことないし、雑なヒントでごめんね。
「すまないが、もう1度食べさせてくれ」
「構いませんが、ハイエルフの英知に深く入り込み、抜け出せなくならないで下さいよ。味を楽しむ程度なら死に至ることはありませんが、頭で処理できる情報量は決まっていますからね」
謎の設定を守るために適当な言葉を並べつつ、エリクさんに何度か味見をしてもらった。
決して死に至ることはないのに、毎回真剣な顔で口の中へ入れていく。
そして、エリクさんは調合されたスパイスを見抜いたのか、「後は任せてくれ」と言って、里の方へ歩いていった。
仮に調合に成功したとしても、どうやって人族にカレーのレシピを伝えればいいんだろう。
エルフの里に料理長を連れてくるわけにはいかないし、僕が直接レシピを聞くわけにもいかない。
再現できたら、「テストをする」とか適当なことを言って、目の前で作ってもらおうかな。
それを全力でメモして、料理長に手渡そう。
カレーの手柄を横取りしようと考えていると、エリクさんと入れ替わるようにエルフ達が戻ってきた。
僕にカレーを作ってもらうために、大きな鍋を持って……。
早くも後悔したよ。
エルフ全員分の量を作ろうと思ったら、業務用の鍋が10個以上も持ち込まれてくるんだ。
さらにそこへ、大きめのユニットバス2つ分くらいはある、古代竜用の鍋が運ばれてきた。
嬉しそうにニコニコするエルフ達を見て、僕は思った。
普通はこのサイズの鍋で、カレーは作らないよって。
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