第196話:愛のメッセージⅡ

 燃え上がるようなお尻叩きが終わると、僕は地面に倒れ込んでしまう。

 絶対に必要以上に叩いていただろうと思えるくらい、時間が経っていた。

 すでに辺りは夕焼けになっているから。


 ヒリヒリするお尻だけを下手に動かすと激痛が走るため、動く気にはなれない。

 自分のパンツが肌に当たるだけでも痛いんだよ。

 おそらく、かなり腫れているに違いない。


「せ、セリーヌさん、本当にこれでスズは大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃ、モエモエの魔力は完全に抜けておるのじゃ」


 お尻を犠牲にしただけで、スズの魔力問題が解決したのなら、僕はそれでいい。

 長年にわたって1人で苦しみ続けたスズに比べたら、僕のお尻の痛みなんて小さいもの。


 愛する人をケツで救えた事実の方がありがたい。


 そんなスズを見てみると、どこか表情がキラキラして嬉しそうだった。

 意外にこういう趣味を持っていたのかもしれない。

 元から綺麗な肌も、いつもよりツヤツヤしているような気もする。


 一方、フィオナさんは自分の世界に飛び立ち、妄想の世界に浸っていた。

 変態属性が強いから、「太ももなら私も叩いていいのでしょうか。大股で足を開かせ、内太ももをペチペチと……」と、恐ろしい言葉が聞こえてくる。

 そんな体勢を取らせるなら、もっと違うことをしてほしいと思う。


 さすがに酷い状態だったので、リリアさんの視線も柔らかいものになっている。

 『スパン・キングとはいえ、女のために頑張って叩かれたな』と、同情をされているようだった。


 正直、嬉しさ3割で痛みが7割。

 お尻が治ってからもう1度叩かれたい気持ちが10割だ。

 精霊の魔力が暴走するかもしれないから、セリーヌさんが見ていないとできないと思うけど。


 どうやってお尻の痛みに対処しようか考えていると、途中で様子を見に来ていたエリクさんが僕の元へ近付いてきた。

 そっとしゃがみ込んで、僕の目の前に小瓶のような物を置いた。


「なんで2回戦が行われているんだ?」


 僕もそう思います。


「急遽、ハイエルフの魔力が必要な案件がもう1つありまして」


「そうか……大変だったな。これは腫れに効く軟膏だ。俺はエルフの中でも調合するのがうまい方だから、すぐ効果が出ると思う。遠慮なく使ってくれ」


「ありがたく頂戴します」


 心配するような顔で僕を見つめた後、エリクさんはエルフの里へと帰っていった。


 彼は僕のお尻事情を理解してくれる、良き友になってくれるだろう。

 きっと普段から浮気をして、奥さんにお尻ぺんぺんで躾けてもらっているに違いない。


 良い奥さんをお持ちですね。


 ヒリヒリと痛むお尻を堪え、世界樹の端っこへ移動した。

 みんなに見えないようにお尻を出し、自分で軟膏を塗りこんでいく。


 優しく世話好きなフィオナさんに塗ってもらいたい。

 でも、真っ赤になったであろう僕のお尻を見てしまえば、スパンキング第3回戦が開かられてしまう可能性がある。

 それだけは避けないと、僕のお尻が崩壊してしまう。


 あと、直接お尻を見せるのは恥ずかしい。

 ……ちょっとお尻を壊されたいと思っている時点で、僕は相当危ない奴だな。


 しかし、そんなことをしている暇はない。

 なぜなら、僕はメッセージを受け取ってしまったから。


 最近はこういったパターンばかりで困るよ。

 直接声に出してくれればいいのに、みんな料理のことになると奥手になるんだから。

 両想いだからこそ伝わる、そういうシチュエーションも好きだけどね。


 この世界でお尻といえば、モモを連想するだろう。

 モモパンティもモモTバックも好きなスズにとっては、メッセージを伝える絶好の機会だったはず。


 情熱的なスパンキングをされて、僕のお尻はヒリヒリ。

 自分は叩けないからと、必死に僕を押さえ付けたフィオナさんの姿も思いだす。


 そう、今回は2人からのメッセージである。





 情熱的でスパイシーな料理が食べたい。

 でもヒリヒリするのは嫌だから、モモを入れて甘口のカレーにしてほしい、と。





 大きなおっぱいを押し付け、ふっくらとした柔らかい米を演出したのはフィオナさんだ。

 情熱的なスパンキングで、スパイシーな香辛料を表現した、スズの表現力もさすがと言えよう。

 必要以上に長時間叩き続けたことも、一晩置いたカレーはおいしい、ということを知っていたからだ。


 2人が共同で表現してくれた、ピーチカレーを作り出す以外に道はない。

 偶然にも、森の入り口でリリアさんにステータスを見せたとき、【調味料作成】のレベル上がっていることに気付いたからね。



-----------------


【料理調味料:Lv.8】

 ・ルー


【お菓子調味料:Lv.8】

 ・白玉粉


-----------------


 さすが運100でカンストしている僕だよ。

 レベルアップでタイムリーな調味料を覚えるなんて、神に導かれているとしか思えない。


 そうとなれば、お尻の痛みなんてどうでもいい。

 軟膏はある程度塗り終えたし、手を洗って調理に取り掛かろう。


 唐突に世界樹の端っこで調理セットを取り出し、野菜から切り刻んでいく。

 肉はスズの大好きなホロホロ鳥を使用することで、更なるポイントアップを狙う。


 当然、神聖な世界樹の周りで調理を始めれば、普通なら怒られるだろう。

 でも、僕はハイエルフだから怒られることはない。

 むしろ、期待の眼差しの方が大きい。


 手慣れた手付きで作っていくと、鍋に野菜と肉を入れて炒め始める頃には、お尻の痛みがほとんど引いていた。

 さすがエルフの処方する軟膏だ、効き目が早い。


 ルンルン気分で作り続けていき、鍋に水を入れて沸騰させる。

 そこへ、スキル【調味料作成】でカレーのルーを作り出す。


 鍋にルーを入れて溶かしていくと、懐かしいカレーの香りが鍋から溢れ出した。

 当然、香りに敏感なシロップさんはすっ飛んでくる。

 キラキラとした眼差しでよだれを垂らす姿は、早くもおいしいと言っているようだ。


 お願いだから、それ以上は近寄らないでね。

 カレーの隠し味がよだれになっちゃうから。


 弱火でコトコト煮込んでいると、吸い寄せられるように他のみんなも寄ってくる。

 初めて見る不気味な色をした料理なのに、香りが良すぎるという不思議な気持ちなんだろう。

 ほとんどの人がカレーにくぎ付け状態だ。


 そんな中、落ち込むカイルさんとエステルさんは違う。

 僕の後ろに回り込んだカイルさんは、「ケツを叩かれても、お前は変わらないな」と意味深なことを言ってきた。

 カイルさんの横で落ち込むエステルさんは、「帝国の罪も一緒に煮込んでほしい」と意味不明なことを言ってくる。


 キラキラとカレーに期待する眼差しと、人生のどん底にいる2人に挟まれている僕の身にもなってほしい。

 非常に料理が作りにくい。


 なんとなくスズにモモパンティを握りつぶしてもらい、隠し味として甘みを投入。

 スパイスがまろやかになり、甘口の子供向けのカレーとなっただろう。


 大きめに切ったじゃがいもが煮崩れを起こし始める頃、鍋の火を止める。

 アイテムボックスから皿とご飯を取り出し、盛り付けに入っていく。

 この時点でみんなが1列に並んでいるのは、さすがだと思うよ。


 どうせ何杯も食べるだろうから、トッピングを少しずつ変えて渡していこう。

 そっちの方が「次はアレを食べたい!」と、楽しみが増えるからね。



 先頭にいるスズとリリアさんの肉好きコンビには、カツカレーを授けるべきだろう。

 裏切ることのない揚げ物界の帝王であるトンカツが、みんな大好きなカレーとコラボするという夢の共演。

 2人の呼吸が荒くなってしまうのも、必然と言える。


 受け取ったスズがすぐに口へ放り込み、「むはぁぁぁぁぁぁ!!」と叫ぶのも無理はない。

 後を追うようにリリアさんが一口食べ、「むはぁぁぁぁぁぁ!!」と叫ぶのも納得だ。


 決してピーチカレーが辛いわけではない。

 トンカツ×ピーチカレーのコンビネーション攻撃に耐え切ることができていないだけ。


 複雑なカレーのスパイスに脳が混乱しているんだと思う。

 2人ともカツカレーを持って走りまわり、叫びながら食べているところが可愛いよ。


 一応言っておくけど、スズとリリアさんは無表情の無口キャラだ。

 異世界人にとってカレーとは、キャラが崩壊してしまうほど衝撃的な料理なんだろうね。



 次に並んでいるのは、フィオナさんとシロップさん。

 香りと濃厚な味わいが好きな2人には、選択肢がチーズカレーしか存在しない。

 トロッとしたチーズがカレーの深みを手助けする、大人の女性が喜ぶカレー。


 受け取った2人がスプーンを入れて持ち上げると、早くも熱々のカレーでチーズが溶けて、ビヨーンと伸びていた。

 そこへドロドロのカレーが纏わりつくように流れ落ち、見る者を魅了する。

 口の中へ入れてしまえば、うっとりするような妖艶な表情になるのも当然のこと。


 大人の女性を感じさせる色っぽい表情を見せるフィオナさんと、嗅覚の鋭いシロップさんはリアクションが違う。

 鼻へ抜けるチーズとカレーの香りを、シロップさんは必要以上に感じてしまうんだ。

 目を閉じたまま香りを楽しみ、味わうようにゆっくりと食べている。



 2人が無言のままカレーを楽しむ姿を見ていると、「余も早く食べたいのじゃ~」と、催促してくるのはセリーヌさんだ。

 見た目が子供の彼女には、自然とハンバーグカレーを提供することしかできない。


 子供の大好きな2つの料理を足し算した、究極の子供用カレー。

 甘口であることも考慮すれば、お子ちゃまカレーと呼んでもいいかもしれない。


 受け取ったセリーヌさんは、ガツガツとかきこむように食べ始める。


「う、うま、、、う、じゃ、、、う、じゃ、ま……」


 初めて食べるハンバーグに驚いていいのか、カレーに驚いていいのかわからないようだ。

 バクバク食べ進めているから、おいしいのは間違いない。


 混乱して食べる彼女に、1つだけ言葉を送りたい。

 喉に詰まらせないでほしい。


 リリアさんがカツカレーで暴走する今、喉に詰まらせたら助ける者はいないからね。

 せっかく僕のケツで助かったんだから、もう少し長生きしてほしい。



 最後にやって来たのは、落ち込むカイルさんとエステルさんだ。


「ザックと一緒に食べたいんだが……、2人分、持ち運びで用意できるか?」


 まさかのテイクアウトである。


「すまない、3人分にしてくれ。色々、話を聞かせてほしいんだ」


 こんな騒がしい連中と一緒に食べられないと思ったんだろう。

 落ち込むような表情からは、『静かなところで食べたい』という思いが伝わってくる。

 状況が全く理解できていないザックさんも可哀想だし、是非彼にもデリバリーをしてほしい。


「俺達の話でよければ、ゆっくりと聞いてくれよ。暴れ馬」


「助かるよ、クソガキ」


 どうやら慰め合うつもりはなさそうだ。

 今の2人は放っておいても、争うような元気はないだろう。


 ザックさんの分も含めて、多めにカレーを入れてあげる。

 ご飯もパンも入れて、どっちでも食べられるようにしておこう。

 馬車の馬が可哀想だから、馬用のニンジンも別で渡した方がいいかな。


 2人にテイクアウトを渡してあげると、「温かい料理だな……」「心に染みるよ……」と呟いていた。

 おかわりにチーズカレーを貰いに来る、スズとリリアさんとの温度差は大きい。


 なんとなくチーズカツカレーを渡して、再びキャラを完全崩壊させる中、落ち込む2人の背中を見送った。

 「「むひょええええええ」」と、2人の無口キャラの奇声を聞きながら。

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