第4章 王女フィオナ
第42話:VS オーガエリート
何が起こっているのか、誰がいるのかわからない。
それでも、爆発音の方へ走り出す。
やっぱり胸騒ぎのする方へ進んで正解だったんだ。
この先で何かが起きている。
なんだろう、この根拠がないのに確信してしまう感じは。
もしかしたら、ハイエルフが関係しているのかもしれない。
たとえば、ハイエルフだけが感知できるサインだとしたら………。
神獣がいるかもしれない。
聖女がいるかもしれない。
魔王がいるかもしれない。
世界に存続に影響する大事件が起きているかもしれない。
現代っ子でゲーム好きの僕としては、素敵なイベントを想像してしまう。
でも、現実として体験するには恐ろしいものばかりだ。
なぜなら、僕はゴブリン以下のステータスだから。
こんなことが起こるってわかってたら、スズを無理矢理にでも引っ張って来たのに。
なんで調味料しか出せない醤油戦士がメインイベントに参加しちゃうのかな。
スズのようなチート持ちがやるイベントだろう。
後悔しながらも、走ることはやめなかった。
すると、何が起こっているのか見えてくる。
大きな魔物が5匹。
ボロボロの馬車が1台。
戦っている騎士が5人、座り込んでいる貴族令嬢が1人。
あの魔物は鬼………オーガか!
2mを超える巨体のオーガは、5匹とも大きな剣を持っていた。
色がどす黒いから変異種かもしれない。
本当に……なんで1人で来ちゃったのかな。
どす黒い4匹のオーガと騎士4人は、それぞれ1対1で戦闘している。
邪魔にならないようにするためか、互いに距離を取って、自分の相手だけに集中しているような感じ。
残りの1人は、ひときわ大きなオーガと戦闘しており、その後ろに貴族令嬢が座り込んでいた。
馬車は壊されて馬はおらず、逃げるに逃げられないような雰囲気。
4人は何とか拮抗して戦っているように見えるけど、あの大きいオーガは危険だ。
貴族令嬢を守るために攻め込めない……というより、力が強すぎて押されているような状態。
誰か1人でもオーガにやられれば、一気に全滅してもおかしくない。
敵うような相手ではないことはわかっていても、大きなオーガの方へ向かう。
もう少しでたどり着けると思った、その時だ。
大きなオーガと戦っている騎士の剣が弾かれ、絶体絶命のピンチを迎える。
オーガはニヤリと笑い、騎士は剣が弾かれた衝撃に耐えきれず、腕を押さえているだけ。
まだ騎士もオーガも僕に気付いていない。
助けに来たタイミングとしては、かなりギリギリかな。
戦いが終わりを迎えようとしているから。
「圧縮ハバネロビーム!」
ブシュッッッ
圧縮したハバネロビームをオーガの顔に向けて解き放つ。
さすが【調味料作成】Lv.6だ。
圧縮率が上がっている分、距離があっても充分に狙える。
本音をいえば、もう少し近付いて攻撃をしたかった。
遠くから攻撃しても当たるけど、のたうち回る魔物の口を狙って、追撃ができなくなる。
不意打ちを狙う僕のようなタイプは、ハバネロから復帰して警戒されると、勝ち目が薄くなってしまう。
オーガは目の前にいた騎士の男にトドメを刺そうと、右腕をおおきく振りかぶった。
そこに、横から飛んできた赤いハバネロが顔面を直撃する。
グウオオオオオオオオオ
大きなオーガの口にハバネロが入り、辛さのあまり戦闘どころではなくなった。
急激な辛さのせいで、のたうち回って喉をかきむしる。
「なっ?! 子供?!」
騎士は突然の援護射撃に戸惑った。
僕を見て、ぽかんとした顔で驚いている。
「早く剣を拾ってくださいよ! 僕はトドメを刺すほど、強力な魔法は持ってませんよ」
驚いていた騎士はすぐに冷静な心を取り戻し、弾かれた剣を拾う。
それと同時に、苦しんでいたオーガも立ち上がる。
なんで辛いものに耐性があるんだろう。
ハバネロを口に入れて、まだ10秒も経っていないのに。
今までハバネロの攻撃を受けて、こんなにあっさりと立ち上がった魔物はいない。
のたうち回っている間に、武器を取る時間しか稼げないなんて。
もう少し苦しんでくれてたら、騎士と話す時間くらいは取れたのに。
オーガはハバネロの辛さでイライラしたんだろう。
標的を騎士から僕に変え、大きな巨体に似合わない速度で突進してきた。
まるでウルフのような獣の速さ。
そのスピードに圧倒された僕は逃げられるような状態じゃなかった。
ガキーン
呆気に取られていた僕の前に、武器を取りに行った騎士が現れる。
オーガと僕の間に割り込み、強力な攻撃を受け止めてくれたんだ。
「悪いな、剣を取れただけでも助かったぞ! だが、俺はこいつに押されている。さっきみたいに隙を作ることはできるか?」
「ちょっと時間を下さい。僕はトリッキーな戦闘しかできないんですよ。こんなにスピードがあるやつは苦手なんです」
「早めに頼むぞ。子供に頼ってる時点で限界なんて近いからな!」
「不安になるようなことを言わないでくださいよ!」
思ったより状況は悪い。
助けに来たのに早くもピンチになるとは。
でも、焦っちゃダメだ。
精神が32万もあるんだし、いったん落ち着こう。
冷静に分析して考えるんだ。
あれだけスピードがあるなら、闇雲にハバネロを出しても避けられるだろう。
直線的な攻撃は見切りやすいし、軌道を見切られたら、当てることが困難になる。
それに、連携を取ったことがない騎士との共闘だ。
手当たり次第に撃ってしまえば、味方の邪魔をすることになるかもしれない。
こんなに辛いものが効かない敵は初めてだし、僕の攻撃ではトドメをさせないはず。
女の人も座り込んだままで、息が荒くて苦しそうだ。
もし魔法が使えたとしても、戦力としては頼れないだろう。
いったいどうすればいい?
得意の醤油ではパワー不足だ。
腐った卵は……下手をすれば、臭すぎて騎士の反応を鈍らせる可能性がある。
マヨネーズを地面に塗って、油分で転ばせるのはどうだろうか。
ダメだな、オーガと共に騎士も転んで、こっちに隙ができるかもしれない。
よく考えたら、高ランクモンスターと戦うなんて初めてだ。
共闘するのも初めてだし、どうしたらいいのかもわからない。
そもそも、スズとも連携を取って戦ったことがないじゃないか。
やだ、怖い。帰りたい。
いや、落ち着け。取り乱しても解決しない。
僕のステータスは精神力だけじゃなく、運もあるんだぞ。
きっと何か方法は見つかるはず。
勝つ方法を考えよう。
オーガを仕留めるのは僕の仕事じゃない。
オーガの隙を作ればいいだけ。
それを考えると、さっきオーガはハバネロの辛さにのたうち回ったよね。
つまり、辛いものが効かないわけじゃない。
でも、同じ辛さのハバネロだったら、次は辛さに慣れて効果が薄いかもしれない。
じゃあ、ハバネロよりも攻撃的な『香辛料』はなんだ?
確か激辛ブームで有名だったものは……『ブートジョロキア』だ。
ハバネロの倍以上は辛かったはず。
あの辛さはハッキリ言って暴力的だから、オーガだって耐えられないだろう。
問題は、ブートジョロキアは使うとしたら粉末だってことだ。
今まで偶然にも液体だったから飛ばせていたけど、粉末ならオーガに届ける術がない。
ブートジョロキアソースなんて聞いたことがないもん。
「グッ、まだか」
あと少しなのに、時間切れか。
「当てる方法をまだ考えていません。僕の攻撃は直線的なので、目視されてたら避けられると思います」
「それなら、こいつを1度ぶっ飛ばす。吹っ飛ばされて着地したところを狙え! 魔物でも体制が崩れたら、足を踏ん張って耐えようとするからな。その時は無防備になりやすく、狙いやすいはずだ」
さすが騎士だ。魔物との戦いに詳しい。
できるかわからないけど、ハバネロソースにブートジョロキアの粉末を混ぜ込んで、辛さを高めてみよう。
もう考えてる時間はない。
「わかりました、でもイチかバチかですからね」
「それはお互い様だ。こっちだってイチかバチかだ! チャンスは1度しかないと思え」
「お互い行き当たりばったりですね。でも、安心してください。運は良い方なので大丈夫だと思います」
「安心しろ、俺も運はいい方だからな」
僕も騎士も気分が一時的にハイになっているんだろう。
ピンチなのにお互い笑っている。
1人だったら絶望的でも、2人なら何とかなりそうな気がしてくるんだ。
早速、体内で『ハバネロソースにブートジョロキア』を練りこんで、新たなソースを作り出す。
左手のブートジョロキアを、右手のハバネロソースに混ぜ込むイメージで………。
その瞬間、頭に激痛が走る。
スキル【調味料作成】は、決められた調味料を取り出すスキルだ。
新たなソースを作り出すのは、NGなのかもしれない。
イメージをする度、頭に割れるような痛みが走り続けてくる。
でも、ここで諦めたらこいつを倒せない。
やるしか……ないんだ。
ここで僕が死んだら、スズは自分を責めるに違いない。
一緒に行かなかった自分が悪いと後悔するはずだ。
神獣様との約束が守れなかったって。
僕を守れなかったって。
スズに嫌な思いをさせたくない。
スズを泣かせたくない。
スズの元に帰りたい。
また、スズにごはんを食べてもらいたい。
そして……、
脱・童貞の夢を叶えてもらいたい!
意識が飛びそうな激痛を我慢していると、左目の視界がブレ始める。
これ以上は限界か……。
でも、本当に精神が32万もあるなら耐えられるはずだ。
それに僕だけが苦しいわけじゃない。
こんな怪物の攻撃を防ぎ続けている騎士だって限界。
この1発で決めなきゃ、全てが終わる。
リーンベルさん、怒らないでね。
無茶しなくちゃ……スズが泣いちゃうから!
騎士は片手持ちの剣を両手で持ち、最速のスピードでオーガの懐に入り込んだ。
そして、捨て身の攻撃をオーガの腹に叩き込む!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ドゴォォォォォン
轟音と共に、オーガは3mほど吹き飛ばされる。
そして、転けまいと地面を踏ん張った。
いまだ! 騎士の作ってくれたチャンスを無駄にできない。
どうせ無茶しているんだ。
最大限まで放出してやろう!
「ぬぁぁぁぁぁぁぁ!」
ドバアアアアアアアアアアア
大量の赤い液体が、大波のようにオーガを飲み込んだ。
時間にして、たった3秒だけ。
それでも、しっかりとブートジョロキアを混ぜ込むことができた。
サラサラなソースではなく、粉末が混じってドロドロしているから。
激辛ソースの波が収まり、液体に埋もれていたオーガが見えてくる。
そこには、冷静なオーガの姿はない。
真っ赤に染まったオーガは武器を手放し、地面に転がり苦しんでいた。
体には激辛ソースがべっとりと付いている。
グウォォォォオ、グォォオ、グァアアアア
さっきのハバネロソースよりも圧倒的に辛いんだろう。
オーガは異常なほど苦しんでいる。
しかも、ドロドロとした激辛ソースは辛さだけじゃない。
粘性があることで粘膜に纏わりつき、持続時間が長い。
鼻、口、目からの激辛は、辛いものが得意だったとしても耐えられるレベルではないだろう。
戦闘不能に陥ったオーガは、自分の体に起きている辛さという苦しみで、のたうち回ることしかできなかった。
一方、騎士は大技の反動で地面に膝をつき、息を荒くしてオーガを見守っていた。
思ったよりダメージが蓄積していたに違いない。
かなりバテてしまっているみたいだ。
それでも、せっかくの好機を逃すようなことなどしない。
気合いで立ち上がり、オーガに向かって走り出していく。
僕は騎士がオーガに向かっていく姿を見て、ホッと安堵した。
すでに限界が来ていたんだろう。
安心したら、意識がスーッとなくなるような感じがして、体の力が抜けていく。
無茶なスキルの使い方をした反動だと思う。
最後まで見届けることはできないけど、後は騎士がなんとかして助けてくれるだろう。
そう思ったまま、地面に倒れ込んだ。
耳にうっすらと入ってくる、オーガの断末魔を聞きながら。
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