閑話6 スズ視点

- スズ視点 -


『ぐぅ~』


 腹時計がお昼を知らせてくる。

 今日のごはんはなんだろう。

 さっきポテトサラダ様の夢を見たから、ポテトサラダ様のサンドウィッチがいい。


 ルンルン気分でキッチンへ向かう。

 でも、予想と違った。

 お昼ごはんの時間なのに、ポテトサラダ様のお姿はない。

 それどころか、出かけた彼の姿もなかった。


「ポテトサラダ様の焦らしプレイは卑怯……」


 そんなことを思っていると、冒険者のカンが警告をしてくる。

 不吉な予感がすると。


 このカンは絶対的な予言みたいなもので、今まで外れたことがない。

 だから冒険者のカンが警告したときは、すぐに行動することにしている。


 もしかしたら、彼の身に何かあったのかもしれない。


 確か起こされたときに「西門から外に向かう」と言っていた。

 行動範囲も広くないはず。

 子供で装備もしていないし、体力が低く歩幅も小さい。


 あのステータスだと万が一のことだってあるのに、なぜ1人で行かせてしまったんだろうか。

 後悔が頭によぎる。

 でも、今は無事を祈って探すことに専念しよう。


 まずは冒険者ギルドへ向かう。

 お姉ちゃんが何か知っているかもしれないし、彼が戻っているかもしれないから。


 冒険者ギルドに着くと、お昼ごはんの時間帯であるため、人は少ない。

 カウンターを見ると、ちょうどお姉ちゃんが休憩に入るところだった。

 私は一瞬で距離を詰めて、問いかける。


「お姉ちゃん、待って!」


「うわあ! 脅かさないでよ。急にどうしたの?」


「タツヤがどこに行ったか知らない?」


「タツヤくんなら西門から外に向かうって言ってたよ。お昼には戻ってくるって言ってたから、もうそろそろ帰ってくるんじゃないかな」


「わかった、一応探してくる」


 冒険者ギルドを飛び出し、西門から外へ向かう。


 不死鳥フェニックスにも協力をお願いしようかと思ったけど、不確定要素が多すぎる。

 心配だからという理由で、彼らを付き合わせるわけにはいかない。


 人手は多い方が嬉しいけど、1人で探すことにした。


 西門から外へ出ると、初心者冒険者がいそうな場所を手当たり次第に探していく。

 途中でゴブリンやらウルフが出てくるけど、全て無視。

 構ってあげる時間はない。


 全速力で駆け抜け、周囲を確認していく。

 しかし、どこを探しても見当たらない。

 見かけるのは、全然知らない冒険者が戦闘をしている姿だけ。


 10分ほど探していると、草原で黒い汚れを見つける。


 くんくん


 これは……伝説の醤油様だ。

 ようやく手掛かりを見つけた。


 おそらく森には行っていないはず。

 街から離れるように向かったなら、街道沿いを進み続けたのかもしれない。


 走って街道沿いを進んでいくと、私の予想が的中していたことがわかった。

 街から離れるように、醤油の跡が転々と続いている。


 森に近付かない限りは強い魔物が出るような場所じゃない。

 きっと彼は無事なんだと思う。


 でも、なぜか不安になる。


 街へ戻ろうとしているなら、途中で会っているはず。

 お昼ごはん時なのに、遠くに行く意味がわからない。

 私を起こすときに言っていた彼の言動と一致しない。



 それに……、嫌な気配が遠くから感じる。



 なぜ低レベル帯のフリージア周辺にSランク級の気配を感じるのだろう。

 彼も心配だけど、この魔物は野放しにできない。

 単独で乗り込まずに、不死鳥フェニックスと共に行くべき。


 1度街に戻って現場に向k……。

 私はあることに気付いてしまった。


 偶然にも感じ取った強者の気配。

 彼の歩いた軌跡。

 冒険者のカンが警告してきた嫌な予感。



 不死鳥フェニックスを呼びに行ってる時間はない。

 全速力で向かうべき。



 私は街道を駆け抜けた。

 とにかく全力で走っていく。

 何が起こっているのかわからない。


 でも、きっとそこに手掛かりがある。




 本気で駆け抜けた私は、しばらくすると異常な光景を目の当たりにする。


 こんな場所にいるはずのない、Bランクモンスターのオーガ。

 見たこともない変異種であることを考えると、Aランクは超えているだろう。

 それが……まさか5体もいるなんて。


 しかも、ツラそうな顔で座り込んでいる女性は、この国の王女であるフィオナ。

 護衛人数を考えると、公表していない外交の途中。


 そこに傷だらけで座り込んでいる5人の騎士たちと……倒れこんでいる彼の姿があった。


 私は大パニックだ。

 生きているのかわからない。

 でも、確認するのが怖い。


 どうしたらいい?

 こういう時はどうしたらいい?


 どうしよう、どうしよう、どうしよう

 どうしよう、どうしよう、どうしよう

 どうしよう、どうしよう、どうしよう


 彼の周りをグルグル回りながら考える。


 何をするべき?

 まずは何をするべきなの?


「そ、その子とは知り合いですか?」


 混乱する私にフィオナが声をかけてきた。


「うん、どうしよう。どうしたらいい?」


「落ち着いてください。その子の周りを阿波踊りしながら回る意味はありませんよ」


 さすがフィオナ。

 一国の王女だけあって冷静だ。

 確かに私は、なぜか阿波踊りをしている。


 こんなことをしている場合じゃない。


「こういう時は何を確認したらいい?」


「その子は攻撃を受けていませんので、命に別状はないはずです。力を振り絞って倒れただけですから。念のため、心臓の鼓動と呼吸の確認をしてみてはどうですか?」


 さすがフィオナ。

 的確な説明と冷静な判断力を持っている。

 私も少し冷静になれた。


 早速、心臓が動いているか確認をする。


 ………。

 な、なんてことだ!!

 心臓の鼓動がまったく感じられない。


「フィオナ、大変! 心臓が動いていない!」


「それは右膝です、心臓ではありませんよ」


 手を当てている部分をよく見れば、確かにここは右膝だ。

 これがケアレスミスというものか。

 今度こそ心臓に手を当て確認をする。


 ドクン ドクン


 よかった、動いていた。

 次に呼吸の確認をする。


 ………。

 な、なんてことだ!!

 心臓は動いているのに、呼吸をしていない。

 今すぐ人工呼吸を開始しないと手遅れになる。


「フィオナ、大変! 呼吸をしていない! 今すぐ人工呼吸を開始する」


「待ってください。それは口ではありません、肛門です」


 そう言われてみれば、これは肛門だ。

 頬っぺたと思って鷲掴みにしていたのが、まさかお尻だったなんて。

 危ない、またケアレスミスをしてしまった。


 今度こそ口に耳を近づけて呼吸をしているか確認をする。


 スー ハー


 よかった、呼吸をしている。

 命の別状はないということを確認。


「少しは落ち着いてください。スズらしくありませんよ。いま私達は奇襲を受けて、その子に助けていただいたところです。その子とは知り合いですか?」


「一緒にパーティを組んでいる。なかなか戻ってこないから、心配で追いかけてきた」


「あ、あなたが……パーティで、すか?」


「それより身の安全を確保する方が先。あとで話を聞く」


 彼の命に別状がないとわかれば、冷静になれる。

 私はフィオナから離れ、騎士団の方へ向かう。


 騎士の4人はAランク冒険者並みの強さを持っている優秀な人材。

 王族の依頼を受け続けた私は何度も騎士団と模擬戦をして、彼らの強さは充分に理解している。


 だから、騎士団長のファインが傷だらけの意味がわからない。


 この国で1番強く、他国にも警戒される男。

 ドラゴンを相手に1人で30分も持ちこたえ、国を守り続ける英雄なのに。

 Sランク冒険者並みの力を持つ王国最強の騎士が、なぜ弱り切っているのだろうか。


 でも、今はそんなことを確認している場合じゃない。


「ファイン、聞きたいことが色々ある。でも、今は非常事態。偶然にも不死鳥フェニックスがフリージアにいる。彼らを呼んでくるまで耐えられる?」


「俺はいま手が痙攣して、武器をまともに振ることができない。他の4人は辛うじて戦えるような状態、というところだ。このままもう1度奇襲されれば、フィオナ様をお守りするのは不可能。その子供とフィオナ様だけでも、フリージアへ先行して安全を確保してくれないか?」


 ファインの両手は確かに痙攣していた。

 まさかこんな姿を見ることになるなんて。


「わかった、この周辺は強くてもオークが出るくらい。できるだけ早く不死鳥フェニックスに来るようへ伝える。それまでは耐えて」


 私は壊れた馬車の扉を開け、フィオナの身を隠すローブを取り出し、それを手渡す。

 おそらくここにいることは、フリージアでもギルマスしか知らないはず。


「歩いているとファイン達が間に合わなくなる。おんぶして走る、背中に乗って」


 フィオナは嫌がることもなく、おんぶを承諾してくれる。

 彼はお姫様抱っこで運ぶことにした。


 街に着いたら、先に不死鳥フェニックスをファインの元へ走らせよう。

 その後、ギルドの裏口から入ってギルマスとコンタクトを取る。

 それからの判断は、冒険者の私がすることじゃない。


 騎士団を置いていくのに後ろ髪を引かれながら、街に向かって走り出していく。

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