第43話:左目がうずく

「痛ッ!」


 頭に激痛を感じ、目が覚めた。


 体を動かすと頭に響くため、寝返りを打ってしまったんだろう。

 左目の視界もブレていて、目を開け続けることが気持ち悪い。


 まさかリアルで「左目がうずく」というタイミングがあるとは。

 中二病の僕としては少し嬉しいけど、笑えない状況だ。

 なんでこんな状態になっているんだろうか。

 料理ばかりしてたはずなのに。


 それに……ここはどこだろう。

 なぜ知らない部屋のベッドで寝ているんだ。

 窓が1つもない、不気味な部屋。


 ギィ~


 混乱していると、部屋の扉が開いた。

 知らない30歳ほどの男性が入ってくる。


「起きたか? 相当無茶させちまったみたいだな」


 僕は左目を手で押さえながら、無理やり上体を起こした。

 左目を開けたままだと、景色がブレて気持ち悪いから。

 体を動かすと頭に激痛が走るけど、気にしているような場合じゃない。


 何が起こっているのか理解しりたい。


 それに……、この人の声は聞いたことある気がする。

 多分、敵じゃない。


「えっと、どちら様ですか?」


「オーガと戦ったことは覚えていないのか? あの時に一緒に共闘したのは、俺なんだが」


 オーガって、鬼だよね。

 僕が鬼と戦った?


 ………あのどす黒い鬼か。

 思いだしてきた。


 左目がうずくのも、頭が痛いのも、あの時に無茶なスキルの使い方をしたからだ。

 それで力尽きて、意識がなくなるように倒れた……気がする。


「思いだしました、確かに街道でオーガと戦った気がします。聞いたことがある声だと思ったら、あの時の騎士さんだったんですね。それで……ここはどこですか?」


「ここはフリージア冒険者ギルドの地下だ。安全な場所だから、心配しなくてもいい。だが、一般的に地下の存在は公表されていない。秘密厳守で頼む。それと、先に呼ばないと怒るやつがいるから、ちょっと待っててくれ」


 騎士はそれだけ言うと、部屋を出ていった。

 1分もしないうちに、誰かが走ってくる音が聞こえてくる。


 ドタドタドタ バンッ


 すごい勢いで扉が開いた。

 涙目のスズとリーンベルさんが来てくれた。


 上半身だけ起こしている僕に、スズは勢いよく飛び込んでくる。

 僕の胸に顔を沈め、ギュッと抱きついてきた。


 もしかしたら、泣いているのかもしれない。

 悪いことしちゃったな。


 左手は目を押さえているため、右手でスズの頭を撫でてあげる。


「ケガはしてないんですけど、左目の視界がブレるのでこんな感じになってます。なんか……すいません」


「無理はしないって……約束したよね」


 リーンベルさんは怒っていない。

 心配する気持ちが伝わってくるほど、泣きそうな顔をしているだけで。


「もう少し体調がよくなってから、怒られますね」


「心配………したんだよ?」


 リーンベルさんは立ったまま、手で顔を隠して泣き始めた。

 スズも抱きついたまま動かない。


 それからすぐ、さっきの騎士とあの時にいた貴族令嬢が部屋に入ってくる。


「あなたはスズにとって大切な人なのですね。スズの意外な一面ばかり見れて、新鮮に感じますよ」


 この人はスズの知り合いなのかな。綺麗な人だ。


「私はこの国の第一王女、フィオナ=フェンネルです。公式の場ではありませんから、気にせず普通にお話しください。遅くなりましたが、助けていただきありがとうございました」


「俺は第一騎士団の団長をしているファインだ。感謝する」


 2人とも頭を深く下げて、お礼を言ってくれた。


 まさか、あの場所にいたのが王女だとは思わなかった。

 騎士が護衛している時点でおかしいと思ったけど。


 あの時の胸騒ぎが気になるし、色々話を聞いてみたい。

 でも、今はスズとリーンベルさんと過ごしたい。


「お礼の言葉は素直に受け取ります。でも少し無茶をしたようなので、立て込んだ話は後日の方が助かります。あとは……先に怒られたりとか、色々あると思いますので」


「ふふふ、そうですね。お邪魔になりそうなので退散します。また今度お話を聞かせてください」


 ちょっとはフォローしてくれてもいいんですよ?

 スズと知り合いっぽい感じだったじゃないですか。

 僕もこんなスズは初めてで、どうしたらいいかわからないんですよ。


 2人はそのまま立ち去り、部屋は3人だけになってしまう。


 ………めちゃめちゃ気まずい。

 女の子をなぐさめた経験なんてないのに。


 彼女いない歴32年で誰とも付き合ったことがないんだぞ。

 当然、女友達だっていないし、相談なんてされたこともない。


 女の子をなぐさめるなんて、イケメンのやることだと思っていたよ。


 どうしよう、沈黙が重すぎる。

 冷や汗が止まらない。


 何でもいいから声をかけてみようかなと思った、その時だ。



『ぐぅ~』



 抱きついているスズのお腹が鳴った。


「「「 ……… 」」」


 聞かなかったことにしよう。

 僕は空気が読める男だからね。


 どんな時でもお腹が鳴るって恥ずかしい。

 それがシリアスな場面や、感動の再会を果たしている場面なら、なおさらのこと。


 とにかく最初は謝ることから始めてみようかな。

 2人が涙を流すほど心配をしてくれているし。



『ぐぅ~』



 リーンベルさん、あなたもですか?

 抱きついて顔を伏せているスズは見過ごせます。

 でも、あなたは立ったまま泣いてくれてたじゃないですか。


 いつの間にか泣き止んでいますけど、なぜ顔を隠したままなんですか?

 ずっとお腹が鳴りそうだったから、恥ずかしくて顔を隠してたんですか?


 頑張って聞かなかったことにしますけど、もうやめてくださいね。



『『ぐぅ~~』』



 無視できませんよ。

 さすがに無視できませんよ。

 姉妹だけあって、綺麗にハモってくれましたね。


 ちょっと疑問に思ったことがありますけど、信じてますからね。

 2人が僕のことを心配して泣いてくれてたって。

 けっして『僕の料理が食べられなくなる』ことを心配してたわけじゃないって。


 一応、確認だけしますけど。


「あの……ごはんならありますよ?」


 抱きついて泣いていたはずのスズが、ムクッと起き上がって右手を差し出してくる。

 立ち尽くして泣いてたはずのリーンベルさんも、連動するように動き、僕に近付いてスーッと右手を差し出してくる。


 僕はうずく左目から手を離し、2人に向かって手を差し伸べる。


 スズには左手でクッキーを、リーンベルさんには右手でタマゴサンドを出してあげた。

 ちょうど『とんかつ親睦会』で出そうと思って、大量に作っておいたものを。



 もぐもぐ もぐもぐ



 泣いてくれていたはずの2人へ、無言の餌付けが始まった。



 どうして無事に2人の元へ帰ってきたのに、悲しい気持ちが生まれてしまうんだろうか。

 ごはんを食べる2人の姿を見て、可愛いという感情が生まれない。


 おいしそうに食べてる姿を見ているのに、僕の心は悲しみで支配されていく。


 次々と頭に嫌な思いが生まれてくる。

 流していた涙の意味がわからなくなり始めたから。


 スズが悲しんでた理由は、もうクッキーが食べられないと思ったから?

 リーンベルさんが悲しんでた理由は、もうタマゴサンドが食べられないと思ったから?

 さっき2人が涙を流した理由は、「やった、ごはんがきた!」という嬉しさから?


 そんなことないよって、すぐに否定してほしい。

 でも、肯定するように無言でバクバクと食べ続ける2人の姿しか見えない。


 僕のオーガ戦での決意って、いったいなんだったんだろう。



 なんなの、この展開………。

 僕の知ってるやつじゃないよ!!



- 10分後 -



「タツヤ、1人で無茶しちゃいけない」


 スズがクッキーを食べながら、先制攻撃を仕掛けてきた。


「そうだよ、何で無理しちゃったの。お姉ちゃんとの約束は忘れたの?」


 タマゴサンドのおかわり受け取ったリーンベルさんが、追い打ちをかけてくる。


 どうしよう、2人の言葉が頭に入ってこない。

 なぜ食べるのをやめてくれないのかな。

 言葉と行動が一致してないよ。


 何の心配をしてたのか詳しく聞いてみたい。


 でも、まだ僕は2人のことを信じてるよ?

 僕のことを思って、涙を流してくれたって。


 食事と僕を天秤にかけて、どっちが大切か判断してみようと思う。


「食べるか話すか、どちらか選んでもらってもいいですか?」


「「 ……… 」」


 無言で食べ始めた。

 どうやら僕は捨てられたようだ。


 ねぇ、知ってる?

 心の傷ってなかなか治らないんだよ?



- 10分後 -



「タツヤ、1人で無茶しちゃいけない」


 何事もなかったように、スズはやり直してきた。

 もうお腹いっぱいになったからって、満足そうな顔はやめてほしい。

 すでに僕の心はボロボロだよ。


 もぐもぐもぐもぐ


「「 ……… 」」


 リーンベルさんはお腹いっぱいにならないんだから、食べるのやめて参戦して!


「リーンベルさん、これで最後ですよ」


 もう少し食べられると思っていたのか、リーンベルさんは悲しそうな顔をしていた。

 最後のタマゴサンドを受け取ると、パクパクパクッとすぐに食べ終えてしまう。


「そうだよ、何で無理しちゃったの。お姉ちゃんとの約束は忘れたの?」


 君もか。君も時をさかのぼってやり直そうとしているのか。

 逆に聞きたい、なぜ何事もなかったかのようにやり直せるんだ。


 2人の機嫌が食事で治ってるところは良しとしよう。

 でも、僕はなぜ自分の料理に嫉妬したくなるんだろうか。



 胃袋を掴みすぎて、弊害が生まれることってある??



 どうしたらいいんだ、この空気はもう耐えきれない。

 僕の心の中に封印しておかなければならない言葉が、喉元までやってきている。

 この世には言わない方がいい言葉だってあるんだ。


 でも……、我慢できそうにない。


「2人に嫌な思いをさせないように、頑張って戦ったんですよ。

 だから、2人が泣いてくれたのは嬉しいです。

 それなのに……、なんでお腹いっぱいになるまで食べるんですか?!」


 『私はまだお腹いっぱいになってないけど』と、不満そうな顔で目を反らすリーンベルさん。

 その横で『ごめんなさい、クッキー食べたくて』と、反省して目を反らすスズ。


 僕のことを好きと言ってくれたスズは、いったいどこへいってしまったの……?


 幻だった?

 幻聴だった?

 妄想だった?


 それとも、好きなのはクッキーのことだったのかな?


 精神32万の強靭なメンタルが、ボロボロになって崩れていく。

 いったい僕はこれから何を信じて生きていけばいいんだろう。


 失ったものは大きく、得たものはない。


 心が砕け散った僕は、そっと目を閉じて仰向けになる。

 左目がうずいてるんだ、もう1度寝よう。



 きっと疲れてるんだ………。休もう。

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