第44話:しょんぼりする姉妹
傷付いた心を癒すため、目を閉じた。
でも、眠ろうとしても眠れない。
リーンベルさんとスズが音も立てずに立ち尽くしているから、気になって仕方がないんだ。
もしかしたら、部屋にいないのかなという錯覚すら起こっている。
試しに目を開けると、2人は落ち込んでいるような表情をして、下を向いていた。
きっと、ごはんを優先したことを反省しているんだろう。
いや、もう少し違うメニューが欲しかったと、落ち込んでいるのかもしれない。
部屋から出ていかないのも、このまま待っていたら、またごはんにありつけると思っている可能性がある。
僕は疑心暗鬼だ。
2人が飲食店の開店待ちに並んでいる人のように見えてしまう。
コンコン
そこにノックして入ってきたのは
僕は左目に手を添えて、上体を起こす。
スズとリーンベルさんは気まずそうに、部屋の端っこに移動した。
「タツヤ、心配したぞ。大丈夫だったか?」
カイルさんはイケメンっぽくいう。
しかし、僕は疑心暗鬼だ。
心配だったのはとんかつだろうって思っている。
「たっちゃん、大丈夫だった~?」
シロップさんは悲しそうな顔で声をかけてくれた。
しかし、僕は疑心暗鬼だ。
「ニンジン、大丈夫だった~?」に聞こえて仕方がない。
リリアさんとザックさんは無言で立ち尽くしていた。
心配しているような表情に見える。
しかし、僕は疑心暗鬼だ。
今日のごはんが心配、という顔に見えて仕方がない。
ついに僕は、この世界のことが何も信じられなくなってしまった!
もうハッキリ言ってくれたって構わない。
今度から『夜ごはん』ってあだ名にしてくれてもいい。
だが、万が一の可能性もあるため、一応確認をしてみる。
どうせ僕のことなんて心配していないと思うけど。
だって、1番心配しているはずのスズとリーンベルさんがあんな感じだったんだから。
この4人が心配しているのは、食事のこと以外にありえないよ。
きっと『とんかつ親睦会』が無事に開かれるか心配で仕方がないんだろう。
疑うような眼差しで見つめ、問いかけていく。
「カイルさん、とんかつ親睦会はいつやりますか?」
「何言ってんだ、お前は。そんなのいつだってできるだろ。もっと体を大事にしろ。意識が飛ぶほどまで頑張ったんだ。今はしっかり休め」
そんなの………?
カイルさんは何を言っているんだ?
意味がわからないぞ、頭が狂ったのか?
あれほど楽しみにしていた『とんかつ』を『そんなの』と言っている。
バカな! とんかつと僕を比べたのに、天秤が僕へ傾いたというのか……。
いや、僕は信じないぞ。
巧妙な罠の可能性もある。
「シロップさん、ニンジンの煮物がありますけど、食べますか?」
「元気になってから食べさせてね~。たっちゃんが寝込んでたら、おいしく食べられないよ~」
出せるといったのに、断った……だと?!
あんなにニンジンを味わっていたのに、僕が寝込んだままだとおいしくない?
おいしく食べられない?
何を言っているんだ、アイテムボックスに入れているから、いつでも出来立ての煮物を提供できるというのに。
現にスズとリーンベルさんはおいしくクッキーとタマゴサンドを食べていた。
な、何を企んでいるんだ?
僕は騙されない……ぞ。
「リリアさん。クッキーよりもおいしいお菓子ができたんですけど、食べますか?」
「拒否、治療優先」
拒否? この世に拒否されて嬉しいことって存在するの?
両手にクッキーを持ってガツガツ食べてたものよりおいしいんだよ?
まさか、僕の考えが間違っているというのか!?
この人たちは、本当に心配をしてくれているのか?
「ザックさん! ホットドッグ食べますか?!」
ザックさんはゆっくりと首を横に振った。
僕は歓喜した!
思わず目から大量の汗が噴き出してしまう。
これだから汗っかきは困るぜ。左目が痛い。
嗚咽をこぼしながら大泣きする僕を、シロップさんが「よ~し、よ~し」と頭を撫でてくれる。
もう飼われたい。シロップさんに飼われたい。餌付けするけど飼われたい。
5分ほど大泣きしていると、さすがに涙も出なくなる。
シロップさんのおかげで心が落ち着いてきたし、
異世界に来て初めて、僕を心配してくれる冒険者の友達ができたんだ。
大泣きした影響もあるのか、左目のブレも治まり、頭痛も減ってきている。
泣いたことで少しずつ落ち着き、冷静になっていく僕。
予想外の質問と大泣きする姿を見て、軽く混乱している
まずいことをしたと理解し、挙動不審になっていくリーンベル姉妹。
僕は感謝の思いを胸に、カイルさんへ声をかける。
「すいません、お見苦しいところを見せてしまって」
「お前はまだ子供だ、気にするな。ファインから話を聞いているが、あいつですら敵わない相手だったんだ。それを討ち取ったお前の功績は大きい。今は無理をせず、しっかり休め」
ホットドッグを食べ過ぎて動けなかったカイルさんじゃない。
最初の頃のイケメンカイルさんだ。
カッコイイ、こんな人に生まれ変わりたい。
「オーガと戦った負担はスキルの反動だけです。僕は直接オーガの攻撃を受けていませんから。もう負担もだいぶ和らいできたので、あと少し休んだら大丈夫そうです」
「そうか、それを聞いて安心した。……なら、なんで泣いてたんだ?」
カイルさんが聞いてはいけない質問をしてしまった。
その禁断の質問は、僕の心に火をつけてしまう。
癒えていた心の傷が憎しみと変わり、黒いオーラが漏れだすように邪悪な感情に支配されていく。
32万の強靭なメンタルを粉々に砕いた出来事を、彼らに伝えねばならない。
そんな使命感のようなものが、僕の心には存在する。
リーンベル姉妹は危険を感じたんだろう。
一瞬、ビクッとなっていた。
「カイルさん、聞いてくれますか? 皆さんより早くお見舞いに来てくれた、2人の姉妹がいるんですよ。普通は僕のことを心配して来てくれてると思うじゃないですか。でも2人が心配だったのは、ごはんだったんです。さっきまでクッキーとタマゴサンドを無言で食べまくりでした。どこの姉妹とはいいませんけど」
僕と
2人はけっして視線を合わせようとしなかった。
だが、滝のような冷や汗が顔から噴き出している。
「あぁ~、それであんなことを聞いてきたのか。お前達は一緒に住んでるくらい仲が良いんじゃないのか? まだ子供なんだし、普通は本人の心配をしてやるだろう。さすがに人としておかしいと思うぞ」
カイルさん、もっと言ってやってくれ。
僕はこの2人に心配させないように、無理をして頑張ったんだ。
ザックさんも『そうだぞ』と、しっかりうなずいている。
「軽蔑」
リリアさんの元から鋭い眼差しが、さらに鋭くなった。
これほどまでに刺々しい視線は見たことがない。
「たっちゃんが可哀想~。これから拠点をフリージアから王都に移そう~? 私達のパーティに入れば大丈夫だよ~」
「ぜひお願いしま「「ごめんなさい」」」
リーンベル姉妹は、すごい勢いで頭を下げてきた。
きっと2人は申し訳ない気持ちでいっぱいなんだろう。
でも、僕は疑心暗鬼だ。
王都に行かれたらクッキーとタマゴサンドが食べられなくなるから謝罪をした、と思ってしまう。
僕はもう、この2人に疑心暗鬼じゃないといられない体質になってしまったのかもしれない。
- 30分後 -
カイルさんが2人を叱り続けてくれたため、2人はしょんぼりして落ち込んでいる。
その間、ずっとシロップさんが頭をナデナデしてくれた。
今日はこのままお持ち帰りしてほしい。
カイルさんは帰り際に、「いつでもうちのパーティに来てもいいぞ」と言ってくれた。
悪くないと本気で考え始めているのは内緒だ。
落ち込んだ姉妹2人と、疑心暗鬼の僕。
その重い沈黙を破ろうとしてるのは、手をモジモジさせ始めたリーンベルさんだ。
「あのね。ほ、本当に心配してたん……だよ?」
「……わかってますよ。2人は心配してくれてると思ってました。正直オーガ戦の反動より、2人に付けられた心の傷の方が大きいです。なんで自分の作ったごはんに嫉妬しなくちゃいけないんですか?」
「「ごめんなさい」」
「次またこういうことがあったら、今度はちゃんと心配してくださいね。精神32万の強靭なメンタルが、一瞬でバキバキになったんですから」
「「はい、ごめんなさい」」
こうして仲直り(?)をした。
カイルさんがしっかり怒ってくれたから、僕は割とスッキリしている。
シロップさんが頭をいっぱい撫でてくれたから、心も癒されている。
……早めに『とんかつ親睦会』をして、恩返しをしようかな。
次同じことがあったら、
その時だ。招かれざる者が現れたのは。
すごい勢いで扉がバンッと開き、サブマスのヴェロニカさんが入ってきた。
「クッキー様! お目覚めになられましたか!」
と言われたので、何も言わずにクッキー100個が入った箱を渡してあげた。
嬉しそうな笑顔で受け取ったヴェロニカさんは、スキップして部屋を出ていく。
「今日の2人は、僕から見たらあんな感じでしたよ」
思わず、心の声が漏れてしまった。
さすがに今見た光景はまずいと思ったんだろう。
2人とも手を左右に動かして、必死に違うアピールをしてくる。
「私は違うよ! あんな感じじゃない、全然違うからね。ちゃんと心配したんだもん、本当だよ? 会った時に泣いてたでしょ。私、泣いてたよね? 目薬を使ってたわけじゃないよ!」
リーンベルさんがすごい勢いで自分をフォローしだした。
次第に頭を抱え始め、徐々に混乱していく。
「私も違う。あれじゃない。私はあれじゃない、あんなんじゃない! ちゃんと心配した。ちゃんと泣いた。これは冤罪、私は無罪を主張します」
スズもパニック状態だ。
ベッドを叩き始め、ひたすら無罪を主張してくる。
どうやら2人の心に大ダメージを与えてしまったようだ。
声をかけようとするタイミングがないくらい、2人とも自分をフォローするように大きな声を出し続けている。
……さすがに言い過ぎたかもしれない。
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