閑話5 スズ視点

- スズ視点 -


 私は彼と出会ってから、餌付けというものを覚えてしまった。

 人である私が小動物のように餌付けをされるなんて、思ってもいない出来事。

 自分でも猫っぽいと思っていたけど、まさかここまでとは。



 ただの一目惚れのはずだったのに。



 特に最近は不死鳥フェニックスと親睦会をするため、彼の料理は猛威を奮っている。



 まずはみそ汁界のプリンス『豚汁』様だ。


 細かく切られた野菜達が、みそ汁の中で満面の笑みになって過ごしておられる。

 非常にのびのびとした表情で、優雅な休日を満喫している。

 その喜びを表現した『出汁』は、スープに旨みを作り出す。


 この野菜から出てくる出汁が味の決め手になっていると、私は推測する。


 だが、豚汁様はそれで終わらない。

 オーク肉の脂身と肉の旨みからも、出汁が抽出されているのだ。

 野菜と肉の味が合わされば、普通は喧嘩すると思うだろう。

 それなのに何故、みそ汁に入っていると喧嘩をしないのか……。


 正直わからない。

 わかるのはおいしいという事実のみである。


 仮説としては、みそ汁というカテゴリーの問題だと思う。

 野菜と肉のトップ会談に、味噌様が間に入ってくださることで揉めないのだ。

 野菜界の王子達も「味噌様がそういうなら肉の王子と仲良くしよう」ということ。

 なんて偉大な存在なんだ、味噌様は。


 私は野菜と肉の絶妙なハーモニーを奏でる最高級のプリンスである、豚汁様を水筒に入れて持ち歩くのが夢だ。

 護衛依頼で周りのみんながお茶を取り出す中、私は1人だけ豚汁様を召喚する。

 コップの中に液体のみが入っている人とは違う。

 私のコップには野菜と肉という固形物も一緒に入ってくる。


 周りからの視線を1人占めにして、羨ましがられることは間違いないだろう。

 今度別のパーティと護衛する機会があれば、絶対にやって自慢しよう。



 次に強烈なパンチ力を誇る、お肉界の暴れん坊『オーク肉の塩胡椒焼き』がすごい。


 肉厚に切ってあるオーク肉に、塩と胡椒で焼くだけのシンプルな料理。

 ただし、普通の胡椒じゃない。

 ブラックペッパーと呼ばれる最強のスパイスだ。


 本来であれば、塩だけで肉の旨みを引き立てるはず。

 でも、そこにブラックペッパーを加えることで、暴力的なパンチ力が合わさり、肉の旨みを倍増させるのだ。


 私は初めて、『肉にパンチされたい』という感覚に陥った。


 ブラックペッパーの恐ろしさは、旨みを引き立てるだけじゃない。

 本能に働きかけ、食欲を掻き立てることにある。

 口の中にパンチを繰り出してきたと思ったら、鼻に回り込んでアッパーをかましてくるの。

 スパイシーな香りが「もっと食べたい」という食欲に変換され、ついつい多めに食べてしまう。

 思わず最初に食べた時は、肉をナイフで切ることを忘れてしまった。


 オーク肉の脂身をけっして飽きさせることのない、史上最強のパンチがある料理だと言えるだろう。



 さらに驚くのは、サラダ界の絶対王者『ポテトサラダ』様が真の力を解放されたことだ。


 まずビューティフォーである。

 とんでもないほど綺麗なお姿をされている。


 そして、鮮やかな野菜達の社交界は口へ入れた瞬間に始まる。


 ダイナマイトじゃがいも様の、パンチの効いた激しいサンバ、

 極・癒しニンジン様の、超絶な癒しを与えるクラシックバレエ、

 ピュアきゅうり様の、歯ごたえにより響き渡るタップダンス、

 オーク肉のハム様の、紅一点の味わい深いポールダンス、

 ときめき卵様を使ったゆで卵の、白身と黄身の優しいフラダンス。


 そして、この全てをまとめ上げているリーダー、マヨネーズ様がチアダンスでトドメを刺してくる。


 この世界でポテトサラダ様に魅了されない人は存在しないだろう。

 どれだけ食べても飽きることがなく、口の中でおいしい社交界が開かれるのだから。


 でも、これだけでは終わらない。

 ポテトサラダ様の潜在能力を私は甘く見ていた。

 お姉ちゃんが悪魔と表現してしまうほどの『ソース』巨匠だ。


 なんと、ポテトサラダ様にソース巨匠がかけられることで、表現力がアップする。

 マヨネーズ様の昼の部から、ソースをかけるだけで夜の部に変わるのだ。

 昼の部では表現できなかった姿を、夜の部でソース巨匠が表現してしまう。


 いったい私達は、どれだけポテトサラダ様の社交界を楽しめば良いのだろうか。

 もはや、やめることはできないのかもしれない。

 なぜなら、私はポテトサラダ様の社交界が楽しみで仕方がないからだ。

 目で楽しみ、味で楽しめる。

 唯一無二の存在で、まさに絶対王者なのである。



 そして、忘れてはいけないのが、お菓子界の『クッキー』王女だ。


 私はクッキー様が作られるところを見て驚いた。

 まだ完成していないのに、誘惑してくるほどのポテンシャルを秘めていたから。

 なぜ焼かれているだけなのに、全てを魅了するアロマを出してくるのだろうか。

 こっちは食べられないんだよ?

 それなのに、なぜ香りで訴えてきてしまうの……。


 これが本で見た『焦らしプレイ』というやつだろう。

 なんて効果的な方法なんだ。

 襲いたくても襲えず、ただひたすら待たされるのみである。


 うぐっ……、口の中で唾液の分泌が止まらない。


 しかも、クッキー王女のすごさは恐れを知らない。

 彼が作るクッキーは2つの甘みを使った、甘みの革命『チョコチップクッキー』なのだから。


 まずはクッキー本来の甘みで攻めてくる。

 この時点でもう最強クラスだ。

 サクサクとした食感が口全体に広がり、第1次甘み期を迎える。


 そこにチョコチップの甘みが攻めてくるのだ。

 サクサクとしたクッキー生地とはまた違う。

 少し柔らかい食感に濃厚な甘さを宿しており、第2次甘み期を到来させる。


 そして、食べ進めていくことで2つの甘みが混じり合い、第3次甘み期を迎える。

 もう、これは卑怯の一言で言い表してもいいだろう。

 なぜ『甘み+甘み=甘くておいしい』という方程式が生まれるのか。

 普通は甘すぎてクドイってなるはずなのに……。


 しかも、どれだけお腹いっぱいになっても求めてしまうという、とても愛おしい存在である。


 もはやお菓子という概念を変えてしまったと言っても過言ではない。

 すでにお菓子界はゲシュタルト崩壊である。



 そして、シロップを虜にしてしまった『極・癒しニンジンの煮物』。


 あの伝説のいけない不倫の味を再現した『不倫カボチャの煮物』を、極・癒しニンジンで作り出してしまったのだ。

 これについては私はノーコメントを貫こう。

 なぜなら、この世界で3人しかいないニンジンソムリエ協会のトップをしている、シロップ会長が認めたのだから。

 私がどうこう言うべき問題じゃない。


 ちなみに、私もニンジンソムリエだ。

 半年前に数々の難関を突破し、見事合格することができた。

 1番難しかったのは、ニンジンの顔を読み取るテストである。



 最後の極めつけは、黄金比『ホットドッグ』先輩だ。


 パン・肉・野菜・ソースを合わせているのに絶妙な味を作り出す、という意味のわからない料理である。

 味だけじゃない、見た目で心をえぐってくる。


 これはもうアイデアの勝利であると言えよう。

 というのも、サンドウィッチのように両側を挟んで閉じ込めることはしないからだ。

 あえて上をオープンにして、全ての具材を見せつけてくるの。

 パンが食材であると同時に、お皿の役割をしてしまうという斬新さがウリである。


 もちろん味だって折り紙付きだ。

 マスタードのピリッとした刺激に、ケチャップの酸味と甘みが合わさる。

 そこにウィンナーの肉々しさが出てきたと思ったら、野菜の爽やかさが顔を出す。

 そして、その全てにパンが合うという伝説の黄金比。


 大人から子供まで、男女関係なく喜ぶ料理だと思う。

 この恐るべき料理を「軽食」と言い切ってしまう彼が、ホットドッグ先輩への侮辱罪にならないか本気で心配している。

 どうか寛大な心でお許しいただきますよう、よろしくお願いいたします。




 こんな恐ろしい料理を1人で作ってしまう彼に、私はどうしたらいいのか悩んでいる。


 私は大好きで仕方がないの。

 彼もまた私のことが大好きだ。

 だからこそ、彼の耳を甘噛みしたい。

 お姉ちゃんに止められているから我慢しているけど……。


 でも、我慢には限界がある。


 もしかしたらお姉ちゃんと違って、彼は甘噛みをされるのが好きかもしれない。

 むしろ好きであって欲しい。


 今度、誰にも邪魔をされない時間帯にお願いしてみようと思う。

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