第41話:胸騒ぎ

 今日から4日間かけて、とんかつ親睦会に向けて準備をしていく。


 せっかくだから、色々と知らない料理も出してあげたい。

 毎日新しい料理を出すとやめ時がわからなくなるけど、祝い事みたいなものだし。

 とんかつ親睦会でドドンッとお披露目したい。


 不死鳥フェニックスだって、この街にいつまでもいるとは限らないし。

 とはいうものの、本当に拠点を移しそうな勢いだけどね。

 僕はシロップさんに毎日会えるから、そっちのが嬉しい。


 大量に作る必要があるため、早速とんかつを作り始めていく。

 最高のとんかつを作るために、オーク肉ではなく『オークエリートの肉』を使おうかな。


 オークエリートは脂身が甘く、赤身がとても柔らかい豚肉だ。

 とんかつに使うなら、肉厚に切った方がインパクトもあっておいしいだろう。

 パン粉も粗目のやつを使おう。


 1.オークエリートの肉のスジに切り込みを入れて、塩と胡椒で下味を付ける

 2.小麦粉、溶き卵、パン粉の順番で衣を付ける

 3.170度の油で揚げる

 4.ランニングキャベツの千切りを添えたら完成


 工程としては簡単だけど、作るのに時間がかかるんだよね。

 カツサンドにして食べたいし、多めに作るよ。

 砂糖と赤味噌を混ぜて、『味噌カツ』が食べられるようにもしていく。


 他にも新作メニューとして、『オーク肉の角煮』を作ることにした。

 角煮みたいに、ふわっとトロけるような柔らかい肉料理って、この世界にないと思うんだ。

 薄い塩で味付けするばかりだし。


 1.オーク肉の表面に焼き色を付ける

 2.鍋に水、肉、垂れ目生姜、寄り添うネギを入れて、弱火で1時間煮る

 3.肉を取り出し、一口ぐらいの大きさに切り分ける

 4.醤油、垂れ目生姜、砂糖で味付けして、染み込ませたら完成


 角煮は普通のオーク肉で作ったよ。

 オークエリートの肉だと、コッテリしすぎると思うから。

 何度も角煮は食べてると、脂身が重たくて箸が進みにくくなるし。

 まぁ、リーンベルさんには関係ないと思うけど。



 そしてもう1つ、お菓子作りも新作を出したい。

 ココアパウダーが使えるようになったから、『トリュフチョコレート』を作ろうと思う。


 クッキーにもチョコチップを入れてるけど、濃厚な甘いチョコは、女性陣の心を鷲掴みにするはずだ。

 特にスズのハートには、トリュフでトドメをさしたい。

 異世界には存在しないチョコを使えば、きっと心に響くはず。


 なんかゲスい理由でごめんね、嫌われないように必死なんだ。


 1.チョコレートを溶かして、生クリームと混ぜる

 2.氷の魔石で冷やして生チョコができあがる

 3.溶かしたチョコレートを大量に作る

 4.作った生チョコに、溶かしたチョコレートでコーティングする

 5.ココアパウダーをふりかけ、冷やしたら完成


 簡単なお菓子だけど、作るのに手間がかかる。

 面倒くさい作業の繰り返しだから、肩とか目が疲れてくるのが難点。 

 その分おいしくなるし、幸せになれる最高のチョコレートだけどね。


 よし、とんかつ親睦会に間に合うように、ガンガン料理を増やしていくぞ!




- 4日後 -




 この4日間の夜ごはんは、『オーク肉の塩と胡椒焼き・みそ汁・パン』だけで乗り切った。

 それでも、みんなおいしそうに食べて喜んでくれてたよ。

 毎日同じメニューでも飽きないみたいで、いつまでもおいしそうに食べてくれるんだ。

 もちろん、ニンジンの煮物とクッキーも出してたけどね。


 それ以外の時間帯は、朝起きてから日が暮れるまで、引きこもって料理を作り続けた。

 僕は冒険者であってシェフじゃないのに。


 作ったメニューは8種類。


 『とんかつ』『オーク肉の角煮』

 『ホットドッグ』『ポテトサラダ』

 『トリュフ』『ホロホロ鳥のから揚げ』

 『タマゴサンドとポテサラサンド』『豚汁』


 ここに以前作りすぎた『ニンジンの煮物』も合わさる。


 ホロホロ鳥のから揚げは、オーク依頼の時にスズと約束してたからね。

 わ、忘れてたわけじゃないよ? 本当だよ?


 作っている間に1番苦労したのは、新作料理を作ろうとする度にスズが寄って来ることだ。

 冒険者のカン(?)が鋭すぎたけど、ひたすら隠し続けたよ。



 だいたいこんな感じで……、



- 2日前の昼間 -


「今からすごいの作ろうとしてない?」


「見たらあげないよ。本番を楽しみにしてて」


「ツライ、ニオイがするだけにツライ」


 そういって、しょんぼりしたまま昼寝に戻っていく。

 まだ作り始めてないんだから、ニオイは出てないんだけどね。

 きっと『冒険者のカン・女性のカン・野生のカン』が合わさってるんじゃないかな。

 とにかくカンが鋭いんだ。


 とんかつを作ろうとすると、スズが寄ってくる。

 角煮を作ろうとすると、スズが寄ってくる。

 トリュフチョコレートを作ろうとすると、スズが寄ってくる。


 構ってあげたいし、構ってもらいたい。

 でも、とんかつ親睦会で楽しんでほしいからね。

 心を鬼にして立ち向かったよ。

 お願いだから、嫌いにならないでね。

 恋の駆け引きは押してばかりじゃダメっていうからさ。

 まぁ、僕は押したことなんて1度もないけどね。


 3つの新作料理の中でも、『トリュフチョコレート』を作った時は酷かった。

 チョコレートのニオイが部屋に充満してくると、


「ニオイが我慢できない……。ニオイがおいしくて、倒れそう」


「いっそのこと倒れてみるのも幸せだよ。もしくは、シロップさんと遊んでおいで。ちゃんと我慢しなきゃダメだからね」


「うぅ……、遊んでくる。耐えられない」


 スズが久しぶりに外出をした。

 シロップさんと楽しんできて欲しい。


 でもしばらくすると、外から「はぁ~。はぁ~」という声が聞こえてきたんだ。

 外に行ってみると、家の外でシロップさんとスズが体育座りをしていた。


「何してるの?」


「「幸せを感じてる」」


「……チョコの匂い?」


「「うん」」


 もっと普通の遊びをして欲しい。

 チョコの匂いを嗅ぐ遊びってなんなの。

 家の前で黄昏る人を初めてみたよ。



- 現在 -



 僕はスズに嫌われないか心配だったけど、頑張って作り続けた。

 そうしたら、とんかつ親睦会の前日には完成したんだ。

 準備万端だから、あとは明日を待つだけ。


 心残りがあるとすれば、『米』がないことだ。

 色々見てまわったんだけど、売ってないんだよね。

 異世界転移あるあるだから仕方ない。

 早く見つけてカツ丼が食べたい。

 とんかつもから揚げもあって、主食はパンって悲しいよ。


 オーク依頼が終わってから、料理とお菓子を作るだけの生活もやっと今日で終わる。


 たまには冒険者生活に戻りたい。

 たまには醤油をぶちかましたい。

 たまには草原を醤油で汚したい。

 たまには腐った卵で悶絶させたい。


 元々憧れ続けたこともあり、積み重なる冒険欲に我慢の限界がきていた。


 準備もできたことだし、気晴らしに出かけようかな。

 寝ているスズにも声をかけてみよう。

 ほらっ、一応、僕達は両想いだし。

 どんな時も出かけるなら、一緒がいいと思うんだ。


 手を繋いで、ゴブリン討伐デートなんてしちゃってね。

 こういうの初めてだから、全力で浮かれちゃってるよ。


 寝ているスズを起こして、声をかける。


「スズ、ちょっと起きて」


「ん………、どうしたの?」


「久しぶりに外へ行こうと思うんだけど、一緒に行く?」


「ん……寝てる」


 僕氏、スズに拒否られる。

 まぁ、最近ずっと突っぱねてきたから、仕方ないのかもしれない。

 明日の親睦会で巻き返そう。


「じゃあ、西門を少し行ったところまで出かけてくるね。

 お昼には戻るから待ってて」


「いってらs……zzz」


 だらけっぱなしだな。

 ぐうたら三昧の毎日で、ちょっと心配だよ。


 とはいっても、冒険者活動をする時はしっかりしてるんだけどね。

 リーンベルさんが近くにいるとダメになっちゃうんだろう。

 お姉ちゃんがいて安心するのかな。


 一緒に来てくれないのは寂しいけど、久しぶりの冒険に出る。

 まずは冒険者らしく、ギルドに立ち寄っていく。


 相変わらずフリージアの街は活気があるよ。

 冒険者も商人も街の人もワイワイにぎわっている。

 引きこもってたから懐かしい。


 あっ、猫の獣人だ。

 しっぽが動いてて可愛い。

 シロップさんの垂れ耳もいいけど、猫耳も捨てがたいよなー。


 フラフラと周りを見ながら歩いていると、すぐにギルドへ着いた。

 中に入ると、朝の混む時間帯も終わっていたため、人は少ない。


 まっすぐリーンベルさんの元へ向かう。


「あれ? どうしたの?」


「明日の準備が終わったんで、気晴らしに冒険したいなって。西門から出ようと思うんですけど、簡単な依頼ってありますか?」


「う~ん、常設依頼くらいかな?」


「そうですか。じゃあ適当に散歩する感じで行ってきますね」


「危ないとこには行っちゃだめだからね。1人でオークとか倒してこないでよ?」


「わ、わかってますよ。スズのお昼ごはんもありますから。少し気分転換するぐらいです」


「1人だと無茶しちゃうんだから、本当に気を付けてね。心配なんだから……」


 リーンベルさんの心配性なお姉ちゃんっぽいところは最高だ。

 最近は食いしん坊キャラが定着してたからね。

 久しぶりの天使リーンベルさんに出会えて嬉しいよ。


 ギルドを後にして、西門から街の外へ出ていく。

 西門から出た理由は、景色が1番きれいだからだ。

 気晴らしには最適だよ。


 街道を歩いていると、ひょっこりゴブリンが顔を出してきた。

 迷わず醤油ビームで倒していく。


 ブシュッッッ


 うんうん、なんか懐かしい。

 この草原が黒く染まる感じが久しぶりだよ。いいね。


 スキル【調味料作成】もレベル6まで上がったおかげか、醤油の圧縮がスムーズだ。

 噴射スピードが上がって強力になっている。

 醤油戦士としては最高に嬉しい武器だよ。


 ……なんだよ、醤油戦士って。


 よくわからない自分の職業に疑問を抱きつつも、1時間ほど狩りをした。

 もうそろそろ戻ろうかなと思った、その時だ。




 ゾクッ




 今まで感じたことのない悪寒と胸騒ぎに襲われる。

 とても危険な気がして仕方がない。

 でも、周りには誰もおらず、魔物すら1匹もいない。


 なんだろう、この感覚は……初めての気持ちだ。

 でも、なぜかわかってしまう。

 街の反対方向に胸騒ぎの原因があるって。

 それに、胸騒ぎの方向に行かないとダメな気がする。


 胸騒ぎに呼ばれているのかな。

 近くにスズがいれば別だけど、このまま向かうには危険すぎる。

 変なことに首を突っ込んだら、リーンベルさんも心配するだろうし。


 モヤモヤしながらも、街へ戻ることにした。

 一歩、また一歩と街に向かうほど、胸騒ぎが強くなっていく。

 なぜこのまま街へ帰ってはいけない気がするんだろう。

 なぜこんなにも不安になるんだろう。



 僕は足を止め、後ろを振り返って全力で走りだす。



 絶対に危険があるとわかってる。

 でも、本能的な何かが『胸騒ぎに向かえ』と警告してくるんだ。

 行かない方が後悔しそうな気がする。


 街から遠ざかるようにひたすら街道を走っていく。

 10分走っても何もない。

 でも、進めば進むほど胸騒ぎが強くなるのは間違いない。


 運動不足の僕はすぐにバテてしまう。

 落ち着きを取り戻すためにも、街道を歩いて進むことにした。



- 1時間後 -



 結局歩き続けても何もなかった。

 なんなんだろう、この胸騒ぎは。

 久しぶりの冒険で心が落ち着かないだけなのかな。


 お昼に戻るって言ってきたし、スズもリーンベルさんも心配しちゃう。

 胸騒ぎは気になるけど、ステータスが低い僕がこんなとこまで来ちゃダメだ。

 せっかく歩いてきたけど、街へ帰ろう………と、思った時だった。



 ドゴォォォォォン



 遠くの方で激しい爆発音のようなものが聞こえた。

 胸騒ぎが『そこに行け』と伝えてくる。



 ……帰ったら、久しぶりにニコニコリーンベルさんに怒られるだろうなー。

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