第40話:誰も話さない親睦会

 ギルドの仕事を終えたリーンベルさんが合流して、席に座る。

 全員が集まったところで、第3回目の餌付け……間違えた、親睦会を始めていく。


「今日はちょっと趣向を変えたメニューにしました。お出しするのは1品だけで、『ホットドッグ』という料理になります。シロップさん用に『極・癒しニンジンの煮物』を用意したので、食べたい人は教えてください」


 早くも女性陣は全員手を挙げていた。

 リリアさんもニンジンが好きなのかな?

 リーンベルさんは好き嫌いよりも、量だと思うけど。


「そのホットドッグはうまいのか? 一品だけっていうのが気になるんだが」


 カイルさんの単純な質問に対して、真っ向から反論しようとしたのはスズだ。

 机をバンッと叩いて立ち上がり、怒りをあらわにしている。


「カイル、侮ってはいけない! ホットドッグは黄金比。計算されつくした黄金比! ホットドッグは最強の黄金比!!」


 スズは黄金比っていうワードが言いたいだけだと思う。

 でも、姉妹のリーンベルさんは何かを感じ取ったのか、何度もうなずいていた。


「私もスズの言う通り、気を付けるべきだと思います。1品しか作らなかった? いえ、違う。あえて1品で攻めてきているんだわ。つまり、それだけ恐ろしい兵器を目の当たりにすることになるはず」


 食べ物であって、兵器じゃないよ?

 すごく安全な食べものだし、怖くないからね。


「さすがお姉ちゃん。私たちはホロホロ鳥の二の轍を踏まない。心を強く持つべき、じゃないと持っていかれる。警告する! ホットドッグは味だけじゃない、見た目がヤバイ。見ただけで……襲いたくなるほどに!」


 スズの謎の警告に緊張が走る。

 料理を襲うという未知の感情がわからないんだろう。

 僕にもさっぱりわからない。


 でも、これだけは言いたい。

 ホットドッグは襲わないで食べてほしい。


「すまない……俺が間違っていた。油断はしない! 思い返せば、今までの料理はすべて想像を遥かに超えてきた。なめてかかっていい相手などいなかった」


 なめてはいけません、噛んでください。

 飴じゃないんですから。


「少しは大目に見ますけど、食べすぎないように気を付けてください。では、渡していくので、おかわりするときは挙手してくださいね」


 みんなの前にホットドッグを取り出すと、男性陣は思わず目を反らした。

 その隙に女性陣は、スタートダッシュで食べ始める。


「なんて見た目してんだよ!! うまいに決まってんだろ……! 油断などしていなかったというのに」


 カイルさんとザックさんは、なぜか反省してから食べ始めた。

 ホットドッグの見た目と味に、全員が心を奪われてしまったみたいだ。

 早食い選手権みたいになってる。


 もう誰もしゃべる人はいない。


 黙々とガブガブ食べていき、静かにおかわりの挙手をしていく。

 まるでしゃべってはいけないルールが存在するようだ。

 いつもオーバーリアクションで楽しませてくれるだけに、シーンとしていると寂しい。

 ホットドッグって軽食だから、ワイワイして食べるものだと思うんだけど。


 ねぇ、誰も話さない親睦会って何の意味があるの?


 どうしよう。このパターンは僕が耐えられない。

 そうだ、シロップさんにニンジンの煮物を渡して構ってもらおう。


「ホットドッグもいいですけど、ニンジンの煮物を食べてみませんか?」


「食べた~い! ちょ~だい♪」


 久しぶりにシロップさんとのんびり絡んでいる気がする。

 おっとりした話し方と、ほんわか癒し系のオーラがたまらない。

 垂れたうさ耳もまたモフモフしたい。


 ニンジンの煮物を差し出すと、シロップさんは小刻みに震え始めた。


「た、たっちゃん……。ど、どどど、どうしたの~? ニ、ニンジン様がこんなに喜んでるところ見たことないよ~?」


 逆にこっちがどうしたのか聞きたい。

 料理されたニンジンがなぜ喜ぶんですか。

 皮は剥かれ、包丁で切られ、熱いお湯でゆでられ……。

 最終的に調味料で味付けして食べられるんですよ。

 喜ぶわけがありませんよ。


 ニンジンはドMなんですか?


「ニンジンの喜んでいる姿がよくわからないですけど、普通に煮物を作っただけですよ」


「ニンジン様がね、ありがとう、ありがとうって言ってるよ~? わざわざ薄味にしてくれたんだね~って。本来のニンジンの味を活かしてくれたんだね~って。いっぱい愛情を注いでくれてありがとうって言ってるよ~」


 マジかよ! 本当にニンジンの声が聞こえるのか?!

 ニンジンはドM説が浮上してきたぞ。

 ここは異世界だし、うさぎの獣人の能力なのかもしれない。


 まぁ、ニンジンが喜んでるならいいや。


「どういたしまして、って伝えてください。ニンジンの煮物は作りすぎたので、いっぱい食べてくださいね」


「は~い」


 シロップさんは僕にニコッと笑った後、ニンジンの煮物と向き合う。

 今までのようにガツガツ食べる様子はない。


 ニンジンを持ち上げ、色々な角度から眺めていく。

 鼻に近付け、香りを確認して目を閉じると、そっと口の中に入れた。

 じっくりと味わうように、目を閉じて噛み締めている。


 上品な食べ方というより、丁寧に食べてくれている感じだ。

 とてもありがたそうに食べてくれる姿は、見ていて嬉しくなる。

 1つずつ、ゆっくりと、じっくりと食べてくれる。


 そして、デザートに僕をたb(自重



 外野が静かでよかった。

 おかわりを挙手制にして正解だったかもしれない。

 ニンジンの話をしてるときも、ガンガン手が上がってるからホットドッグを追加で渡してるけどね。


 まぁ、おいしくてガツガツ食べてくれるのも嬉しい。

 最近は急いで食べる人ばかりだったから、シロップさんのように味わってほしいと思うだけで。


 あれ? シロップさん……ちょっと体が変じゃない?


「シロップさん? 体は大丈夫ですか? ちょっと光ってる気がしますけど」


 当然のように、シロップさんへ視線が集まる。

 だが、誰も食べる手を止めない。

 食い意地を張りすぎだろう。


「ニンジン様の喜んでいる気持ちで、私も輝いちゃったよ~」


 ちょっと何言ってるかわからないですけど。


「たっちゃんのニンジンさんは至福の時間だね~。ニンジンの神様だよ~」


 ……後でステータスを確認しよう。

 僕はすでに『クッキーの神様』の称号があるからね。

 今、何か手に入った気がしたんだ。


「私もニンジン食べる」


 あぁ、そうだよね。

 女性陣は食べるんだよね。

 ニンジンの煮物を取り出して、手渡していく。


「むほっ……むほっ……!」


 スズがむほってる。

 いや、むほってるってなんだ?

 別にいっか、むほってるを許可しよう。


「ニンジン本来のうま味が凝縮されて、口の中で一気に拡散されるわ。かぼちゃの時もそうだったけど、煮物系は恐ろしい。もはや兵器よ!」


 煮物は煮物ですよ、兵器ではないです。


「人参爆弾」


 兵器じゃないってば!


 スズとリーンベルさんはニンジンの煮物を食べ終えると、再びホットドッグに戻っていった。

 リリアさんはお腹いっぱいみたいだったけど、クッキーを出してあげたら食べ始めたよ。


 それから、シロップさんはニンジンの煮物を味わい続けた。

 ニンジン様と一緒に食事を楽しむように。

 まるで、1人だけ別世界にいるように見える。


 ……周りの食い意地がすごいから、そう感じるだけかもしれない。

 カイルさんとザックさんは、狂乱して食べてるからね。


 あっ、リーンベルさん。

 ホットドッグにニンジンを乗せて食べないで。

 ほらー、後悔してる。

 黄金比って言ったじゃないですか。


「……あの~、昨日食べ過ぎないようにって言いましたよね? 皆さん、ちゃんとわかってますよね?」



- 親睦会開始から1時間後 -



 だいたい予想ができたけど、カイルさんとザックさんは食べ過ぎて苦しんでいる。

 セーブしたリリアさんとスズは、食後のクッキーとコーヒー牛乳を楽しんでいた。

 2人とも無表情+無言だけど、仲良さそうに見える。不思議だ。


 リーンベルさんは相変わらず、「まだ1つ目ですけど?」みたいな感じでホットドッグを食べている。


 シロップさんもまだニンジンの煮物を食べている。

 クンカクンカとスリスリしてくれた人とは思えない、お淑やかな感じだ。

 少し寂しく感じるよ。


「スズとリリアさんは、お腹と相談して食べて偉いですね」


 2人はクッキー食べながら、Vサインをする。


「ザックさんとカイルさんは2日連続で食べすぎですか。オーク依頼で一緒だった、たくましい2人はどこにいったんですか?」


「すまない、ホットドッグを侮った俺たちが悪い」


 カイルさんとザックさんは、下を向いて反省している。


「シロップさんはもう少しニンジン食べますか?」


「ううん。今日はもう終わろうかな~。また明日食べさせてね~」


 お礼にクンカクンカをして欲しい。

 リーンベル姉妹がいるから言えないけど。

 特に両想いが発覚したスズには嫌われたくない。

 最初で最後のチャンスだと思っているからね。


 ちなみに、発光してた光りはすぐに消えちゃったよ。

 なんだったのかはわからないけど。


 もうそろそろリーンベルさんはドクターストップをかけるべきだ。

 食べた量は数えられなかったけど、相当食べたんだろうな。


「リーンベルさん、もうそろそろ最後にしてくださいよ。今日はかなり食べましたよね?」


「黄金比がずるいんだもん! ずっと良いバランスで飽きないんだもん。もしかしたら、いっぱい食べてるように見えるだけで、まだ1つ目かもしれないよ?」


「そんなわけありませんよ! あと3つで手をうってくださいね」


「はい!」


 男性陣の2人だけ食べ過ぎて動けなかったので、30分休んで解散した。

 シロップさんが帰り際「ニンジンありがとね~」と、頭を撫でてくれた。

 お持ち帰りしてくれてもいいのに。

 これはこれで嬉しいけど。


 当然お持ち帰りされることもなかったので、家に帰ってからリーンベルさんに八つ当たりのお説教をした。

 寝る前に気になっていたステータスを確認する。


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 名前:タツヤ

 年齢:10歳

 性別:男性

 種族:ハイエルフ

 状態:普通


 Lv:1 (MAX)

 HP:100/100

 MP:0/0


 物理攻撃力:100

 魔法攻撃力:100


 腕力:50

 体力:50

 知力:90

 精神:320000

 敏捷:70

 運:100(MAX)


【スキル】

 アイテムボックス、異世界言語


【ユニークスキル】

調味料作成:Lv.6 1up new!

(料理調味料:Lv.6 1up new!・お菓子調味料:Lv.6 1up new!)


【称号】

 悲しみの魔法使い、初心な心、パティシエ、クッキーの神様、

 ニンジンの神様 new!


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料理調味料:Lv.6

・醤油    ・ソース

・香辛料   ・卵

・塩     ・味噌

・昆布出汁  ・鰹出汁

・ケチャップ ・マヨネーズ

・料理酒   ・みりん


お菓子調味料:Lv.6

・砂糖

・チョコレート

・牛乳

・生クリーム

・インスタントコーヒー

・ココアパウダー


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【ニンジンの神様】

・ニンジンソムリエに神様と認められた者の称号

 ジャンプ力が高くなる


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 やっぱり称号が増えてる、効果は微妙だけど。

 使う機会ってあるのかな。

 うさぎはぴょんぴょん飛ぶから、ジャンプに補正が付いたんだろう。


 それより気になるのは、【調味料作成】のレベルが上がっていることだ。

 戦闘もしていないのに上がるなら、料理を大量に作ってることが影響しているんだろう。

 まぁ、ある意味戦場ではあるんだけどね。


 ようやく『みりん』も使えるようになってるから、煮物もおいしくできそうだ。

 それにココアパウダーが使えるならアレが作れる、楽しみだな。

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