第129話:無意味な仲介人

 獣王と国王がお風呂から出ると、フィオナさんとタマちゃんとクロちゃんが一緒にお風呂へ入りに行った。

 秘密の花園を覗きたい思いを抑えつつ、会食用の料理を作るためにキッチンへ向かう。


 おいしそうにクッキーを食べているヴェロニカさんがいたため、トリュフを上げてギルドへ帰らせる。

 できるだけ人払いをしておいた方が、エルフの話をしやすいからね。


 早速、座って休んでいた料理長と共にハンバーガーを作り始めていく。

 調理しながら話を聞くと、料理文化を広める政策をテストしていることがわかった。


 王都から近いフリージアを国王と料理長が自ら訪れ、市民の反応を生で確認しているらしい。

 何か料理のことで困れば僕に聞けるし、ちょうど良い場所だったんだろう。


 まだ僅かな期間しかテストしていないものの、国王が城に戻り次第、各街を治めている領主に招集をかけるそうだ。

 朝はタマゴサンドがバカ売れして、昼や夜はホットドッグが売れまくっているらしく、連日の大雨でも人気が衰えないほど、毎日行列ができているらしい。


 僕達が戻って来た時は昼ごはんの時間が過ぎてたから、行列も治まっていたんだろう。


 嬉しそうに話す料理長は、手慣れた動きでハンバーガーを作っていく。

 毎日作っているのがよくわかるほど上達して、手元を見ずに調理しているよ。

 出会った頃のみじん切りを嫌がった料理長はもういない。


 随分成長したな、我が弟子よ。

 僕よりうまくハンバーグを焼かないでくれ。


 充分な量が確保できると、みんながいる部屋へ運んで一緒に食べる。

 すでに仲の良い獣人と人族による、ただの食事会だ。


 僕が仲介役をする意味は、ハッキリ言って全くない。

 人族と獣人族の懸け橋を改め、主を失った付き人という謎のポジションで生きていくよ。


 初めて見るハンバーガーに、獣人達が歓喜したのは言わなくてもわかるだろう。

 当然のようにハンバーガー様が降臨されたことになり、フィオナさんと国王が挙動不審になった。

 できるだけカツ丼教を広めてほしくないので、急いでフライドポテトを作って誤魔化したよ。


 今度は初めて見るフライドポテトに、フィオナさんと国王が大はしゃぎをしてたけどね。



 食事が終わった今は、獣王、国王、フィオナさんと僕の4人だけになっている。

 タマちゃんとクロちゃんは料理長に預けてきた。

 調味料の作り方を教えてもらうことで、獣人国でもしっかり独立して作れるようになってほしいから。


 一応、異種族同士の食文化交流も兼ねている。

 フェンネル王国のハンバーガーとホットドッグ、獣人国のカツ丼と手軽な芋料理。

 お互いに教え合うことで、両国の絆はもっと深くなるはずだろう。


 さて、意味があるのかないのかわからない仲介役の出番だ。

 フィオナさんが同席している以上、ダサいところは見せられない。

 珍しく話をリードしていき、互いに手を取り合う未来へ繋げていくんだ。


「国王様、ギルドマスターに伝えておいた件で、何か気になる点はありますか? 獣人国はフェンネル王国と手を取り合う形で同意していますが」


「ワシは構わん。協力してくれるなら、これから手を取り合っていけばいい」


 さすが義理の父上。大人の考え方だな。

 僕だったら間違いなく王女の体を要求していたよ。


「獣王様も以前話した内容で大丈夫ですか?」


「大丈夫よ~ん。何も問題ないわ~ん」


 ………終わった。


 ちょ、ちょっと待ってくれ。

 白熱した議論を交わしてくれよ。

 円満に解決するのはいいことだけど、これだと仲介役の意味がないんだ。


 お願いだから、もっと活躍させてくれ……。

 フィオナさんに良いところを見せたいんだ。


 僕の願いが届いたのか、獣王が咳払いをして周りを気にし始めた。


「黒ローブを倒した亡骸を見たなら知っていると思うんだけど~ん、襲ってきているのはエルフなのよね~ん。でも、誤解はダメよ~ん。エルフの中でも悪魔に魂を売った、ダークエルフと呼ばれる特殊なエルフなんだから~ん」


 まさかの新情報をここで出してくるのか。

 この前のエルフの話で全部教えておいてくれよ。


「……ワシ達は詳しいことを知らん。対峙したダークエルフは魔物を召喚して操るだけでなく、戦闘スキルがSランク冒険者並みだった。たった1人で国を滅ぼすほどの力を持つ、危惧すべき相手」


 国王は少し言葉を選んで話しているだろう。

 ハイエルフの末裔であることは隠さないといけないし、僕がハイエルフだと教えるわけにもいかない。

 最悪バレたとしても、カツ丼様がいるから悪いことにはならないと思うけど。


「私もエルフのことだから、詳しくはわからないわ~ん。圧倒的な力で世界を混沌に導くって聞いてるのよ~ん。まさか手も足も出ないほどの相手だとは思わなかったわ~ん」


「なっ?! ゴッちゃんですら……手も足も出なかっただと?!」


 国王が驚くのも無理はないだろう。

 獣人国でも歴代最強といわれる現獣王が、2度も敗北しているんだ。

 災害級の魔物に負けて幽閉され、カツ丼でパワーアップしてから、もう1度やられた。


 敵がダークエルフの中でも特殊な戦い方をするタイプだったと思うけど、命のやり取りに卑怯もクソもないからね。

 勝つか負けるかの問題だ。


 国王とフィオナさんの絶望的な感情を表すように、外の雨が強くなり始めた。

 黒い雲に覆われて、辺りは夜のように暗くなり、激しい雨音だけが聞こえてくる。


「国王様、フェンネル王国を襲ったダークエルフが『召喚で疲れている』と言ったことを覚えていますか?」


「確かに……言っていた記憶があるな」


「私も覚えています。スズが一撃を与えると、見違えるような動きで戦闘力が高まりました。その時に面倒くさそうな顔で言っていましたね」


 かなり詳しく覚えているな。

 フィオナさんは根に持つタイプかもしれない、気を付けよう。


「今回戦ったダークエルフと比べると、フェンネル王国で戦ったダークエルフは弱く感じました。純粋な戦闘に特化していたタイプと考えるなら、本来はもっと強いはず。あの時の疲れているという言葉は、本当に疲れて弱っていた可能性があります」


 目を閉じて唇を噛み締める国王は、信じ難いことに受け入れたくない様子だ。

 当時Bランクで料理効果を得たスズは、ギリギリでSランクを超えた程度。

 そんなスズと互角なら、ダークエルフにしては弱いと思えてしまう。


 エルフという種族以外で考えれば、あり得ない強さというだけで。


「タツヤさん、王都のダークエルフは純粋な戦闘力に特化した、と言いましたよね。では、今回のダークエルフは特殊な力を使っていたということですか?」


「そうです、暗殺者のような奇襲をする相手でユニークスキルを持っていました。最終的には、獣王とタマちゃんとクロちゃんを3対1で相手にしても、簡単に跳ね除けてしまうほどです。1度は獣王様に時間稼ぎをしてもらい……見殺しにしようと思いましたから」


 その瞬間、空が怒り始めるようにドドドーン! と、近くに雷を落とした。

 ダークエルフの強さを表すような雷鳴と、国の未来が闇に向かうような黒い雷雲。


 たまたま融合ポーションで獣の姿になったから、嗅覚が強すぎて勝てただけに過ぎない。

 あの時に人型のダークエルフがベースになっていたら、間違いなく多くの獣人達が命を散らす結果になっただろう。

 最前線に出ていた僕とスズも例外じゃない。


 信じられずに驚く国王とフィオナさんは、ただ目を泳がすことしかできなかった。

 ファインさんの名声が他国に響くのと同じように、獣王の強さも把握しているはず。

 仲良く話すくらいだから、どれほどの強さか目の当たりにしたこともあるかもしれない。


「僅かな時間でも稼げたらいいと思って、最後は戦ったわよ~ん。こんなことは生まれて初めてよ~ん。共闘していなかったら、間違いなく世界が崩壊していたわね~ん」


 再び天気が怒り出すようにドドドーン! と、落雷が発生。

 本当にバケツをひっくり返したような大雨が降り注ぐ。


 獣王は簡単に言ってしまうけど、変えようのない事実だと思う。

 両国で協力関係を結ぶなら、互いに敵の正しい情報を知ることは大切だ。


 正しい情報を知らないことには、対応策なんて取れるはずもない。

 下手に獣王の機嫌を取るように嘘を言えば、間違ってダークエルフの脅威が伝わってしまう。

 その結果、実際に対峙した時に大きな被害が出ることになる。


 間違いなく言えることは……、僕は仲介役になっていない。

 ただの情報提供者である。


 こうなってしまっては、仲介役で話し合いに参加する意味はない。

 ダークエルフの脅威を適切に伝えられたと思うから、ハイエルフとしての使命を果たそうと思う。


 さっきからずっと我慢していたんだ。

 体の内側にあるハイエルフの血が天気と共鳴するように騒ぎだし、これ以上は抑えることができそうにない。




 台風みたいな嵐がやって来たら、コロッケが食べたくなるんだ。




 唐突にバッと席を立ち、ゆっくりと部屋を出ていくために歩みだす。

 当然のように中途半端なタイミングの離席であり、注目を浴びるのも無理はない。

 仲介役としては、あるまじき行為である。


 そっと扉に手をかけた時、後ろで誰かが立ち上がったのか、地面と椅子が擦れる音が鳴り響いた。


「タ、タツヤさん? いったいどこへ行かれるのですか? まだ話し合いは終わっていませんが……」


 ドドドーンッと雷鳴が轟くと同時に、振り返ることなく扉を開ける。


「暗い嵐のような天気でも、いつかは必ず晴れます。ダークエルフに怯え続けても、何も変わりませんよ。僕には僕のやることがある……ただそれだけです」

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