第128話:失われた女神補正

 自分の家にたどり着くと、早くも異変を察知する。


 雨の影響で必要以上に伸びてしまった雑草を刈り取る、騎士団長のファインさんがいるんだ。

 フェンネル王国最強の騎士と言われているのに、用務員さんのような服装をして雑用しないでくれ。


 そんなとこを他国の王に見られたら、フェンネル王国のイメージダウンだぞ。

 しかも、ただの一般市民である僕の家で。


「あら~ん、このニオイは王国の騎士団長ね~ん。雨が降っているのに雑草を刈ってるわ~ん」


 ほら見ろ、すぐにバレたじゃないか。

 普通は雨でニオイが落ちる設定とかあるだろう。

 獣王は全てを無視してくるから困るんだよ。


「にゃにゃ、あれが騎士団長にゃ?」


「ドラゴンの猛攻を1人で受け切り、国を守ったと言われている騎士団長ニャ?」


 すごい武勇伝を持ってるじゃん。

 他国の姫騎士が噂を知ってるほどの最強騎士が、なぜ我が家で雑草を刈っているんだ。

 君の剣技は雑草を刈るためにあるんじゃない、魔物から人を守るためにあるんだぞ。


「騎士団長に雑草を刈ってもらうなんて、さすが親分だにゃ」


「王国最強の騎士に雑用させるなんて、親分は母国でもすごいんだニャ」


 ファイン君、全ての雑草を刈り取ってくれ。


 奇跡的に王国のイメージも下がらず、自分の好感度アップに繋がった。

 雑草を刈り取るファインさんを見せ付けるように、あえてゆっくり歩いていく。


 なお、ファインさんは恐ろしいほど雑草狩りに集中しているため、全くこちらに気付いていない。

 それはそれで騎士としてどうなんだろうか。

 獣王のような化け物級の存在ぐらい、騎士なら簡単に察知してくれよ。


 ドヤ顔をして玄関の扉を開けると、早速出迎えてくれる人がいる。


 僕の長い旅路を待ち続けるあまり、玄関に椅子とテーブルを置いてティータイム。

 汚い足の裏を見せ付け、ひび割れた踵にポテトサラダを塗りこむ男。


 そう、国王………おい、ここはフィオナさんが待ち構えてて、涙を流して抱きついてくるところだぞ。

 オッサンがほしいんじゃない、おっぱいがほしいんだ。


 ポテトサラダを塗るところを見られた国王は、目を大きく開けて驚いた。

 塗ったばかりだというのに靴下を履かず、そのまま床に足を付けて立ち上がる。


 今すぐ靴下を履いて掃除をしてほしい。


「ゴ、ゴッちゃん!!」


「やだ~ん、オヤッサンが出迎えてくれるの~ん」


 久しぶりの再会を喜ぶように、獣王と国王がハグをした。

 雨の中レインコートを着ていなかったせいで、国王までベタベタに濡れてしまう。


 互いに背中をバシバシ叩きながら、「風呂で泳ごうじゃないか」「いいわね~ん、泳ぎたいわ~ん」と言って、仲良く肩を組んで風呂場へ歩いていった。


 お前ら、随分仲が良いみたいだな。

 謎のあだ名で呼び合うくらいなら、もっと寄り添って協力しろよ。

 いがみあってた意味がわからないくらいの、旧友レベルの仲じゃないか。


 スズと別れてから、変なことばかりが起きている気がする。

 きっとスズの女神補正が外れてしまった影響だろう。

 最近はツッコミマシーンみたいになってるから、妙に疲れてしまうよ。


 大きな溜息を付くと同時に、2階から1人の女性が舞い降りる。


 すごい勢いで降りてくる足音は、僕に気付いたからだろう。

 そうだよ、君を待っていたんだ。


 会えない日々が長期間続いたために、彼女もまた胸の鼓動を高めずにはいられない。

 降りてくると僕の前で跪き、両手を差し出してウルウルした瞳でクッキーを催促してくる。


 そう、ヴェロニカさn………おい、君の出番でもないぞ。

 ギルドの手伝いでやって来たのか?

 どうせなら、同じ家に住んでるリーンベルさんが手伝いに来るべきだろう。


 ムキムキマッチョのギルマスめ。

 肝心なところで人選ミスをするんじゃないよ!


「にゃにゃ、強力な攻撃で大地を割ったと言われる元Aランク冒険者、青鬼だにゃ」


「年を重ねても強さが衰えていないと噂の青鬼だニャ」


 ヴェロニカさんの二つ名なんて、聞かないと思いださないよ。

 ギルマスの赤鬼には反応しなかったのに、なんでヴェロニカさんの青鬼には反応するんだ。

 大地を割るような怪物をクッキーで餌付けしてたなんて、最高に怖くなってくるじゃん。


「親分のレベルになると、青鬼が手伝いに来るんだにゃ」


「ギルドが両国の会談に積極的に関わろうとしてくるニャんて、珍しいことだニャ。やはり親分の影響力が大きいんだニャ」


 よくやったよ、ヴェロニカ君。

 君の役目はもう終わった、クッキーでも食べて休んでくるといい。


 クッキーが入った箱を手渡すと、涙を流してキッチンへ走っていった。

 きっと彼女が手伝いに来た理由は、クッキーの在庫がなくなったからだろう。

 すれ違いを失くして間違いなく手に入れるため、わざわざ手伝いを志願したんだ。


 にゃんにゃんの評価がウナギのぼりだから、後でトリュフもプレゼントしよう。


 玄関で立ち尽くしていても仕方ないので、にゃんにゃんと共に上がろうとした、その時だ。

 平然とした顔で通りかかったフィオナさんが、洗濯物を持ちながら現れた。


 付き添いのメイドが来ているはずなのに、なぜ王女が自ら洗濯物を洗っているのかわからない。

 ただ1つ言えることは、ここに来てようやく本命が現れたということ。


「あら、タツヤさん。おかえりなさい。毎日雨が続いて大変でしたね。タオルをお持ちしますから、少しお待ちくださいね」


 感動の再会などあったものではない。

 今までで1番ドライな対応をされている。

 随分アッサリしてるから、逆に戸惑ってしまうよ。


 トコトコと女の子らしく駆け足で走っていくと、すぐに乾いたタオルを3枚持って来てくれた。

 先にお客さんであるタマちゃんとクロちゃんに、フィオナさんはタオルを渡していく。


 僕の存在が忘れられたわけではないことを祈る。


「タマちゃんとクロちゃんは、お久しぶりですね。メイプルちゃんの付き添いではないのですか? 見当たりませんし、静かなのでいないようですが」


 2人に問いかけながら、フィオナさんはタオルで僕の頭を包んでくれた。

 雨で濡れた髪の毛を優しく拭き取ってくれる。

 ふわふわのタオルでマッサージされているみたいで、堪らなく心地が良い。


 ドライな対応と見せかけて、実は甘い対応をしてくるフィオナさんの優しさ。

 1回落としてから上げるような小悪魔テクニックを使うのは、スズだけで充分だよ。

 タマちゃんとクロちゃんが見ている前で公開プレイなんて……あぁぁぁ、すごくいい!


「王女までいるにゃ。今回は親分の付き添いだにゃ」


「そうニャ、メイプルちゃんは置いてきたニャ。うるさいから話し合いには向かないニャ」


 自分の国の王女をけなす姫騎士は君達ぐらいだよ。

 メイプルちゃんの命を守るだけじゃなくて、名誉も守ってあげてくれ。


「親分とは……獣王様のことですか? あの方は護衛など付けずに行動されるはずでしたが」


「違うにゃ、親分にゃ」


「そうニャ、親分ニャ」


 2人が僕を指差したところで、極楽気分だったフィオナさんの頭拭きが止まる。

 バッとタオルを広げて急接近してくると、僕とフィオナさんの頭を包み込むようにタオルを巻いた。


 まるで、タオルで外界と断ち切り、2人だけの世界へ引き込むように。


 久しぶりの甘々展開で心臓がヤバいというのに、体をくっつけるだけじゃなくて、顔まで急接近。

 普段ならへっぴり腰になるところだけど、逆に主張するように最大まで仰け反ろうとしてしまう。

 でも、タオルで強く巻き込まれていて制限がかかる。


「どういうことなんですか? 他国の姫騎士に親分と呼ばれる意味がわかりません」


 こっちは婚約者に顔をタオルで巻かれる意味がわかりませんよ。


 2人で話したいことがあるなら、ちょっと距離を置いたらいいじゃないですか。

 なぜタオルで巻いて至近距離でコソコソ話すんですか。


 めちゃくちゃ興奮するんで止めてください。

 フィオナさんの生温かい息が頬にかかり、体温が急上昇しているんですよ。

 ギルマスの囁き声でかけられた呪いが、完全に浄化されていきますが。


「獣人国を助けた結果です。あだ名みたいなものだから気にしないでください」


「親分と呼ばれるくらいに仲良くなり、毎日女性に変なことを強要したのではありませんか? タツヤさんの小さい体で、すでに3人も結ばれているのですよ。寂しくお待ちしていた私はどうすればいいのですか」


 さ、寂しく待っててくれたんですね。

 ドライな対応で出迎えてもらったので、心配していましたが。

 今夜はリーンベルさんとフィオナさんによる大人のサンドウィッチが実現しそうですね。


「変なことはなかったにゃ。親分は熱心に獣人国を助けてくれたにゃ」


「そうだニャ、そんな素振りすらなかったニャ」


 不本意でしたけどね。

 正確には、できなかったという言葉が最適ですから。


「そうですか、タマちゃんとクロちゃんが言うなら間違いありまs……」


 フィオナさんが言葉を詰まらせ、重大なことに気付いてしまった。

 王女と婚約してることなんて、知られちゃまずいはずだ。

 この国の民にも公表していないトップシークレット案件であり、隣国に住む姫騎士が知っていい内容じゃない。


 タオル1枚のコソコソ話で、獣人の聴力が防げるほど甘くなかったんだ。


 バッとタオルが振り下ろされると、タマちゃんとクロちゃんが何気ない顔で見つめてくる。

 もしかしたら、鈍感で婚約者だと気付いていない可能性もある。

 ここは適当に誤魔化して、うやむやにする作戦でいこう。


「フィ、フィオナさん。獣王がお風呂から出てくるまで、暖かい部屋で待ってましょうか」


「そ、そうですね。風邪を引いてしまっては大変ですし」


 挙動不審になりながら、タマちゃんとクロちゃんの顔色を確認する。


「それがいいにゃ。雨ばかりだったから、ゆっくり休みたいにゃ」


「そうだニャ。獣王様が出たらお風呂に入りたいニャ」


 どうやらバレていなかったみたいだ、ホッとしたよ。

 思わずフィオナさんも安堵のため息をこぼしている。


 お互いにアイコンタクトで気を付けることを確認して、部屋の方へ歩き出す。


「まさか親分と王女がデキてたにゃんてな~」


「王女に手を出すニャんて、親分も隅に置けないニャ。ギルドの受付嬢とも恋仲だったからニャ」


 バレとんのかい!

 リーンベルさんとの会話まで聞こえてたのかよ。

 獣人の聴力がすごすぎて困る。


 でも、幸いにもバレたのはまだ2人。

 おいしい料理でも出せば、口封じぐらいはできるはずだ。


 君達にとっては未知の味、ハンバーガーで餌付けをしてやろう。

 カツ丼に並ぶ人気商品であり、神の名を刻むには最高の存在だ。

 さぁ、新たな神の名のもとに口を封じるがいい。


 そう思って、ハンバーガーを取り出そうとした時だ。

 お風呂場からドンドンドンと、誰かが走ってくる音が聞こえた。


 バスタオル1枚で大事な部分だけを隠した獣王だ。

 なお、当然のように下だけでなく、上も隠している。


「ちょっと~ん、王女とデキてるなんて驚きよ~ん。詳しい馴れ初めを聞かないと、人族との会談なんてできないわ~ん」


 お風呂で泳いでたはずの獣王が、なぜコソコソ話を聞いているんだ。

 恐ろしいほどの地獄耳を持つんじゃない!

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