第127話:嫉妬
- フリージアへ向かい始めて、7日目の昼過ぎ -
獣人国を離れた翌日から雨が降りだし、今日で6日連続の雨だ。
当然、異世界でも雨は降るけど、長期間にわたって雨が降るのは初めてのこと。
こんなときに異世界人であることを知ってるスズがいてくれたら、梅雨みたいな時期があるのか聞きやすいのに。
スズとシロップさんがパーティから離れたことを引きずりつつ、雨の中を歩いていく。
異世界の雨対策は傘が存在しないため、レインコートを着るのが一般的。
僕も自分用のレインコートをフリージアで買ってるし、タマちゃんとクロちゃんも持参している。
でも、なぜか獣王はレインコートを持っていない。
6日間も雨に打たれて歩けば、普通は風邪を引いてしまうだろう。
毎日野営は洞穴を探して休んでいたから、風通しも悪くて体に疲労が溜まりやすい。
獣王達が順番に見張りもしてくれていたこともあり、いつ体調を崩してもおかしくない状態だ。
それなのに、毎日サンドウィッチと豚汁を嬉しそうに食べるだけで、健康的な体調を維持している。
見ているこっちが風邪を引いてしまいそうだよ。
タマちゃんとクロちゃんは、毎日続く雨で遊びながら歩いている。
水溜まりを見付けては2人で順番にジャンプして入り、水飛沫をあげて楽しんでいるんだ。
子供のように遊ぶ姿を見て、少しほっこりする。
レインコートによって2人の露出が減るため、せっかく一緒にいてもイベントが発生しないけどね。
その結果、異世界に来てから初めてといっていいほど、心臓の鼓動が安定している。
ブラック企業のように過労をさせて、1回心停止まで追い込んでしまったからなー。
心臓がマシンガンになりすぎたせいで、血液がハイスピードで循環するため、血管にも多大なる負担をかけていただろう。
ちょうど良い形で、心臓と血管の休暇になったかもしれない。
でも、それも今日で終わり。
ついにホームタウンであるフリージアが見えてきたんだ。
さぁ、早くリーンベルさんとフィオナさんの元へ向かおう。
永い眠りより目覚め、ハイエルフの心筋パワーを見せ付けてくれ!
動脈硬化にならなければ、どれだけ血管を丈夫にしてくれても構わないぞ。
フリージアが視界に入ってきた時、自然とかけ足になっていた。
遊び盛りのタマちゃんとクロちゃんも、合わせるようにかけ足になる。
獣人だから追いかけっこが好きなんだろうね。
獣王だけは負けず嫌いなのか、全力疾走して行ったけど。
フリージアの西門を潜り抜け、街中へ入っていく。
どこに行けばいいのかわからずに門で待っていた獣王を引き連れ、リーンベルさんのいる冒険者ギルドへ向かう。
久しぶりに会うリーンベルさんを思い浮かべるだけで、胸が高鳴ってくる。
心臓が『俺の出番が来たようだな』といっているみたいだ。
久しぶりだからって、即バーストするようなバカなマネはするんじゃないぞ。
早くもマシンガンを打ち鳴らしていると、見慣れたものが視界に入ってきた。
いったん立ち止まって、よく確認してみる。
………おい、なぜパン屋にホットドッグが置いてあるんだ。
タマゴサンドまであるじゃないか。
どういうことだよ、獣人国に行ってる間に何があった?!
王都で料理長に調味料を教えてから、まだ数か月。
一般市民に販売されるほど、順調な成果を上げているのか。
まさか、国王が来た理由はフリージアで料理文化を広げるため……。
ハッ、しまった! 予期せぬ出来事に考え込んでいた。
まだホットドッグは獣王達に食べさせていないから、先に言っておかないと。
人族の店でオカマが暴れたら、大変な国際問題になってしまう。
「あそこに置いてあるのはホットドッグと言って、ウィンナーをパンで……食べとるんかい!」
3人とも両手にホットドッグを持ち、幸せそうに食べていた。
雨に濡れながらでもお構い無しだ。
「これが噂のフェンネル王国に舞い降りたホットドッグ様だにゃ。絶妙なバランスを保った料理にゃ」
「スズ先輩の言った通りだニャ。黄金比という言葉がピッタリだニャ。手軽でおいしいという観点では、カツ丼様を凌いでいらっしゃるニャ」
いつの間にスズはホットドッグまで教えていたんだ。
ホットドッグに様が付いているのは、カツ丼教の影響だと思う。
……そうであってほしい、ホットドッグ教まで作りたくないぞ。
「やだわ~ん。これで銅貨8枚なんて安すぎよ~ん」
銅貨8枚(800円)が高いのか安いのかは、難しいところだな。
日本の感覚だと高く感じてしまうけど、全く新しい食文化ということを考えれば、庶民にも手が届く値段。
売り上げの何%かを国へ納めるようにすれば、それだけで国も飲食店も喜ぶだろう。
以前、フィオナさんが言ってた通りになりそうだな。
トマトの生産農家を増やして雇用を生み出す。
ケチャップの生産が増大すれば、値段も落ち着いて気軽に買える娯楽になる。
隣国にない食文化のおかげで、フェンネル王国に人材が集まって来る。
今は昼ごはん時を過ぎているけど、大忙しでパンを焼いてる姿が見えた。
近くに見える肉屋さんも忙しそうだから、ウィンナーを大量生産してるんだろう。
すごいな、マヨネーズとケチャップの力って。
いつも地面に撒いたり、塊をぶちまけたりしてごめんね。
隣に売ってるタマゴサンド銅貨6枚(600円)は、高く感じるけど。
でも、今マダムっぽい人がいっぱいタマゴサンドを買おうとしている。
北区にある貴族街の人が、わざわざ自分の足で西門の方まで買いに来るなんて、相当影響が大きそうだな。
おっと、今はそんなことを考えてる場合じゃない、リーンベルさんの元へ急がなきゃ。
ホットドッグを食べる獣人達を連れて、ギルドへ向かう。
ギルドに着くと、レインコートをアイテムボックスに消してから中へ入っていく。
扉を開けた先には、見慣れたいつもの光景がある。
大好きな受付嬢達が早くも僕に気付いてくれた、感無量だよ。
元気っ子のマールさんの鋭いジト目。
アカネさんのボタンを弾き飛ばしそうなおっぱい。
天使リーンベルさんのムスッとした顔とジト目。
………待ってくれ、アカネさん以外はいつもと違うぞ。
それでも、全力でお礼が言いたくなるほどの嬉しいプレイだ。
もっと鋭いジト目で見てもらいたい。
嬉しい目線を全身で浴びながら、リーンベルさんの元へ歩いていく。
間近で見る天使の強烈なジト目に、だらしない笑顔で返してしまうのも無理はないだろう。
すると、天使リーンベルさんは表情を変えずに顔を近づけてきた。
「随分モテたみたいですね。今度は双子ちゃんを連れて帰ってくるなんて。君は浮気するのが趣味なのかなー」
あぁぁぁぁ、耳元で嫉妬されるという極上プレイで、背筋と耳に電気が走るようにビビビッてするじゃないですか。
心臓にも落雷が落ちて、感電するように喜んでますよ。
天使のスキル、恋の電気マッサージを発動させてきましたね。
囁き声って誰でも弱いんですよ、もっとやってください。
「ち、違いますよ。獣人国で料理を教えただけですから、弟子みたいなものです。スズも随分2人のことを可愛がっていたんですから」
「ふ~ん、本当かなー? 君は街を離れると女の子を引き連れてくる癖があるみたいだし、前科もあるからね。ところで、スズとシロちゃんはどうしたの?」
前科といっても、フィオナさんぐらいじゃないですか。
スズと出会ったのも街の外だったから、あながち間違っていないのかもしれないですけど。
イケメンじゃないから、恋愛イベントなんて奇跡でも起こらないと起きませんからね。
しかも、今回はオカマ付きですよ。
「スズとシロップさんは獣人国でいったん別れて、別行動を取ることになりました。猫の獣人の2人は姫騎士で、もう1人が獣王様です」
「猫っぽいスズじゃ物足らず、猫の獣人に手を出したんじゃないのかなー? まぁ、しばらくは様子を見て判断させていただきますよーだ。もし鼻の下を伸ばしたら、夜ごはんは無制限になるからね」
それはやめてください。
終わらない耐久レースを挑むほど、怖いものなんてないんですから。
「本当に何もありませんから、気にしないでください。一応通信で話したんですけど、ギルドマスターに報告してきますね。獣王様は他国からの来賓になると思いますし」
「あ、うん、そうだね。いつもの部屋にいるから、そのまま訪ねてね」
束の間の幸せを感じて、獣王達を連れて2階へ向かう。
リーンベルさんは嫉妬深いけど、それだけ好きでいてくれるってことだよね。
メンヘラにならなければ、疑り深いところなんて最高だよ。
寂しい夜を過ごし続けたリーンベルさんと、今夜は燃え上がるような一夜を過ごせそうだ。
ルンルン気分で2階へたどり着くと、ノックしてギルドマスターの部屋に入っていく。
扉を開けた人間が僕だとわかった瞬間、ギルマスはビシッと立ち上がり、敬礼して出迎えてくれた。
いつもと違う雰囲気なのは、獣王がいるからだろう。
でも、残念だったね。
獣人達は緩いから、堅苦しいのはダメなんだよ。
敬礼するギルマスを全員で無視して、ワイワイと賑やかにソファへ座って寛いでいく。
1人だけドアの向こうを眺めていたギルマスが悲しそうに席へ着き、向かい合う。
「獣王様、遠路はるばるお越しくださり、誠にありがとうございます」
「気にしてないわ~ん。雨が続いたから少しくらいお風呂で泳ぎたいけどね~ん」
いい年した大人の王様なんだから、お風呂で泳ぐのはやめなさい。
にゃんにゃん達は可愛いから許すけどね。
「そうですか、無事に到着して何よりです。すでにフェンネル王国の国王はフリージアについており、いつでも話し合いができる状態です。旅でお疲れだと思いますから、少し時間を遅らせて話し合いをされてはいかがでしょうか」
「わかったわ~ん。その辺りは任せるのよ~ん」
「わかりました。タツヤ、すまないが耳を貸してくれないか」
唐突に名前を呼ばれて驚くと、ギルマスが手招きをしていた。
ギルマスには『たかいたかい』をされた嫌な思い出があるから、できるだけ近付きたくないんだけどな。
おそるおそる近付いていくと、ガシッと肩に手を回されてしまう。
「悪いが、獣王様達をお前の家に泊めてやってくれないか?」
耳元でオッサンが囁いてくるなんて、天使リーンベルさんとは比べ物にならないほど不快だな。
悪い意味で背筋がゾクゾクしてしまい、呪いをかけられているような気分になる。
後でフィオナさんにも囁いてもらって、この呪縛から解放されなければ。
「構いませんけど、うちにメイドさんはいません。おもてなしはできませんよ」
「その心配は何もいらない。すでに国王がお前の家で寛いでいるんだ。付き添いのメイドも来ているから、困ることはないだろう」
うちは王族が泊まるような三ツ星ホテルじゃないんだぞ。
フィオナさんという王族は住んでるけどさ。
まぁ、結婚したら国王とは家族だから文句も言えないか。
「わかりました。じゃあ、早速家に戻って休憩してきます。国王達と話し合うのも、うちの部屋を使うつもりですよね?」
「すまんな、ギルドから接待費を払うつもりだから、許してくれ」
ようやくギルマスの腕から解放されると、急いで部屋を後にした。
やはり奴は危険だ、鳥肌が立つほど気持ち悪いよ。
オッサンの吐息がかかった耳を手で払いながら、フィオナさんの待つ自宅へ戻ることにした。
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