第130話:辛口のにゃんにゃん

 大雨が降り注ぎ、雷が鳴り響く中、キッチンでは和やかな光景が生まれていた。


「このオッサンなかなかできるにゃ」


「このオッサンなかなかやるニャ」


 褒められて照れる料理長がフライドポテトとポテチを作り、揚がったものをタマちゃん、クロちゃん、ファインさんが仲良く食べている。

 ハンバーガーと一緒に食べてたのに、まだ食べられるんだね。

 前から思ってたけど、君達もけっこう食べるタイプだよね。


 あと、ファインさん。草刈りお疲れ様です。


 台風レベルの嵐だというのに、こんな和やかだとは思わなかった。

 普段だったら間違いなく仲間に入って、にゃんにゃんに癒されながらサボるところだろう。

 でも、今日は大事な使命がある。


 悪いけど、みんなには手伝ってもらうよ。


「は~い、集合で~す。美味しいものを作りますから並んでくださ~い」


 ドドドーン! と雷が落ちる中、緩い感じで召集をかける。

 みんながビシッと並んでくれるのはありがたい。


 料理長は師匠である僕に逆らわない。

 タマちゃんとクロちゃんはカツ丼様の影響で逆らわない。

 ファインさんはおいしいものが食べたいから逆らわない。


 非常に良い関係だ。

 迅速に動いて、リーンベルさんが帰ってくるまでに間に合わせよう。


「外が嵐になってきたので、急遽コロッケというものを作ります。おやつに食べてもよし、ご飯に合わせてもよし、パンに挟んでもよし。嵐が来ると食べなければならない伝説の料理であるため、今すぐ作り始めますよ。まずファインさん、じゃがいもとパンを多めに、玉ねぎとキャベツをそこそこ買ってきてください!」


「おう、任せてくれ!」


 雷が鳴り響く激しい雷雨の中、嫌がることもなくキッチンを飛び出していった。

 さすが1人でドラゴンに立ち向かうほどの騎士団長である。

 雷雨に恐れることもなく、任務を遂行する強者。


 買い物を頼んだ理由は簡単だ。

 アイテムボックスに入れていた食材は、ほとんど獣人国に置いてきたから。

 空前のフライドポテトブームが到来してたし、じゃがいもすら余分に置いてきたくらいだもん。


「パシリ団長にゃ」


「雑用しかしてないニャ」


 国内最強の騎士団長なのに、こき使ってごめんね。

 だんだん威厳がなくなり始めてるけど、許してほしい。

 にゃんにゃんに買い物へ行かせるのは可哀想だし、僕もこんな天気の日に出かけたくないんだ。


 さて、ファインさんが帰ってくる間に挽き肉の準備でもしようかな。


「待たせたな! 雨で閉まっている店が多くて、3店舗回ってたんだ」


 早えーよ、時の流れに逆らう速度で帰って来ないでくれ。

 3店舗も回ってくれて本当にありがとうだけどね。

 雨で家が濡れないように、ちゃんとタオルで拭いてくれてる辺りもありがたい。


 ……もう君の役目は終わったから、後はゆっくり向こうで休んでいてくれ。

 また買い物があればお願いするね。


 邪魔になったファインさんをキッチンから追い出し、早速教えながら4人で作っていく。


 1.皮を剥いたじゃがいもを茹でて潰していく

 2.玉ねぎみじん切りにして炒める

 3.挽き肉、じゃがいも、玉ねぎを合わせて塩コショウをふって混ぜ合わせる

 4.形を作って、小麦粉、卵、パン粉を付けて、170度の油で揚げたら完成


 ちょうど初めてのコロッケが揚げ終わる頃、気になっているファインさんが様子を見にやって来た。

 嵐の中にもかかわらず買い物へ行ってくれたから、出来立てのコロッケを誰よりも先に食べてもらおう。


 揚げ立てホカホカのコロッケを皿に乗せて、そっと差し出してあげる。

 羨ましそうににゃんにゃんが見てるけど、後にしてくれ。

 パシリ団長の威厳を少しでも取り戻してあげたいんだ。


 受け取ったファインさんは間髪を入れずに、口へ放り込む。


 サクッ バタッ


 懐かしいですね、おいしい料理で誰かを倒すなんて。

 ファインさんは弱すぎですけど、久しぶりに倒すと快感です。

 良いコロッケが出来上がったみたいで、安心しましたよ。


 ……ん? これは威厳がなくなるのでは?


「幸せそうな顔で倒れたにゃ」


「だらしない顔ニャ」


 ごめんね、ファインさん。

 威厳を取り戻すはず予定だったのに、失敗しちゃったよ。


 でも、安心してほしい。

 にゃんにゃんに見下ろされるなんて、ご褒美みたいなものだからね。

 タマちゃんとクロちゃんは可愛いし、太ももとお尻も最高だよ。


 幸せそうなファインさんの顔を眺めながら、にゃんにゃんにコロッケを手渡してあげる。

 少し冷めたから、ちょうどいい感じで食べられるだろう。


 受け取ったにゃんにゃんを、料理長が羨ましそうに見ている。

 料理長も弱いはずですだから、味見は禁止ですよ。


 早く作り終えないと、嵐より怖い怪物リーンベルさんがやって来るんだ。

 コロッケなんてカロリーゼロと言わんばかりに、食い散らかすに決まっている。

 無限に収まる食糧庫を満足させないと、スズみたいに離れていきそうで怖い。


 お願いだから、料理作るの手伝ってくださいよ~。

 後でみんなと一緒に食べた方がおいしいんだから。


 料理長に厳しい視線でアイコンタクトを送っていると、にゃんにゃんがコロッケにかぶり付いた。


「外はサクサク、中はホクホクにゃ。対照的な2つの食感に、いもの甘みがブォォォーンって襲ってくるにゃ。噛めば噛むほど甘くにゃる、魔法のいも料理だにゃ」


「いもの甘みで癒しニャがら、衣で香ばしさを付けてくるニャ。これが噂のツンデレだニャ。デレ要素が多すぎるのに許さざるを得ないニャ。できるニャら、コロッケの中に入って昼寝したい」


 嬉しそうに食べるにゃんにゃん達は、すぐにバクバク食べていった。

 料理長が固唾(かたず)を飲んでいることなんて、全く気付いていないだろう。

 可能なら、倒れたファインさんのことは忘れてあげてほしい。


 食べ終わって再び味見を要求してくるにゃんにゃんに、「カツ丼様が早く作れとおっしゃっている」と、小声で適当なことをいって誤魔化し、急いでコロッケ製造工場を稼働させていく。


 君達はつまみ食いで、お腹いっぱいになるまで食べてしまう癖があるからね。

 夜ごはんをみんなと一緒に食べられるように調整しようね。


 1人だけ食べられないことに拗ねる料理長も合わせて、夜まで作り続けていった。

 そのおかげで、なんとか大量のコロッケを作ることができたよ。

 料理長に味見をさせてあげると、「はぁ~~~ん」といって倒れたので、そのまま放置していく。


 ちなみに、途中でパンにキャベツの千切りとコロッケを挟んで、ソースをかけたコロッケパンも作っておいたよ。

 準備万端で嵐の夜を迎えることができてよかった。


 後はリーンベルさんが帰って来れば……。


 って、こんな嵐の中でリーンベルさんはどうやって帰ってくるって言うんだよ!

 強風が吹き始め、雷も酷いんだぞ。

 どんどん酷くなる一方なのに、大丈夫かな。


 もしかしたら、雷に怯えて泣いているかもしれない。

 寂しく震えて、僕が向かうに来るのを待っている可能性もある。


 こういう時こそ、男の見せ所ってもんだろう。


 かっこよく迎えに行って、雨を避ける盾となってリーンベルさんを守るんだ。

 待っててくれ、リーンベルさん。

 雷が鳴った時は、肋骨が折れるくらい遠慮なく抱き締めてほしい。


 急いでキッチンを飛び出し、玄関に走り出していく。


「あれ、タツヤくん? こんな雷雨なのにどこへ行くの?」


 それどころじゃないんだよ、リーンベルさん。

 今は男を見せ付けて、ハグされることに必死なんだ。

 すぐにギルドへ向かって、リーンベルさんを……なんで帰ってきてるの?


 声が聞こえてきた方向を見てみると、お風呂に入り終わったリーンベルさんが立っていた。

 スズがいないから髪の毛を魔法で渇かすことができず、タオルで拭く姿が色っぽい。


 そのタオルで無駄に撫でまわされたいという変態思考が止まらない。


「いつ家に戻ってきたんですか?」


「1時間くらい前かな。かなり酷くなってきたから、ヴェロニカさんに送ってもらったの。こういう時にお風呂がある家は、風邪を引かないからいいよね」


 イケメンだな、ヴェロニカさんは。

 元々優秀な冒険者で仕事場の上司とはいっても、普通はそこまでやらないだろう。

 無事にリーンベルさんを送ってくれたお礼に、後日クッキー500個を進呈しようと思う。


 きっとマールさんやアカネさんも送ってあげただろうからね。

 女性の味方は心の友だよ。


「そ、そうですね。夜ごはんの準備もできましたから、みんなで食べましょうか」


「うんうん、楽しみにしてたんだー。料理長さんの料理もおいしいけど、なんかちょっと違うんだよね。同じように作ってるみたいなのに、少し深みが足りないというか……」


 リーンベルさんはタマゴサンドしか作れないけど、大食いのせいで誰よりも僕の料理を食べている。

 そのため、何か気付くことがあるんだろう。

 僕からすれば、料理長の方が焼き加減とか上手に見えるんだけどな。


 まぁ、愛情というスパイスの量が違うんだろうね。

 抱かれて愛されたいと思い続ける僕は、常に全力投球で必死なんだよ。


 別名、変態というスパイスともいうけどね。

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