第131話:コロッケパーティ
「いも祭りで作ったフライドポテトを簡単に超えてこないでよ~ん。どうしたらいいの~ん、脇に挟みたいくらい好きよ~ん」
獣王がコロッケを食べた第一声がこれである。
ひょっとしたら、獣王は脇フェチなのかもしれないね。
異性の脇が好きなんじゃなくて、好きな物を自分の脇で挟むという新しいフェティシズム。
絶対に誰も目覚めてほしくない分野になるだろう。
「肉がメインじゃないのに、これほどうまいとは! これはいかんぞ。パンチ力は低いにも関わらず、後を引いてしまう。食べ終わるタイミングがわからん」
ポテトサラダを踵に塗るような国王が、獣王のせいで随分まともに思えてしまう。
アイテムボックスから出したばかりの熱々のコロッケを、手掴みでバクバク食べる獣王は異常だ。
国王のように鼻息でフーンフーンと冷ましながら食べるのが普通……、口で冷ましてくれ。
だいぶ慣れてきたからいいけどね。
この世界で王様と言うのは、変人を表す言葉だと思うから。
でも、そんな国王のDNAを受け付いだ王女であるフィオナさんは違う。
実の子じゃないかもしれないと思うほど、落ち着いて食べている。
99%母親に似ているに違いない。
「確か獣人国は伝統的にじゃがいもを大切にしていましたね。じゃがいもを使った料理を作り、親睦を深めたと。その結果、親しみを込めて親分と呼ばれ始めたのですね」
地上にいる獣人に関してはその通りだ。
戦闘に参加した獣人達はカツ丼様の宣教師ということが影響している。
でも、そんなことを詳しく説明するのは面倒くさい。
「その通りです、全て狙い通りでしたよ」
1度得てしまった知的キャラを覆したくはない。
フィオナさんにも知的イメージを擦り込んで、どんどんよく思われたいんだ。
誤解でもされなければ、僕に良いところなんて存在しないからね。
久しぶりにフィオナさんと良い雰囲気になっている向かい側では、宴会のような盛り上がりを見せている。
「親分、このお方はすごいにゃ! 底なし沼のように全てを食べ尽くしていくにゃ。世界一の強靭な胃袋をお持ちだにゃ」
「さすがスズ先輩の姉上、コロッケパンとハンバーガーの二刀流だニャ。とてつもなくおいしそうに食べるから、作ったクロも嬉しくなってしまうニャ。もっとコロッケを食べてほしいニャ」
まさかリーンベルさんの食いっぷりを喜ぶものが現れるとは。
確かにおいしそうに食べる姿は、見てて癒されるし可愛いと思う。
時間が経てば、だんだん腹が立ってくるけど。
コロッケパンを食べながら観戦しているタマちゃんとクロちゃんは、必要以上に興奮している。
リーンベルさんが新しいコロッケパンに手を出す度、「ニャー!!」と雄叫びを上げるほどに。
初めてフードファイトを見て喜ぶ子供みたいで、外の雷鳴がかき消されてしまうほど騒いでるよ。
でも、初めて応援されるリーンベルさんは少し戸惑っていた。
「ねぇ、猫ちゃん達に懐かれてるんだけど、今日は多めに食べてもいい? 期待の眼差しがすごいの。受付嬢のおもてなし魂が騒いじゃってるのよ」
素晴らしい魂をお持ちですね。
是非、今夜は夜のおもてなしをされてみたいです。
僕も期待の眼差しで見てしまいますよ。
「2人が作った物でもありますから、引かれない程度に食べてください。一応、王族もいる会食ですからね、一応」
王族っぽい人が身内のフィオナさんしかいないけど。
「うんうん、期待されてる分は頑張らないとね。じゃあ、ハンバーガーとコロッケパンを追加で出してもらってもいい? あっ、普通のコロッケとポテトサラダも山盛りでお願いね」
追加のオーダーがすごいから困る。
で、でも、見捨てられたくないし、ここはサービスしておいた方がいいだろう。
スズのトラウマが蘇ってしまったため、大皿に乗せて山盛りで出してあげる。
コロッケパンとハンバーガーは2段にして体積を増やし、コロッケは綺麗に3列に並べ、ポテトサラダはバケツで用意した。
大食いの人間でも食べられる量ではないけど、リーンベルさんにとっては朝飯前だ。
満面の笑みで喜んで食べ始めるリーンベルさんと、驚愕の表情で驚くにゃんにゃん。
大食いだけで見れば、リーンベルさんはエンターテイナーかもしれない。
決して無理することなく綺麗に食べ進め、いつまでもおいしそうな笑顔だからね。
「にゃにゃ?! やめた方がいいにゃ。追加でこんなにも食べられるわけがないにゃ。見てるだけでおかしくなりそうだにゃ」
「そうだニャ、細い体が悲鳴を上げてしまうニャ。無理に食べる必要はないんだニャ。もし全てを食べ切ってしまったら、名誉を称えてボスと呼んでしまうニャ」
確実にボスと呼ぶことになるだろう。
その頃には、追加オーダーがやって来そうで怖い。
慌てふためくにゃんにゃん達は、次第に心配から応援へと切り替わっていく。
応援されることに慣れてないリーンベルさんは、ちょっと恥ずかしそうだけど。
「フィオナさん、話し合いはどうなりましたか? 途中で抜けたので、よくわからなくなってしまって」
王女の気品を見せ付けるフィオナさんは、小さな口を開けてコロッケパンを食べている。
脇を締めて両手でパンを持ち、ソースで口周りを汚さないように気を付けていた。
1人だけ次元の違う世界からやって来たのではないかと、勘違いしそうな清楚さだよ。
実際に違う世界からやってきた僕がいうのも変だけど。
「結論を言ってしまえば、2国間で対処できるレベルではない、という判断になりました。冒険者ギルドにも本格的な要請を行い、主要都市にはAランクパーティに防衛の依頼を呼びかける予定です。ドワーフの国に要請を出して大量の装備を調達したいのですが、これは見送りました。フェンネル王国とは仲が悪いですから、余程のことがない限りは難しいです」
過去の大戦でドワーフはエルフと対立してたんだっけ。
エルフと手を取り合おうとしたフェンネル王国とは、水と油のような関係かもしれない。
獣人国が間に入ってくれたとしても、裏でエルフと仲良くしてることがバレたら大変なことになるだろう。
アルフレッド王子はうまくやってくれそうだけど、獣王とメイプルちゃんは話し合いで頼りにならないし。
これは見送る方が正解だな。
「冒険者ギルドが協力要請を受けてくれるなら、間接的にドワーフにも連絡がいきますよね。下手に動かず、様子を見た方がいいでしょう。それで、獣人国とは元々仲が良かったんですか? スズから協力を拒否されてると聞いていたので、もっと仲が悪いのかと思ってましたよ。あれはどう見ても、昔からの旧友レベルですからね」
国王と獣王はコロッケで乾杯をして盛り上がっている。
お酒など1滴も入ってないのに、酔っ払っているような雰囲気だ。
「ふふふ、付き合いはずっとありましたからね。他国に公表するような政治的な内容や武力による協力は初めてですから、表向きはそう見えないかもしれませんが。タツヤさんに初めて出会った時も、私が獣人国へお忍びで遊びに行った帰りだったんですよ。メイプルちゃんの吠える声が、どうしても聞きたくなる時がありまして……」
気持ちはわかる。
ペットショップに行って、買わないのに猫とか犬を眺める時間って好きだったし。
モフモフ成分を補充したくなってしまうのは、人類の欲求みたいなものだと思うよ。
特にメイプルちゃんは王女の割に話しやすくて、可愛かったもんなー。
お尻と太ももが最高で、ブルンブルン振りまわす尻尾もよかった。
「僕が行った時も1人だけずっとワンワン吠えてましたよ。王女なのに、ずっと走り回っていましたし」
「彼女らしいではありませんか。私が遊びに行く時は永遠に散歩しますからね。リードを付けて走り回る彼女を連れて歩くだけで、心が癒されてしまいます」
なんだと?! リードプレイまであったなんて。
めちゃくちゃ損した気分だ、僕もリードを付けて散歩したかったよ。
走り回るメイプルちゃんのお尻を、正当な理由で追っかけるという合法の遊び。
体力が持つ限り精一杯散歩に付き合って、一生リードを放さずに過ごしたい。
最終的に息切れして座り込む僕に向かって、ワンワン吠えて罵倒してもらいたいんだ。
メイプルちゃんのお尻を思いだしていると、同じく魅力的なお尻を持ったにゃんにゃん達が騒ぎ始める。
「お、親分! 大変にゃ! ボスがおかわりを所望しているにゃ」
「すごいんだニャ、まだ腹3分目とか言ってるニャ! 終盤のはずなのに、コロッケの3段重ね食いを見せ付けてくるんだニャ」
パッと目が合ったリーンベルさんは、コロッケを3つ重ねて、大きな口を開けて食べるところだった。
コロッケの間にはケチャップが塗られており、次は4段重ねに挑戦する予定のコロッケサンドが作られている。
別次元から来たような胃袋にため息を吐きつつも、余っているコロッケサンドをすべて取り出す。
「これで最後ですよ、コロッケもコロッケパンも在庫がありませんから」
まだ食べられると喜んで、3段重ねのコロッケにかぶり付くリーンベルさん。
予想を遥かに超える挑戦にヒートアップするにゃんにゃん。
異常な盛り上がりを見せたリーンベルさんの大食いに、途中から獣王と国王まで応援を始めることになった。
まだまだ余裕だったこともあり、リーンベルさんは順調に食べ進めていく。
最後のコロッケパンに手を出した時には大歓声が上がり、タマちゃんとクロちゃんは泣き始めてしまった。
もちろん、最後の一口を食べた時がピーク。
照れつつも声援に応えるリーンベルさんに大拍手が送られ、不動のボスポジションを獲得した。
その時、嵐が敗北を認めるようにピタッと止んだことが印象的だった。
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