第115話:赤身からはエロスを感じた

「オーク肉が薄くてカリカリしてるにゃ」


「厚みが変わるだけで、ニャぜ肉のおいしさが変わるんだニャ。料理は奥が深いものだニャ」


 クロちゃんの思考は完全に料理人である。


「ぐっ、私は料理の天才だったのか。ここまでおいしいお好み焼きを作ってしまうとは」


 スズに至っては自惚れ始めてしまった。

 自作のお好み焼きを噛み締めるように食べている。


 3人とも当たり前のように、お好み焼きをおかずにしてカツ丼を食べている。

 僕はカツ丼だけで充分お腹いっぱいになるけどね。


 もし、クロちゃんが獣人国でカツ丼屋さんを開いたら、1人あたり何人前を頼むんだろうか。

 今日参加した人は全員がお好み焼きを3回以上おかわりして、カツ丼も3杯以上は食べていた。

 めちゃくちゃ儲かりそうだな。


 この辺りのオークは壊滅するかもしれないけど。


「親分、お好み焼きおかわりだにゃ」


 お好み焼きのタネを出してあげると、3人とも自分でお好み焼きを作り始めた。

 スズが火魔法で火力調整をしながら、嬉しそうに鉄板と向かい合っている。


 この後カツ丼もおかわりしたいだろうから、代わりに作っておこうかな。

 そうだ、みんなには今日頑張ってもらったから、特別にワイバーンの肉でカツ丼を作ろう。

 スズの話によると、ワイバーンの肉は生でも食べられるほどおいしいみたいだからね。


 ドラゴンの肉は脂身がほとんどない上質な赤身だから、熱を通しすぎると固くなって不味くなる可能性がある。

 生でも食べられるくらいだから、あえてレアな部分を残すように作ってみようかな。


 楽しそうにお好み焼きを見つめる3人をおいて、料理を作っていた部屋へ向かった。

 3人の前でワイバーンの肉を取り出したら、大変なことになりそうだから。


 部屋に入ると、早速作っていく。


 といっても、厚めに切ったワイバーンの肉で普通にトンカツを作るだけ。

 ただし、油の温度は高めに設定して、一気にキツネ色へ揚げるんだ。

 高温で揚げられることで、表面だけに火が通って、中はレアになる。


 いつもより早めに裏返し、キツネ色になった時点で取り出していく。

 油を充分にきって包丁を入れると、サクッという音と同時に、綺麗な肉の断面図が現れる。


 厚さ2cmの肉厚なトンカツは、真ん中の5mmだけ薄っすら桃色という、絶妙な揚げ加減。

 お腹いっぱいの僕でも、口内に唾液が分泌されるほどの見た目をしていた。


 つまみ食いをせずにはいられない。


 出来立てのトンカツを1切れもらい、あえて何も付けずに口へ放り込んだ。

 2cmものボリュームある赤身から生まれ出る肉本来の旨みは、一噛みで口全体に拡がるほど破壊力がある。

 熱を通しすぎないことで、厚みがあるのに柔らかいというのも、ポイントが高い。

 レアな部分が噛むだけでトロけ出し、肉とは思えないような食感だ。


 この1切れだけで、ご飯1杯いけるかもしれない。

 トンカツを小さい頃から食べ続けた僕がこう思うんだから、彼女達はそれ以上の感情を生みだすだろう。


 だが、それでいい。

 女の子には特別なカツ丼を与えて、めちゃくちゃ好かれたい。


 広場からは「神は私をどうするつもりなのだ」と、謎に苦しむスズの声が聞こえてきた。

 きっと冒険者のカンが働いたんだろう。

 タマちゃんとクロちゃんは感じないのか、「先輩、火が乱れてるにゃ」「焦げるからしっかりするニャ」と、ダメ出しをしている。


 心の中でスズを応援しながら、トンカツをカツ丼へ変えていく。

 トンカツの厚みがすごいため、卵をいつもより多く消費しないと、みすぼらしくなってしまう。

 余分に1つずつ卵を使って贅沢に閉じ、最後に生卵の黄身だけをカツ丼の頂上に盛り付けた。


 最高に贅沢なカツ丼になったな。


 ルンルン気分で3人の元へ近付いていくと、スズは1人でカツ丼の舞を踊っていた。

 踊りながら器用にお好み焼きを切り分け、モグモグと食べているのはさすがだと思う。

 信者としては正しい行動なのかもしれないけど、かなり変な人に見えるよ。


 元から君も僕も変な人に分類されてるけどね。


「今日は頑張ってもらったから、特別にワイバーンの肉でカツ丼を作ってみたよ」


 アイテムボックスからカツ丼を取り出すと、タマちゃんとクロちゃんも高速でカツ丼の舞を踊り始める。

 せっかく作ったんだから踊ってないで食べてほしいと思っていたら、すぐに座ってカツ丼に手を付けたけど。


「んにゃ?! カツが裏拳を叩きこんでくるにゃ」


「そんニャわけがないニャ、確かにカツはパンチ力があr……んニャ?! 裏拳ニャ! 口の中に強烈な裏拳が叩きこまれ、歯が持っていかれそうだニャ。旨みによる凶悪な暴力事件だニャ」


 勢いよく食べ始めた2人は、涙と鼻水を垂らすほど喜んでくれた。

 カツを口に入れる度に「んにゃ?!」と、奇声を上げている。

 毎回裏拳が叩きこまれるほどの衝撃を受けているんだろう。


 一方、スズは未だかつてないほど、お淑やかに食べていた。


「……んまい!!」


 鼻から息がフーンと抜けるような形で放たれた言葉は、たった3文字。

 おいしすぎて、逆に何も言えないパターンに入ったんだろう。

 じっくりと噛み締めて味わいながら食べているよ。


 喜んでるならよかったと思っていると、食べ終わったクロちゃんから質問攻めが待っていた。


「ニャんでカツの厚みを増やしてあんなにおいしかったニャ? 肉の真ん中に火を通さないやり方なんて聞いてないニャ。桃色に輝く赤身からはエロスを感じたニャ。しかも、カツ丼にトッピングされた生卵はなんニャ! 途中から崩して食べることで、ご飯と黄身が絡み合って恐ろしいハーモニーだったニャ」


 クロちゃんの料理人スイッチを入れてしまったみたいだ。

 どうして昨日は教えてくれなかったのか、という怒りに満ちた表情で迫って来る。


 迫られたい願望が強い僕でも、怒られるのは好きじゃない。


 カツ丼ガチ勢のクロちゃんは、知ってる限りのことを話すだけでは納得してくれなかった。

 結局、作り方は同じなのにデモンストレーションをすることになり、カツ丼を作った部屋まで連れて行かれる。

 また後で揉めそうだと思ったので、ミルフィーユカツの作り方も教えてあげよう。


 地上では死闘が繰り広げられてるはずなのに、僕は何をしているんだろうか。

 本当にカツ丼の作り方を教えに来ただけの、謎の宣教師になっているぞ。


 あと、肉のレアな部分からエロスを感じないでくれ。

 エロいのは、君の太ももとお尻だからね。


 クロちゃんとトンカツの修行に夢中になってると、広場から変な声が聞こえてきた。

 トンカツを揚げる音でかき消されるから、ハッキリとしたことはわからない。


「親分、ミルフィーユカツはトンカツとして食べた方がいいと思うニャ。カツ丼にすると崩れそうだニャ」


「あ、うん、そうだね。ソースで食べた方がおいしいんじゃないかな」


 抜け出したいけど、クロちゃんのマークが厳しくて離れることができない。

 といっても、僕はカツを全く見ておらず、クロちゃんのピチピチの太ももとお尻に釘付けだ。


 左足を軸足にして重心を保つクロちゃんは、疲れてきた時に右足へ体重を移動させる。

 すると、左のお尻が引っ込んで右のお尻がプリンッと現れる。


 トンカツ……いや、これプリケツ。


 最後の『ツ』しか合ってないのに、妙に親近感が沸いちゃうよね。

 プリケツとトンカツで勝負したら、圧倒的にプリケツが勝っちゃうだろう。


 トンカツのようにパン粉でギザギザしていない、プリンッとしたツルツルの肌。

 太ももとお尻の繋ぎめ部分が1番エロく、服をグッと巻き込むシワがたまらない。

 ちょっとお尻を突き出すように立つことで、ヒップアップしてプリプリ感が高まる。


 そこににゃんにゃんの尻尾があるんだから、最高のプリケツとしか言えないだろう。

 日本のプリケツ業界もビックリだよ。


 僕が平常運転をしている間に、気付けばトンカツが揚げ終わっていた。

 静かになると、明らかに変な奴がいることがわかってくる。


「なによも~、ちょっとくらい分けてくれたっていいじゃないの~ん」


「ダメにゃ、カツ丼教に入らないと食べられないにゃ」


「カツ丼様に忠義を誓うべき。さぁ、入会書にサインをしよう」


 ドスの利いた声から放たれるオカマ口調の人を、なぜか2人がカツ丼教に入会させていることがわかった。

 なぜだろうな、非常事態だと感じてしまうよ。

 オカマを仲間にしていいのか、判断に苦しむ。


 ひとまずクロちゃんにカツ丼をいつも通り作るように指示して、広場へ向かう。

 すると、衝撃的な光景を目の当たりにした。


 百獣の王であるライオンの獣人が、ガタイの良い体をクネクネさせてお願いしていたんだ。

 体には無数の傷跡が刻まれ、オカマっぽさがなければ覇王のような存在感がある。

 お腹からは「ゴォォォォ」と音が鳴っているから、相当お腹が空いているんだろう。


 関わりたくなかったけど、仕方なく近付くことにした。

 今は戦時中であり、このタイミングでここにやって来る人は1人しか思い当たらない。



 ただ、イメージが崩れるから信じたくないだけで……。



 しかし、僕の思いとは裏腹にタマちゃんが決定的な一言を言ってしまう。


「いくら獣王様でもダメにゃ! カツ丼様に忠義を尽くさない者に分け与えることはできないにゃ。今のタマはカツ丼様のパワーを受け継ぎ、獣王様なんかに負けないにゃ!」

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