第116話:不審な声

「みなぎるわ~ん、力がみなぎっちゃうのよ~ん。タマに負けた時は泣いちゃうところだったけど、カツ丼様の力は偉大だわ~ん」


 カツ丼とお好み焼きパワーで強くなったタマちゃんは、10秒で獣王を叩きのめした。

 敗北した獣王がカツ丼教へ入ったのは、その2秒後。

 サッと現れたスズに一瞬で説得され、見事に入会することになった。


 経緯はどうであれ、獣王を助けるつもりだったから問題はない。

 オカマだということが予想外なだけで……。


 いくらタマちゃんがパワーアップしたといっても、獣王は獣人国で最強のオカマ戦士。

 長期間に渡ってまともなごはんを食べてないから、相当弱ってたに違いない。

 早くパワーアップさせて、一緒に援軍へ向かおう。


 すでに状態異常を回復させるための雑炊は食べてもらい、今はカツ丼を食べている。

 僕がお好み焼きを作ってる間に、クロちゃんがカツ丼を作って差し出す感じだ。


 獣王の隣では、タマちゃんとスズが新作のミルフィーユカツを味わう。

 食事が終わったと思ってたけど、どうやらまだ食べられるようだ。


「いま地上でみんな戦ってるんですけど、獣王様もごはん食べたら参戦してもらっていいですか? 黒ローブとの戦いも気になりますし」


「あら~、もちろんじゃないの~ん。そんな畏まらなくてもいいわよん。気軽にジューちゃんって呼んでね~ん? 本名がジューゴなのよ~ん、ゴッちゃんでもいいわ~ん」


 32年間の人生で1番話しにくい相手だ。

 ペースがつかめないだけじゃない。

 深く関わりたくないんだ。


 まさか王都の防具職人『オレッチ』よりも話しにくい相手がいるとは。

 さすが異世界だよ、一筋縄ではいかないね。


「ゴッちゃん、ミルフィーユカツも一緒に食べるといい。材料は一緒なのに、不思議と旨みが違う」


 しかし、受け入れの早いスズは打ち解け始めていた。

 自分のミルフィーユカツにソースをかけて、獣王様に渡してあげている。


「なによこれ~ん、なんで違うのよ~ん。実は違うお肉を使ってるんじゃないの~ん?」


「同じオーク肉だから不思議である」


「どうして~ん! 不思議過ぎよ~ん! 2億年経っても謎は解けないわ~ん」


 獣人国を治めてる人がオカマの方が不思議だよって思いながら、お好み焼きを作っていく。


 でも、これ以上は呑気に食べ続けてる場合じゃない。

 獣人達が出て行ってから、すでに40分以上も経過している。

 パワーアップの残り時間があまり残されていないんだ。


 地上の状況も気になるし、ここは切り上げて向かった方がいい。


「獣王様、地上にいる獣人達のパワーアップ時間が残り僅かです。僕達は先に向かいますので、食べたら後を追って来てください」


 出来立てのお好み焼きを皿に乗せて、獣王に差し出す。


「そういう大事なことは早く言いなさいよ~。走りながら食べるわ~ん」


 残っているカツ丼を急いでかきこんだ獣王は、出来立てのお好み焼きを手の平に乗せた。

 全く熱さを感じさせない表情で「早く行くわよん」と言われ、どうしたらいいのかわからない。


 手の皮が分厚過ぎだろう。


 カツ丼を作ってたクロちゃんを中断させ、5人で地上へ向かう。

 秘密の抜け道を獣王が女の子走りで先導してくれたので、4人で後ろからついていく。


 そのまま10分ほど走り続けていると、外の眩しい光が差してきて、出口にたどり着いた。

 辺りを見渡すまでもなく、騒然とする光景だ。



 天災でも起こってしまったように、瓦礫の山しか見えない。



 城であろう建物もボロボロに崩れ、外で災害級の魔物を相手にみんなが戦っている。


 まだ決着はついていないけど……これは、ちょっとやり過ぎだろう。

 どっちが悪者なのか、判断しにくい状況なんだ。

 1戦ずつ紹介していこうと思う。



 まず注目したいのは、犬獣人VSケルベロスだ。


 ケルベロスは3つの首をフルに使い、追いかけてくる犬獣人達から逃げ続けている。

 瓦礫の陰に隠れている犬獣人達が待ち伏せする方へ追いやると、ケルベロスが通る瞬間に飛び出し、次々に噛みついていく。


 パワーアップした犬獣人の噛みつき攻撃に、ケルベロスは「キャヒン」と鳴いて痛がっている。

 必死に体を回転させて弾き飛ばしている間に、後ろから追いかける犬獣人達が接近。

 獰猛にワンワン吠える姿を見て、ビクッとしたケルベロスは再び逃げていった。


 息が荒いケルベロスはズタボロだし、虫の息といっても過言ではないだろう。

 あれは放っておいても、じきに決着がつく。



 次にエグイのは、サイ獣人VSミスリルタートルだ。


 首と手足を引っ込めて震える巨大な亀を、サイ獣人達が「オラオラ~!」とガンガン苛めている。

 亀の横側から攻撃する者もいれば、甲羅に登って踏みつけている者もいる。

 本来であれば、キラキラ輝いているであろうミスリルも、サイ獣人達の暴力で汚れていた。


 助けてあげたら、竜宮城へ案内してくれそうな雰囲気すら持っている。


 ここで予期せぬことが起こった、獣王の参戦だ。

 気が付けばミスリルタートルの甲羅をよじ登り、「あら~ん、楽しそうだわ~ん。エ~~~イ」と言って、おおきく振りかぶった拳を甲羅へ叩きつけた。


 ビキビキビキッと、一撃で大きな亀裂が入り、ミスリルタートルは悲痛な鳴き声を漏らす。

 容赦のないサイ獣人達は、全力で亀裂を攻撃し始めた。


 この戦いも、すぐに終わるだろう。



 唯一互角の戦いをしてるのは、ヒュドラだ。


 9つある首から色鮮やかなドラゴンブレスを放つため、警戒しながら近付き、戦闘に苦戦している印象を受ける。

 避難誘導し終わったケンタウロス達も参戦しているから、数は圧倒的に有利。


 ちょこまかと動き回る獣人達に、ヒュドラは疲れ始めているようだ。

 ダルそうに動いている首があるし、眠そうな目をしている首もある。

 きっとドラゴンブレスはエネルギーを多く消費する技なんだろう。


 あっ、獣王がサイ獣人の群れを引き連れて、ヒュドラに向かっていった。

 ミスリルタートルは……力尽きたな。


 異様な敵を感知したのか、ヒュドラの首の1つが獣王に気付いた。

 大きく大気を吸い込み、真っ赤に燃え盛るようなドラゴンブレスを吐き出す。


 獣王は両手を突き出して突っ込み、「ちょっと~、熱いじゃないのよ~ん」と、余裕を見せ付けていく。


 手の皮が厚すぎである。

 ドラゴンブレスが大丈夫なら、当然のようにお好み焼きなんて余裕だったね。


 だんだん獣王のクレイジーさに慣れてきてしまったよ。


 そのままドラゴンブレスを押し込んだ獣王が懐へ入り込むと、ボディをズドォォォンッと殴りつけた。

 ミスリルタートルの甲羅を打ち砕いた拳がヒュドラに炸裂し、9つ首は一瞬動きが止まる。


 獣王の後ろを走っていたサイ獣人達が接近し、ヒュドラのボディに次から次へと拳を叩きこんでいく。

 何とかボディを守ろうと攻撃を試みる9つの首には、猫獣人達の猛攻が立ち塞がった。


 素早い動きで次々に首を襲い、1つ、また1つと首がダウンしていく。


 獣王の登場で、一気に形成が逆転してしまったようだ。

 パッと横を見れば、哀れなミスリルタートルの死骸が見える。

 きっと装備へ生まれ変わるだろうから、獣人国はさらに強くなるだろう。


 ドッシーーーンッと、ヒュドラの9つの首が全て倒れると、呼応するようにケルベロスが「キャヒーーーーン」と、断末魔の悲鳴をあげた。

 大きな戦いに決着がつき、災害級の魔物を無事に討伐することができたようだ。



 ……それなのに、みんなの顔が険しすぎる。



 パワーアップの時間が少ないとはいえ、大勝利に違いない。

 なんで追い込まれているような顔をしているんだろうか。


 すると、答えを教えてくれるように、轟音が辺りに鳴り響いた。

 見覚えのある2人が血まみれで飛ばされ、誰もが信じたくない光景に息を飲む。


 アルフレッド王子とシロップさんが戦闘不能に追い込まれて、意識を失ってしまった。

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