第117話:ガードが固い

 血塗れになった2人の姿に、驚きを隠せない。


 覚醒した2人が力を合わせて負けるなんて……。

 黒ローブはともかく、第2王子がそこまで強いとは思わなかった。


 吹き飛ばされてきた方向を確認すると、黒ローブを着た男と、大きくてガタイの良いハイエナの獣人が見えた。

 ゆっくり歩いてくる姿に、違和感を覚える。


 覚醒状態の2人と1時間も戦っていたのに、疲れや怪我をしている様子がないんだ。


 第2王子のステファンは首や手をバキバキと鳴らして、まだまだ余裕をアピールしている。

 黒ローブはフードを被っているから様子はわからないけど、ダメージを負っているように感じない。


 フェンネル王国で対峙した黒ローブは、ステ2倍のスズとほぼ互角だった。

 ステ3倍のシロップさんが負けるような相手じゃないはず。


 いや、そうとも言い切れないな。


 確かあの時は「魔物を大量に召喚して疲れている」と言っていた。

 あの強さでハンディを背負っていたというのだろうか。


 仮にそうだったとしても、なぜステファンまで覚醒した2人に対抗できるんだ……?


 受け入れることができない現実が、頭の中をグルグルと駆け巡る。

 圧倒的な過剰戦力で戦いを挑み、予定通り災害級の魔物は討伐したことは事実。


 獣人達のパワーアップが切れたとしても、スズと獣王と姫騎士のタマちゃん、クロちゃんが援軍に来たんだ。

 戦況は有利なはずなのに、気持ちの面では劣勢に感じてしまう。


 覚醒した2人は負けないと思っていただけに、ショックが大きい。


 戦い終わったケンタウロス達が近付き、シロップさんとアルフレッド王子を安全な場所へ運んでいく。

 険しい表情をしていたけど、無事であることを祈ろう。

 意識がないと料理で回復できないから、やってあげられることは何もない。


 王子達が無事に避難する姿を見て、敵と対峙するように獣王達が前に出た。

 獣王とスズは拳を構え、タマちゃんとクロちゃんは武器を抜く。


 信じられない光景を見たばかりだけど、落ち着いて考えよう。

 ここには、王都で黒ローブを倒したことのあるスズがいる。

 世界最強の戦士である獣王が料理効果を得ているし、姫騎士に選ばれるほどの実力を持ったタマちゃんとクロちゃんもカツ丼を食べた。


 まだまだ圧倒的な過剰戦力ともいえる状況なんだ。


「やだ~ん、あの黒ローブは強そうねん。私が倒してあげるわ~ん。あんた達3人はステファンを倒して~ん」


 獣王よ、シリアスな雰囲気をぶち壊さないでくれ。

 その役目は戦闘で調味料を撒き散らかす僕の役目だぞ!


 獣王が女の子走りで走り出していくと、スズ達3人は後を追うように駆け抜けて行く。

 立ち止まった黒ローブ達は、一歩後ずさって戦闘態勢を取り始めた。


 前回の戦いもそうだったけど、サポート役がツライのは死闘を眺めるところだ。

 災害級の魔物と戦った獣人達も料理効果が切れているため、戦線に復帰することはできない。


 相手が知能の高い生き物である以上、料理でパワーアップするところを見せるわけにはいかないから。

 料理を奪われてダークエルフがパワーアップをすれば、最悪の事態になってしまう。

 すでに他の獣人達は避難したため、ここには僕達5人と敵の2人だけしかいない。


 最近は戦闘でもサポートするポジションに付いているから、じっくりと観察していこう。


 自分の頬を両手で軽くパンパンと叩いて、気合を入れる。

 弱点があるか、攻略のヒントがあるか、何かできることがないか、自分にできることをやればいい。


 先陣をきる獣王が「いくわよ~ん」と、再度シリアスをぶち壊しながら、地面をグッと踏み込んで加速する。

 スズの猫型と同じくらいのスピードで駆け抜けると、あっという間に敵の元へたどり着いた。


 瞬間的に近づいてきた獣王に反応できない黒ローブは、ドゴッと強烈なパンチで吹き飛ばされた。

 その勢いのまま体を回転させた獣王は、ステファンの胸に裏拳を叩き込み、バキッという音とともに吹き飛ばす。



 目を疑うようなワンパンの光景に、驚きを隠せない。

 もうちょっと苦戦して戦ってくれ。

 血塗れで倒れた2人の立場がないだろう。



 同じことを思ったであろうスズ達は立ち止まり、後ろを振り向いてくる。

 3人とも真顔になって、「あのオカマ、やっちまったぜ?」的な顔をしていた。

 同じ気持ちの僕としては、見つめ返すことしかできないよ。


 なお、その背後で獣王は体をクネクネさせて、こっちに向かって手を振っている。


 料理効果で強くなったとはいえ、獣王はステ3倍のシロップさんよりも強いのか?

 獣王はカツ丼で覚醒しなかったんだぞ。

 素のステータスがアルフレッド王子やシロップさんより高かったとしても、2倍と3倍の差はかなり大きいはず。


 それなのに、2人を血塗れにした相手をワンパンで倒してしまった。

 不意打ちをしたわけじゃない、正面突破で倒したんだ。

 実力の差があったといえばそこまでだけど、何か腑に落ちない感情が生まれてくる。



 なんだろうか、この違和感は。

 何かがおかしい。



 1人で考えてもわからないため、いったんスズの元へ向かっていく。


 これ以上、信じられないような眼差しで見ないでくれ。

 視線を浴びせる相手は僕じゃない、後ろにいるオカマだよ。


 あっさり戦闘が終わった獣王も、再び女の子走りで近付いて来る。

 浜辺であんな人が走って来たら、ダッシュで逃げてしまいそうだよ。


 変なことを考えながら獣王を眺めていても、彼は満面の笑顔で走っている。

 色々な意味で出鱈目な獣王だと思っていると、その後ろで何かが動き始めることに気付く。


 剣を持って猛スピードで駆け出す黒ローブの姿に、血の気が引いてしまう。


「獣王様、後ろです!」


 スピードを活かすように剣を突き出し、獣王を襲う。


「どうしたのんボォォォォォ」


 猛スピードから放たれた突き攻撃……だったにも関わらず、獣王に剣は刺さらなかった。

 勢いよく顔から地面にダイブして、「痛いわ~ん」と顔を擦ったことを痛がっている程度だ。


 だんだんオカマ口調にも慣れてきたよ。


 一方、黒ローブは剣が刺さらなかったことが信じられないのか、痛がる獣王と剣を交互に見ている。

 油断していたところを猛スピードで突進したのに、勢いよく背中を押した程度だったからね。

 なんとなく親近感が沸いてしまうのも無理はないだろう。


 手の皮が分厚いとかいうレベルじゃない。

 彼がオカマでも王として君臨し続ける強さは、恐ろしいまでの強靭な肉体が影響しているに違いない。

 ここまでガードが固いオカマは初めて見るよ。


 何があったか悟ったスズは、後ろを振り向いて黒ローブに襲いかかる。


 危険を察知した黒ローブは、スズの拳に合わせるように剣を振り抜いた。

 ガキーンッと、甲高い音が鳴り響くと同時に、空中で態勢を変えたスズがみぞおちへ向かって蹴りを叩きこむ。

 その攻撃を読んでいたような軽い動きで防がれると、反撃することなく距離を取った。


 スズも深追いはせず、攻め立てることはない。

 敵の位置を確認しながら、後ろに下がる。


 追撃がないと判断した黒ローブは背を向け、肋骨が折れているであろうステファンに近付いていく。


「ゴッちゃん、攻撃がまともにはいったように見えた。でも、黒ローブにダメージはない」


「おかしいわね~ん。かなり深く入ったはずなのにね~ん」


 完全にとらえたような音が鳴り響いたし、ガードをしているようには見えなかった。

 ましてや、スズが勘違いするほどの威力で、攻撃をした獣王でさえ手応えがあったんだ。


 それでも、現実はダメージを負っていない。

 やっぱり何かがおかしい。


 さっきの不意打ちだって、目視していた僕しか反応できなかった。

 勝利と思って油断していたとはいえ、獣王がいとも簡単に後ろを取られるだろうか。

 獣人は五感が鋭く、敵の察知能力は高いはず。


 それなのに、なぜ気付けなかったんだ?


 仮にもステ3倍のシロップさんが、1時間で決着を付けられずに負けた相手。

 一筋縄ではいかないことは、最初からわかっていただろう。

 今はわからずとも、落ち着いて観察すれば見えてくるはずだ。


 少なくとも、肋骨が折れたステファンは戦闘不能に陥っている。

 こっちが有利なことに変わりはない。


 黒ローブの方を見てみると、ちょうどステファンの元にたどり着いたところだ。

 痛がるステファンを見下ろすように立ち尽くしている。


 何かを取り出すようにガサゴソとローブの中で動かすと、青い液体が入った試験管のような物を取り出した。

 そのままステファンの胸元にかけていく。


 液体が体に触れた瞬間、ぽわぁ~んとした青い光にステファンの体が包まれた。

 神秘的な光景に、思わず魅入ってしまうような不思議な感覚。


 なんとなく魔法とは違うものと理解し、ステファンの体が回復すると理解してしまう。

 あのアイテムを、僕は知っている。


 青い光が止んだのは、僅か5秒後。


 苦しんでいたステファンは痛みから解放され、何事もなかったかのように立ち上がる。

 首をバキバキと鳴らして近付いて来る姿に、時間が巻き戻ったような錯覚が生まれた。


「にゃにゃ?! 折れた骨が治ってるにゃ!」


「クロは見たニャ、なんか変なアイテムを使ったニャ。見たことニャいものだったニャ」


 2人が知らないってことは、この世界に存在しないアイテムのはず。

 王都で倒した黒ローブが使ってこなかったから、調合して作ってるわけじゃないな。


「気を付けた方がいい。回復魔法よりも優れた回復アイテムなら、間違いなくユニークスキル。他人に影響を与える……異質なスキル」


 スズの言葉にみんなの顔付きが変わる。


 以前、ユニークスキルの中でも他人に影響を与える能力はない、と言っていた。

 それだけに、傷を治すだけの力なら弱い気がする。

 調味料作成だって幅広い能力があるし、回復するだけならシロップさん達がやられることはない。


 おそらく異世界アイテムの定番である、様々な効果を生み出すポーションを作る能力だ。


 幸か不幸か、そのスキルの内容は異世界転移前に妄想しまくっていた。

 理科の実験は好きだったし、ポーションで治すって異世界っぽくて大好きな設定だったもん。


 実は魔法使いだけじゃなく、錬金術にも憧れていたからね。

 ストレス社会から逃げ出すような痛い妄想のおかげで、だいたい作り出せるポーションは頭に入っているよ。


 それにしても、同じ黒ローブでもフェンネル王国で戦った者とは随分タイプが違うな。

 特殊なポーションを使うアイテム使いで、召喚する魔物も災害級のみ。

 剣を使う戦闘は同じだったとしても、以前は不意を付いて突進をしてくるような戦いはしてこなかった。


 ゆっくりと近付いて来る黒ローブ達は、5m離れた位置で立ち止まる。

 大きなため息と共に、初めて黒いローブを脱ぎ捨てていく。


 全身が黒ずんだ皮膚に、尖ったエルフ耳が特徴的。

 少しやせ気味の体格をした、美男子のような男。


 威圧的な表情……というより、イライラしたような顔をしている。


「あら~ん、ダークエルフじゃないの~ん。通りで災害級の魔物を操れるわけね~ん。これは一筋縄じゃいかないわ~ん」


 なぜ獣王がダークエルフの存在を知っているんだ?


 フェンネル王国で聞いた話だと、一般的な世界の歴史にダークエルフという言葉は存在していないはず。

 当然のように魔物召喚をすることまで知っているし、強敵という認識もしている。


 タマちゃんとクロちゃんはよくわからない顔をしているから、この国にも王族だけが知っている歴史があるに違いない。


 これはカツ丼教を作って、大正解だったかもしれないね。

 戦いが終わった後は、色んな意味で協力関係を結べそうだよ。


 簡単に勝たせてもらえるような相手じゃないと思うけど。

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