第118話:ポーション

 戦闘態勢を取って威嚇するこちらと違い、敵に戦闘の意思が見えない。

 ダークエルフは剣を持っていても、剣先を地面に向けているような状態だ。


「貴様らの中に、特殊な能力を使うやつがいるな。動物風情が災害級の魔物を討伐できるわけがない。決定的だったのは、さっき戦った奴等が急に弱くなったことだ」


 早くもこっちの能力に気付かれたか。

 他の獣人達も撤退しているし、不自然といえば不自然だけど。


 向こうが話しかけてきたのは、料理効果時間を消費させる目的があるのかもしれない。

 敵の策略に乗るつもりはないけど、スズ達に敵の能力を知らせるチャンスだ。


「僕達は神様の力を借りてるだけです。

 あなたみたいな特殊な力があれば、先ほどの2人を回復させましたよ」


「ガキが騒ぐじゃねえか。獣人の国に人間が2人もいるなんて不自然すぎるぞ。仮に冒険者であったとしても、今の獣人国は閉鎖的だからな。今頃前線に出てくるなら、お前達のどっちかがユニークスキルを持っているはずだ」


「そんなことありませんよ、僕達はポーションを作れませんし」


 僕の言葉に、ダークエルフは目を細めた。


「……作れない癖になぜスキルの名前を知っている。仮にもユニークスキル、存在を知っていることが不自然だぞ。貴様だな、俺と同じような能力を持っているのは」


 食事をしないと強くなれない調味料スキルと、かけるだけで傷を瞬時に回復させるポーションだと、使い勝手が全く違う。

 長期戦になる前に決着を付けなかったら、間違いなくやられてしまう。

 このまま時間を潰させるわけにはいかない。


 ……いや、もっと別の狙いがあるのかもしれない。

 平然な顔をしているけど、覚醒した2人と戦い続けたんだから。


 たとえば、会話で時間稼ぎをしないと、追い込まれる可能性がある……とか。


「ちょっと~ん、ポーションってなに~ん?」


「いろんな効果を発揮するアイテム薬のことです。 疲労や傷口を回復させたり、欠損した部位を修復させたり、魔力を回復させたり。シロップさんを倒したことを考えると、ステータスを大幅に向上させるポーションもあるはずです。完全な能力まではわかりませんが、サポート系のユニークスキルですね」


「なによそれ~ん。欠損した部位を回復させるなんて卑怯だわ~ん。通りで折れた肋骨が治るはずよ~ん。疲労が蓄積していないのも、こっそりポーションで回復させたのね~ん」


「最初の攻撃でわざと吹っ飛ばされて、複数のポーションを使ったんでしょう。本当は不意をついた一撃で勝負を決めたかったはずです。わざわざ己の正体を明かしてまで話しかけてきたことを考えれば、会話はただの時間稼ぎ。短時間で使えるポーションに制限があるのかもしれません。たとえば……ポーションを使い続ければ効果が落ちるとか」


 不敵な笑みを浮かべたダークエルフは、赤と白の2つのポーションを手元に取り出し、ステファンに手渡した。


「どこで知ったか知らないが、ガキとは思えない分析力だな。他人にまで影響を及ぼすユニークスキルなだけあって、制限があることまで見抜くとは」


 元ネタが小説と妄想ばかりで本当にすいません。

 あと、弱点を教えてくれてありがとうございます。

 今のはけっこう適当に言ったんですよ。


「タツヤは若くして、頭脳だけでCランク冒険者に上り詰めた。大人顔負けの観察力と分析力を持っている。お前達の行動は手に取るようにわかっている」


 えっ?! いつの間にそんなキャラになったんですか!

 知的キャラのポジションなんて、恐れ多くて困りますよ。

 今までそんなシーンは1回もなかったと思うんですけど。


 まぁ、悪い気はしませんし、ありがたくいただきますけどね。

 頭脳派な子供ってモテそうですし、優越感に浸れますから。

 基本的に考えてることは、知的とはいえないようなエロいことばかりですが。


「スズ、ポーションの効果が効きにくい今がチャンスだよ。できるだけ早めに決着を付けて。戦闘が長引けば不利になるから」


 スズ達がグッと足を踏み込んで、ダークエルフに攻撃を仕掛けようとした時だ。

 ダークエルフとステファンが大きな声で笑い始める。


 何がおかしいんだ、まだ何かを見落としている……のか。


「諦めた方がいい。5対2で勝てるほど、私達は甘くない」


 4対2にしてもらってもいいですか?

 醤油戦士を戦力に入れないでください。


「笑わせてくれる、今がチャンスなわけがねえだろ。動物風情とガキが勝てると思うな。奥の手って言うのはな……、取っておくものなんだよ」


 ステファンが一気に2つのポーションを飲み干す。

 腕で口元を拭うと、試験管を地面へ投げ捨てた。


「うぐっ……、あ、うぁあああああ!」


 膝から崩れ落ちると、右手で喉を押さえ、左手で胸を押さえ始めた。

 奥の手を使ってまでパワーアップしたのに、なぜもがき苦しんでいるんだろうか。

 毒薬でも飲まされたような雰囲気だ。


 高笑いをするダークエルフと、悲痛なステファンの声だけが響き渡る。

 異様な光景に誰も動くことができない。


 しばらくすると、苦しんでいたステファンの動きが急に止まる。

 何事もなかったかのように立ち上がり、目を大きく見開いて突っ込んできた。


 大きく右手を振りかぶって走った先には、実の父である獣王がいる。


 殴りかかるステファンに対して、獣王は上体を落としてギリギリでかわすと、がら空きのボディに拳を叩きこむ。

 ドゴンッとクリーンヒットした音が鳴り響くと同時に、気の抜けた声で「硬いわ~ん」と聞こえてくる。


 獣王の一撃をものともしないステファンは、上体を落とした獣王の顔面に膝蹴りを叩きこんだ。

 ガンッとクリーンヒットした音が鳴り響くと同時に、気の抜けた声で「痛いわ~ん」と聞こえてくる。


 一切ガードをせずに獣王に襲い掛かるステファンの目は、真っ赤に染まっていた。

 急激に充血したわけじゃない。

 ポーションの効果で狂戦士化してしまったんだろう。


「獣王様、気を付けてください。おそらくバーサクポーションを使って、狂戦士化したはずです。戦闘力は跳ね上がる反面、理性を失って行動しています」


「やだ~ん、パパを忘れちゃ嫌よ~ん。ここまで強くなったなら、パパが叩きのめしてあげるわ~ん」


 防御を捨てて攻撃を繰り返すステファンは、ひたすら獣王を攻め立てた。

 防戦一方のような展開に見えても、獣王は僅かな隙を見付けてカウンター攻撃を仕掛ける。


 ダメージを与えているような気配が見えないのは、獣王と同じ強靭な体のせいか。

 もしくは、バーサクポーションで防御力まで向上しているのか。


 どちらにしても、狂戦士化したなら攻撃も単調になるに違いない。

 このまま獣王に任せておけば、負けることはないだろう。


 それより、ダークエルフを先に倒して回復源を断たないと。


「バーサクポーションまで見抜くとはな。ここまで手の内を見破られたのは初めてだぜ。だが、こいつは知っているか?」


 剣を持ってない方の拳で、ダークエルフは地面を思いっきり殴りつけた。

 砂で粉塵を舞わせて、目視出来なくなってしまう。


 今まで言葉とは裏腹に、小細工のような方法を取った。

 さっき「こいつは知っているか?」と聞いてきた時点で、ポーションの能力を引き出すための行動なんだろう。

 隠れて効能が発揮するポーションって、いったい何があるんだ?


 さっぱり思い浮かばない。


「タツヤ、今度は何のポーションがくる? 敵の手の内がわからないと、後手に回ってしまう」


「ごめん、全く思い浮かばないんだ。粉塵で隠れた意味がわからない。不意を突いて攻撃してくると思うから、油断はしないで」


 戦闘態勢を取って身構える中、砂埃が晴れていく。

 決して大きな範囲を隠していたわけじゃない。

 ダークエルフが隠れる程度の砂埃だから、すぐに攻撃してくるはず。


 砂埃がなくなっていくと、マジックのようにダークエルフは消えていた。


 注意深く前方や側方を確認するスズとタマちゃん。

 クロちゃんだけは油断するように後ろを振り返る。


 驚くようにビクッと眉を動かしたクロちゃんは、手に持っていた武器を投げ捨て、地面を蹴った。

 両手を前に突き出し、必死の形相で飛び込んでくる。


「親分、危ないニャ!」


 その声と同時に、クロちゃんに突き飛ばされてしまう。


 宙を舞うように体が投げ出されると、視界の端にダークエルフの姿を確認。

 獣王を襲った時と同じように、串刺しにするような突き攻撃を繰り出していたんだ。


 僕を突き飛ばしたばかりのクロちゃんは、自分を守る術など存在しない。

 突進してくるダークエルフの突き攻撃に、当たりにいくような形で進んでいたから。


 見たくもない光景が、スローモーションのようにゆっくりと時間が流れていく。


 僅かに逃げるような形で、クロちゃんは体を捻ってかわそうと試みる。

 しかし、ダークエルフの剣を防ぐことはできない。


 無情にも吸い込まれるように腹部へ突き刺さっていく。

 そして、クロちゃんの腹部を貫くと同時に、突進の勢いでダークエルフに吹き飛ばされた。


 足手纏いなことはわかっていた。

 でも、こんな守られ方をするなんて思ってもいなかった。

 ましてや、優先的に攻撃対象に選ばれるわけがないと思っていた。


 唯一敵の能力を知っている僕をダークエルフが消そうと考えるのは当然のこと。

 これ以上弱点をバラされれば、後の戦闘に影響が出るから。

 なぜそんな簡単なことに頭が回らなかったんだろうか。


「ふっ、やはり気付いてなかったようだな。バーサクポーションだけが奥の手なんて言った覚えはないぞ」


 再びスズがダークエルフに襲い掛かっても、冷静に対処して攻撃を受け流していく。

 追撃をするようにタマちゃんが回り込み、2人でダークエルフに立ち向かう。


 僕は痛がるクロちゃんの元へ駆け寄っていき、急いでニンジンの煮物を取り出す。

 すると、真横で轟音と共に土煙が起こった。

 何事かと振り向くと、獣王がステファンの上に乗って押さえつけていた。


「早く食べさせなさいよ~ん。この子は本能で動いているから、そんなの出したらニオイで狙われるわ~ん。ポーションの効果が終わるまで、抑え込んでおくわ~ん。ダメージが通らないのよ~ん」


 抑え込まれたステファンは、本能的に良い香りのする料理に引き寄せられたみたいだ。


 ニンジンの煮物はそこまで良い香りはしないけど、獣人の嗅覚はバカにできない。

 やっぱり戦闘中に料理を食べさせるのは危険だ。

 一歩間違えれば、ポーションでパワーアップした相手をさらにパワーアップさせることに繋がってしまう。


 急いでクロちゃんの口にニンジンの煮物を突っ込み、腹部の傷口を回復させる。

 思っているより出血が多いから、戦闘に復帰できるか心配だ。


「ニャニャ、ありがとニャ。あいつを見るまで全く気が付かなかったニャ」


 確か獣王も背後から攻撃された時は全く反応できていなかったな。

 前回も今回も、目視した人だけが認識している。


 最初にダークエルフが吹き飛ばされた時にポーションを服用していたなら、ずっと効果が発動していたに違いない。


 獣人は嗅覚が鋭いだけじゃなく、聴力も鋭い。

 全く感知できない方がおかしいんだ。

 ましてや、今は料理効果でステータスが向上しているんだから。


 目視していない限り存在を遮断するようなポーションがあったとしたら、粉塵で隠れたことにも納得ができる。


「ううん、助けてくれてありがとうね。ステファンは獣王に任せて、早くダークエルフを討伐しよう。戦闘はできそう?」


「これくらいなら大丈夫ニャ。クロは魔法も使えるから、心配することなんてないニャ」


 ダークエルフの方を振り向くと、蹴りをくらってタマちゃんが飛んでくるところだった。

 クロちゃんが見事にキャッチして、2人揃ってダークエルフと向き合う。


 スズもいったんダークエルフと距離を取った。


「本当に俺以外にも、他人に影響を与えるスキルが存在するとはな。だが、残念だったな、攻略法は簡単だ。食わないと効果が出ないなら、先に意識を奪っちまえばいいだけだろう」

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