第64話:デートの反省

 初めてのデートで浮かれすぎてしまった。


 手を繋いでもらって、買い物して、童貞奪います宣言までしてくれた。

 なんだったら、スズさんの処女宣言まで飛び出した。

 思い返すだけでニヤニヤしてしまうほど、良いデートだった。


 でも、スズさんは楽しめていたんだろうか。

 喜んでる姿を見たのは、サンドウィッチを食べた時ぐらい。

 僕の手をギュッとして遊んでたけど、あれは楽しい出来事には入らないだろう。


 ……これ、やばくね?


 デートに浮かれて手を繋いで喜んでただけって、本当に情けない男だな。

 そもそも、スズって食べること以外は何が好きなんだろう。

 何をしたら喜んでくれるの?


 そんな初歩的なこともわからないのか……。


 僕はスズが近くにいてくれれば、それだけで嬉しい。

 普通に話してるだけでも楽しいし、餌付けしている時のリアクションなんて最高だ。


 でも、付き合ってくれているスズは暇かもしれない。

 フリージアで料理を作ってる時も昼寝ばかりしていたし、遊ぶ姿を見たことがない。


 神獣との約束を守るために、無理して付き合ってくれてるとしたら……。

 毎日退屈な日々を過ごしているのかもしれない。


 ガチャ


 反省をしてると、スズが部屋に入ってきた。

 今日着ていたワンピースから、お城で借りている清楚な服に戻っている。


 今からでも遅くない。

 スズの好みを聞いて、楽しくなるようなことをしよう。

 まだ夜ごはんを作るまで時間はあるんだ。


「スズは好きなものとかある?」


「タツヤのこと、好きだよ?」


 あ、ありがとうございます。

 質問したのは僕ですけど、ストレートに言われると恥ずかしいですよ。

 照れちゃうじゃないですか。


 ……じゃなくて。


「えっと、花が好きとか、音楽が好きとか、編み物が好きとか」


「ウルフの討伐が好き。食べることが好き。寝るのが好き」


 参考にならない。

 ストレートに聞いて参考にならないとは予想外だ、さすがスズさん。

 逆にこれは試されているのだろうか。

 甘噛みの時のように、隠れたメッセージがあるのかもしれない。


 もしそうだとしたら、新しい食べ物で勝負するべきだろう。

 そっちの方が自信あるし、うまくいく気がする。


 今度は恋人繋ぎで新しいお菓子が生まれることになるのか。

 それはそれで少し複雑な気分になる。

 この世界のお菓子は、変態を原動力に誕生してばかりになるから。


 アホなことを考えていると、スズが近くに寄ってきた。


「甘噛みしていい?」


 そういう喜ぶやつがあったか。

 つまり、食材は僕ということ。


 ここでデートの悪い印象を吹き飛ばそう。

 挽回するチャンスをスズさんがくれたんだ。

 その欲求に応えてこそ、男ってもんだろう。


 さぁ、僕の耳の食べ放題を始めようか。


「ベッドの上でもいい? そしたら……、好きなだけがぶがぶしていいよ」


 その言葉で、スズの中にある理性が崩壊してしまった。


 猛スピードでお姫様抱っこされて、ワープするように一瞬で移動し、ベッドに叩きつけられる。

 あまりの速さに驚いたのも束の間、左耳がガブッと襲われてしまう。


 脊髄反射のように僕の敏感な体が反応し、ベッドの上で快感に悶え苦しんでいく。

 だが、馬乗りになっているスズからは逃げられない。


 心の準備ができていなかったため、2秒も意識が持たなかった。

 まるで毒蛇に噛まれた小動物のように、体の自由が奪われていく……。



- 2時間後 -



 誰かの話し声で、目が覚める。

 体を起こして確認すると、興奮したシロップさんと赤面したスズがいた。


「あっ、たっちゃんが起きた! スズちゃんとどこまで関係が進んでるの~? 教えて? 教えて教えて、できたら生で見せてー!」


 キャラまで若干壊れかかっている。

 どうやら、お気に入りの僕とスズが愛し合っている姿を見て、大興奮しているようだ。

 正確にいえば、気絶していた僕の耳をむさぼり食うスズの絵なんだけど。

 そこを見られて恥ずかしいから、スズは顔が赤いのか。


「さっきみたいにやってたとこ見せて~!」


 見せられるわけがない。

 普通は見て見ぬふりをするだろうに。


 スズも嫌がっているみたいだし、ここは止めてあげよう。


「ひほっぷはん、見らくていいれすよ」


 おかしい、呂律がまわらない。

 僕はどれだけスズの甘噛みで興奮してしまったんだろう。


 まさか中枢神経に負荷をかけすぎて、言語障害が現れたのか。

 きっとアルコールを飲んでやられるような、一時的なものだと思うけど。


 さすがにスズもシロップさんも、目を合わせて驚いている。


 しかし、シロップさんはさすがだ。

 何かを悟ったのか、全力で距離を詰めてクンカクンカをしてきた。

 スズはシロップさんから解放されて、ホッとして溜め息を漏らしている。


「ごめん、やりすぎたかもしれない。大丈夫?」


 うん。と、うなづくだけにする。


 いったい僕はどれだけ甘噛みされていたんだろうか。

 あれから2時間は経ってるけど、さすがに2時間も噛んでたわけじゃないんだろうし。


 そう思いながら左耳を触ると、妙に血色が良くて温かかった。

 気になって自分の右耳を触ると、明らかに左耳より冷たい。


 どれだけスズは欲求不満なんだ。

 2時間も左耳ばかり甘噛みするなんて、普通は出来ないぞ。

 でも、君の役に立てたなら嬉しい限りだ。


 今日の夜は右耳を食べてくれ。


 シロップさんのクンカクンカが終わるまで30分ほど待ち続けていると、『あっ、夜ごはんの準備しなきゃ』と、盛大に主婦っぽいことを思ってしまった。

 シロップさんとスズに別れを告げ、厨房へ向かっていく。


 厨房に着くと、とんでもないほど大忙しだった。

 料理長が大慌てで僕に近付いてくる。


「師匠、お疲れ様です! すいません、慌ただしくて。ホットドッグの練習で作ったものを兵士に出してみたら、一気に大人気になりまして。調味料を再現する班と、ポテトサラダを再現する班、ホットドッグを作成する班に分かれて奮闘中です」


 呂律が回らない僕が聞かなくても、状況説明をしてくれるとはね。

 さすが料理長だよ。(?)

 僕は『そうか、頑張れよ』という感じで、うなづいて返事をした。


 その後「ポテトサラダの作り方をもう一度見たい」と料理長に言われたため、ポテトサラダとオーク肉の塩・胡椒焼き、豚汁を作っていく。

 スパイシーな辛さが苦手そうなサラちゃんには、胡椒の代わりにソースで味付けしようかな。


 料理長が見守る中、サササッと作っていく。

 今日は料理に時間を費やしている場合じゃないからね。

 早く料理を作って、行きたい場所があるんだ。


 簡単なメニューで済ませたこともあり、夜ごはんの30分前には作り上げることができた。

 急いで厨房を後にして、フィオナさんの部屋へ向かっていく。


 スズのことを相談するのに、1番最適な人物はフィオナさんだろう。

 僕とスズの共通の知人だし、大人っぽいフィオナさんなら良いアドバイスをくれるはず。


 さすがの僕でも、自分だけ楽しんでしまったデートに反省をしている。

 でも恋愛経験がなさすぎて、どうしたらいいのかわからないんだ。

 王都で頼れるのは、お姉ちゃん属性持ちのフィオナさんだけ。


 フィオナさんの部屋に着いてノックをすると、メイドさんが中に入れてくれた。

 相談があることをフィオナさんに伝えたら、メイドさんが空気を読んで退室していく。


 意外にあっさりフィオナさんと2人きりになることができて、驚きを隠せない。

 僕にとってはありがたいことだけど。


「どうされたのですか? タツヤさんは知的ですから、相談される側だと思っていましたが」


 中身32歳なんで、ある程度はしっかりしてますよ。

 頼りになるようなキャラでもないので、相談されたことはありませんが。

 あと、恋愛はまだ小学生レベルです。


「情けない相談になるんですが……」


 僕は恥ずかしがらずに、全てぶちまけることにした。



・手を繋ぐだけでドキドキして手汗がヤバいこと

・全てスズ任せになっていること

・少し迫られるだけで気絶してしまうこと

・デートをしたけど、スズに何もできなかったこと

・どうしたらスズが喜ぶのかわからないこと



 まさにヘタレキングの悩みだ。

 自分で言ってても情けないと思う。

 男らしさの欠片もない。


「心配いりません。そのまま過ごすといいですよ」


「問題ばかりじゃないですか。このままだと愛想つかされますよ。見捨てないでください。他に相談できる人がいないんですから」


「見捨てていません、そのままの方がうまくいきます。スズは思ったように行動する子です。だから、リードする男性が苦手です。女性への免疫については、ゆっくり慣れるしかありません。そもそも、あのスズがあれほどベッタリとあなたにくっついているのですよ。嫌われるはずがありません」


「でも、何もできてないんです。パーティを組んで依頼する時も任せっきりですし。今日だって初めてのデートに浮かれて、全く何もしてないんです」


「はぁ~、あなた達は全く。スズがおしゃれして出掛けるのは初めてのことです。昨日だってその話で、私は寝不足なんですからね。先程も服を返しに来て、あなたが喜んでたと嬉しそうに話していきましたよ。まだ、何か必要ですか?」


 あれ? 思ってた感じと違うぞ?

 僕は何もしてなかったけど、スズは満足してたのかな?


「……大丈夫、なんですか?」


「悩む必要は全くありません。手をギュッと握ると、飛び跳ねて喜んでいたそうですね。あれほど嬉しそうに話すスズは初めて見ましたよ」


 マジかよ、スズさんが本当に楽しんでいたとは。

 僕のことを好きというぐらいだし、かなりマニアックな体質なんだろう。

 デート中も手汗が出てたけど、ずっと恋人繋ぎをしてくれてたし。


 まさか僕の考えすぎとは思わなかったよ。


「じゃあ、僕は恥ずかしいことをわざわざ報告しに来ただけですか?」


「その通りです。どれくらい手汗が出るのか、1度手を繋ぎましょうか?」


 ニコッと笑って、手を差し出してきた。


「やめてくださいよ、気にしてるんですから」


 話が終わると、ちょうど夜ごはんの時間になっていた。

 フィオナさんにお礼を言って、一緒にごはんを食べる部屋まで向かっていく。


 夜ごはんが始まると、僕の隣でガツガツごはんを食べるスズの姿を見て、気持ちが落ち着いてきた。

 どうやらフィオナさんの言うことに間違いはなさそうだ。


 それでも、僕は嫌われないように必死だった。

 この日の夜、スズさんに右耳を捧げて、たった3秒で就寝をすることになった。

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