第65話:王女ルート
- 翌日 -
フィオナさんに呼び出されたため、スズと二人で部屋を訪ねることになった。
昨日の件があったので、何とも恥ずかしい限りである。
部屋に入って椅子に座ると、フィオナさんがニコッとした笑顔で出迎えてくれる。
「私もフリージアで過ごすことになりました。同じ家に住みますから、よろしくお願いしますね」
「「は?」」
反射的に声が出てしまうほど、唐突な話だった。
今も普通に話してるけど、フィオナさんは一応王女様だからね。
一緒に暮らすとか意味がわからないよ。
「どうしてそうなったんですか?」
「タツヤさんと結婚しようかと思いまして」
ニコニコしたまま、結婚宣言するフィオナさん。
突然の王女ルートに僕は大混乱だ。
まるで『あ、王女ルートを忘れてたので、急いで回収しておきますね』みたいな感じ。
全然頭が追いつかないよ。
スズも同じようにパニック状態なんだろう。
自分の頬を猛烈な勢いでバンバン叩いている。
それはやめた方がいい、すでに頬が真っ赤だよ。
「さぁ、私と手を繋いで手汗を楽しみましょう」
ルンルン気分のフィオナさんから、手が差し出された。
手汗フェチっているのかな。
唯一の得意分野かもしれない。
でも、王女様が手汗好きで結婚するなんて、衝撃的なニュースが国中を駆け巡るよ。
せめて料理が好きで結婚することにしてほしい。
「えっと、色々と急な話で混乱しているんですけど。スズも早く現実を受け入れて。いい加減に頬を叩くのはやめようね」
「夢が覚めない。私に豆腐の角をぶつけてほしい」
リアルでやったらもったいないよ。
醤油を撒き散らかしている僕がいうのもなんだけどさ。
「王族の結婚は急に決まるものです。それとも……私は、お嫌いですか?」
それはずるいパターンのやつ!!
フィオナさんは綺麗で、胸もあって、清楚で文句のつけるどころがない。
空席になったお姉ちゃんポジションにスッと入り込むほど、素敵な大人の女性。
こういう強引なパターンも嫌いじゃない、むしろ好き。
今すぐ膝の上に座って弄ばれたいと思ってる。
でも……、僕にはスズさんとリーンベルさんがいるんだ。
特に最近はスズさんといい感じで、本当に2人のことを大事に思ってる。
素直な気持ちのまま「わーい」と、受け入れることができないよ。
……フィオナさんには悪いけど、リーンベル姉妹より先に婚約したくない。
ハーレムを作りたいとか思ってたけど、この話は断ろう。
人生で1番もったいないことをするかもしれないけど、昨日の今日で「はい」と返事ができるほど、僕はクレイジーじゃないんだ。
リーンベルさんに至っては一方的な片想いだし、姉妹と付き合いたいと思っている時点でクレイジーだけどね。
「突然どうしたんですか? 王女様の結婚って、国にとって大きなイベントですよ。由緒ある貴族様とか、勇者様とか、他国の王子とするものではないんですか?」
「タツヤさんは、嬉しくありませんか? 喜んでくださると思いましたが……」
「フィオナさんは美人ですし、普通なら気絶するほど喜びますよ。でも今は、わかりましたって、簡単に受け入れることができません。そばにいてくれてるスズの方が大事ですから」
馬車でフィオナさんの膝の上を喜び、城でシロップさんにクンカクンカされていた男の発言とは思えない。
「スズが大事……ですか。妬いてしまいますね。でも大丈夫ですよ、私は3番目でも4番目でも構いません。愛し愛される関係であれば、うふふっ」
そういう問題じゃない。
フィオナさんと婚約した状態で、リーンベルさんの元へ戻れないんですよ。
すごい嬉しいんですけどね。
正直、早くも心がブレブレになるほど揺らいでいますし。
それでも、スズを裏切るわけにはいかない。
フィオナさんの鋼のメンタルを打ち崩そう。
僕の32万の豆腐メンタルが火を噴くぞ!
「僕は好きと言われたら好きになるし、愛されたら愛してしまう単純な男です。でも、スズを裏切るわけにはいきません。それに、国王様も平民で料理しかできない僕を受け入れないと思います。フィオナさんはもっと別の方と結婚すべきです」
「それでしたら、心配の必要はありませんよ。お父様もお母様も結婚に賛成しています。フリージアに住むことで揉めたくらいですので」
いつの間に国王と王妃様まで餌付けしてしまったんだろうか。
百歩譲って国王はわかる。
でも、なぜ常識人な王妃様まで……。
「タツヤさん、あなたはどれほどの功績を残しているのか、ご存知ですか? ずっと変化のなかった食文化を改善、王女である私の命を救い、公爵家の悪事を暴いた。それも、僅かな期間で。そんな優秀な方と王女の私が結婚するのは、ごく自然のことですよ」
フィオナさんの言葉で呆気に取られてしまう。
王女様と結婚するには実績が少ない気がするけど。
全てにおいて偶然の産物だし。
「特に食文化の貢献は大きいです。王都フェンネルは特産の果物が人気で、他国から移り住む人も多くいらっしゃいます。そこに新たな食文化が生まれたとなれば、いったいどうなるでしょうか? タツヤさんの料理は高い素材を使うわけではありません。工夫するだけで、料理が生まれ変わるのです」
うん、だって家庭料理だからね。
「つまり、庶民にも手が届きやすい一種の革命です。低コストで毎食娯楽を味わうことができれば、生活水準が急上昇するような感覚を覚えるでしょう。兵士達も試作品のホットドッグで、大きく士気が上がっています。お給金の一部を開発費へ回してほしいと、兵士たちが自主的に寄付するほどに」
だんだん壮大な話になってきたな。
この世界には娯楽がないため、食べ物やお酒に欲求が集中している。
ホロホロ鳥は焼くだけでおいしいから、異常な人気をしているのもその1つ。
「マヨネーズで卵、ケチャップでトマトの消費量が増えますから、仕事も増えて経済も活性化します。当然、農民だけが影響を受けるわけではありません。優秀な冒険者も集まりやすくなり、安全性だって高まります。現に
確かに
ホロホロ鳥を狩ってきた時は、急いで僕の元へ持ってきたくらいだし。
カイルさんに押し倒されることになるとは思わなかったけど。
フリージアのギルドでクッキーを渡したら、「クッキー様」というあだ名まで付いたことがあった。
おいしすぎて倒れる人だっていっぱいいた。
普段からおいしい食事をしているはずの王族でさえ、心を取り乱すほど爆食した。
どうしよう、思い当たる節がありすぎる。
リーンベルさんとスズに、おいしいごはんを食べて欲しかっただけなのに。
正確にいえば、2人の胃袋を鷲掴みにして、僕の全てを奪われたいだけであって……。
そんな自分の欲望が国の発展をうながすことになるとは。
いや、良いことだと思うけど。
「フィオナの気持ちはどうなの? タツヤはまだ子供」
スズさんが正気に戻っている。
そうだ、援護射撃はスズさんの得意分野だ。
後は任せたよ。
「同い年のスズがそれを言うのですか? 年の差は関係ありません。それに、私は助けていただいた時から決めておりました。死が目の前に迫った時、危険をかえりみず助けに来てくれたタツヤさんはとても男らしいと思います。初々しいところがまた可愛いですし、昨日のデートの話もスズが羨ましくて仕方ありませんでした。私もタツヤさんとデートがしたいです」
フィオナさんがモジモジしている。可愛い。
「タツヤ、諦めてフィオナと結婚するべき。これからのことを考えると、メリットも大きい。フィオナが本当にタツヤのことを好きなら、私は構わない」
肝心な時に援護射撃が弱いぞ。
白旗を振るのが早すぎるよ。
この展開をどうしろっていうんだ。
スズがOKでも、リーンベルさんに嫌われたくないんだよ。
またナデナデで攻められたいし。
……でもスズの許可がおりたし、結婚してもいいのかなって思い始めているよ。
32万の豆腐メンタルは、恋愛感情に弱すぎるからね。
「スズ、リーンベルさんって嫉妬するタイプ?」
「ベルちゃんとも恋仲なんですか?」
僕の言葉に反応したのは、フィオナさんだった。
とても驚いた表情をしている。
「お姉ちゃんとタツヤは、まだそういう関係じゃない。お姉ちゃんは疎いから、自分の気持ちに気付いてないと思う。可愛い弟ぐらいにしか思っていない」
「では、ベルちゃんと引っ付ければいいのですね。それなら任せてください、ご協力いたしますから。他に何か問題は?」
本当にフィオナさんはそれでいいのか?
ヤケクソになってないか心配になるよ。
まぁ命を助けたことは事実だし、せ、責任を取るのが男ってもんですよね。
そうだよ! 責任を取るために結婚しよう!
男なら責任を取って嫁にもらうのが当然だろう!
勝手に正当な理由を見付け出した僕に、もう迷いはない。
でも、異世界に来てから、たった1つだけトラウマになっていることがある。
その禁断の質問だけさせてほしい。
「フィオナさん、最後に1つだけ聞かせてください。『僕』と『僕の料理』と、どちらが大切ですか?」
「え? もちろんタツヤさんですよ。可愛いお顔を見れるだけで幸せですから」
ありがとうございます。
「……まだ、根に持ってたの?」
ごめんね、まだ君が食事をしていると、時々疑心暗鬼になることがあるんだ。
もう1度オーガ戦のようなことがあったら、立ち直れない気がするから。
「タツヤさん、私はもう我慢の限界です。馬車の時のように、膝の上に座ってもらえませんか?」
まさかフィオナさんも欲求不満なんですか?
そういうの大好きですから、これからもっと言ってください。
すぐに気絶しますけど、好き勝手してくださいね。
スズに2時間甘噛みをされても、文句の1つも言いませんでしたし。
ずっと倒れてましたけど。
一応スズの顔を確認すると、スズはうなずいてくれた。
元々シロップさんの膝の上もOKだったし、何の問題もないんだろう。
ゆっくりと近づいてフィオナさんの膝の上に座ると、すぐにギュッと抱きしめられる。
心地の良い胸の感触に、早くも『
両想いとわかるだけで、いつもより興奮しているよ。
「ふふふ、馬車で膝の上に乗っていた時よりも、心臓の動きが速いですね。……ほ、本当に早いですね。こんなに早く動いて大丈夫ですか? 私のハグで興奮しすぎですよ」
女性から「興奮してる」と言われると、もっと興奮するからやめてほしい。
あっ、ちょっと待って。手を繋ごうとしないで。
手汗が……手汗が出ちゃうーーー!
「本当に女性の免疫がないんですね。手を握る前から手汗がでてるじゃありませんか。これから特訓なさいますか?」
特訓? と、と、特訓?!
心臓の音じゃないんですよね?
トックン、トックン。
「さっきもそうだった。私は手汗のことを話してない。なぜフィオナが知ってる?」
おい、フィオナさん。
相談をバラしたら相談じゃなくなるじゃないか。
「あらあら、それはね、昨日タツヤさんが……」
「ちょっとフィオナさん?! 言わないでくださいよ、恥ずかしいじゃないですか」
「誤解されるより言っておいた方がいいです。お互い似たようなことを相談してくるから悪いのですよ。なぜ2人とも私の気持ちに気付かず、相談してきているのですか?」
この後、フィオナさんがスズに昨日の話をしてしまった。
恥ずかしくて顔が火照ってしまったけど、スズも同じように恥ずかしいみたいで赤面していた。
「2人ともバカみたいに相思相愛なんですから、これからは変な相談をしてこないでくださいね。お互いにそのままがいいようですので、特別に何かしなくても構いません」
フィオナさんの口から、愚痴なのかアドバイスなのか判断できない話が続いていく。
……この話、フィオナさんの膝の上で聞くことではないと思うんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます