第66話:精霊魔法の使い手

 バシャバシャバシャバシャ


「本当ですね、恋人繋ぎの手汗がすごいです。心臓の音がもう1段階レベルアップしましたけど、大丈夫なのですか?」


「問題ない、心臓が極限状態に達しただけ。私はその鼓動を聞くのが好き」


 どうしてこうなった?


 僕は今、2人のおもちゃにされている気がするんだ。

 めっちゃ好きな展開だけどね。


 意外にスズもノリノリで、僕の使い方をフィオナさんにレクチャーしている。

 やられる側としては、意識を飛ばさないように必死。


「あと、頭を撫でられるのが異常に好き。お姉ちゃんにもコッソリ頼んでる」


 なぜリーンベルさんにお願いをしたことを知っているんだ。

 まだ2回しか頼んでないのに。


 それに知ってるなら、もっと頭を撫でてくださいよ。

 スズさんに撫でられるのも好きなんですから。


 それを聞いたフィオナさんは恋人繋ぎをやめて、頭を撫で始めてくれた。

 膝の上に座っている僕の顔を見ようと、横から覗き込んでくる。


 ナデナデの心地良さと、スズとフィオナさんの視線を感じることで、僕の意識は吹き飛ぶ寸前。

 自分では制御できないくらい表情がだらけきっているけど、嫌いにならないでほしい。


 幸せすぎて、よだれが垂れそうなんだ。 


 だって、フィオナさんの頭ナデナデがまた心地良いんだもん。

 撫でる速度が絶妙で、2秒でメロメロになってしまったよ。

 このままずっと撫でられたい。


 僕の心の声が届いていたのか、スズも一緒に頭を撫で始めてくれた。

 幸せのナデナデ攻撃に耐えられるはずもなく、僕の意識はゆっくり消えていく。



- 翌朝 -



 気が付けば、朝だった。

 2人に頭を撫でられ始めた頃から、記憶が全く存在しない。


 酔っぱらって記憶がなくなる人はいるけど、頭を撫でられて記憶がなくなるのは僕くらいだろう。


 辺りを見回すと、フィオナさんの部屋にいたはずなのに、城にあるスズの部屋へ移動している。

 当然、足元にはスズが寝ていた。


「スズ、起きて。ねぇ、スズ」


「……ん、おはよう」


「おはよう。昨日の記憶があまりないんだけど、大丈夫だった?」


「んー、タツヤがボーっとしてて少し様子が変だったくらい。フィオナが『プリン食べたい』と言ったら、大量に作ってた。私が『とんかつ食べたい』といったら、大量に作ってた。後は、挽き肉を作る機械もらって喜んでたぐらい」


 アイテムボックスを確認すると、とんかつとプリンが大量に入っていた。

 挽き肉にする機械(ミートミンサー)もアイテムボックスに入っている。


 スズがそばにいてくれただろうし、2人に変なことをしてなければ別にいっか。


 2人で朝ごはんを食べた後、国王と王妃様の元へ向かっていく。

 今日で城住まいも終わり、フリージアへ戻る日だったから。


「国王様、王妃様。フィオナさんのこと、本当にいいんですか?」


「気にするな、この国の将来を考えた結果だ」


「王族は好きな男性と結ばれるとは限りません。フィオナが女として幸せになれるなら、私達は賛成です。いつでもお城にいらしてくださいね」


 も、もしこのまま結婚したら、王妃様を「お母さま」って呼んでもいいのかな。

 ということは、サラちゃんは義理の妹になるのか。


 是非、「お兄たん」と呼んでもらえるように頑張ろう。


 国王と王妃様の挨拶を終えると、サラちゃんの元へ向かっていく。

 部屋に着いて別れを伝えたら、「ばいばーい」とあっさり言われてしまった。


 ロリコンじゃないはずなのに、悲しい気持ちになってしまったよ。

 心がえぐれそうなほどツライ、これが反抗期というやつか。


 ちなみに、フィオナさんは1か月後に合流する予定だ。

 暗部により護衛とか、影武者がいるとか、大人の事情が色々あるみたい。


 フィオナさんに別れの挨拶をして撫でまわされた後、城から冒険者ギルドへ向かっていく。

 ギルマスに顔を出す約束をしたからね。


 ギルドに着くと、相変わらず大混雑していた。


 時間がかかりそうだなって思っていると、スズは僕の手を取り、迷わず2階へ向かっていく。

 2階にあるギルドマスターの部屋をノックもせずに、ガチャッと開けた。


 おい、スズ。さすがに礼儀というものがあるだろう。


 ギルドマスターの部屋に入ると、山のような書類が机の上に置かれていた。

 その机に背を向けて、全力で仕事を拒否している1人の女性がギルドマスターだ。


 普通は少しぐらいやってますオーラを出すと思うんだけど。


「アンリーヌ、また仕事サボってる」


「私には仕事の山が見えない、大丈夫だ」


 仕事の山を認識しているのは間違いない。

 王都なのに、ダメダメ系のギルマスだな。

 これだけ書類の山を溜め込んだら、後でツラいのは自分だと思うけど。


 フリージアのムキムキギルドマスターは、真面目なギルドマスターだったんだな。

 見た目はめちゃくちゃ怖いけど。


「ん? 職員じゃないならそう言ってくれよ。接客すれば、書類整理は免れるんだ。立っているのもなんだ、さっさとソファに座ってくれ」


 本当に書類整理は嫌なのか、清々しい笑顔を作ってソファに座り始めた。

 スズと一緒にギルドマスターの向かい側に腰を下ろす。


「私が王都フェンネルのギルドマスター、アンリーヌだ」


「僕はフリージアで冒険者をしているタツヤです。この間は当事者なのに、すぐ立ち去ってすみませんでした」


「構わない、あれだけ証人がいたんだ。貴族のことより、君のことで大盛り上がりだったよ」


 やめてくださいよ、その話は。

 オッサンに『たかいたかい』されたことと、カイルさんに押し倒されたことを思いだしますから。


 そんなことを覚えているのに、昨日のナデナデの記憶がないんです。

 これほど悲しいことはありませんよ。

 しばらくはフィオナさんに会えないっていうのに。 


「そ、そうですか。あの時の獣人は大丈夫でしたか?」


「何も問題はない。国から謝礼金がもらえたと喜んでいたくらいだ。それにしても、君はどうやってスズを手懐けたんだ?」


「よく聞かれるんですけど、特に何もしていないんですよ。最初から友好的でしたし、人懐っこいイメージの方がありますから」


 隣にいるスズは僕達から目線を反らした。


 そんなにスズって一匹狼だったのかな。

 不死鳥フェニックスとも仲が良かったし、果物売り場の店員さんとも仲良しだったのに。


「まぁ本人も嫌がってるみたいだから、深くは聞かないさ。君は子供にしては随分しっかりしているし、礼儀も正しい。フィオナ王女の件も聞いているよ。Eランクで王族から指名依頼が入るのも、前代未聞。それに……、私の精霊達も君に懐いてしまった。むしろ、契約者の私といるときよりも喜んでいるから傷付くよ」


 アンリーヌさんは切なそうにこっちを見ている。

 精霊がいるのかと思って自分の周りを見回したけど、精霊っぽいものは見当たらない。

 何度もキョロキョロしていると、不意にスズと目が合ってしまった。


 やだ、突然目が合うと恥ずかしい。


「精霊は私達に見えない。アンリーヌは精霊使いで、精霊から魔力を借りて魔法を使うタイプ。精霊魔法は強力な広範囲魔法で……」


 その後、スズとアンリーヌさんが詳しく教えてくれた。



・精霊を見ることができるのは、特殊スキル【精霊魔法】を覚えている人だけ。

・後天的に覚えることはできず、生まれた時に覚えている人だけが精霊と契約できる。

・精霊は敵意をむき出しにする人や犯罪者や悪人を嫌う。

・精霊に好かれる人は心が綺麗な人が多い。

・精霊はとても敏感で、色々なことがわかるといわれている。



 アンリーヌさんは精霊使いというだけで、王都のギルドマスターに選ばれているそうだ。

 それだけ精霊使いは強大な力を持っていて、精霊への信頼が高い世界なんだろう。


 だからといって、書類整理はサボっちゃいけないと思うけど。


「アンリーヌさんの精霊はどんな精霊なんですか?」


「様々な種類の精霊がいるんだが、私の精霊は特殊なものに分類されている。妖精といって、小人に綺麗な羽が生えているような見た目をしているよ。さっきからお前の鼻の中に出たり入ったりして遊んでいるぞ」


 全然鼻に違和感がないんだけど、そんなことをして遊ぶんだ。

 妖精の趣味ってわからないもんだね。

 僕が同じ立場だったら、絶対にそんな場所で遊びたくないのに。


 入るとしたら、間違いなく女性の胸の谷間だよ。

 スポンって挟まれたい。

 最悪潰れたって構わないから、24時間挟まれ続けて過ごしたい。


 ……こんなこと考えてるのに、精霊はなぜ僕のことを好んでいるんだろうか。

 アンリーヌさんの妖精は変態が好きなんじゃないの?

 もしくは、長年の童貞を守り続けているピュアな心に惹かれたのかもしれない。


 勢いよく鼻から息を吸い込んだら、体内に入ってくるのかな……。


「妖精と会話はできるんですか?」


「直接会話のやり取りはできないが、軽い意思疎通ぐらいはできるよ。妖精の方が博識でカンが鋭いからな。いつも助けてもらって……、どうした?」


 アンリーヌさんが急に真顔になった。

 

「どうかしたんですか?」


「……妖精達が急に騒ぎ出した。こんな姿を見るのは久しぶりだ」


 その時、慌ただしく廊下を走ってくる音が聞こえ、扉がバンッと開けられた。


「大変です、ギルマス! 王都近辺のあちこちでスタンピードが発生した模様です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る