第67話:スタンピード
スタンピードを知らせてくれた職員さんはパニック状態だった。
「待て、スタンピードの兆候はなかったはずだ。それに、あちこちというのはどういうことだ?」
「詳しいことはわかりません。王都の東西南北、歩いて1時間ほどの距離に大量のモンスターがいると、冒険者達が戻ってきているんです。1人だけではありません、国の騎士団も慌ただしく動いています。現在、偵察能力の優れた冒険者達に確認依頼が受理されたところです」
「わかった、すぐに向かう。冒険者達はギルド内で待機するように伝えてくれ。
城にも使いを出し、情報の共有をするように。お前達も下で待機してくれ」
急に重苦しい雰囲気になってきた。
フリージアでスタンピードの処理が終わったばかりなのに、王都でもスタンピードか。
ユニークスキルは広めたくないから、無事に終わってくれるといいんだけど。
僕達はギルマスの指示通りに部屋を離れて、1階へ戻っていく。
すでに1階のギルド内では、すごい数の冒険者達が集まっている。
入り口まで戻るのは難しいレベルの大混雑。
さっき職員さんが言ってた通り、依頼に向かった冒険者達が戻ってきているんだろう。
あっ、にゃんにゃん3人組がいr……ダメだ、あの子たちはハグしてくれない。
- 30分後 -
統制が取れるような状態ではなかったため、Dランク以下のパーティはギルドの外で待つことになった。
ただし、パーティのリーダーとソロ冒険者だけは、ランクに関係なくギルド内に残っている。
偵察に行っていた冒険者が戻ってくると、ギルド内は静まり返った。
5分ほどで情報の整理が終わると、ギルド内にいる各パーティのリーダーとソロ冒険者だけがギルドマスターの元に召集され、説明を受けることになった。
シロップさんはマイペースなので、非常事態でもブレることはない。
こんな時でも抱きかかえて、クンカクンカをしてくれる。
僕もブレずにクンカクンカを楽しんでいるよ。
しばらくすると、カイルさんとスズが戻ってきた。
「思っていたより、遥かに深刻な状況だ。北門は1,500体以上、東門は約700体、南門は約600体、西門は約500体の魔物が観測された。国も全ての騎士団を導入するみたいだが、かなり難しいだろう。これほど急なスタンピードは初めてで、準備が全くできていないからな」
もう少し早めにフリージアへ戻ろうとしていたら、スタンピードへ直撃したかもしれない。
ギルドマスターと話をすることになっていて、本当に良かったよ。
「4か所同時にスタンピードが発生することってあるんですか?」
「あるわけないだろう、1か所でも災害の扱いだからな。そもそも、スタンピードの兆候がない時点で異例だ。通常は魔力の乱れが観測されるんだが、今回は観測されていない。アンリーヌが精霊使いであることも考えると、おかしなことばかりだ。スタンピードの兆候がなかったとはいえ、精霊が気付かないなんてな」
前兆のない不自然なスタンピードが、4か所も同時に……か。
一か所なら偶然の産物といえるかもしれないけど、4か所も同時に発生するのはおかしい。
足並みをそろえるように、王都から1時間の距離に出現していることも疑問だ。
魔物が意図的に王都を狙っているように感じてしまう。
「フリージアのオーク集落は前兆ってあったんですか?」
「あぁ、そうだな、あれも前兆のないスタンピードになる。だが、あんなものは500年に1度起こるか起こらないかのレベルだ。今回は、それが4か所も同時に重なっている。全て統率が取れていて、残り20分しか猶予がない」
500年に1度の大災害が、4か所も同時に重なるなんてあり得ない。
北門に至っては、1,500体以上もいるんだぞ。
それほど大量の魔物が街の周りに潜んでいれば、すでに被害が出ているはず。
王都はフリージアよりも冒険者が多いし、今まで気付かないことも不自然だ。
「編成はオーガとゴブリンのみ。4か所とも同じ編成。私達は北門に行く」
スズの言葉を聞いた瞬間、強烈な悪寒と胸騒ぎに襲われた。
この胸騒ぎは、フィオナさんを助けた時と同じ。
確か……あの時に召喚された魔物は、オーガだった。
……召喚?
もしかしたら、このスタンピードは召喚されたものかもしれない。
人為的に召喚して起こしたものだったとしたら、納得できることも多い。
いきなり大量の魔物が現れたのも、4方向から攻めてくるのも、王都に向かっているのも偶然じゃない。
召喚の邪魔をされないように離れた場所で召喚し、王都を攻め滅ぼそうとしているんだ。
でも、敵の情報がなさ過ぎて目的が分からない。
わかっているのは、この胸騒ぎが当たるという謎の確信だけ。
「スズ、アンリーヌさんは信用できる人だよね? 精霊は心の綺麗な人を見抜くんだよね?」
「うん? 大丈夫。心が綺麗じゃないと精霊に嫌われ、命を落とすと言われてる。仕事をサボるけど、国から信頼される存在。そうじゃないと、王都のギルドマスターは務まらない」
「カイルさん、アンリーヌさんをギルマスの部屋に連れてきてもらえませんか? 僕達は先に行ってますから」
「お? どうした? ……いや、わかった。先に行っててくれ」
カイルさんは違和感を覚えながらも、すぐ行動に移してくれた。
残ったメンバーだけで、先にギルマスの部屋で待機する。
ギルマスの部屋のソファで座っていると、勢いよく走ってくる2つの足音が聞こえた。
勢いよくバンッ! と扉が開けられ、すぐにカイルさんとギルマスが合流する。
「この非常事態にいったい何の用だ!」
急なスタンピードの影響で、アンリーヌさんは相当イライラしていた。
目が血走ってるじゃないですか、怖すぎますよ。
カイルさんも無理を言って引っ張ってきてくれたんだろう、ごめんね。
「とりあえず、
テーブルの上に、手で食べられるサンドウィッチ系と、シロップさん用にニンジンの煮物を出しておく。
5人は非常事態にも関わらず、迷わず食事を始めた。
けっして食べすぎないように、自分の胃袋と相談しt……。
もっとゆっくり食べてほしい。
戦闘中にお腹が痛くなったら、命に関わるかもしれないんだ。
……痛くなっても知らないよ?
爆食を始める5人に対して、アンリーヌさんはポカンとした顔で見ていた。
「アンリーヌさん、このスタンピードは自然災害じゃありません。人為的な召喚魔法の影響です」
「は?! お前は何を言っているんだ?」
「フィオナ王女の件は聞いていると言ってましたよね。あの時も普段は現れない場所にオーガが召喚されています」
イライラしているような表情から、アンリーヌさんの顔付きが引き締まっていく。
「今回の構成もゴブリンとオーガの鬼の魔物です。おかしいと思いませんか? 前兆もないスタンピードが、同時期に4か所で起こっているんです。それも、全ての魔物が協力し合うように王都へ進軍。自然に起こる現象にしては不自然なところが多すぎます。人為的に統率して魔物を動かしている、と考えるべきです」
「精霊の反応は?」
援護射撃隊長スズさんが、細やかな援護をしてくれる。
その言葉を聞いたアンリーヌさんは、僕の鼻に目線を落とす。
またそんなところにいるのかよ。
「……話を聞こう、続けてくれ」
精霊も納得してくれたのかな。
もしかしたら、僕と同じような胸騒ぎを感じているのかもしれない。
会話できないからよくわからないけど。
「もし僕が敵なら、魔物が踏み込んでくる前に王都へ侵入します。これだけ慌ただしければ、多少怪しくても平気で入れるでしょう。そして、戦いが始まって城の守りが手薄になったところで城へ単独で攻め入り、王族を暗殺します。王都が滅んでいても滅んでなくても、逃げるのは簡単でしょうから」
全員の動きが固まった。
「ハッキリ言った方がいいですか? スタンピードが囮だったら、王族は間違いなく殺されますよ」
またアンリーヌさんは僕の鼻に目線を落とす。
そして、壁をドンッ! と1発殴りつけ、大きな風穴を開けた。
すっごい怖いじゃん……。
暴力反対ですよ。
「頭の痛い話をしてくれるな。精霊が認めなければ、ぶん殴っているところだぞ」
危うく風穴があくところでしたね。
精霊さん、ありがとうございます。
「スタンピード中に100%王族への襲撃があるとは限りません。黒ローブがオーガを率いて、そのまま王都へ攻めてくる可能性もあります」
「いや、お前が言うことで間違いないだろう。精霊がお前の考えに賛同している。しかし、騎士団を城の防衛に回すわけにもいかない。前回の犯人による襲撃なら、どこかで強化オーガが現れるはずだ。偵察の情報にそんな話はなかったからな。ただでさえ王都が壊滅しそうな規模だというのに……」
数でも不利な状況で、襲撃してきた向こうは準備万端。
慌てて準備をして戦闘に借りだされるこちら側としては、精神的負担が大きすぎる。
普通に考えたら、どう見ても絶望的な状態だ。
でも、襲撃者に1つだけ誤算がある。
それは、ここにいる5人の猛獣の存在だ。
ちょうどジェスチャーでカツサンドをおかわりしてくるバカタレのことさ。
なんで満腹まで食べようとしてるんだよ!
ほ、本当にお腹痛くなっても知らないからな!
「北門の魔物は俺達だけで充分だ」
おかわりのカツサンドを受け取ったカイルさんが、アンリーヌさんに提案をする。
アンリーヌさんは、『バカかこいつ?!』というような顔をしていた。
あえて言おう、そいつは大食いのバカタレだ。
「北門を守るはずだった冒険者と騎士団を他の門へ行かせろ。防衛が終わった場所から援護に来てくれればいい。ショコラは王城に行け、それが最善策だ」
「お前は何を言っているのかわかっているのか!? 北門の魔物の数は1,500体を超えているんだぞ!! たった4人で抑えられるなら、誰もこんなことで悩んでなどいないわ!」
ドンッッッ!!
アンリーヌさんはブチギレである。
再び壁を殴りつけて穴が開いてしまった。
でも、こればかりはカイルさんが正しい。
オーク500体を10分でやっつけちゃうクレイジーな猛獣だからね。
オークの集落の3倍程度なら、多分余裕だと思うよ。
1人だけSランクモンスターをワンパンするウサギがいるし。
「説明している時間はない、精霊と相談してくれ」
さっきからカイルさんは、カツサンドを食べながら言っている。
そのカツサンドで強くなるんだから、説得力があるような気もする。
でもカツサンドを食べながら言われても、説得力がないような気もする。
クソッ、どうでもいいことで混乱してきたぞ。
まだ食べようとして、おかわりの手を差し出してくるんじゃないよ!
これで本当に最後だからね!
「……カイルの言ったままでいい、急いで向かってくれ。モンスターが来るまで……10分も残されていないはずだ」
無理矢理感情を押し殺したようなアンリーヌさんの言葉で、全員が動き出そうとした、その時だ。
僕は腕をガッとつかまれ、リリアさんが「クッキー」と言ってきた。
この人もマイペースだな。
多めにドッサリとクッキーを分けてあげると、手を離してくれたよ。
その光景に全員の動きが1秒ほど固まったけど、もう誰も気にしなかった。
スズと僕はギルドを離れ、すぐに王城へ向かっていく。
ギルドから王城まで、急いでも20分はかかる。
魔物が衝突する時間よりも後になるだろう。
王族の襲撃されるタイミングがわからない以上、のんびり走ってる場合じゃない。
フィオナさんの無事を祈りつつ、スズと一緒に走り出す。
お、おい、めちゃくちゃ早く走れるぞ。
自分の体とは思えないほど楽だ。
もしかして、オレッち装備の効果か。
2分で作った割には恐ろしい性能だな。
今までの倍以上のスピードで、10分ほど走ったら城に到着した。
城は予想以上にガラガラで、メイドさんがチラホラ見える程度。
急な大規模スタンピードのせいで、守れる騎士を残している場合ではないんだろう。
すでに遠くの方で戦いの音がしている。
まずはスズの誘導に従って、フィオナさんの部屋を見に行く。
しかし、フィオナさんの姿はなかった。
隣のサラちゃんの部屋を確認しても誰もいない。
少し歩いた先の王妃様の部屋へ行くと、部屋の前に騎士が1人だけ立っていた。
スズが「中に入れてほしい」と頼むと、あっさりOKが出る。
スズの顔パス具合が半端ない。
中に入るとフィオナさん、サラちゃん、王妃様が一緒にいた。
「タ、タツヤさんにスズ?! どうしてここへ?」
驚くフィオナさんを無視して、スズが振り返った。
「タツヤ、思っていたのと違う」
そうだよね、ドアを開けたら黒ローブが「ぐへへ」っていると思うよね。
僕もそう思ったよ。
戦闘が始まると思って、実はドキドキしていたんだ。
騎士がドアの前で普通に立っている時点で、おかしいとは気付いたけどさ。
胸騒ぎは強くなっているから、間違っていないはずなのになー。
もしかして、王女が狙いじゃない……?
「多分、城で起こるのは合っていると思う。もしかしたら、標的が王女ではなくて国王かもしれない」
「標的? いったいどういうことですか?」
「話している時間はない。全員で移動する。バラバラだとかえって守れない」
王族は完全にチンプンカンプンだったけど、スズの言葉に従った。
国王の場所を訊ねると、王妃様が謁見の間にいることを教えてくれる。
情報の共有を行うには、広々として立ち寄りやすい謁見の間が1番いいんだとか。
僕達は全員が離れないように固まって動き、足早に国王の元へ向かっていく。
謁見の間に着いた僕達に、国王はキョトンとした顔で出迎えてくれた。
まだ何も起こっていないらしい。
とりあえず、全員で国王の元に行って話をする。
だんだん僕も自信がなくなってきたよ。
粋がって推理したことが恥ずかくて仕方がない。
ちょっと自分の言葉を思い返してみよう。
「ハッキリ言った方がいいですか?(ドヤ顔)
スタンピードが囮だったら、王族は間違いなく殺されますよ(どや~)」
クッソ恥ずかしい。
ギルドマスターから後でめちゃくちゃ怒られそうだよ。
でも僕だけじゃない、精霊だって認めたんだから共犯だ。
どうしよう、スズも疑いの目でこっちを見てくる。
どうしよう、これでフィオナさんとの結婚が破談になったら。
どうしよう、スズとリーンベルさんにまで嫌われてしまったら。
うーん、こういうのは早めに謝るのが大事だと思う。
今ならまだスタンピードの戦闘に参加できるし。
「あの~、粋がってここまで来ちゃいましてですね……」
「ホォ~、王族皆さんがお揃いですか」
待ってましたーーーー!
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