閑話2 リーンベル視点

- リーンベル視点 -


 ウルフの群れを討伐してから、あの子は大人しくなった。

 うんうん、お姉ちゃんはそうやってゆっくり成長してくれると嬉しいな♪




 ……なぜ思うようにいかない。




 お昼に戻ってきたと思ったら、助けを求める子犬のような目で見てきたの。

 今度は何をやらかしたの?

 ものすごく怯えているように見える。


 すると、マールが耳打ちで状況を教えてくれた。


「少し落ち着いたんですけど、全然しゃべらないんです。すごく震えていましたし、怖いことでもあったんじゃないかと」


 受付カウンターを離れ、休憩室へ連れていくことにする。

 人目に付く場所では話しにくい。

 落ち込む姿は他人に見られたくないものだからね。


 休憩室のソファに腰を掛けると、すごく落ち込んでいるのがわかる。

 こうなってほしくないから怒ってたのに……。


 冒険者が陥る恐怖経験はだいたい決まっている。

 ここまで落ち込んでいるのであれば、間違いないだろう。


 毎年何人も見ているから。


 死の恐怖を感じてしまった冒険者の半分は辞めてしまう。

 平凡な生活を求めて、冒険者カードをギルドへ返還するの。


 もしかすると、この子も……。

 ううん、今は心の傷を減らすことを考えよう。


 冒険者を辞めることになったら、もう会えなくなっちゃから。


 でも、子供をなぐさめるってどうしたらいいんだろう。

 大人とは違う、壊れやすい繊細な子供の心。

 こんな可愛い子が傷ついてるところは見たくないだけどなー。

 なんとか元気付けてあげたい。


 私は無意識のうちに、この子の頭をゆっくりと撫で始めていた。


 なんとか良くなって欲しい、心の傷が癒えてほしいと思い続けていたら、勝手に体が動いていたの。

 気付いたときには遅かった。

 すでに何度か撫でてしまった後だ。


 無意識だったとはいえ、ベテラン受付嬢としてあるまじき行為である。

 なんて軽率な行動を取ってしまったんだろう……と思っていたら、彼は私に寄りかかってきた。


 頭を撫でられて安心したようだ。本当に良かった。

 でも、嫌がられてたら危なかった、後で反省をしよう。

 今はこのまま彼が落ち着くまで頭を撫でてあげるんだ。


 子供だけあって意外に甘えん坊なのかもしれない。

 寂しいなら普段から甘えてくれたらいいのに。

 お姉ちゃんでよければ、いつでも頭ナデナデしてあげるよ。



- 20分後 -



 だいぶ落ち着いてきたんじゃないかなー。

 そろそろ……撫でてる腕が疲れてきちゃったよ。

 一度声をかけてみよう。


「怖いことでもあった?」


「……もう少し、このまま」


「そっか。少し休憩しようね」


 だ、だ、大丈夫だからね。

 ゆっくりと休憩して心を癒していこうね。


 実はお姉ちゃん、まだまだ余裕だから。


 お姉ちゃんが優しく撫でてあげるから安心して。

 お姉ちゃんの腕はまだまだ使えるんだから。

 お姉ちゃん……頑張るからね。


 なんていっても、9年目のベテラン受付嬢だもん。

 私の腕が筋肉痛になるぐらいで、君の心の傷が癒えるなら頑張っちゃうよ。



- 30分後 -



 頭を撫で始めてから、50分。

 子供の心の傷を癒すという治療行為の厳しさを体感している。

 ナデナデ記録選手権でもエントリーしているんだろうか。


「解体場まで、一緒に来てもらえませんか?」


「いいよ。一緒に行こっか」


 ようやく彼は決心が付いたみたいだ。

 彼の手を取り、解体場へ向かうことにした。


 もちろん、頭を撫でていた腕はもう動かない。

 痙攣しているし、力なんて一切入らないよ。


 私はベテラン受付嬢、ポーカーフェイスも得意なの。

 この子の心の傷を癒してくれるなら、私の腕なんて安いものだわ。

 


 解体場に着くと、ヴォルガさんが来てくれる。

 この子は何も言わずに、アイテムボックスから『オーク』を取り出した。


 これは……大変なことになる。

 ギルドマスターへ連絡が必要な案件だ。


 オークはDランクモンスター。

 普通は1年間しっかり冒険者をしてきた人が、『パーティ』で戦う相手。

 まだ登録して1か月も経っていない子が、『ソロ』で倒せる相手じゃない。


 ましてやアイテムボックス持ちがオークを倒した前例は、今までに存在しないはず。


 彼の冒険者人生をここで終わらせてはいけない。

 再び冒険者として歩み出すべきだ。

 今までに存在しない、異例の冒険者になるはず。


 ……私の腕なんて本当に安いものだったのかもしれない。

 将来、黄金の右腕として崇め称えられる可能性もある。


 それから彼は、オーク討伐のことについて話してくれた。


 彼はまだ怖いんだろう。

 時折、握っている私の手にギュッと力を込めてくる。


 ごめんね。お姉ちゃんはなんて声をかけたらいいのかわからないよ。

 でも大丈夫、お姉ちゃんは君が喜ぶ方法を1つだけ知ってるから。


 ……お姉ちゃんの腕、もう1本あげるよ。


 彼の前でゆっくり腰を落とす。

 そして、生きている左腕で頭を撫で始めた。


 早く元気な姿を見せてくれることを願って。



- 10分後 -



 彼はすっかり心が落ち着いたようだ。

 冗談を言えるくらいまで回復してきたみたいで、そのままお礼を言って帰っていった。


 お姉ちゃんは心の傷が癒えたみたいで嬉しいよ。

 ……両腕が死ななくて本当によかった、とも思ってるけど。


 私はすぐにギルドマスターの元へ向かう。


「ギルマス、少しお話があります」


「どうした?」


「ヴォルガさんの推薦でEに昇格した、アイテムボックス持ちの子を覚えていますか?」


「あぁ。ヴォルガからウルフの群れを5体倒したから推薦したと報告を受けている。登録してまだ数日だったな。俺も少し話をしたことがあるから覚えている。何かあったのか?」


「実は今日、単独でオークを狩って戻ってきました」


「なんだと?! 本当か?」


「はい。でも、死闘だったようで心に傷を負っています。できる限りケアをしたので大丈夫だと思いますが」


「アイテムボックス持ちが……オークを討伐。ウルフの群れを倒している時点で、異例中の異例だというのに」


「特殊な方法で戦っているようで、詳細はわかりません。必要以上に詮索するのはマナー違反ですし……」


「無理に詮索をしなくていい。わずか10歳でオーク単独撃破のアイテムボックス持ちだ。放っておいても頭角を現すだろう。ひいきしても構わない、しっかり面倒みてやってくれ。そんな逸材を腐らせるわけにはいかない」


「わかりました」


 ギルマスがひいきしろって言うんだから仕方ない。

 仕事として与えられたことだもん、しっかりやらないとね。

 これからも道を踏み外さないように、私がフォローをしてあげよう。


 なんといっても、私はベテラン受付嬢だからね。



- 翌朝 -



 彼はギルドにやってこなかった。

 心の傷は思ったより深いんだろうか。心配だ。



- 午後3時過ぎ -



 彼はひょこっとギルドに顔を出した。

 いつも通りに戻っているみたいだ。よかった


 なんだか今日はこの子から甘い匂いがする。

 近くにいるだけで癒される心地良い香り。

 膝の上に座らせて、後ろからギュッと抱きしめて匂いを堪能したい。


 ……ハッ、何を思ってるんだ! しっかりしろ、私!


 私は平常心を取り戻して、彼と向き合う。


「さっきクッキーを作ったので、良ければギルドの皆さんで食べてください」


「……つ、作った? えーーーーー!?」


 もらった箱を何回開けても大量のクッキーが入っている。

 意味が分からないよ。

 この子は何者なんだろうか。

 誰かこの子に色んな意味で常識を教えてあげて欲しい。


 驚いているうちに帰ってしまったので、結局詳細はよくわからなかった。

 でも、お礼というなら有難くいただこうと思う。


 休憩中にもらったクッキーをみんなで食べると、大騒ぎになってギルマスに怒られた。


 1番騒いでいたのは、あなたの奥さんのサブマスだからね。

 クッキーを食べて泣き崩れるんだもん。

 いきなりクッキーにお祈り始めるし。


 初めて見たよ、クッキーにお祈りする人。


 でも、気持ちがわからないわけでもない。

 あり得ないほどおいしいクッキーだったもの。

 ほっぺたが落ちると思ったほどに。


 昨日の自分に拍手をしたいよ。


 私の腕はなんという偉大な子供を守るために、頑張ったんだろうか。

 なんて名誉ある筋肉痛だと感じてしまうんだろうか。


 でも、筋肉痛はツラい。

 腕を動かすだけでビキビキと痛むんだもん。


 そうだ、マールにマッサージをしてもらおう。

 ナデナデ武勇伝を聞いたら、喜んでやってくれると思うから。


「マール。ちょっといい? あのね……」


 予想通りマールはマッサージを始めてくれた。

 マールは素直な心の持ち主だからね。

 私の腕をうっとりとした顔でマッサージしてくれてるよ。


 うんうん、そうだよね。

 50分も頭を撫でてたんだよー。

 この腕が筋肉痛になったおかげで、クッキーが食べられたんだからね。


 しかも、私ったらすごいんだよ?


 もう1本の腕も犠牲にしようとしてたんだからね。

 冒険者の心を守るために頑張る受付嬢の鏡だと思うの。


 さすが9年目のベテラン受付嬢だよね。



 後日、あの子はまたクッキーを差し入れしてくれた。

 本当に冒険者なんだろうか。

 どこかの国の専属パティシエとかじゃないだろうか。


 本当に不思議な子だよね。可愛いからいいけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る