閑話1 リーンベル視点

-リーンベル視点-


 私の名前はリーンベル。19歳。

 フリージアでギルドの受付嬢を始めて9年目。

 本来なら15歳からしかギルドで働けないんだけど、特別に10歳で雇ってもらったの。


 だから、私はベテランの受付嬢なんだからね。


 そんな私のもとに可愛い男の子が来てくれたんだー。

 付き添いのママとはぐれちゃったんだろうね。


 小さい手足、幼い顔、小さい歩幅でゆっくり歩いてくる。

 なんて可愛いの! 心が癒される!

 こんな可愛い子のためなら、お姉ちゃんは頑張っちゃうよ。


「あ、あの………」


「ふふふ、ボクはどこから来たのかな~? 迷子になっちゃった? お姉ちゃんがお母さん一緒に探してあげるから、お名前教えてもらってもいいかなー?」


 あーん、可愛いな~。

 お姉ちゃんがママのところにちゃんと返してあげるからね。


「えっと、冒険者登録をしたいんです」


「え? あ、そうでしたか、失礼しました。冒険者登録は10歳からになりますが……?」


 恥ずかしい、迷子じゃなかった。


「10歳なんですけど、お姉ちゃんにはいくつくらいに見えましたか?」


「怖い顔のおじさんのばかり見てるから8歳くらいかなって思ったの。ここに君みたいな可愛い子は来ないからね」


「お姉ちゃんから見て僕は可愛いですか?」


「うん、すごくかわいいよ」


 そんなの当たり前じゃない。

 聞く前に自分の可愛さを鏡で見てほしい。


 すべてが可愛いよ。すべてが可愛いよ。

 大事だから2回言ってしまうほど可愛いよ。


 ……何を考えているんだろう、私は。

 しっかりしよう。ちゃんと仕事をしよう。



 可愛いこの子に癒されながら。




- 数時間後 -



 辺りが暗くなっても、あの子は戻ってこなかった。

 暗くなる前に戻るって指切りまでして約束したのに……。


 ゴブリン退治をやめさせた方がよかったかな。

 でも、アイテムボックスしかスキルを持っていない小さな子供に、他の依頼はこなせない。

 魔法の1つでも覚えていてくれたら、なんとかなったかもしれないのに。


 もし、あの子がゴブリンに倒されていたら……。

 案内できる依頼がなかったとはいえ、心苦しい。


 ううん、まだ決まったわけじゃない。

 無事であることを祈ろう。


 そう思いながらも、現実は残酷。

 もうすぐギルドを閉める時間になってしまう。

 受付をマールに任せて、後片付けを始めていく。


 今日は憂鬱な1日になっちゃったな。


「ベル先輩、ベル先輩」


「ん? どうしたの?」


「受付で男の子が先輩のこと呼んでるんですけど」


 あの子だ! よかった、無事に戻ってきてくれた。

 お姉ちゃんとの約束を破るなんて、いけない子だ。

 可愛いから許してあげるけど。


 もう1度お姉ちゃんと指切りをして、今度こそ約束を守ってもらわなきゃ。


「ゴブリンはちゃんと討伐できた?」


「はい。ゴブリン10体とウルフ2体アイテムボックスにあるんですけど」


 ウルフを2体倒した? そんなわけないよね。

 Eランクモンスターで動きが素早い魔物なんだから。

 油断しているとEランク冒険者でも怪我しちゃうのに。


 何かと勘違いしちゃってるんだなー。

 それとも、お姉ちゃんに褒められたくて見栄を張ってるのかな?

 そういうところがまた1段と可愛く思えちゃうよ。




 ……まさか本当だったとは。




 小さい子供が初日から夜に帰ってきて、無謀にもウルフを退治してくるなんて。

 お姉ちゃんはプンプンだよ?

 この子のためを思って怒っちゃうんだから!


 私は少し説教をしたら、しゅーんとした顔で落ち込んでしまった。

 そ、それはそれで可愛い。

 なんてずるい子なんだろう。


 この子に嫌われたくなかったので、我慢して10分で怒ることを切り上げる。


 それなのに……、


「えっとですね。泊まる場所を探してないんですけど、今からでも泊ま……れるところって……」


「もう~! ちょっとは先のことを考えて行動しなきゃいけないでしょ?

 なんで君はこんなに遅く……」


 まだ子供だから、後先考えられないのは仕方がないかもしれない。

 でも、ついカッとなって怒ってしまった。


 怒りっぽい人って思われていないかな……。


 今から泊まれる場所を探すのは、子供だったら難しい。

 酔っ払いも多いし、誘拐される危険だってある。


 アイテムボックス持ちだから、何かあった時に対処だってうまくできないだろうし。

 いくら可愛くても私の家に泊めるわけにはいかないもんなー。


 で、でも……泊まる場所がないのなら……。


「ベルちゃん怒ると長いから気を付けなきゃダメよ?」


「うわっ、アカネ先輩! ビックリさせないでくださいよ。私はこの子のことを思って怒ってるんです!」


 ビ、ビックリした! 心臓が止まるかと思った。

 なんでまた変なこと考えてるんだろう。

 疲れがたまってるのかな。


 困ってる私たちに、アカネ先輩がギルドの休憩室が使えないか提案してくれた。

 ギルマスの許可を取るため、ギルマスの元へ向かう。


「ギルマス、ちょっと相談があるんですけど」


「ん? どうした?」


「冒険者登録したばかりの子が、泊まる場所がなくて困ってるんです。なので、ギルドの休憩室を借りられませんか?」


「なんでわざわざ休憩室を貸し出す必要があるんだ? 今から探しに行けばいいじゃないか」


「それが10歳の男の子なんですよ。この時間から子供をウロウロ探させるわけにはいきません。アイテムボックス持ちなので、何かあったときに対応もできないと思うんです」


「アイテムボックス持ちか! 珍しいな。それなら休憩室を使わせてやれ。トラブルにも巻き込まれやすいだろうから、見える範囲で注意してやってくれ。何かあったらすぐ俺に報告しろ」


「わかりました」


 あの子の元へ戻って、ギルドの休憩室を案内した。


 夜ごはんに食べようと思っていたパンを1つわけてあげる。

 やっぱり何も食べていなかったのか、申し訳なさそうに受け取った。


 パンをあげたんだから、さっき怒ったことは許してね。

 お姉ちゃんは優しい心で動いてるんだから。


 もしかしたら、パンを買うだけのお金もないのかもしれない。

 10歳で冒険者活動をする時点で、訳アリ決定だもんね。

 でも、幸いにもアイテムボックス持ちだ。


 高ランク冒険者に拾ってもらえば、この子も裕福な生活が送れると思う。


 貴重で有用なスキルだし、この子は可愛い。

 奪い合いにならないか心配なぐらいだよ。


 初心者の街と言われているけど、10歳の子供が1人で冒険者を続けていくには厳しい世の中。

 同じように10歳から仕事を始めてる私にはよくわかる。


 ギルマスからも注意してやれって言われちゃったからなー。

 それだったら仕方ないよねー、ギルド職員としてはギルマスの指示に逆らえない。


 冒険者として頑張る限りは、私が面倒をみてあげようっと。

 なんといっても、ベテラン受付嬢だからね。


 べ、別に可愛い子を独り占めしたいなんて思ってないよ? 本当だよ?


 本当は家に持ち帰りたい、とか思ってない。

 膝の上に座らせて頭を撫でたい、とかも思ってない。

 寝顔をみて癒されたい、とかも思ってない。


 私はベテラン受付嬢、公私混同なんてしたことないからね。


 で、でも朝ごはんもなさそうだよね。

 冒険者を気遣うのも受付嬢の仕事。

 明日の朝ごはんは買ってきてあげて、一緒に食べようかな。


 つ、つ、ついでに寝顔も見ちゃうかもしれないけど。



- 翌朝 -



 私は朝一番でパン屋さんへ向かった。

 いつもより30分早く起きただけなのに眠すぎる。

 顔も洗ってきたはずなのに、目がシバシバして仕方がない。


 絶対寝顔を見て癒されよう。


 ギルドへ着くと、一目散に休憩室へ向かった。

 起こさないように、そ~っとドアを開ける。


 あれ? 起きてる……。


 どうやらギルマスの朝練で起きてしまったらしい。

 この子の寝顔を見る機会なんて、今日を逃したらもうないっていうのに!


 私はギルマスを恨むよ。


 でも、朝ごはんを一緒に食べることができた。

 小さな手と小さな口で、私が買ってきたパンをモグモグと食べている。


 なんて可愛いんだろう。私もパンになりたい。


 な、何を考えてるんだ、私は!

 いつから子供好きになったんだろう。おかしい。

 たまには有給休暇を取ろうかな……。



 朝ごはんを食べ終わると、出勤してきたマールと合流して3人で話をした。

 マールもこの子のことを気になっているみたいだ。


 いきなりピンチ到来。


 怒りっぽい私と、天真爛漫のマール。

 うっ……勝ち目がない。

 お願いだからこの子を奪わないで欲しい。

 私は癒しを求めているの。


 彼が出ていくときに『早く帰ってくること』『宿を取ること』を再確認した。

 あれだけ言ったんだもん、今日は早めに帰ってくるよね。



- その日の夕暮れ -



 もう……、またあの子は帰ってこない。


 お姉ちゃんはオコだよ!

 特別にお姉ちゃんが受付に居座って、出迎えてあげようじゃないか。

 ギルマスから注意してやれって言われてるんだからね。


 きっと昨日と同じ時間に戻ってくるはずだもん。



 あの子はやっぱりギリギリの時間に戻ってきた。


「リーンベルさん、ただいま戻りました。昨日より明るいですね!」


「ふ~ん、言い訳するんだ」

「ごめんなさい」


 なんでそんなにお姉ちゃんを心配させちゃうのかなー。


 しかも、今度はウルフを5体も倒して持ってきたんだよ?

 女の子を守りながらだって!

 君に護衛依頼はまだ早いの。

 緊急事態だったとしても、お姉ちゃんは怒っちゃうよ。

 無茶をする子にはおしおきが必要だからね。



 ……思わず30分も怒っちゃったけど。

 さすがに怒りすぎたって反省しているよ。


 うぅー、嫌われていないだろうか。

 こ、この子のことを思って言ってるんだから、ちゃんと伝わっているよね?


 明日からマールの受付に行かないよね? お姉ちゃん泣いちゃうよ?

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