第2章 火猫のスズ

第13話:Bランク冒険者の女の子

- 異世界に来て、1か月経過 -


 突然やって来た異世界だったけど、1か月もすれば普通に過ごせるようになった。

 元の世界のように車や電車がない分は不便だけど、大自然の中で過ごす冒険者生活が楽しくて仕方がない。

 調味料で戦って、草原を汚すことにもだいぶ慣れてきたよ。


 まだ友達は1人もいないけど、受付嬢の3人とは友好的な関係だ。

 今までモテない人生だったから、女性と気軽に話せるだけでモテ期が来たと思っているよ。


 あと宿屋の夫婦もうまくいっている。

 クッキーで餌付けしてるからね。

 3日に1回くらいは「オーブン使ってもいいよ?」と、催促されるぐらい友好的な関係だ。

 ありがたく使わせてもらって、クッキーの在庫は6,000個を超えたよ。


 食べればステータスが上がるし、アイテムボックスに入れておけば腐らないからね。問題はない。


 問題があるとすれば、リーンベルさんの過保護っぷりだ。

 心配されるのは嫌いじゃない、むしろ好き。

 でも、この間もウルフ3体狩っただけで、1時間もお説教くらったんだよね。


 リーンベルさんは怒ると本当に怖いから……。


 そこでサブマスのヴェロニカさんに協力してもらって、説得してもらうことにしたんだ。

 クッキーで買収すればこっちのもんだからね。ぐへへ。

 リーンベルさんからは「仕方ないからいいけど、無理はしちゃダメだからね?」って言われたよ。やったね。



 ということで、やって来ましたー! 森です!!



 ウルフ討伐OKが出たから、初めて狩場を草原から森に変えたよ。

 いつもは草原の多い西門から出てゴブリンを探すんだけど、今日は北門から出て森へ向かったんだ。


 ちなみに、北門を1週間ほど馬車で進むと、この国の王都『フェンネル』にたどり着くよ。


 初めての森の戦闘に、最初はワクワクしていたんだ。

 でも、森の木々に隠れて出てくるウルフはめちゃくちゃ怖かった。

 群れで行動するウルフが色んな方向からガサガサと音を鳴らして近付き、死角から襲い掛かってくる。

 ウルフの姿が見えないだけで、こんなに恐ろしい魔物になるなんて……。


 腐った卵でイチコロだけどね。


 それでも、オークで死にかけた経験があるから、このまま森で戦闘する気にはなれない。

 危ない冒険をして人生を終わらせたくないし、自分の弱さは自分が1番よくわかってる。

 強い魔物と戦えるスキルもなければ、逃げ切るような体力も持っていない。


 ソロで活動するのは限界かもしれないなー。

 そろそろパーティを組むことを考えるべきか……。


 コミュ障だけど。

 醤油で戦う変人だけど。

 友達もいないけど。


 ……リーンベルさんに良い冒険者がいないか聞いてみよう。


 森での戦闘を諦めて、森の外へと歩いていく。

 街道が見え始めたから、もう森の出口だ。


 すると、森の奥から『ドシン、ドシン』と何かが走ってくる音が聞こえてきた。

 この音は前にも聞いたことがある。

 地面が揺れる感じも似ている……きっとあいつだ。


 振り向えると、遠目にオークの姿が見え始めたところだった。

 しかも2体も。


 以前オークと戦った経験から、気付かれた時点で逃げるという選択肢はない。

 オークの方が体力も足の速さも上だから、走って逃げても無駄だもん。

 それより、万全の状態で戦闘した方がいい。


 戦闘できる場所を確保するため、森から離れて街道へ向かう。

 直線的な醤油ビームやハバネロ攻撃では、木々で遮られると攻撃できない。

 人通りもなさそうだし、障害物がない街道で戦うべきだろう。


 オークは格上の相手とはいえ『腐った卵とハバネロ』で倒せるから、油断せずに戦えばいい。

 精神32万の強靭なメンタルがやっと発動している気がするよ。

 オーク2体がどんどん近付いて来るにも関わらず、心は落ち着いて冷静だ。


 森から這い出てきた2体のオークは、街道で向き合うと立ち止まった。

 逃げることをやめた獲物を仕留められるため、喜んでいるのかもしれない。

 早くもよだれを垂らして喜んでいるよ。


 でも、残念だったね。僕はオークを倒せる男だ。

 まずは口を開けさせるために、腐った卵を投げつけて先制攻撃をする。


「この腐った卵の臭さに怒り狂って吠えるがいい!」


 ベチャッ ぷ~ん


 2匹とも武器を持っていなかったので、卵を手で弾いて割ってしまう。

 当然のようにベッタリと手に腐った卵が付いたため、嫌そうな顔で手に着いた卵のニオイを嗅ぎ始める。


 げんなりした。


 あ、あれ? 思った反応と違うぞ……。

 臭すぎてめっちゃテンション下がってる。

 オークは『臭いんですけど……これなんですか? めっちゃ臭いんですけど』って言わんばかりの嫌な顔をしている。


 な、なんか……ごめんね?


 でも、オークさんも正直ですね。

 げんなりし過ぎて口がポカンと開いているんですよ。

 それはあれですよね?


「げんなりしたんでハバネロでテンション上げたいです」ってことですよね? 知ってますよ、照れないでください。


 僕は2体のオークの顔面に、容赦なくハバネロソースをぶつけていく。

 口に入ったハバネロの衝撃的な辛さに、「ブヒィーーーー!」とオークらしく大声で叫び始めた。


 それも知ってますよ、「おかわりをくれー!」って意味ですよね?

 欲しがりなオークの口にハバネロソースをおかわりしていく。


 オークに怯えていたあの日はなんだったんだろう。

 ウソみたいだね、これが成長というやつか。


 目と鼻からもハバネロが入り、オークは衝撃的な辛さでのたうち回っている。

 駄々をこねるぐらい欲しいなら、もっと差し上げますよ。


 ブシューーー ブヒィーーーー!

 ブシューーー ブヒィーーーー!

 ブシューーー ブヒィーーーー!


 2匹まとめておかわりは忙しい。

 大人しくしてくれれば『あ~ん』してあげるのに。


 ハバネロの猛攻(?)を繰り返すと、「もうお腹いっぱいです、ごめんなさい」と動かなくなったので、一件落着だ。

 ふっ、ちょろいもんだぜ。

 オークの攻撃が当たれば、一撃でやられるだろうけどね。


「あなた、変」


 不意に声をかけられたので振り向くと、僕より少しだけ身長が高い(150センチほどの)女の子が、無表情でこっちを見ていた。

 どことなく顔がリーンベルさんに似ている、赤い軽装備を着た女の子。

 めちゃくちゃ可愛い。思わず魅入ってしまう。


 リーンベルさんより幼い感じがするのに、リーンベルさんより胸が大きい。

 幼顔なのに胸が大きいっていうギャップが魅力的すぎる。

 リーンベルさんの程よい膨らみも好きですけどね。


「戦い、見てた」


 あっ、ごめんね。おっぱい見てた。


「うん。さっき倒したんだ」


「変、あなたの戦い、変」


 さすがの僕も美少女に『変』って言われると傷付くよ。

 精神32万の強靭なメンタルだから耐えられてるけど。


 そりゃ僕だって、魔法とか剣でカッコよく無双したいんだよ?

 でも、スキルも魔法も覚えられないんだもん。


 なんなの? 醤油ビームにハバネロビームって。

 超ダサいんじゃん、全然ビームになってないし!

 勢いよく醤油出してるただの変人だからね。


 挙句の果てに、女の子を腐った卵で助けて嫌われるんだよ?

 見た目10歳だからまだ受け入れられると思うけど、中身32歳のオジサンだからね。

 32歳のオジサンがそんなことしてると思ってみて?

 あははは、ヤバいやつだよね~。


 でも、これだけは言わせてほしい。


 こんなクソみたいな戦い方をしていて、君みたいな可愛い女の子に声をかけてもらえて嬉しい。

 今日から調味料に感謝して生きていこうと思っているよ。

 調味料で戦っている奴なんて、どこの異世界を探しても僕ぐらいだからね。


 変と言われた戦いを渇いた笑いで誤魔化し、2匹のオークをアイテムボックスに入れる。

 オーク2匹で60万と思うと少しニヤついてしまう、許してほしい。


「マジックバッグ?」


「ううん、アイテムボックスだよ」


「私はマジックバッグ」


 小さい袋を見せてくれた。

 小さい袋の中は異空間に繋がってて、見た目以上に色々な物が入るらしい。

 でも、アイテムボックスのように時間停止はせず、入る容量も少ないみたい。

 この子が持っているマジックバックは(小)だけど、それでもレアなんだって。


 口数が少ない子だから、ここまで聞くのにちょっと時間がかかったよ。


 なんか放っておけないタイプの女の子だな。

 王都方面から装備をつけて歩いてきたんだし、冒険者だと思うけど。


『ぐぅ~』


 女の子のお腹が鳴った。

 お腹に両手を当てて、無表情のままこちらを見てくる。


「お腹すいた」


「あ、うん。ごめんね、話しこんじゃって。クッキー食べる?」


 女の子にクッキーを渡したら、モグモグと食べ始める。

 気に入ってくれたんだろう、『もう1個ちょうだい』と手を出してくる。


 クッキーを渡す。食べる。

 クッキーを渡す。食べる。

 クッキーを渡す。食べる。

 クッキーを……。


 10分ほど女の子にクッキーを渡し続けることになった。

 ずっと食べる姿を見ていたけど、やっぱり可愛い。無表情だけど。

 小動物にエサをあげてるような感覚でとても癒されたよ。


 女の子はお腹が膨れたのか、クッキーを差し出しても受け取らなくなった。


「ありがとう。おいしかった」


「どういたしまして」


「あなたやっぱり変。ついていく」


「え?」


「気にしないでいい。私があなたについていくだけ」


 めっちゃ気になるんですけど!

 もしかして、このクッキーはきびだんご的な効果があるのかな?

 ……いや、ないか。あるわけないよね。


「どこに行く予定だったの?」


「始まりの街、フリージア」


「そうなんだ。僕はフリージアで冒険者をしてるから、一緒に行こっか」


 一緒にフリージアの街へ戻ることにする。

 こんな可愛い子と一緒に歩ける機会を見逃すわけにはいかない。

 仲良くなるチャンスだもん。


 道中でたくさん話をしてみると、この子の名前はスズ。

 Eランクの僕より上の『Bランク冒険者』だった。

 王都から帰省してきたんだって。

 初めての冒険者友達が可愛い子なんて嬉しい限りだよね。


 会ってすぐに『変』って言われたけど。

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