第3章 うさぎの獣人シロップ

第27話:垂れ耳うさぎさん

「ギルドマスターに呼ばれるって……何か悪いことした?」


「してない」


 お互いに顔を合わせて首をかしげる。

 なぜ呼ばれたのかわからない。

 とりあえず、2階のギルドマスターの部屋へ向かうことにした。


 2階へ行くと『ギルドマスターの部屋』と書かれた扉がある。

 本当にすぐわかったよ。

 スズがノックして先に部屋へ入ってくれるから、僕は付き人らしく後ろからついていく。


「スズです、呼ばれたので来ました」


「スズちゃ~ん♪」


 いきなり抱きつかれるスズ。

 抱きついた相手を見て歓喜する僕。


 頭に真っ白なうさ耳。

 しかも、ただのうさ耳じゃない、垂れ耳だ。

 垂れ耳うさぎの獣人だ!

 大きな丸い尻尾を服から出していて、モフモフ感が半端ない。


「シロップ? なぜ?」


「それは俺から話すからまず座っ「なにこの子?! スズちゃん、だれなの?!」」


 ギルマスが言い終わる前に、垂れ耳うさぎさんが僕に興味を示してくれた。

 すごく好意的な印象を持たれている気がする。

 でも、ちょっと息が荒いのが気になる。

 なんでこの人は興奮しているんだろう。


 近くで見ると、とても素敵な人だ

 ちょっと大きめの垂れたうさ耳がいい、モフモフしたい。

 大きめの胸もいい、モフモフしたい。


「スズちゃ~ん、この子は誰なの~? 超可愛いんですけどー!」


 こっちのセリフなんですけどー!


 早くも『初心うぶな心』が発動してドキドキするよ。

 初めて出会った獣人さんが脈アリで嬉しい。

 涙が出そうだよ、出ないけど。


「「「始まった」」」


 始まった? 始まったって何が?

 いつもこんなことしてるのかな。


 もしかして……、このうさ耳さんは子供好きのパターンですか?!


 最大値の運100がようやく働いてくれたみたいですね。

 嬉しい限りですよ。


 僕もうさぎが好きですから、両思いになりますね。

 いいですよ、僕を好きにしてくれても。

 是非今夜はお持ち帰りしてください。


「おい、まずは全員座ってくれ」


 あっ、人の部屋で勝手に盛り上がってすいません。


 ギルドマスターに言われて、空いてる席に座る。

 この部屋にいるのはギルマス、僕とスズ、そして4人の冒険者だ。

 全員ギルマスに呼ばれたのかな。


 先に座っていたイケメン冒険者が咳払いをした。


「簡単に自己紹介をさせてくれ。俺がリーダーのカイルだ。隣にいる怖い顔した男がザック。その横のローブを着て帽子をかぶっている女がリリア。そして、お前に絡んでいった獣人がシロップだ」


 カイルさんは爽やかイケメンだ。羨ましい。

 ザックさんは顔が怖くてヤクザっぽい人だ。怖い。

 リリアさんは目付きが鋭いけど美人さんだ。仲良くなりたい。

 シロップさんは早くも大好きだ。モフモフしたい。


 スズに獣人の友達がいるとは聞いてたけど、こんな可愛い垂れうさ耳の女性だと思わなかったよ。

 付き人になってから、良いことばかり起こる気がするなー。


 どうやら天使の妹は女神だったようだ。


「えっと、初めまして、タツヤです」


「ギルマスから聞いていたが、本当にこんな子供だとはな。それとうちのシロップが済まない、異常な子供好きでな……。悪いんだが、構ってやってもらえると助かる」


 異常な子供好き……。

 なんて素敵な言葉なんだ。

 10歳の僕でよければウエルカムです、構ってください。

 垂れ耳うさぎさんに好き勝手弄ばれたいです。


 モフモフするのもいい。

 だが、モフモフされるのもいい。


「スズの友達ですよね。こちらこそ仲良くしていただけると嬉しいです」


 ま、待って! なんでそんなに嬉しそうな顔をしてくれるんですか!?

 シロップさんが目をキラキラさせて見つめてくるんですけど。

 やだ、嬉しい。恥ずかしくて直視できない僕を嫌わないでくださいね。


「すまないが緊急の案件だ、ちょっと急ぎで話すぞ」


 そうだった、またギルマスの部屋であることを忘れてしまった。

 幸せイベントが発生してたからね。

 シロップさんのことで頭がいっぱいだよ。


 舞い上がっている僕と違い、ギルマスは神妙な顔をして話し始める。


「ここから王都方面へ歩いて1日向かうと、森の近くに小さな廃村がある。そこに10日前、オークが100匹住み着いていることがわかった。フリージアにいる冒険者で討伐できるレベルを超えていたため、王都のギルドに応援を頼んだ。それで来てくれたのが、Aランク冒険者の不死鳥フェニックスだ。カイル、説明してやってくれ」


 この4人はAランク冒険者なのか。

 パーティ名も強そうだもんね、中二病だけど。

 でも、うちのパーティ名より良いと思うんだ。


 ショコラって女子っぽくて恥ずかしいからね。

 まぁ、僕は男らしさ0で女子力が高いですけど。


「あぁ、依頼を受けた俺達はすぐに王都を出発した。結果から言おう、依頼は断念せざるを得ない状況だった。2日前、現場にたどり着いたらオークが300匹を超えていたからだ」


 隣りに座るスズの顔付きが変わる。


 さっき100匹って言ってたよね?

 1週間で200匹も増えるものなのかな。


「調査した者が数え間違えたにしては誤差がデカい。不審に思った俺たちは討伐を取りやめ、1日かけて調査をしなおした。調査して確認できた魔物は、Sランクの『オークキング』『オーククイーン』、Aランクの『オークジェネラル』、Cランクの『オークエリート』、Dランクの『オーク』、オークの上位種や変異種が多数存在していることがわかった。短期間による異常な繁殖は、オーククイーンによるものだと思われる」


 急に重い話になってきた。

 それなのに、シロップさんの輝く目が眩しい。抱かれたい。


 でも、Sランクの魔物が近くに住み着くって非常事態だよね。

 スタンピード(魔物大量発生)が発生するのって、どれくらいの規模なんだろう。


「あの~、ギルマス、ちょっといいですか? スタンピードは魔物が何匹集まったら起こるんですか? この街は『始まりの街』なので、高ランク者は少なくて低ランク者ばかりと聞いています。それなのに、Sランクのオークキングとクイーンがいるって、緊急事態じゃないですか?」


「その通りだ、この街が始まって以来の緊急事態だ。壊滅するかしないかの瀬戸際だろう。スタンピードはオークが500体に達した時点で起こると言われている。異常な繁殖力を考えれば……すでにカウントダウンに入っているだろうな。不死鳥フェニックスがここに来たのも、王都に戻って援軍を呼ぶ時間がないからだ」


 フリージアから王都までは馬車で1週間かかる。

 援軍を呼んでいる間にスタンピードが起こる計算なのか。


「そこでだ、不死鳥フェニックスとショコラで共同して、緊急でSランク依頼をこなしてほしい。依頼内容は、敵戦力の低下と時間稼ぎだ。本当は殲滅してもらえるとありがたいんだが、Sランクパーティでもない限り無理だ。だから、できる限り敵の戦力を減らしながら撤退してくれ」


 撤退と襲撃を繰り返して敵の戦力を削っても、繁殖力に勝てなければ意味がない。

 それにオークは数が多いんだ。

 何回も襲撃してたら、挟み撃ちや包囲、待ち伏せに合うかもしれない。

 そもそも、Aランク冒険者が戦闘せずに撤退している。



 ガチのSランク依頼じゃん。



「オークの集落に強襲を仕掛けて、そのままスタンピードが起こる可能性はないんですか?大量のオークに追われながら撤退したら、街に案内するようなものですよ」


「わかっている。だが、オークに万全の状態で来られるよりはいい。お前たちが撤退しながら討伐してくれれば、かなりの数は減らせるはずだ。今から街にオークが流れ込むことを想定して、街の防衛は固める。そこからは俺とヴェロニカを中心にして防衛にあたる。簡単に言えば、オークどもの繁殖を止めて、お前たちが戦力を減らしながら街におびき寄せる。つまり、強制的にスタンピードを起こすんだ」


 ややこしいな、今回の件についてまとめてみよう。

 ギルマスがいう緊急依頼はこうだ。



 1.集落をつついて、オークを引っ張り出してくる。

 2.街へ戻りながら攻撃して、敵の戦力を低下させる。

 3.撤退するときはできるだけ時間を稼ぐ。

 4.防衛を固めている街に戻り、弱ったオークをギルマス達と殲滅する。



 敵の戦力を残しすぎたまま戻ってきたら、街が壊滅する。

 街の防衛準備まで時間を稼がないと、街が壊滅する。

 無理して敵を減らそうとすれば、誰かが犠牲になる。

 うまくオークが追って来なければ、繁殖が進んでスタンピードが起こる。


 リスクが高くて難しすぎる。無謀すぎない?

 しかも、オークの集落に向かうまで1日かかる。

 つまり、最低でも24時間は戦いながら逃げ続ける必要がある。


 依頼がめちゃくちゃすぎるよ。


「すいません、依頼が難しすぎませんか? 失敗する要素がありすぎます。街にいるオークと戦える人を引き連れて強襲した方がよくありませんか?」


「その意見は俺たちも出した、だが無理なんだ」


 答えてくれたのはギルマスではなく、カイルさんだった。


「不運が重なりすぎている。この街にいるオークと戦える人物は、ここにいる俺たちだけだ。Cランク、Dランクの冒険者達が、怪我人ばかりで離脱しているらしい。そのせいで、サブマスのヴェロニカさんも依頼に駆り出されているくらい人手不足になっている。だから、ヴェロニカさんが戻ってくるまで時間を稼ぐ必要がある。ギルマスがここを離れれば、街の守りが手薄になるしな。つまり、動ける俺たちが何とか時間を稼ぐしかないんだ」


 サブマスのヴェロニカさんは、『青鬼』の異名を持つ元Aランク冒険者。

 いるといないのでは、街の防衛に大きな差が生まれる。

 オークとまともに戦える人がいない状況なら尚更だ。


 それに今『オークと戦えるのは』って言ったよね。

 つまり、僕も戦力とみなされていることになる。

 ゴブリン以下のステータスなのに。


 このギルドはゴブリンの手も借りたいほど困っているのか。

 新しいことわざ『ゴブリンの手も借りたい』が誕生しそうだよ。


 今まで静かに聞いていたスズが立ち上がる。


「構わない、殲滅できそうなら殲滅してくる。ショコラは強い、問題ない。いつ向かえばいい?」


 問題だらけじゃないですか!

 僕の強さは5歳並みですよ?

 まだオーク3体しか倒したことないのに、ハードルを上げるのはやめてほしい。


 でも、シロップさんとお近づきになれるなら……アリかもしれない。

 ちょっとやる気がでてきた、僕は単純だからね。


「無理はしなくていい。だが、できるだけ戦力を減らして撤退してくれ。この街の命運がかかっている。すでにギルドの馬車も用意してある。準備ができたら向かってほしい」


「準備時間は必要ない。ショコラはすぐ向かえる」


「俺たちも今からで構わない。すぐに馬車に乗り込み、現地へ向かうぞ!」

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