第28話:クンカクンカ

 オークの集落へ向かうため、ギルドが用意してくれた馬車に乗り込む。

 馬車の中に入ると、先に座っていたシロップさんがニコッと笑って見つめてくる。


「たっちゃん、おいで~」


 ポンポンッと膝を叩きながら呼んでいる。

 座ってもいいのだろうか。


 僕は混乱しているため、周りのメンバーに確認をする。


 スズは言う「シロップは子供好きだから。座ってあげて」

 カイルさんは言う「すまないが、座ってやってくれないか?」

 リリアさんとザックさんは無言でうなずく。


 多数決の結果、『満場一致でシロップさんの膝の上に座る』という案が可決されました。

 ありがとうございます!


 僕はシロップさんの膝の上にそっと座る。

 控えめに座った僕をギュッと抱き寄せるシロップさん。


 背中におっぱい。背中におっぱい。


 背中の柔らかい感触に意識がぶっ飛びそうになったけど、必死にこらえた。

 初めてのおっぱいを楽しまないという選択肢は存在しない。

 全意識を背中に集中させながら、気絶しないように踏ん張った。




 なんとか心が落ち着いた時には、すでに馬車は走り出していた。

 おっぱいのことで頭がいっぱいになり、しばらくおっぱいの記憶しかない。

 この10分間の思い出を絵日記として残したいと思う。


 ちなみに、馬車の操縦をしているのは怖い顔のザックさんだ。


 そのまま馬車で揺られて、Sランク依頼とは思えない最高の旅が進んでいく。

 僕は大声で言いたい、シロップさんは最高だ!


 ギュッと抱き寄せられているため、背中におっぱいが当たり続けている。

 心臓が弾けそうだ。


 それだけじゃない。

 ギュッと抱きしめながら、顔を僕の背中に押し当てスリスリしてくれるんだ。

 心臓が吹き飛びそうだ。


 しかも、獣人っぽさを出してくる。

 スリスリをした後、僕のニオイをクンカクンカと嗅いでくれるんだ。

 心臓が爆発しそうだ。


 後ろからギュッと抱き締められる、初体験。

 背中におっぱいがふにふにと当たる、初経験。

 背中に顔をスリスリされる、初体験。

 匂いをクンカクンカと嗅がれる、初体験。


 このままシロップさんにお持ち帰りされて、さらなる初体験を迎えたい!

 ここまで初体験が重なると称号『初心うぶな心』が猛威を奮っている。


 ドドドドドドドドド


 心臓がマシンガンみたいになってるんだ。


 血液をちゃんと送れているか心配だ。

 心臓が疲れて途中で止まらないかも心配だ。

 だが幸せだ。心臓があと3個ほしい。



 ただ、冷静になって考えてもらいたい。



 シロップさんは10歳の男の子の背中に顔を押し付けたり、ニオイを嗅いだりして楽しんでいるんだ。

 相当ヤバイ人だと思わないか?

 でも、それを喜んでいる僕もヤバイと思うんだ。

 結論を言おう、僕らは2人ともヤバイ、だが2人とも幸せだ。


 シロップさんと共に幸せの世界に浸っていると、不意にカイルさんと目が合ってしまった。


「スズはなんでこんなチビッ子とパーティを組むことにしたんだ? うちに誘っても来なかったのに」


 Aランクパーティの誘いを断ってたの?

 クッキーあげたら仲間になった記憶しかないんだけど。


「ビビっときたから」


「スズちゃん、まさか恋? 恋なの~?」


「そうかもしれない」


「「「えっ?!」」」


 ちょっとスズさん、そういうの早く言ってくださいよ。

 だから家では薄着でおっぱいを見せてくるんですか?

 ミニスカートで太もも見せてくるんですか?


 シロップさんの膝の上で思うのもなんですが、スズさんに抱かれたいです。


「タツヤは変、だから興味がある。あんなにキュンキュンしたのは、初めて」


 ……それ、タマゴサンドじゃね?


 カイルさんは「あのスズが! よかったなー!」と男泣きをしている。

 リリアさんが「祝福」と短く言葉を発した。

 シロップさんは、ものすごい勢いで背中をクンカクンカしだした。


 シロップさんは可愛いけど、ヤバい人を通り越して危険な人だと感じてきたよ。

 でも、どうしよう。その早いクンカクンカも嫌いじゃない、むしろ好き。

 スズの思わせ振りな発言で傷つけられた心が癒えていくよ。


 ……でも、脇のクンカクンカは普通にやめてください。


 僕達は緊急事態のSランク依頼なのに、馬車の中はにぎやかだった。

 色々話してみて不死鳥フェニックスがどんな感じかわかってきたので、まとめてみる。



 カイルさんは、話を振ってくれたり、指示を出したりするリーダーだ。

 爽やかイケメンでコミュ力も高い、僕と正反対の人間。

 生まれ変わったらこんな人になってモテたい。


 ザックさんは、戦闘で声帯が潰されて声が出せないそうだ。

 ガタイが良くて強そうなのに、Aランクにもなると死闘が多いんだろう。

 顔が怖すぎるし、笑ったりもしない。

 ハッキリ言って、顔が怖いしか印象が残っていない。


 リリアさんは、完全な無口タイプで最低限しかしゃべらない人だ。

 スズも無表情タイプだけど、リリアさんはもっと無表情で無口なタイプ。

 目付きが鋭くて無口だから、ちょっと怖い。

 でも、美人だからアリ。


 シロップさんは、天然タイプの癒し系でおっとりしている。

 ほんわかしたオーラで優しい笑顔なのに、めっちゃクンカクンカしてくれる。



 スズも不死鳥フェニックスとは交流が多いみたいで、のびのびと話していたよ。


 途中で休憩をはさみながら、順調に進んでいった。

 日が暮れはじめる頃には、目的地(オークの集落)の近辺に到着したため、今日はここで野営をする。


 僕はずっとシロップさんの膝の上で良い思いをさせてもらった。

 今後の展開に期待したい。


 馬車を降りたら、別行動になる。


 カイルさんとザックさんは、オークの偵察に向かう。

 シロップさんとリリアさんは、野営準備をする。


 僕も野営準備を手伝おうとしたら、スズに「話したいことがある」と呼び出された。

 声が聞こえないように、少し遠めの岩陰まで連れていかれる。


「今回の依頼はタツヤが思っている以上に危険な依頼。誰かが命を落とすかもしれない」


 楽しい雰囲気だったから誤解してたけど、改めて言われるとツラい現実だよね。

 本来は僕が参加するはずのない、Sランク依頼なんだ。

 スズも真剣に話してくれているから、それだけ深刻な現状なんだろう。


 にぎやかだった車内が嘘のように感じるよ。


「あの4人を死なせたくない。信頼できる数少ない冒険者なの。だから、お願いがある。料理のことを話したい」


 ん? 料理のこと?


「別に料理ぐらい普通に作るよ。みんなでごはん食べたらいいんじゃない?」


「普通の料理は食べてもステータスが上がらない。タツヤは自分のスキルを過小評価しすぎている」


 あっ、そっか。スキル【調味料作成】のおかげでステータスを底上げできるんだった。


「あまり恩恵を受けてないから忘れてたよ。普通に話して食べたらいいんじゃない?」


「この世界に弱いユニークスキルは存在しない。その中でもタツヤのユニークスキルは異質。腕力が50しかないタツヤと、腕力が10,000以上ある私では効果に雲泥の差が生まれる。私の腕力、武器の攻撃力を合わせると『物理攻撃力28,000』。料理を食べてステータスを上昇させると、倍の56,000まで跳ね上がる。つまり、BランクからSランクになる」


 この世界では腕力が物理攻撃力に影響し、知力は魔法攻撃力に影響する。

 強さの目安としては、


 Bランク10,000~29,999

 Aランク30,000~49.999

 Sランク50,000以上


 素の状態のスズは28,000だから、Bランク上位のステータスになる。

 料理を食べただけで56,000になれば、一時的とはいえSランクのステータスに変化する。


 自分で実感することはなかったけど、このスキルはサポート系のチートのようだ。

 醤油ビームとかアホみたいなことをやってる場合じゃなかったんだね。


「ギルド職員に食べさせても、戦わないから気付かない。でも冒険者は違う。戦闘が始まれば体の違和感に気付く。たった1時間の効果でも影響は大きい。戦況が大きく逆転するほどに」


 ギルマスも『Sランクでもない限り殲滅は無理』と言っていた。

 つまり、不死鳥フェニックスとスズが料理を食べれば、殲滅が可能になるということだ。


「でも、気楽に伝えていい内容じゃない。たった1時間でも圧倒的な力を得られるなら、悪しき心の人が知れば国家間の戦争にも使われる。この国の王族は信頼できる。戦争に使わない条件で協力を頼むべきだと思ってる。同じようにあの4人も信頼できる。だから、料理のことを話して今回の戦いで使わせてほしい」


 僕のスキルを広めたくないから、内緒にしたい。

 でも、オーク戦で使わないと犠牲者が出るかもしれない。

 4人は信頼できるから、スキルについて話したいっていうことか。


 誰かが死ぬのは後味が悪いし、街が壊滅するかもしれないほどのSランク依頼。

 それを僕のスキルで救えるんだったら……話すべきだと思う。

 この戦いで僕が死んでも意味がないし。


 スズも話すべきか悩んでたから、ギリギリまで言わなかったんだろう。

 僕の代わりにいっぱい悩んで出してくれた答えを、否定したくはない。


 あと、シロップさんと生き残ってもっとクンカクンカされたい!

 スリスリもされたい!

 帰り道も膝の上に座らせてもらいたい!

 もっと他の初体験もお願いしたい!


「スズが思っているようにやってくれていいよ。もし何かあっても、スズが守ってくれるよね?」


「うん! 絶対守る!」


 余程嬉しかったんだろう。

 スズが僕に飛び込んできてギュッと抱きしめてくれた。

 僕は背中に手をまわし、応えるように抱きしめ返す。


 初めてスズにギュッとされて、早くも『初心うぶな心』が暴走している。


 ドドドドドドドドド


 でも、気にしない。

 スズの温もりを感じたいんだ。

 今日は後ろからシロップさんが抱きしめてくれた。

 前からはスズが抱きしめてくれている。


 とても良い日になった、絵日記に書き留めたい。


「……心臓、大丈夫?」


 あっ、ごめんなさい、心臓がマシンガンになってますよね。

 やっぱりこの音って伝わってしまうんですね、恥ずかしい。


「称号の『初心うぶな心』のせいで、こういうの弱いみたいです。なんか……すいません」


 初めてスズに抱きしめられたのに、情けない感じで終わってしまった。

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