閑話4 リーンベル視点

- リーンベル視点 -


 ショコラの2人を見送った後、私はずっとタマゴサンドのことばかり考えている。

 大食いだと思われたくないから、7人前で我慢したのがダメだったのかな。

 でも、我慢しなかったら終わりが見えなかったと思うの。

 朝からそんなに作ってもらうわけにもいかない。


 あの子からしたら、充分すぎると思っているかもしれないけど。


 私が悪いわけじゃないと思うの。

 タマゴサンドの優しい味がいけないのよ。

 なんでタマゴサンドは私に寄り添って癒し続けてくるの?


 あんなに優しくされたら私は……、


「ベル先輩、嬉しいことでもあったんですか? ずっとニヤニヤしてますよ?」


「え? そ、そう? 気のせいじゃないかな」


 タマゴサンドを思いだして、勝手に1人でニヤニヤしてるなんてヤバイやつだ。

 いったん忘れて他のことを考えよう。


 えっと、この依頼は引っ越し依頼か……。

 あの子がスズと組んでなかったら、回してあげるんだけどなー。


 それにしても……あの子の寝顔は可愛かったなー。


 あの可愛い顔を独り占めしたい。

 ギュッと抱きしめて、私の腕の中で寝てほしい。

 また頭ナデナデもしたいなー。

 なんだったら、一緒に布団に入って頭をナデナデしながら寝かし付けたい。

 眠そうになって目がウトウトしてるところなんて、最高に萌えると思うのよね。


 そのまま抱き枕にして一晩中ずっとそばに……、


「ベル? さっきからニヤニヤしてるわよ。何か良いことでもあった?」


「そ、そんなことないですよ。え、えっと、新しい笑顔の……練習です」


「……いつも通りの方がいいと思うわよ」


 マールだけじゃなくて、アカネ先輩からも言われるとは。

 相当ニヤニヤしてるんだろう。

 仕事中にニヤニヤしてたら変態だよね。


 私はさっきから何を考えてるんだろうか。

 今は仕事中なんだ、仕事に集中しよう。


 ベテラン受付嬢として、しっかり仕事に励もう。



- 3時間後 -



 見知らぬ顔の冒険者が、私のカウンターにやってくる。


「俺はさっきこの街についたCランクのタドマゴだ。ここからどうやって行けば『砂漠の国 デザートローズ』に着くのか教えてくれ」


「この街から東に馬車で3日進むと、グアナコという街に着きます。そこからラクダ車に乗り換えて4日進むと、砂漠の国の首都デザートローズになります。詳しくは馬車乗り場でご確認ください」


「助かったよ、ありがとう」


 タドマゴさんはギルドを後にする。


 感じの良い人だった。

 荒くれ者が多い冒険者でも、お礼をちゃんと言える人は出世するからね。

 砂漠の国に行くタドマゴさんか……。

 何でだろう、とても気になる人だ。

 もしかして、どこかで出会ってるのかな。


 タドマゴさん……タドマゴサン……。


 そうか、並べ替えたら『タマゴサンド』になる!

 やったー、スッキリだね!


 ……真面目な仕事中にいったい何を考えているんだろうか。

 ベテラン受付嬢としては由々ゆゆしき事態だ。

 それに、忘れかけてたタマゴサンドを思いだしてしまったよ。


 しっかりしろ、私!

 9年目のベテラン受付嬢がタマゴサンドに負けてどうするの!



- 仕事終わり -



「ベル先輩、ずっと嬉しそうでしたけど、本当に何もなかったんですか? ボクの目は誤魔化せませんよ」


 マールが顔を覗き込んでくる。

 タマゴサンドと寝顔を思いだしていたなんて言えない。


「な、なにもないよ。じゃあね、お疲れ様!」


 私は顔に出やすいタイプだから、強引に家へ帰ることにした。

 家に戻ると、買っておいたいつものパンを1人で食べる。


 もぐもぐ


 いつもの味だ、別に不味いわけじゃない。

 でも、あの子の料理の味を知ってしまった私には、物足りなく感じてしまう。


 おかずが欲しい。

 スープが欲しい。

 卵を挟んでほしい。


 あの子が作ってくれた料理は革命的だった。

 この世界にない味付けで、見たこともないような料理ばかりが並んだ。

 異世界の住人はとても羨ましい。

 毎日あんな料理ばかり食べられるなんて、とても幸せな毎日だろう。


 きっと朝はタマゴサンドで始まり、昼はお弁当のタマゴサンドを食べる。

 おやつにタマゴサンドを食べておきながら、夜はタマゴサンドで締めくくるの。

 夜中にちょっとお腹が空いたなって思ったらタマゴサンd……。


 頭がタマゴサンドでいっぱいだ。

 たった2回の食事でここまで胃袋をつかまれてしまうとは。


 しっかり我慢するのよ、リーンベル。

 今は耐え抜くしかないの。

 あの子たちは依頼でしばらく帰ってこないんだから。


 起きてるとタマゴサンドのことばかり考えるし、今日は早く寝よう。



- 深夜1時 -



「待ってスズ! それは私のタマゴサンド!」


 ……まさかタマゴサンドの夢まで見るとは。



- 深夜3時 -



「やめて、タマゴサンドは私たちの味方よ!」


 ……何の夢をみてたんだろうか。



- 明け方5時 -



「タマゴサンドTシャツ、タマゴサンドのコート、タマゴサンドのスカーt……」


 タマゴサンドのスカートは可愛かったな、あれ欲しい。


 寝てても体がタマゴサンドばかりを求めてしまう。

 この現象を『タマゴサンド症候群』と名付けることにした。


 2人が依頼に行ってから、私はずっと夢でタマゴサンドにうなされ続けた。

 でも、起きるとタマゴサンドの幸せな味とフォルムを思い出し、ついついニヤニヤしてしまう。

 初期のタマゴサンド症候群の症状だろう、恐ろしい。



- 4日後 -

 


 ついに2人が帰ってきて、私の元にやってきた。

 スズは冒険者の務めである依頼報告をしてくれる。

 姉妹の私であっても怠らずに、丁寧に要点だけを説明してくれる。


 普段はマイペースだけど、仕事はきっちりするなんてスズは偉いね。

 私もベテラン受付嬢として応えてあげたい。


 でも、ごめんね。

 実はギルドに入ってきた時から、2人がタマゴサンドに見えて仕方がないの。

 かろうじて声でスズだと判断できるけど、私にはタマゴサンドが話してるようにしか見えない。


 そんな私を見かねたのか、スズは私の心を救ってくれた。


「ホロホロ鳥がいたから狩ってきた。しかも6匹」


 タマゴサンドの呪いから解放されたんだろう、スズの顔が見える。

 タツヤくんも4日ぶりだね、相変わらず可愛い顔だ。


 私はホロホロ鳥がこの世で1番大好き。

 ホロホロ鳥ほど嬉しいものはない。

 しかも、またこの子が料理をしてくれる。

 どんな恐ろしい料理が出てくるのか楽しみだわ。


 もう餌付けされても構わない、いや、餌付けされたい。

 私はいま、初めて人に餌付けされたいという感情を抱いている。


 思わずプライドを捨て、9歳年下の男の子にタマゴサンドをお願いした。

 年下の男の子に食事をもらおうとするなんて、大人としてあり得ないだろう。


 しかも、ベテラン受付嬢が仕事中に。


 でも、私も人間なの。

 欲求不満を解消するのは大事なことだと思うの。



- 帰宅後 -



 家に戻ると、早速食事の時間だ。

 するとこの子は、いきなり伝説のスープ『寄り添うネギと豆腐のみそ汁』を出してきた。

 このみそ汁の香りで、早くも食欲が湧いてくる。


 一口飲めば、ネギの旨みがスープに寄り添い、深い味わいを出している。

 そこに優しい食感の豆腐がふわっと口で解けて、味がさらに優しくなる。


 やばみ、マジやばみ。


 衝撃は続いて『不倫カボチャの煮物』だ。


 まず見た目が不倫っぽい。

 カボチャの爽やかな黄色や緑色じゃない。

 醤油のどんよりとした暗い色合いに変わって、夜のいけない雰囲気を出している。

 カボチャをとことん煮込んで、ドロドロとした不倫らしさを表現してくるあたりがすごいと思う。


 表現の自由とはいえ、不倫の危なさを料理で訴えないでほしい。


 食べてみると、ドロドロした不倫のいけない味が口を支配した。

 なんでカボチャなのに柔らかいの?

 噛む度にドロドロして、いけない甘みが溢れてくる。

 けっして満足することはできずに、ついつい不倫を求めてしまう。


 アカネ先輩が「不倫にだけは手を出しちゃダメ」と言っていた意味がわかる。

 こんなにも求めてしまうなら、私はきっと狂ってしまうから。


 私は10歳の男の子に、不倫のいけない味を教えられてしまった。

 お姉ちゃんが恋愛するときは、絶対浮気とか不倫はしないようにするね。

 これはとてもいけない味だから。


 でもおかわりちょうだい?


 そして、最後に現れたのは『ホロホロ鳥のから揚げ』だ。

 衝撃的過ぎて叫びそうだった。


 まず、私が知っている見た目じゃない。

 普通はホロホロ鳥を焼くじゃん。

 なんで特殊な方法で揚げちゃったの?

 こんなにおいしそうな見た目にするなんて軽犯罪だよ。(?)


 食べたら当然おいしいに決まってるよね。

 だって、見た目がすでにおいしいんだもん。

 おいしいという選択肢しか残されていないんだよ。


 実際に食べてみたら、おいしいっていうレベルの騒ぎじゃなかった。

 口の中に入れた瞬間においしくて、旨みが早い。

 噛む度に肉汁がじゅわ~、じゅわ~っと、鶏肉の旨みエキスがいつまでも溢れ続けるの。


 いつ肉汁が終わるねん、いつまで旨みを出しとるねんって感じ。

 やっぱりこれは旨みの軽犯罪だ。



 食後にスズが、この子を家に泊める方針を打ち出してきた。

 この子も餌付けされてしまったのかもしれない。

 でも、スズの気持ちもわかるから了承することにした。

 こんなにおいしい料理で餌付けしてきたんだから、責任は取ってもらうべきだよね。


 勝手に弟として招き入れようと思うの。



- 翌朝 -



 私はこの子のことを見くびっていたのかもしれない。

 弟ポジションが嫌だったんだろうね……。


 ときめき卵を使って、キュンキュンさせてきたの。


 男として見てほしいっていうメッセージなのかな。

 でも、そんな方法でアピールしてくることってある?

 いくら表現の自由でも自由過ぎると思うの。

 嫌いじゃないけどね。


 ……もう1回お姉ちゃんをキュンキュンさせて?

 おかわりがほしいの。


 今まで仕事で色々な男の人を見てきたし、それなりに告白もされてきた。

 でも、まだ誰ともお付き合いをしたことがない。

 デートをしたことがなければ、チューをしたこともない。

 まぁ、最近になって寝込みを襲いかけてチューしそうになりましたけどね。


 19歳になっても恋愛感情がわからない私には、恋なんて縁遠いものだと思っていた。

 まさか初めてのキュンキュンがタマゴサンドになるなんて。


 彼に責任を取ってもらうべきなんだろうか……。

 もう餌付けされてるし、嫌じゃないけど。


 でも私にとって彼は、弟だと思うんだけどなー。う~ん……。

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