閑話3 リーンベル視点
- リーンベル視点 -
1か月前、妹のスズから久しぶりに手紙が届いた。
手紙の内容は4文字、『家に帰る』たったそれだけ。
普通はお姉ちゃんにもっと話すことがあると思うんだけどなー。
甘えん坊のくせにマイペースなんだから……。
でも、妹が帰って来てくれることは素直に嬉しい。
妹に会うことをずっと楽しみにしていたから。
親がいなくなった私の身内はスズだけだもん。
スズも姉の私を大切に思ってくれている。
この世で目に入れても痛くないのは、スズとタツヤくんぐらいだ。
そういえば、タツヤくんが来てからちょうど1ヶ月になる。
あの子が来てから毎日が楽しい。
毎朝マールと3人で話すのが日課になってて、朝からとても癒されるの。
ギルドの空気が浄化されていくような気がするわ。
でも、あの子も冒険者だからいつかは旅立ってしまう。
冒険者初心者の子はこの街で2年間活動して、冒険者の修業を積む。
そこから各地へ向かい、色々な場所を転々とするのが一般的だ。
だけど、アイテムボックス持ちはそれに当てはまらない。
戦闘に参加することがないアイテムボックス持ちは、いつ旅立ってもおかしくない。
高ランクパーティがあの子の存在を知れば、すぐにでも誘いが来るはずだ。
アイテムボックスがあれば、ギルドに持ち込む素材の量が大幅に増えるし、重い荷物を持たなくて済む。
食料や水の心配がなく、保存食を食べる必要もない。
快適な長旅を過ごせるのは、高ランク冒険者にとって大きなメリットになる。
あの子のようにソロで活動していることがおかしいだけ。
私としてはソロでいてくれた方が嬉しいけど、そんなわけにもいかない。
あの子のことを思うと、仲間を見つけて旅立った方が幸せだ。
せめて、安全にパーティ活動できるような人を一緒に探してあげたい。
そんなことを考えていたら、スズとタツヤくんが一緒にギルドに入ってきて、パーティを組むと言い出した。
私は大パニックである。
でもスズなら人柄も良いし、実績のある冒険者。
たった2年の冒険者活動でBランクに昇格し、二つ名までもらってる。
この国で『火猫』の名前を知らない人はいないほど、有名な冒険者になった。
自分から言い出したことを投げ出すような子じゃないし、この子のことはスズに任せようと思う。
2人には幸せになってほしい。
それにしても、スズが妙に懐いているところが気になる。
出会ったばかりの子とベタベタするような子じゃないんだけど。
随分女性っぽい体にもなってるし……。
なぜ私より大きく育っているのかなー。
いったいどんな経験を王都でしてきたの?
姉としては色々な意味で寂しいよ?
- 仕事終わり -
スズとタツヤくんがギルドの前で待っていた。
可愛い2人に待たれるのは悪くない。
スズが「ついてきて」と言ったので、誘導に従って3人で歩いていった。
途中で薄々気付いてしまったけど、うちの家の方角だった。
まさか、あのボロ家に案内するとは思わなかったよ……。
女の子の私としては、そのまま部屋に男の子を招き入れる勇気がない。
見られたくないものが出ていたら恥ずかしいからね。
家の中で干していた洗濯物を急いで片づけて、あの子を家の中に入れる。
すると、すぐに倒れこんだ。
スズの服装にやられたらしい。
10歳で耐えられないような刺激ではないと思うんだけど。
普通は鼻の下を伸ばして喜ぶと思うけどなー。
そういうところも幼くて可愛いとは思うけどね。
スズは食事会という名目で呼んだらしく、あの子が料理をすることになった。
あの国宝級のクッキーを作るレベルだから、食べ過ぎないように注意しよう。
大食いであることはバレたくない。
男の子に餌付けをされるお姉ちゃんにはなりたくないの!
料理を始めてしばらくすると、途中からじゅわ~と良い音が聞こえてきて、香ばしい匂いが部屋を包み込む。
今まで嗅いだことのない匂いだけど、とても好きな香りだ。
スズなんて我慢できずに、よだれを垂らしてる。
せっかく可愛いのに、そんなことしてたら台無しだぞ?
……危ない、私も垂れてた。
出てきた料理は芸術的だった。
子供の作る料理のレベルを超えている。
メインのニンジン巻きなんて意味がわからないよね。
なんでニンジンを肉で巻こうと思ったんだろう。
子供ならではの発想かもしれない。
きっとニンジンへの思いやりが溢れてしまったんだろう。
ニンジンさんが寂しくならないように、お肉で巻いてあげたんだね。
よかったね、ニンジンさんも寂しくないね。
その優しさのおかげで、とてもおいしそうに見えるよ。
少し戸惑いながらも、食べ始めていく。
すると、衝撃の連続だった。
甘みと辛みを足してしまう、甘辛いという斬新な味付け。(砂糖と醤油)
ダイナマイトじゃがいもを優しい酸味で包み込む斬新な味付け。(マヨネーズ)
金タマネギの甘みをグッと引き出す、深みのある斬新なスープ(みそ汁)。
全てにおいて斬新な料理を提供してくるとは何事だろうか。
こんな料理を出されたら、虜になってしまうからやめてほしい。
食べれば食べるほど、胃袋をガシッとつかまれて、心が奪われそうになる。
……あっ、おかわりください。
食後にはスズがクッキーを要求してしまう。
気持ちはわかるけど、そんな高価なものはねだってはいけない。
この子もポンッて当たり前のようにクッキーを出してくれるけど、そんなことはしちゃダメ。
私は今後のスズのことを思って、怒ることにした。
「高価なものをねだらないの! クッキーが高いこと知ってるでしょ!」
そういいながら、私は誰よりも早くクッキーを貪り食っている。
2人からの冷たい視線を感じる。
ごめんね、お姉ちゃんの体は正直なの。
この後、私はタブーと言われている質問をしてしまう。
ステータスの閲覧についてだ。
心配しているからと、お願いして見せてもらってもいいものではない。
でも、私は自分の気持ちを止められなかった。
悪用する気なんてない。
本当にこの子が心配なだけ。
なぜこんなに心配なのかはわからない。
唯一の身内であるスズと同じくらい大切に思っている。
もし弟がいたらこんな感じなのかもしれない。
いくつか条件を付けてもらい、ステータスを見せてもらった。
正直、意味がわからなかった。
話を聞いても頭が追いつかない。
それに、この子が隠したがっていた称号【悲しみの魔法使い】が気になる。
魔法を覚えていないのに魔法使い。
精神32万という苦痛を耐え抜いた証。
いったいどれほどツライ経験をしてきたというのだろうか。
できるなら、私がそのツライ経験から解放させてあげたいと思う。
いつでも言ってね、何でも協力してあげるからね。
- 翌日 -
私は以前見れなかった『寝顔』を見るためにコッソリ起きる。
スズを起こさないように気を付けながら、あの子の寝ている部屋まで向かう。
9歳も年下の男の子の部屋に忍び込もうとしている時点で危ない人だ。
でも、許してほしい、寝顔を見て癒されたいの。
扉を開けると、ぐっすりと眠っていた。
そっと近付いて、近くで寝顔を確認する。
なんて反則的な可愛さなんだろう。
ずっと見ていられる。
このまま時が止まってしまえばいいのに。
思わず、ほっぺたを手で包み込むように触れてしまう。
すると、だらしない笑顔で喜んでくれた。
か、可愛すぎる。もっと喜ばせてあげたい。
もう片方の手もほっぺたに触れ、この子の顔を優しく固定する。
顔を近づけて、そっと唇と唇を……。
ハッ! 何をやっているんだ、私は!!
寝込みの男の子を襲うなんて変態すぎる。
一歩間違えば、ド変態の犯罪者だ。
いや、違う、私は変態じゃない。
きっと何かの間違いだと思うの。
そうだ、これは弟のように大切に思いすぎているからに違いない。
我が子を可愛く思うあまり、自らの子供にチューしてしまうのと同じ。
弟が可愛すぎてチューをしそうになっただけ。
何も問題はない。いいね?
私は寝ているこの子を襲わないように、ほっぺたをツンツンとつついて起こすことにした。
お姉ちゃんの重い愛をこの子にぶつけないようにしよう。
朝ごはんを作るこの子を見て私は考える。
このまま一緒に住んでいいのかもしれない。
だって、私にとっては弟のような存在だし。
ううん、もう弟でいいと思うの。
弟だったら、多少チューをしても犯罪には……。
ダメだ、この考えがもう犯罪に近い、やめよう。
そんなことを考えていると、短時間でとんでもない朝ごはんを作り出してきた。
綺麗な色をしたタマゴサンドと言うものだ。
見たことはあるだろうか。
食パンの食べられる耳の部分をわざわざカットして、白い部分を際立つように演出。
そこに黄色い炒り卵がマヨネーズと合わさり、優しく包み込まれている。
あえて白色と黄色だけで表現してくる芸術的な料理!!
一口食べれば、口いっぱいに優しい味が拡がる。
まるで仕事に行く前の憂鬱な気分を、優しく包み込んで癒してくれているみたいだ。
ホッとするような味で、パンもタマゴもふわふわしてるの。
緊張していた心がとろとろに解けていくような感覚。
別に受付嬢の仕事が嫌なわけじゃないけどね。
「あっ、もう1個タマゴサンドちょうだい」
それにしても、この子は私をどうしたいのだろうか。
昨日の夕食もそうだし、今日の朝ごはんもそうだ。
なんでこんなに私の胃袋をつかみに来ているの?
弟にしてほしいの?
お姉ちゃんはいつでもOKだからね。
この後、ギルドで依頼を受けた2人はシルバーウルフ討伐に向けて、エンレイ村へと旅立って行った。
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