第26話:あんなすごいの……初めてだったから

 ホロホロ鳥のから揚げを食べた2人は、食後の余韻に浸っている。

 僕は1人で洗い物をしながら、2人の異常な食欲を思い出していた。


 リーンベルさんが20人前、スズが10人前ほど食べていたはず。

 もっといっぱい作ったからいいんだけどさ。

 君たちの細い体のどこにそれだけ入るのかな。


 大食い選手権の予選を見てるようだったよ。


 そういえば、僕の泊まる宿ってどうなったんだろう。

 スズが取ってくれると言ってたけど、ずっと昼寝してなかったっけ。


「スズ、僕の泊まる宿って予約してくれた?」


「大丈夫、ここ。宿屋リーンベル亭」


「「えっ!?」」


「宿泊費タダ、良いところ」


 ポカンと口を開けたまま閉まらない、リーンベルさんと僕。

 良いこといったと言わんばかりに、ドヤ顔をするスズ。


 嬉しい提案だけど、それはさすがにまずい。


 だ、だってね? 僕は一応男だからね?

 まぁ彼女いない歴32年のキングオブヘタレですけど。

 変なことする勇気はありませんから、この世で1番安全な男ですよ。


 なんといっても僕は、待つ専門の男だからね。

 32年間、現在進行形で待ち続けているよ。


「さすがに泊まるのは色々とまずいからね。ね? リーンベルさん」


「う、うん。そうだよ、スズ。タツヤくんは子供でも男の子だからね。スズの薄着見ただけで倒れそうになってたし」


 それは言わない約束ですよ。

 でも、称号のせいですからね?

 あくまで『初心うぶな心』の影響で、コントロールできないだけですよ。


 まぁ、依頼で4日間もスズと一緒に過ごしましたから、さすがの僕でも慣れてしまいましたけどね。

 今だって、スズのミニスカートから見える生足を見るくらいなら全然余裕……うわぁぁぁドキドキする!


「問題ない。それに、毎日おいしい朝ごはんが食べられるようになる」


 ごはん目当てじゃないですか。

 どこまで食い意地張ってるんですか。

 もっと「一緒にいたい」とか「寂しい」とかいう理由をください。


 あなたの生足でドキドキしてるこっちが恥ずかしくなってきますよ。


「前から10歳の子供が宿屋を借りるって危ないと思ってたの。ギルド職員として放っておけないわ。お部屋、貸してあげるね」


 リーンベルさんもごはん目当てじゃないですか!

 おいしいごはんが食べたくて男と同棲を始めるって、何を考えてるんですか。

 これだけはちゃんと言っておきますよ。


 ありがとうございます!

 また、ほっぺたツンツンで起こしてくださいね。


 2人は「毎朝タマゴサンド……毎朝タマゴサンド……」と、何かに憑りつかれたようにつぶやいている。

 姉妹そろって食い意地張りすぎだよ。


 こうして僕はリーンベル姉妹と一緒に暮らすことになった。

 2人と一緒にいられる時間が増えるから嬉しいけど、ごはん目当てという少し複雑な気持ちだ。


 もちろん、別々の部屋で寝るんだけどね。



- 翌朝 -



 リーンベルさんのほっぺたツンツンで目が覚める。

 ニコッと微笑んだリーンベルさんが「おはよう」と言ってくれる。


 刺激的な朝だ。幸せすぎてツライという言葉の意味を初めて理解したよ。


 一瞬で眠気が吹き飛んだため、早速朝ごはんを作っていく。

 ほっぺたツンツン攻撃で大興奮しているから、行き場のなくなったエネルギーを料理に全て注ぎ込むんだ。


 今朝は昨日残った『寄り添うネギと豆腐のみそ汁』と『ときめき卵を使ったタマゴサンド』にする。


 実際に作るのは、『ときめき卵を使ったタマゴサンド』だけ。

 といっても、前作ったタマゴサンドと作り方は同じ。

 違うのは【調味料作成】で作った卵じゃなくて、ときめき卵を使うくらい。


 リーンベルさんのほっぺたツンツンの刺激を思い出す。

 これがツンツンパワーの影響かな。

 今までより作るスピードが速いんだ。


 タマゴサンドを量産していると、スズが起きてきて椅子に座る。

 眠すぎて目が開いてないけどね。


 こういう家でしか見れない油断している姿って、心をグッと鷲掴みにされちゃうよね。

 リーンベルさんのこういうところも見てみたいよ。


 早速出来上がっている朝ごはんを提供する。


「今日はタマゴサンドにときめき卵を使ってみたよ」


 タマゴサンドをテーブルに並べるだけで、スズの目がギンッと大きく開く。

 お茶を入れるリーンベルさんを待たずに、即効で食べ始めた。


「はぅ!」


 僕とリーンベルさんは驚いた。

 スズの方を見ると、とても恥ずかしそうにモジモジしている。


「どうしたの?」


「キュ、キュンキュンする……」


 そんな恥じらいながら言うのはやめて!

 一瞬で『初心うぶな心』が反応して、こっちまでキュンキュンしちゃうから。

 美少女がそんなこと言ったら、誰でも簡単に落ちちゃうからね。


「ここまでタマゴサンドのクオリティをあげてくるとは。せ、責任取って……ね?」


 グハッ、心臓が痛い!

 一緒に暮らして責任取るっていうのは、そういうことですよね?

 スズさん、いいんですよね?

 そんな赤面しながら言うってことはいいんですよね?


「……初恋の味」


 赤面するスズ。

 それを見て赤面する僕。


「えっと、妹がこんなに恥ずかしそうにしてるところを初めて見たんだけど。いったいどれだけおいしいものを作ってしまったのかな?」


 あなたの妹が大袈裟なだけですよ。

 むしろ、僕をキュン死にさせようとしてませんか?

 心臓が鷲掴みにされてるように痛むんですけど。


「普通に作っただけです。あっ、いらなければいいんですけど」


「食べる! 食べるから許して!」


 食事のときだけ立場が逆転してますね。

 これはこれで……アリ!


 リーンベルさんは『私は負けない』と言わんばかりに身構えて、勢いよくかぶりつく。


「はぅ!」


 負けるんかい!


「私、キュンキュンするの……初めてだよ?」


 やめてくださいよ!

 天使の恥じらいは攻撃力がヤバいんですから。

 心臓にクリティカルヒットで、即死コースですよ。


 ぼ、僕の心もあなた達のせいでキュンキュンしてるんですからね。

 せ……責任とってくださいね?


 2人は恥じらいながらも『ときめき卵のタマゴサンド』を食べ続けた。

 スズが8人前、リーンベルさんが14人前も食べた。


 昨日のから揚げの時にも思ったんだけど、食べる量が明らかに増えたよね。

 今まで我慢してたのかな。

 朝から2人で22人前も食べるって、一般家庭で作る量じゃないんですけど。


 その後、3人でギルドへ向かう時も、2人はずっと照れながらモジモジして歩いていた。

 それを見た僕は、自分の心臓が爆発しないように胸を押さえて歩くことしかできない。


 ギルドに着いてすぐ、マールさんがすごい形相で飛んできた。


「ちょちょちょっと! ベル先輩に何したの?! なんでベル先輩こんなモジモジしてるの? スズちゃんもじゃない! 何したの! 何したのさ!」


「一緒にごはん食べただけですよ」


「そんなわけないじゃない! ベル先輩めっちゃモジモジしてるよ。か、可愛すぎない? ど、どうしよう……好き。ち、違う! 違わないけど。なんでこんなにベル先輩が可愛い感じになってるの!」


 マールさん、やっぱりあなたはそっち系で確定なんですね。

 もしよければ、リーンベルさんのファンクラブを一緒に作りませんか?


「マ、マール。べ、別に何もないから。その、ビックリしちゃっただけなの。あんなすごいの……初めてだったから」


 それだけ言って、リーンベルさんは奥へ走り去っていった。

 言葉足らず過ぎです。

 それは誤解されてしまいますよ。


「最近おかしいと思ってたけど、君たちはそういう関係だったの?! 初めてですごいって何をやったの? いけないことをやったの? しかも、スズちゃんもだよね?! スズちゃんは違うって言って! お願い、違うって言って!」


「朝起きてすぐだったから、心の準備ができてなかった。でも、嫌じゃなかったよ? むしろ……好き。今もまだキュンキュンしてる。また、お願いね?」


 そう言ってスズは、依頼掲示板へ走っていった。

 君たちは言い方がおかしいと思うよ。

 タマゴサンド食べたいって言ってるだけだよね?


「あんなベル先輩をボクも独り占めしたい。うっ……なんて羨ましいんだ。しかも、スズちゃんまで一緒に朝から姉妹サンドウィッチなんて!!」


 マールさん、あなただけサンドウィッチの意味が違いますよね。

 僕たち3人はタマゴのサンドウィッチですよ。


「えっと……誤解ですよ?」


「いいの! ボクはベル先輩が幸せだったらそれでいいから! ずっと面倒見てくれたベル先輩が幸せなら、ボクはそれでいいから!」


 そう言いながら、マールさんはギルドの奥へ走っていった。

 なんだろう、涙を流していた気がする。

 き、気のせいだよね。


 僕はちゃんと否定しておいたからね?


 しばらく時間が経ったら、2人は落ち着いたようだった。

 マールさんは少し元気がなさそうだったけど。


 スズと一緒に依頼を見ていると、


「スズ、タツヤくん。ギルマスが急ぎで呼んでるから、ギルマスの部屋に行ってもらっていい? 部屋は2階に行けばわかるから」


 リーンベルさんに声をかけられた。


 あの筋肉隆々のムキムキギルドマスターから呼び出しなんて……何か悪いことしたかな。

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