第25話:ホロホロ鳥のから揚げ

 告白がなかった僕は、ガックリした気分でギルドを後にする。

 そもそも告白を期待する方がおかしいんだ、気持ちを切り替えよう。


 夜ごはんの買い物へ向かうため、スズと一緒に市場へ向かっていく。


「先に宿だけ取ってきてもいい?」


「宿は取らなくていい。私が別のいい宿を予約しておく」


「そう? じゃあお願いね」


 お金を管理しているのはスズだから、言う通りに任せよう。

 ギルドではリーンベルさんがお姉ちゃん、パーティではスズがお姉ちゃんみたいになっている。

 お姉ちゃん好きの僕としては、幸せな気持ちで満ち溢れているよ。


 市場に着いても、スズにお任せだ。

 買い物リストだけ渡せば買ってくれるから、僕は荷物をアイテムボックスに入れるだけ。

 この前スズが買わなかった食材を買っていくことにする。



『生姜1個-銅貨1枚

 ジト目生姜1個-銅貨3枚

 垂れ目生姜1個-銅貨5枚』


「ジト目も垂れ目もそれぞれに良さがある。オジサン、どっちも100個」


 食べたことないけど、その気持ちはなんかわかるよ。



『ネギ1本-銅貨1枚

 絡み合うネギ1本-銅貨3枚

 寄り添うネギ1本-銅貨5枚』


「オジサン、寄り添うネギ100本」


「スズ、絡み合うネギはどうなの?」


「食べてるときによく舌に絡み合う。私は寄り添われたい派」


 これからスズにもっと寄り添っていきたいと思います。

 でも、スズとからm(自重



『ゴボウ1本-銅貨1枚

 あ~んゴボウ1本-銅貨3枚

 は~んゴボウ1本-銅貨5枚』


「オジサン、あ~んゴボウ100本」


 あ~んって食べさせてくれるのかな?

 このゴボウには期待したい。

 きんぴらごぼうをあ~んされたい。



『白菜1玉-銅貨1枚

 なかなかやる白菜1玉-銅貨3枚

 できる白菜1玉-銅貨5枚』


「オジサン、できる白菜100個」


 この白菜にはシンプルに味を求めたいと思う。

 白菜って鍋に欠かせないから食材だから。

 ……今まで買った食材には何を求めてるんだって話しだけどね。



『卵1パック-銅貨1枚

 きらめき卵1パック-銅貨3枚

 ときめき卵1パック-銅貨5枚』


「オジサン、ときめき卵100パック」


 ときめき卵でリーンベル姉妹をときめかせたいと僕は誓う。

 キュンキュンしてるところが見てみたい。



『アスパラガス3束-銅貨1枚

 前向きアスパラガス3束-銅貨3枚

 ポジティブアスパラガス3束-銅貨5枚』


「オジサン、前向きアスパラガス100束」


 後ろ向きな考えより、前向きに考えた方がいいっていうもんね。

 前向きで元気な女性に「大丈夫だよ。小さくても、早くても、初めてでも、私は気にしないよ」って言われたい。


 ……僕は何のことを考えているんだろうか。忘れてほしい。



『ピーマン1個-銅貨1枚

 甘えん坊ピーマン1個-銅貨3枚

 寂しん坊ピーマン1個-銅貨5枚』


「オジサン、寂しん坊ピーマン100個」


 なんなんだ、このピーマンは。

 食べたら寂しくなっちゃうのかな。

 もしスズが寂しくなったら、「今日は寂しいから一緒に寝よ?」とか言ってくれるかもしれない。

 このピーマンには期待しよう。



 この後、パン屋によってパンを大量購入した。

 それからギルドへ戻って、解体されたホロホロ鳥の肉を回収する。

 ギルドでは、リーンベルさんがよだれを垂らして僕の方を見ていた。


 そんなにホロホロ鳥が楽しみなんだろうか。

 でも、リーンベルさんの清楚なイメージが崩れてしまうから、よだれはやめてほしい。

 べ、別に僕を食べt(自重


 目的のお肉を回収したため、一足先にスズと一緒にリーンベルさんの家へ戻る。

 お昼ごはんを食べ終わったスズは、リーンベルさんのベッドで昼寝を始めた。

 徹夜の疲れもあったんだろう、ゆっくり休んでもらいたい。


 お昼ごはんを食べたばかりだけど、キッチンを借りて料理をすることにする。

 作りすぎてもアイテムボックスがあれば問題ないからね。


 今日の夜ごはんは、3種類作るとしよう。


 『ホロホロ鳥のから揚げ』

 『寄り添うネギと豆腐のみそ汁』

 『不倫かぼちゃの煮物』


 あの感じだと相当食べそうだし、から揚げは大量に作るつもりだよ。



 まずは『ホロホロ鳥のから揚げ』だ。


 1.ホロホロ鳥の肉を適当な大きさに切りまくる

 2.醤油・生姜・酒で1時間漬け込んで下味をつける

 3.下味を付けた肉に片栗粉・薄力粉をつける

 4.180度の油で揚げて完成


 から揚げはお弁当に入ってるとテンション上がるよね。

 嫌いな人はいないと思う。

 衣がサクサク、肉汁じゅわ~で肉のうま味がズドンッとくる。

 から揚げって誰が開発したんだろうね、最高の料理だよ。



 次に『不倫かぼちゃの煮物』だ。


 1.不倫かぼちゃを一口で食べれる大きさに切る

 2.鍋に水を入れて火にかけ、カボチャを煮る

 3.鍋に入ってるお湯の量を調節しながら醤油・砂糖を入れる

 4.味がしみ込むまで煮込んで完成


 個人的には、かぼちゃの食感がなくなるまで煮込んである方が好きだ。

 形が崩れるギリギリのところで維持されてて、口に入れたらトロ~っと崩れるやつ。

 だから、時間をかけてじっくりと煮込んだよ。


 本当はみりんで甘さを調整したいけど、調味料作成で作れないから許してほしい。



 最後に『寄り添うネギと豆腐のみそ汁』だ。


 1.青ネギも白髪ネギも斜めに切っていく

 2.鰹出汁を鍋に入れて、火をかける

 3.ネギを入れて味噌を溶く

 4.小さめに切った豆腐を入れて、ひと煮立ちしたら完成


 豆腐のおいしさを知ってもらうために、シンプルに豆腐とネギだけにしたよ。

 スズも楽しみにしてるはずだから。


 辺りが暗くなってくるまで、ひたらす作り続けた。

 途中でスズがやってきて、鶏肉を揚げる僕を拝みだしたときは驚いた。


「私の冒険者のカンが拝むべきだと警告してきた」


「拝むのはやめて。ご飯あげないよ?」


 スズはあっさりと引き下がってくれた。

 普通はカンが警告することってないと思うんだけど。

 どんな感じなのか少し気になる。


 ギルドを閉める時間が近付いたので、スズと一緒にリーンベルさんを迎えに行く。

 ギルドに着くと、マールさんに手招きされた。


「いったいベル先輩と何があったの? ボクはあんなベル先輩初めてみるよ」


 リーンベルさんは依頼の整理をご機嫌でやっている。

 鼻歌を口ずさみながら、ニコニコの笑顔だ。


「スズとリーンベルさんの家でご飯を食べたぐらいですよ」


「ご、ご、ごご、ご、ごはんを?! どうして君がベル先輩とごはんに行けるのさ? し、しかもベ、ベ、ベ、ベル先輩のお家ってどういうこと? ボクでも行ったことないんだよ?」


 そうだ、マールさんは女の子なのにリーンベルさんのことが好きな、百合属性持ちだったんだ。

 敵に回してはいけないから、ちゃんと誤解を解いておかないと。


「スズとパーティ結成の食事会をすることになったんですよ。それでリーンベルさんのお家を借りただけです、今日はそれの続きです」


「……そうなんだ、それならいいけど」


 この人はリーンベルさん一筋だね、尊敬するよ。

 僕は彼女いない歴32年だから、マールさんからもモテたいと思っているよ。

 モテなすぎた反動で、ハーレムを築きたいと意味不明なことを考えているんだ。


 モテないのに無謀だよね。


 ギルドを閉める時間になると、リーンベルさんがすごい勢いで片付け始めた。

 完全に目が血走っていて、話しかけれる雰囲気じゃない。

 今日は早く帰りたいの! ってオーラがすごいんだ。


 マールさんが「やっぱり何かあるんじゃないの?」と言わんばかりのジト目で見てくる。

 安心してほしい。彼女の狙いは僕じゃない、ホロホロ鳥だ。


 あっという間に片付け終わったリーンベルさんが上機嫌でやってくる。

 相変わらずスズとリーンベルさんは向かい合って、ガシッと握手をしてうなずきあっていた。


 そんな姉妹は帰り道も仲良く手を繋いで「ほっろほろ♪ ほっろほろ♪ 」と、口ずさんでいる。

 家に戻ると一目散に椅子に座って、箸を手に取りこっちを見つめてきた。


「外から帰ってきたら、手を洗ってくださいね?」


 リーンベルさん達が手を洗っている間に、パンをテーブルの中央に置く。

 2人が戻ってきたところで『寄り添うネギと豆腐のみそ汁』から渡していく。


 受け取った瞬間から2人は飲み始めた。


「「めっちゃ寄り添ってくる」」


 双子みたいにハモったね。


「この白いのは何?」


「豆腐。依頼の村で買い占めてきた。そのまま食べたらEランクの食べ物だったくせに。みそ汁に入るだけでAランクに化けるとは、侮った」


「豆腐が入ってると色合いも良くておいしいよね」


 そう言いながら、『不倫かぼちゃの煮物』を差し出す。

 2人はまた新しい料理が出たと、興味津々だ。


「甘い味付けがしてある、不倫かぼちゃの煮物です。ほどけるように柔らかくなるまで煮たので、おいしいですよ」


 早速一口パクりと食べ始めるスズ。


「むほっ! かぼちゃなのに歯がいらない。舌で押すだけでドロッてとろけておいしい。甘い味付けが不倫のドロドロさとマッチする。グッ、これからホロホロ鳥を食べるというのに、思わず不倫してしまう」


 不倫かぼちゃは食べてもいいけど、不倫はしちゃダメだからね。

 今は世間からのバッシングがひどいんだから。


 リーンベルさんも食べ始めた。


「なんなの、このドロドロとした不倫の甘さ。禁断の味に踏み込んだいけない味だわ。うっ、ダメ。この甘く優しい濃厚な味わいを求めてしまう」


 求めてもいいんですよ、ただのかぼちゃですから。

 健康にも美容にもいいですし、ちゃんと食べてください。

 ……言わなくてもパクパク食べてるわ。


「では、メインのホロホロ鳥のから揚げですね」


 大皿にから揚げを大量に盛って、机の真ん中に置いていく。


 鶏肉好きならガツガツ食べてくれると思っていたのに、2人はから揚げを見た瞬間から固まってしまった。

 想像していたホロホロ鳥料理と違ったんだろう、とても驚いている。


「待って! いけない、これは危険! 見たことないホロホロ鳥の姿に冒険者のカンが警告してくる。食べたら後には引けないと。けっして手を出してはならないSランク料理だと」


「Sランク? いいえ、災害級の料理よ! いつ避難勧告が出てもおかしくない。私の受付嬢としてのカンも危険だと警告しているわ。なんなの……見るだけでおいしい料理って存在するの? もうおいしいわ、見てるだけなのにもうおいしいの」


「食べるのやめますか?」


「「食べます」」


 大げさすぎです。早く食べてくださいね。

 出来立てが1番おいしいんですから。


 スズは震える手で箸をつかみ、から揚げを持ち上げる。

 色々な角度から眺めながら、目に焼き付けるように見続けた。

 そして、大きな深呼吸をして一気に口へ放り込む。


 リーンベルさんはじっと見守っている。


 もぐもぐとじっくり味わって食べるスズは、ゆっくりと箸をおいた。

 きっとおいしかったんだろう、目から一粒の涙がこぼれ落ちる。


「お姉ちゃん、食べちゃダメ。今すぐ引き返して。想像の遥か上をいってる。私は……もう後に引けないから。この味を知ってしまったら、今までのホロホロ鳥には戻れない!」


「スズ、どういうこと? そんなになの? そんなにおいしいの?」


「おいしいってもんじゃない! おいしいって言葉では表現しきれないほどおいしい。まだ1つ食べただけなのに、口の中に肉汁のスタンピードが起こるの。おいしさの大災害だよ……」


「ホロホロ鳥の肉汁でスタンピードが。なによそれ、そんな料理あっていいの? やっぱりこれは食べてはいけない。あれ、手が勝手に……やめて、から揚げを持ち上げないで。持ってこないで、目の前に持ってこないで! 食べちゃうから、我慢してるんだから!」


「お姉ちゃん、やめて! 我慢して!」


「ごめん、スズ……もうダメ。から揚げのニオイで我慢できないの! 食べる道しか選べない!」


「お姉ちゃん! ダメーーー!」


 から揚げを食べ始めるリーンベルさん。

 阻止できなかったことに泣き始めるスズ。

 いろんな意味でそっと見守ることしかできない僕。


 そして、リーンベルさんも涙を流し始める。


「なによこれ。なんでこんなにも旨味が広がるの? 噛んでも噛んでも終わりのない肉汁がじゅわ~って溢れて、口の中が支配される。私は……私はどうしたらいいの?」


 リーンベルさんは頭を抱えて怯え始めた。


「お姉ちゃん、しっかりして! ホロホロ鳥の肉汁に負けないで。スタンピードが起こっても、生きる道は残されているから。だから、生きてもう1回から揚げ食べよ?

 まだたくさんあるの。から揚げはたくさんあるの!」


「そうだね、お姉ちゃん負けない。から揚げに負けたりしないよ。姉妹で仲良く一緒に食べよ? まだ食事は始まったばかりだもの」


 あの……、から揚げ出しただけですよね?

 同じテーブルで食事できる空気じゃないんですけど。

 2人とも泣きながら食べてるからね。


 僕はテーブルに出した食べ物がなくなるまで、そっと見守ることにした。


 2人は30分かけてじっくりと味わい、料理を食べ終える。

 異常な空気を感じるよ、食事の雰囲気じゃないんだ。


 あまりのぶっ飛んだ状況に、僕はまだ自分のご飯の準備すらできていない。

 2人だけの世界に入ってたみたいだから、音すら立てずに見守っていたんだ。


 料理が無くなったこのタイミングで、1度声をかけてみる。


「おかわりいる人?」


「「はい!」」


 まっすぐ見つめて手を挙げてきた。


「あの……作っておいて言うのもあれですが、何かありましたか?」


「うっ、気にしないでもらえるとありがたいかな。おいしすぎて一時的に感情が高ぶっただけだから」


 変だった自覚あるんですね。安心しましたよ。

 

「タツヤが悪い。おいしすぎるのは罪」


「スズはおかわりいらないんだね」

「ごめんなさい」


 リーンベルさん達のおかわりと一緒に、僕もご飯を食べ始める。

 ちょっとおかしなところもあったけど、すごく幸せそうに食べてくれたから満足だ。

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