第162話:ギルドの受付嬢
- 翌朝 -
ハッと飛び起きるように上体を起こして、意識を取り戻した。
右手を左胸に持っていき、いつもと同じように心臓が動いていることを確認する。
よかった、本当に生きてるよ。
心臓が耐えてくれて助かった。
安堵した僕は、倒れるように仰向けになる。
ふと視界に映るのは、ラブホのようなピンク色の天井。
それなのに、寝ているのは自分だけでマールさんの姿はない。
お風呂で倒れたことは覚えているけど、あれからどうなったんだろうか。
そんなことを思っていると、重大な事実に気付いてしまう。
お風呂で倒れた僕が、服を着ているという真実に。
寝室まで運ばれているのなら、もしかして……。
顔からサーッと血の気が引くと同時に、寝室の扉が開かれ、何気ない顔でマールさんが入ってきた。
「おはよう、昨日はごめんね。まさか倒れるとは思ってなくて」
「い、いえ、こちらこそすいません」
おっぱい触られただけで興奮しすぎてしまって。
「まだタツヤは10歳だもんね。今度は水着にするから安心して」
よかった、興奮しすぎるような変態は却下されるかと思いましたよ。
また入浴チャンスがあって何よりです。
胸が大きいと破壊力がありすぎて一緒に入れませんけど、マールさんはギリギリ耐えられる範囲だと思いますから。
心停止した挙げ句に爆発してぶっ倒れましたから、説得力はありませんけどね。
「そ、それで、その~、僕はどうやって布団の中に入ったんですか?」
「急いで旅館の人を呼びに行ったら、男の人が対処してくれたんだよ。気絶したとしても、さすがに僕が着替えさせるわけにもいかないし。い、一応、熱くてのぼせちゃったってことにはしておいたよ」
男に体を拭かれ、男に着替えさせられたのか。
ちょっと複雑な気持ちになるけど、マールさんに見られていないのならそれでいい。
従業員さんもそんな仕事はしたくなかっただろうし、感謝を申し上げようと思う。
「そ、そうですか。なんか気を使ってもらってすいません」
「う、ううん。さすがに、本当のことを言う勇気はなかったし」
悪ふざけでおっぱいを触ったら心臓が爆発して失神したなんて、口が滑っても言えませんよね。
事実だったとしても、絶対に変な目で見られますから。
これ以上ない情けない姿を見せてしまった以上、良いところを見せて、早く名誉挽回しよう。
スノーフラワーというポイントを急上昇させるイベントがあるんだから。
「じゃあ、早速朝ごはんにしましょうか。その後に冒険者ギルドへ顔を出しましょう」
「うん、そうだね」
作り置きしてあるタマゴサンドをアイテムボックスから取り出して、2人で一緒に朝ごはんを食べる。
フリージアを出発してから時間が随分経つため、すっかりマールさんも餌付け完了済み。
離れて過ごすことになったとしても、リーンベルさんが許すなら、僕の家にごはんを食べに来てほしい。
夜ごはんにマールさんがいたら、楽しい食卓になりそうだし。
朝ごはんを食べ終わると、早速冒険者ギルドへ向かう。
部屋を出る時は当たり前のように手を差し出してくれるから、そっと手を重ねる。
今日は良い日になりそうだな。
朝からマールさんと恋人繋ぎでスタートできるなんて。
「あっ、一応言っておくけど、ベル先輩には内緒にするから安心して。ボクも胸が小さいから、タツヤの気持ちはわかるよ」
やっぱり、見られてたんですね……。
あの……うん、べ、別に傷付いてませんよ。
心が違う意味で再起不能になるまで、ボコボコに叩きのめされただけですから。
マールさんに誘導され、僕達は冒険者ギルドへ歩いていく。
冒険者ギルドの中に入ると、受付嬢に予想もしていなかった人物がいた。
マールさんも気付いたのか、二人揃って急いで受付カウンターへ走っていく。
「「どうしてここにいるんですか? アカネさん(先輩)」」
ボタンを弾き飛ばす恐れのある、大きなおっぱいを見間違えるはずがない。
生まれ変わったらボタンになりたいと思ってしまう暴力的なおっぱいに、美人でエロスなフェロモン放ち続ける完璧な女性。
久しぶりにお会いすると、頭がクラクラするダイナマイトボディだ。
「え? あ、あぁ、妹の知り合いなのね。私はアカネじゃなくて、双子の姉のアズキよ」
マジかよ、双子というよりドッペルゲンガーのレベルじゃん。
まさかボタンを弾き飛ばしそうな胸を持つ双子がこの世に存在するとは。
産んだ母親は国から褒賞金が出てもいいくらいだよ。
衝撃的な双子の姉の出現に、マールさんは信じられないような顔をして、口をポカンと開けていた。
自分の胸を両手で触り、アズキさんの胸を食い入るように見ているのは貧乳の悲しい性だろう。
初対面なのに、圧倒的な敗北感を与えられている。
「アカネのことを先輩と呼ぶなら、女の子は甘えん坊のマールちゃんね。毎月手紙でやり取りしているから、ある程度のことはわかるの。男の子はタツヤくんでしょ? 君はすぐにわかったわ」
出会ったばかりの巨乳の美人さんに、自己紹介もせずに顔と名前を覚えてもらえるなんて。
いったいアカネさんは僕のことをなんて紹介したんだろうか。
フェンネル王国を救った英雄かな。
料理とお菓子を作る小さなシェフかもしれない。
フリージアでカエルの驚異を取り除いた、若き勇者っていう可能性もある。
少なくとも、美人お姉さまにプラスで働くことは間違いないだろう。
「アカネが言っていた通りなんだもん。毎日顔を合わせても、永遠に大きなおっぱいになれない子って聞いているわ。今も私のおっぱいを2度見して、少しめまいしてたわよね」
待ってくれ、アカネさん。
そういうことは手紙に書くもんじゃないぞ。
いつもおっぱいを見て勝手に衝撃を受けている僕が悪いけど、離れた家族に手紙で知らせるような内容じゃないだろう。
「ふ~ん、結局そうなんだ」
その瞬間、落雷が落ちるような音がマールさんの方から聞こえてきた。
魔物すら怯えてしまいそうな重低音ボイスが耳にこだまするように残り、全身の汗腺が反応して大量の冷や汗が溢れだす。
や、ヤバイ。貧乳のマールさんに巨乳ネタは一番の禁句。
なんとかしないと、お風呂で水着イベントがなくなってしまう。
「ち、違いますよ。女性の良さは胸の大きさで決まりませんからね。僕はどっちも好きなだけです」
本当のことを言ったにもかかわらず、マールさんが信用してくれる様子はなかった。
このジト目の領域を大幅に超えた鋭い視線は、軽蔑の眼差しである。
許さないと感情が込められた、殺意に似た睨み方だ。
「あらっ? ごめんなさい。あなた達はそういう関係だったのね」
「いいえ! ただの友達です!」
うっ……、せっかく恋人以上になりかけたのに、恋人未満に戻ってしまった。
残念な思いはあるけど、アズキさんが悪い訳じゃない。
女性のおっぱいに弱すぎる僕がダメなんだ。
小さなおっぱいも大きなおっぱいも神聖なもので、おっぱいに罪はない。
人間を含めた全ての動物はおっぱいに感謝して生きているから。
おっぱいに感謝しないのは、乳という概念がない植物だけ。
って、そんなことより早く誤魔化して機嫌を取らないと。
「えっと、スノーフラワーのことが聞きたくて来たんですけど、どこで採れるか教えてもらえませんか?」
「あぁ~、残念だけど、今は時期外れで見つからないと思うわよ。ここから北東に1時間ほど向かうと、スノーウルフの森があるの。その森にある凍らない湖の周りに咲くんだけど、シーズンが来るまで半年は先。稀に咲いていることもあるらしいけど、毎年この時期はスノーウルフが凶暴化して危ないわ」
アズキさんの言葉に、マールさんは露骨に落ち込んでしまった。
自称最強のウルフハンターとしては、このまま諦めるわけにいかない。
最低でも1つは取ってきて、マールさんにプレゼントするんだ。
マールさんとリーンベルさんの百合展開を期待している僕にとっては、今もっとも必要なアイテムともいえるから。
幸いにも僕は、運が100でカンストしたラッキーボーイ。
湖で頑張って探せば、きっと見付かるはず。
「凶暴化したスノーウルフはどれくらいの強さになるんですか?」
「単独ならBランクモンスターに分類されて、群れならAランクに分類されるわね。雪の上に魔力を張って走ることで、足跡も付かずに無音で走り抜けるの。凶暴化していると、ウルフ系モンスターで最も速いと言われているわ。別名、雪上のサイレントキラーよ」
足場が悪い雪の上で、最速のウルフと戦闘か。
腐った卵を投げ付けようにも、地面が雪だと割ることができない。
森の中だから近くの木にぶつけて割ればいいけど、森を抜けてから襲われたらアウトだ。
これは1人で探しに行くのは危険だな。
冒険者を雇って、金で解決しよう。
「一応探しに行ってみたいので、護衛できる冒険者に依頼を出せませんか? お金なら用意できますので」
落ち込んでいたマールさんが顔を上げて、キラキラとした眼差しを送ってきた。
早くも好感度が上がったことに心の中でガッツポーズ。
しかし、アズキさんは難しい顔をしている。
「うーん、今この街にいる冒険者は最高でBランクなのよね。護衛を受けてくれる冒険者はまず現れないわ。それほど危険な場所なのよ、この時期のスノーウルフの森は。森へ入らなければ襲われることもないから、今は完全に観光シーズンなのよ」
再びわかりやすく落ち込むマールさんを見て、心がもどかしくなってしまう。
せっかくの旅行だから、良い思い出を持ったままフリージアへ帰りたい。
マールさんと2人きりで旅行する機会なんて、2度とないかもしれないんだ。
森へ入らないことには、スノーフラワーを手にするチャンスすらないというのに……。
どうしたらいいか悩んでいると、いきなりポンポンと肩を叩かれた。
振り向いてみると、暗い顔で落ち込む2人の獣人がいた。
「金がほしいにゃ」
「世の中は金が全てニャ」
ど、どうした、タマちゃんにクロちゃん。
こんな場所で再会したことよりも、2人が激しく落ち込んでいることに驚くぞ。
なぜそんなに金を欲して、絶望的な表情をしているんだ。
「あら? その子達の知り合いなの? 冒険者登録していないのに依頼を受けたいって、今朝からずっと駄々をこねてギルドに居座っているのよ」
大きな溜め息をアズキさんが漏らしたから、相当粘ったんだろう。
姫騎士をしていたぐらいだし、お金で困ることはないと思うんだけど。
「どうして依頼を受けようとしてたの?」
「金がないにゃ。来る途中で2人とも財布を落としたにゃ」
そんなところを双子でシンクロすることってある?
「姫騎士の有給休暇を消化中で、制約がかかって冒険者にもなれないニャ。金がないと温泉に入れないニャ」
有給を使って旅行に来たのに、財布を落としてどうにもできないってことか。
本格的に引退してカツ丼屋さんを開くために、休みを消化しているんだろう。
それなのに、羽を伸ばしに来たら一文無しになってしまうとは。
なんとも不運な二人だけど、僕にとってはラッキーなことだ。
「タマちゃん、クロちゃん。ちょっと強い魔物がいる森に行きたいんだけど、護衛してもらえないかな? いま泊まってる旅館に部屋を取ってあげるし、護衛の依頼料も払うからさ」
「にゃにゃ?! 旅館に泊まらせてもらえて金までくれるにゃんて、さすが親分にゃ! 金のために引き受けるにゃ!」
お金がなくて相当困っていたみたいだ。
少し会わないだけで、お金への執着心がすごい上昇してる。
「持つべきものは親分ニャ! 親分から金を巻き上げて、ゆっくり温泉に浸かるニャ!」
もう少し言葉を選んでくれ。
雇い主を前にして言う言葉じゃないぞ。
タマちゃんとクロちゃんは目を輝かせて、手を繋いで踊り始めた。
久しぶりに見るにゃんにゃんの姿に癒されるよ。
「アズキさん、この子達は預かっていきますね。知っている子達なので」
「え、えぇ。こっちもその方が助かるけど、本当にスノーウルフの森は危険なところよ。獣人が強いのは知っているけど、大丈夫かしら?」
「大丈夫です、お気遣いありがとうございます」
よし、やっぱり僕の運は高い。
これでスノーフラワーを取りに行ける条件は揃った。
後はマールさんに2人の説明をして、街で待っててもらうように説得するのみ。
「マールさん、タマちゃんとクロちゃんは強いので安心して……仲良くなるの早くね?」
話すのは今日が初めてのはずなのに、昔からの友人かと思うほど和気あいあいに談笑していた。
人と壁を作らないマールさんだからできる技だろう。
コミュ力が強すぎて羨ましい、僕には絶対できないことだよ。
「じゃあ、日が暮れないうちに行こっか。もちろん、ボクもついていくからね」
「護衛は任せるにゃ。金のためなら何でもやるにゃ」
「親分、早く行くニャ。善は急げって言うニャ」
雇い主の僕が1番下っ端みたいな扱いって、どういうことなの?
確かにリーダーらしくはないけどさ。
余分にお金を払うから、マールさんの前だけでもよろしく頼むよ。
あと、僕のこともちゃんと守ってね。
獣人の君達が同行するなら、腐った卵を投げつけるわけにもいかないから。
かっこよく巨大ワームを倒したばかりだし、マールさんの前で腐った卵は投げたくないんだ。
「じゃあ、早速スノーウルフの森へ向か……あっ、置いていかないで!」
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