第161話:マールさんと初めての露天風呂

 アイテムボックスに残っていたホットドッグを食べ終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。


 ライトアップされた外の雪景色が一段と綺麗になり、ムードは満点。

 トントン拍子に進んだ回避不能の入浴イベントは、マールさんの「水着に着替えるから先に入ってて」という言葉で逃げ道が封鎖。


 かつてないほどの順調な恋愛イベントに戸惑いつつ、先に脱衣所で全裸になり、タオル1枚で大事な部分を隠す。

 なお、このタイミングで装備の効果がなくなったことで、この地域の寒すぎる環境に驚いてしまう。


 雪が積もっている地域だけあって、氷点下なのは間違いない。

 露天風呂の熱気を放つような場所でも、近くに雪が残っているぐらいだもん。


 あまりの寒さに急いで外に飛び出し、露天風呂の中へ入っていく。

 お湯の温度は42度くらいの少し熱めになるけど、外が寒過ぎるからちょうどいいだろう。


 この寒さなら、湯船の外で背中を洗い流すようなイベントは不可能。

 水着姿のマールさんとお風呂に入るだけでも厳しい戦いになるから、正直ホッとしている。


 砂漠では毎日水着姿のマールさんと手を繋いで過ごし、同じベッドで寝ていたのにな。

 一緒にお風呂に入るだけで、なぜ必要以上に緊張するんだろうか。


 もしかしたら、僕が裸になっているからかもしれない。

 貧弱な上半身をさらけ出し、極小の下半身はタオル1枚という防御壁で隠すのみ。

 マールさんは僕の裸に興味ないと思うけど、めちゃくちゃ恥ずかしくて仕方がない。


 ソワソワと心が落ち着かない中、扉を開ける音が聞こえてきた。

 反射的に振り向いた僕は、視界に映し出されるマールさんの姿を見て、息を呑んだ。


 彼女の水着はピンク色だったはず。

 それなのに、視界に映し出されるマールさんにピンク色の布が存在せず、白色と肌色しか見えない。


 なんだ、その防御力0の白い布は!!


「えへへ、ボクだけ水着ってやっぱり変だなーって思って、バスタオルで来ちゃった」


 バスタオル1枚の少女とTake a bath !!!!!!


 粉砕されたばかりの心が再度粉砕され、心機能が中断されて心停止をする。

 血液が自立して血管を駆け巡り、自動で血液循環を行うという謎のシステムの稼働を確認。


 よし、このモードに入れば、余程のことがない限りは耐えられるだろう。

 背中を洗い流すイベントもなさそうだから、無事に生き抜いてクリアすることができそうだ。


「マールさん、早くも心停止したので、過度な刺激は控えてくださいね」


「えぇー! は、早くない? ぼ、ボクまだ何もしてないのに」


 お互いにリーンベルさんで心停止を経験していることから、意味不明な会話が成立してしまう。

 異世界って不思議なところだよね。


「いきなりバスタオル姿で来られたら、破壊力が強すぎますからね。前から言っていますけど、もう少し自覚してくださいよ。ビキニとかバスタオルなんて、マールさんの色気が急加速するアイテムなんですから」


「も、もう! そ、そういうのは口にしなくてもいいの!」


 恥ずかしそうにした頬を赤くしたマールさんは、足先を湯船に入れていく。

 装備効果のない普通の服を着ていたマールさんは、体が冷え込んで必要以上に熱く感じているんだろう。

 両手でバスタオルをしっかり押さえ、スロー再生のようにゆっくりと腰を下ろして湯船に入っている。

 前屈みになっても胸の谷間が一切見えないほどの貧乳でも、エロスというフェロモンが全開。


 お風呂に入ったばかりなのに、僕は一気にのぼせるような感覚に陥った。


 近くに雪があって助かるよ。

 これで頭を冷やそう。


 露天風呂の外側にある雪をつかみ、おでこにこすり付けてのぼせを解消することに成功。

 雪に感謝するのは、小学校が雪で休校になったとき以来である。

 引きこもりでボッチの僕は、雪遊びなんてやらないからね。


 ようやく全身を湯船に浸かったマールさんは、ホッと安心するような表情で息を漏らした。

 そんな少しセクシーな吐息を距離2mのところで聞く僕は、ビクッと飛び跳ねて、お湯をバシャッと鳴らしてしまう。


「水着より隠してる面積は広いんだから、過剰に反応しすぎじゃないかな。もしかして、ボクの気持ちを弄ぶようにわざとやってない?」


 バスタオルで強化されたマールさんのジト目というSランクスキルが発動され、全身が金縛りにあってしまった。

 混浴とはなんて恐ろしい儀式なんだろうか。


「そんなことを疑問に思ったマールさんに問題です。水着姿のリーンベルさんとバスタオル姿のリーンベルさん、どちらが破壊力が上ですか?」


「バスタオル姿のベル先輩」


「正解です、つまりそういうことです」


「なるほど、わかりやすい」


 よかった、金縛りが解けた。

 弄んでるのは僕じゃなくて、マールさんだというのに。

 もっと振り回されたい。


「あっ、そうだ。明日は冒険者ギルドに行ってみない? アカネ先輩から聞いたんだけど、スノーフラワーっていう花があってね。昔から雪の都では、婚約する時にそれを渡す習わしがあるんだって」


 ちょっと詳しく聞かせてくださいよ。

 婚約する時に渡す花を探したいんですか?


 恋人を通り越して、婚約者に昇格したのかな。

 じゃあ、これはもう新婚旅行だと断言しよう。

 当然、この後はハネムーンベイビーを誕生させる儀式もあるだろう。


 バスタオル姿で心停止をしている場合じゃないな。


「ボクも詳しくはわからないんだけど、森に自生する場所があるらしいよ。ちゃんと婚約できるように、どうしても欲しいの」


 そこまで……考えてくれていたんですか。

 家族の前で否定していたのは照れ隠しで、本当は誰よりも結婚に前向き。

 異世界で1番チョロイ男の僕が断るわけがないというのに。


 マールさんの気持ちは伝わったよ。

 明日はスノーフラワーをイチャイチャしながら取りに行こう。

 万が一手に入らないようなことがあれば、金で解決すればいい。


「わかりました。明日は冒険者ギルドに顔を出して、スノーフラワーの情報を得ましょう」


「うんっ! 絶対ベル先輩に渡すんだ」


 で・す・よ・ね・!


 薄っすらそうだと思っていましたよ。

 マールさんの本命はリーンベルさんからブレないですから。

 異世界一チョロイ男でも、さすがに気付きますよ。


 たったの9割しか信じていなかったですからね。

 心の傷も浅いですよ。

 ボコボコになるまで殴られた後、刃物を突き付けられたような気分です。


「あ、あと……ボクはベル先輩に渡すけど、タツヤのはボクが欲しいな。深い意味はないんだけど、な、なんとなく、もらえたら嬉しいなって」


 異世界一チョロイ男、恋のときめきで心が制御不能状態に陥る。


 心停止していたはずの心臓が急に暴走し、肋骨内でドリフト走行を開始。

 ギリギリ肋骨の内側に心臓がガガガッと擦れて猛烈な痛みを感じるが、命に別状はない模様。


 まったく、こっちは命をかけて混浴をしているというのに。

 これだから天然男垂らしのマールという女は扱いに困る。


 深い意味はない? バカなことを言うんじゃないよ。

 婚約する時に渡す花をよこせって、そんな恥じらいながら要求してきて、いったいどういうつもりなんだ。


 日本でいえば、「深い意味はないけど、婚約指輪ほしいなー」って言ってるようなもんだぞ!


 こんなことを言えるのは、結婚したくてさりげなくプロポーズしたい女の子か、指輪を換金して金にしようと考えるクソアマぐらいだ。

 どう考えたって、心清らかなマールさんは前者以外にあり得ない。

 バスタオル姿で逆プロポーズをされたら、キングオブヘタレの僕でも黙っていられないぞ。


 いま、僕の中に眠る男の血が覚醒したからな。

 ガツンッとこっちからプロポーズをやり直して、しっかりと結婚を意識させてやる。


 何がベル先輩に渡したいだ、いい加減にしろよ!

 マールさんのスノーフラワーを僕によこせよ!

 リーンベルさんばかり見てるんじゃなくて、もっと僕を見てくれ!


「ぼ、僕のでよければ、受け取ってください」


 言えない! 嫌われるのが怖すぎる!

 32年間もモテなかった影響で、強く言うことができないんだ。


 積極的に自分を売り込み、我が強いやつだと嫌われるのが怖い。

 天使リーンベルさんと比べるなんておこがましいし、本当になんとなく欲しいだけかもしれない。


 お付き合いの許可がいただけないマールさんに、勇気をもって攻め込むことができないんだよ。

 いくらでも頑張って花を取ってきますから、思う存分弄び、最後は手を付けていただけると恐縮です。


「じゃ、じゃあ、タツヤのはボクが予約しておくからね。ベル先輩にこっそりあげちゃダメだよ。ちゃんと……約束して?」


 バスタオル姿のマールさんが接近するという非常事態が発生。

 右手の小指を突き出してくるという、指切りイベントに突入した。


 顔を赤く染めるマールさんは若干顎を引いている。

 そのため、自然と僕の顔を見る時に上目遣いになってしまう。


 計算しない天然男垂らしのマールさんによる誘惑で僕の意識が朦朧とする中、必死になって小指を差し出して、指切りをする。


 時折見せてくる女のマールさんは、いつものような元気っ子を封印していた。

 落ち着いたお淑やかなオーラを放つことで、惹き込まれるようにギャップが魅力に変化する。


 ギュッと指切りをした後も同じこと。

 指が離れても上目遣いで見つめてきて、色気で束縛をしてくるという恐ろしい女である。


 不意に鼻の奥で何かが流れてくるような気配を感じ、無理矢理体を動かしてマールさんに背中を向け、僕は天を見上げた。


 マズい、色気にやられすぎて鼻血が出てきた。

 今日はもうお風呂からあがらないと。

 焦る必要はない、まだ6日も一緒に入れるんだ。


 まだまだ夜は始まったばかりだし。


「あっ、ちょっとそのままにしてて」


 鼻血が出てることを知らないマールさんは、静止するように要求してきた。

 早く出たいけど、嫌われたくないから我慢をする。


 さすがにマールさんに興奮しすぎて、鼻血が出たなんて言えないし。


「ちょうどこんな感じだったよ。ベル先輩のおっぱいを触ったとき!」


 何のことか理解できなかったため、脳内で『マールさん リーンベルさん おっぱい』で検索を開始。

 すると、リーンベルさんとマールさんが一緒にお風呂に入った時、おっぱいを触ってヘタレを卒業した話にたどり着いた。


 その瞬間、鼻血が加速すると共に興奮死の危険を察知する。




 まさか、僕のおっぱいで再現をするつもりだというのか?!




 そう思った時には、遅かった。

 マールさんの手が後方から伸びてきて、僕の胸元に襲い掛かる寸前だったんだ。


 人間なら誰でも付いているピンク色の起爆スイッチが2つ同時にポチッと強く押され、軽快にドリフトしていた心臓が肋骨に激突してドッカーーーン! と大きな爆発音を奏でた。

 快感という刺激に支配され、自分の体のコントロールを失っていく。


 そのため、鼻血がブシュッと噴出しても、僕にはどうすることもできなかった。


 心臓が小刻みに何度か爆発を続け、吹き飛ばずに再起動をしたことに安堵して、目の前の温泉にバシャッと倒れ込む。

 何とか生きていてよかったと思いながら。

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