第3話:冒険者ギルド

 ウルフ討伐から街道を2時間ほど歩いていると、ついに街が見えてきた。


 街は大きな城壁で囲まれている。

 きっと魔物から街を守るためだろう。


 門の近くには小さな川が流れ、兵士は退屈そうに1人立っているだけだ。

 数人ほど門から出入りしているけど、身分証を確認する様子はない。


 街へ入る前に小さな川を覗き込む。

 澄んだ川の水に自分の顔が写る。

 子供の頃の僕の顔でハイエルフっぽい要素は全くなかった。


 予定通り『種族のハイエルフ』については内緒にしよう。


 小さな川を離れて、門へ近付く。

 後で揉めたくはないし、門の兵士に声をかけようかな。


「こんにちは」


「おう、どうした?」


「田舎から仕事を探して出てきたんですけど、子供でも働けそうな仕事ってありますか?」


「若いのに偉いな。坊主は何歳だ?」


「10歳です」


「そうか、じゃあ冒険者ギルドに登録して仕事をもらうといい。この街は『始まりの街 フリージア』だ。初心者冒険者が多いから、ちょうどいいと思うぞ」


「冒険者ですか! いいですね、行ってみます! 場所はどこにありますか?」


「まっすぐ行ってしばらくすると、剣と盾の看板が見えるデカイ建物がある。

 そこが冒険者ギルドだ」


「まっすぐですね、ありがとうございます」


 始まりの街 フリージア、か。


 貧弱な僕が生活するには1番良い街だろう。

 しばらくはここに滞在して、この世界の情報とお金を集めよう。


 街の中に入ってみると、人が多く賑わっていた。

 冒険者が歩いている姿も見える。

 鎧をきてたり、軽装だったり、ローブ姿だったり。


 エルフや獣人は見かけないけど、ドワーフっぽい人はお店にいた。

 きっと武器屋か防具屋だろう……あっ、看板に武器屋って書いてあったよ。

 スキル【異世界言語】のおかげだね。

 違和感なく文字も読めるし、話もちゃんと理解できる。


 街を観察しながら歩いていると、自分の身長の低さに驚く。

 近くにいる主婦っぽい女性より身長が低い。

 僕の身長は140センチないぐらいだろう。


 だがそれでいい。

 32年間モテずに誰とも付き合ったことがないんだ。

 子供の可愛さでモテるという、あざとい作戦でいこう。


 異世界の目標は『シャクレる前に付き合う』こと。


 大人になってシャクレたら、また恋愛できないに決まってる。

 幸い料理もお菓子も作れるんだ、早いうちに胃袋をつかもう。


 呑気なことを考えていると、【冒険者ギルド】と書かれた看板が右手に見えた。

 思ったより大きい建物だ。


「いよいよ、冒険者デビューか」


 心臓の鼓動が早くなり、自然と笑みがこぼれる。

 というのも、ずっと冒険者に憧れていたからだ。

 冒険者が出てくる小説が1番大好きで、30歳を過ぎても「いつか魔法使いになって冒険したい」と、中二病のように思い続けていた。


 え? すでに【悲しみの魔法使い】だって? やかましいわ!


 大きな木の扉を開けて中に入ると、依頼受付カウンターと冒険者受付カウンターで別れていた。

 依頼カウンターは人でごたごたしているが、冒険者カウンターは人が少ない。


 カウンターにいないだけで、近くの机にイカツイおっさん達が暇そうにしてるけどね。

 こいつらに目を合わせちゃいけない、テンプレが発動して喧嘩することになる。

 貧弱な僕では勝てる要素がないんだ、許してほしい。


 周りをあまり見回さずに、冒険者カウンターへ向かっていく。

 受付嬢はめちゃくちゃ可愛い3人の女性だ。


 元気っ子で無邪気な女の子:受付中

 胸のボタンが弾き飛びそうな美人お姉様:受付中

 ほんわかした癒し系で可愛いお姉ちゃん:フリー


 受付嬢の顔面偏差値が高すぎる、採用基準は可愛さだろう。

 採用者め、良い仕事しやがるぜ。


 女の子と付き合ったことがない僕は、声をかけるだけでも緊張する。

 それでも勇気を振り絞って、癒し系のお姉ちゃんに話しかける。


「あ、あの………」


「ふふふ、ボクはどこから来たのかな~? 迷子になっちゃった? お姉ちゃんがお母さん一緒に探してあげるから、お名前教えてもらってもいいかなー?」


 天使だ! この人は天使だ!

 見ず知らずの32歳のオジサンにこんな優しく声をかけてくださるなんて。

 天使以外にあり得ないだろう。

 僕はもうこの子に全てを捧げたいと思う。いや、奪われたい!

 ハッ、そうじゃない、冒険者登録をするんだった。


「えっと、冒険者登録をしたいんです」


「え? あ、そうでしたか、失礼しました。 冒険者登録は10歳からになりますが……?」


 仕事モードに切り替わってしまった。

 そんなに子供扱いされるくらい子供っぽく見えるのかな?

 どうせなら子供扱いされたい。


 え? そんなこと言ってるからモテないって? 大丈夫、今は子供だから。


「10歳なんですけど、お姉ちゃんにはいくつくらいに見えましたか?」


「怖い顔のおじさんのばかり見てるから、8歳くらいかなって思ったの。

 ここに君みたいな可愛い子は来ないからね」


 天使に可愛いと言われた。

 ちょっと詳しく聞きたい。

 いや、聞かせてください。


「お姉ちゃんから見て僕は可愛いですか?」


「うん、すごくかわいいよ! 本当に冒険者になるの?」


 やめて、その天使スマイル!

 浄化されて消えてしまいそうだから。


「はい、冒険者登録お願いします。名前はタツヤです。

 お姉ちゃんの名前は?」


 少しキョトンとしてから、すぐにニコッと笑ってくれる。


「リーンベルよ、みんなからはベルって呼ばれてるわ。よろしくね。じゃあ早速登録するけど文字は書ける? 書けなかったらお姉ちゃんが書いてあげるね」


 リーンベルさんから申請用紙を受け取る。

 項目はシンプルだ。


『名前、年齢、性別、魔法、スキル』を書く欄しかない。


 申請するのは簡単だろうけど、スキルを書くか書かないかで迷う。

 僕のファンタジー知識では、スキルを書かないのが鉄板だったはずだ。

 アイテムボックスはレアスキルだと思うから、変に目立つのは良くない。

 レベル1でカンストしている僕は強くなれないから、厄介なやつに目を付けられると大変なことになるもん。


 一応リーンベルさんに確認してみよう。


「スキルは書かないとダメですか?」


「そうねぇ。書かなくてもいいんだけど、書いてくれたらお姉ちゃんが一緒に依頼を探してあげられるから、できたら書いてほしいなー」


「はい書きます」


 速攻で書くよね。アイテムボックスのスキルだけ速攻で書いたよね。

 いま僕は素直な子供なんだ、ひねくれた子供は好かれないって知っている。

 僕は全力でリーンベルさんという天使に好かれたいんだ。

 バカだと思われてもクズだと思われてもいい。

 異世界を生き抜くことより、リーンベルさんの好感度を最優先で手に入れたいからね。


 何より『天使リーンベルさんと一緒に依頼を探すという特典』が欲しい!


「書きました」


「は~い、ありがとう。 じゃあ登録……えっ? アイテムボックスのスキルを持ってるの?」


 やっぱりレアなんだね。

 リーンベルさんの注目を独り占めできるなら、お安い情報開示だよ。


「今まであまり使ってませんでしたから、うまく使えるかわかりませんけど」


「そうなんだ。アイテムボックスは希少スキルだから人気者になると思うよ。容量も気にしなくてもいいし、中に入ってる物は時間停止するからね。でも無理しないでね、アイテムボックス持ちは後天的に魔法やスキルが覚えられないのは常識だから。じゃあこれで登録するね」


 え? なんか変なこと言わなかった?

 サラッと魔法とスキルが覚えられないって言ったよね? 言ったよね?


 せっかく異世界に転移したにも関わらず、魔法もスキルも覚えられないの?

 醤油を巻き散らすだけ?

 二つ名がついても『醤油のタツヤ』じゃん。


 パーティに入っても戦闘で活躍できない、ただの便利な荷物運びの雑用だよ。

 みんなが頑張って倒したモンスターを回収し続け、疲れ切ったところに料理で癒しを与える存在。


 それって料理人の武者修行だよね?

 ハッハッハ……マジかよ。


 それはそれでアリ!


 料理作るの嫌いじゃないし、危険が少ないからね。

 幸い調味料はスキルで出せるし、冒険しながら料理無双も嫌いじゃない。むしろ好き。



 リーンベルさんは、カードの手続きをしながらギルドの説明をしてくれた。


----------------------


・ギルドランクはF,E,D,C,B,A,Sの順番で、Sに行くほど高ランクになること

・ランクはギルド独自の査定基準があること

・Cランクで1人前の証と言われていること

・依頼失敗や放棄は罰金、ペナルティでランク降格や除名などがあること

・冒険者ギルドは国でなく、独立した組織が運営していること

・冒険者同士の揉めごとにはギルドは関与しないこと

・パーティを組む場合は申請すること


----------------------


 パーティは組みたいけど、最初は自力で頑張ることにしよう。

 まだこの世界のことがわからないし、いきなり知らない人とパーティを組むのはリスクが高い。

 醤油出して戦いますって言ったら、絶対にアホだと思われるし。


 べ、別にコミュ障じゃないよ?

 コミュニケーションがちょっと苦手なだけで。


「ギルドについて何か気になるところはあるかな?」


「今のところは大丈夫です」


「じゃあ、このカードに血を一滴つけたら登録完了よ」


 針とカードを渡される。

 痛いのは嫌だけど、我慢して指に刺す。

 カードに血が一滴流れると、ギルドカードに大きくFの文字と名前が表示された。


「作る時はお金がいらないけど、再発行はお金かかるから気を付けてね」


 そういえばお金持ってなかった、危ない。


「早速依頼を受けたいんですが、何かオススメの依頼ってありますか?」


「最初は常設依頼の『ゴブリン討伐』『薬草採取』、もしくは『街のお手伝い依頼』かな。タツヤくんみたいな小さい子は『薬草採取』か『ゴブリン討伐』になっちゃうね。お手伝い依頼は、身長とか魔法で制限がかかるから」


「そうですか。じゃあゴブリン討伐をしてきます」


「ゴブリン討伐は常設依頼だから、依頼処理しなくても大丈夫だよ。ゴブリンは西門から出た草原に出やすいから、頑張って倒してきてね。ちゃんと外が暗くなる前に戻ってくるんだよ? いい?」


 リーンベルさんが小指を差し出してくる。


「はい、お姉ちゃんと約束」


 天使リーンベルさんと指切りで約束をする。


 こんな可愛い人と指切りができるなんて幸せすぎる。

 僕の中の何かが浄化された気がするよ。

 きっとステータスに『天使の加護』がついたに違いない。


 いや、つかないけどね。

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