第2話:ウルフVS醤油

 疲れないように街道をゆっくり歩いていく。

 普通に歩くだけでは暇なので、自分のステータスをもう1度確認する。


 間違いなく戦闘で活躍できるステータスじゃない。

 【強靭なメンタル】と【幸運】だけで生きていくタイプ。

 レベル1でカンストしてなければ希望はあったのに……。


 レベルがあるんだから、魔物がいる世界なんだろうなー。

 早く街にたどり着いて、情報とお金を集めよう。

 何をするにしても、異世界での生活基盤を整えないと。


 若返った体でゆっくり歩いていると、左手に森が見えてきた。

 街道はその森を避けるようにカーブしている。


 30分ほど歩いているけど、まだ誰ともすれ違っていない。

 異世界転移して誰とも会わないって不安だな。

 この際おじいちゃんでもいいから出会って話しがしたい。


 すると、森から『ガサガサガサッ』と音がした。

 僕は思わず立ち止まる。


 再度、ガサガサッと音が響き渡ると、木の影から何かが飛び出してきた。


 現れたのは狼より一回り大きい生物、おそらくウルフだろう。

 よだれを垂らしながらこっちを見ているから、獲物認定されたに違いない。


 出てくるなら最弱っぽいゴブリンとかスライムにしてほしい。

 スピードタイプのウルフと初戦なんて厄介だ。


 どうしよう、街に着いてないから武器もない。

 おまけに若返っているから、筋力も弱く体力もない。

 ……元からそんなものはないけど。


 倒せはしなくても、追い返せる方法があるとすれば『醤油』だ。

 異世界に来て1時間もしないうちに、命をかけた戦いをすることになるなんて。


 しかも武器は醤油。なんだよ、この展開は。

 32万の強靭なメンタルが早くも揺らいでいるぞ。


 ウルフは「ガルルル」と威嚇しながら近寄ってくる。


 自慢じゃないけど、今まで武道やスポーツは完全に避けてきた。

 誰かを殴ったことすらない。

 ネット掲示板やSNSで誰かを叩いたこともない。

 そう、超絶ヘタレビビリとは僕のことだ。


 だから、ウルフとか超怖いんですけど。

 本当に精神32万もちゃんとあるんですか?


 でも、そんなことを言っていられない。

 至近距離まで近寄られたら、ウルフに飛びつかれて一瞬でやられると思う。

 遠距離で醤油攻撃をして、近寄らせないように戦う作戦でいこう。


 ……醤油で攻撃とか、自分でなに言ってるかわからないけど。


 現実ってやつは残酷だな。

 異世界転移したら剣や槍、魔法で戦うとばかり思ってた。

 それなのに、転移してみれば武器は『醤油』だ。


 まったく。笑えないぜ。


 よだれを垂らしながら近付いて来るウルフを見て、少し変なことを思ってしまった。

 醤油だけじゃ香りが飽きそう、ソースにした方がいいとか意味不明なことしか考えられなくなってしまったんだ。


「くらえ! ソースビーム!」


 ドバーーーーッ


 サッ


 ウルフはサイドステップで華麗にかわす。


 よし、本当にソースも出せた。

 なかなか良い香りだ、でも僕は醤油派。


 ……食べなければ醤油もソースもただの黒い液体じゃないか、クソッ!


「醤油ビーム! 醤油ビーム! ソースビーム! 醤油ビーム!」


 ドバーーーーッ サッ

 ドバーーーーッ サッ

 ドバーーーーッ サッ

 ドバーーーーッ サッ


「なかなかできるウルフだな」


 どうしたらいいのかわからないけど、とにかくウルフにビビって醤油を巻き散らす。

 32万の強靭な精神がまったく役に立たない、もう少し冷静になりたい。


 すると願いが叶ったのか、辺りの異変に気付く。


 まるで漆黒の闇が大地を覆うかのように、辺りが黒く染まっていた。

 このウルフはダークウルフとかブラックウルフとか、上位種の存在なのかもしれない。

 闇魔法が来るかもしれないから、影に注意しよう。


 ……あっ、醤油とソースのせいか。


「「 ……… 」」


 気を取り直そう、冷静に分析することは大切だ。

 ウルフは初めて見る醤油とソースに警戒していることがわかる。

 僕の周りを歩いて様子を見てるからね。


 鼻をヒクヒクさせて歩く姿は嫌がっているんだろう。

 『こいつめっちゃニオイのする液体出してくるじゃん』と。

 嗅覚の鋭いウルフにとっては、大量に出された醤油とソースのニオイがきついんだろう。


 でも、今は生きるか死ぬかの命を懸けた戦いをしているんだ。

 手加減するつもりはない。


 醤油とソースで戦ってるけど今はシリアスな場面だ、それだけは補足しておきたい。


 ん? それだけウルフはニオイを感知しているってことだよね。

 このまま醤油とソースで戦っていたら、ニオイが広がり続けて他にも魔物がやってくるかもしれない。


 もう1匹ウルフが来るだけでもかなりマズイことになる。

 1体でも苦戦しているのに、2体になって挟み撃ちにされたら、間違いなく殺されるぞ。


 せっかく異世界に来たのに、醤油を出しただけで死ぬなんて嫌だ。

 まだ醤油で環境破壊しかしていない!


 遠距離で倒す予定だったけど、変更だ。

 近距離で醤油をぶつけて倒すことにしよう。


 つまり、ウルフが飛び掛かってきたところを狙う。

 カウンター醤油でぶっ飛ばそう。


 それに確実に1回のチャンスで仕留めたい。

 長期戦じゃなくて、短期戦で一気にケリをつけよう。


 とはいっても、武器は醤油とソース。

 醤油の威力を向上させるなら、圧縮して放出するべきだろう。


 ギュッと圧縮するようなイメージ……、

 まるでビームのような醤油……、

 レーザーのような醤油……。


 その時、警戒していたウルフがシビレを切らし、ついに飛び掛かってきた!


 僕は焦らずに引き付ける。

 まだだ………。

 まだ……。

 もう少しだけ……、今だ!


 圧縮していた醤油を解き放つ!


「醤油ビーム!」


 ブシューーーーッ


 ドンッ


 圧縮した醤油は先ほどより遥かに早く、ウルフは避けることができなかった。

 眉間に直撃した醤油に吹き飛ばされ、その勢いのまま森の木へと激突して、動かなくなる。


「か、勝ったか? いや、フラグじゃないけど」


 ウルフが動かないことを遠目で確認しながら近付いていく。

 近くに来てもピクリとも動かない。

 間違いなく倒したんだろう。


 ウルフをアイテムボックスにしまうことにする。


「思っている通りのスキルなら……」


 ウルフは目の前からパッと消えた。

 出そうと思えばウルフがパッと出てくる。

 便利なスキルだ、重さも疲れも感じない。


 しかも、ちょっと楽しい。

 スキルが嬉しいから楽しく感じるんだろう。

 アイテムボックスから出したり入れたりを繰り返して、少しだけ遊ぼうと思う。


 パッと出してはパッと消す。


 パッ パッ パッ パッ パッ パッ


 しまった! ウルフを出し入れしすぎた。

 地面の醤油に触れてしまい、ウルフが醤油まみれになった。

 クソッ、せっかくの戦利品が『ウルフの醤油漬け』に。

 32歳にもなって、なんてバカなことをやってしまったんだ。


 これ売れるよね? ちゃんと売れるよね?

 価値が下がらないことを祈るよ。

 やってしまったものは仕方ないんだ。


 それにしても、


「めっちゃソースと醤油臭い」


 周りを見渡せば、街道は漆黒の液体で染められている。

 醤油とソースの水たまりが至る所にある。

 近くの草木も醤油とソースでめちゃくちゃだ。


 うん、何も見なかったことにしよう。忘れよう。

 気にしたら負けだ、どっちみち僕にどうにかできる状態じゃない。



 こうして異世界初戦闘を無事に乗り越えた。

 また戦闘にならないように足早に街道を進む、異世界の街を目指して。



 早く雨が降って地面を洗い流してください、よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る