第189話:口に出す勇気はありません
- 2日後 -
昨夜も寝かせてくれなかったリーンベルさんが、ギルドへ出勤するところを見送った後、僕は仮眠を取ることにした。
激しい夜が繰り広げられたわけではない。
リーンベルさんに弄ばれて、言葉責めをされただけ。
向かい合って話すだけなのに、なぜ僕はあれほど興奮してしまうんだろうか。
リーンベルさんも喜んでくれているみたいだから、それはそれでありがたいことだけど。
スーッと意識が落ちるように眠る瞬間、庭から机を用意する音が聞こえて妨害される。
古代竜の散策へ向かう約束をしていた
予定の時間よりも早い気がするけど、うちで朝ごはんを食べようと考えたに違いない。
仕方なく仮眠を諦めて庭へ行くと、食べる準備万端で箸を持つ
アイテムボックスの中に入っている料理を取り出し、朝ごはんを用意してあげる。
馬車の中でゆっくりできると思うから、このまま寝ないで起きていることにしよう。
朝ごはんが終わると、スズが手配してくれた馬車を使って、ザックさんの運転でフリージアから出発していく。
馬車に乗るのは、王女であるフィオナさんと、食糧庫のような存在である僕。
今回はそこに、シロップさんも加わることになった。
いつ転移するかわからないエステルさんに注意するため、ニオイで感情を読み取るという離れ業を持つシロップさんが車内の護衛を担当する。
もしものことがあったら、僕も体を張って守るつもりだよ。
フィオナさんの膝の上に座ることで、前からの攻撃を守る防御壁となるんだ。
ただの欲望に満ち溢れた行動だけど、僕にしかできない大切な任務さ。
そんな正当な理由があったとしても、車内は少しおかしなことになっている。
フィオナさんが僕を膝に座らせたままハグをして、頭のニオイをスーハースーハーをする。
隣に座るシロップさんは僕の胸のニオイを嗅ぎ、クンカクンカをする。
唐突に現れたシロップさんの頭を、僕がクンクンとニオイを嗅ぐ。
つまり、僕は2人の女性にニオイを嗅がれ、シロップさんの頭のニオイを嗅いでいる。
目的のわからないタダのニオイフェチ集団だ。
残りのメンバーは護衛として、馬車の周りを歩いてくれているよ。
当然、要注意人物のエステルさんと犬猿の仲であるリリアさんは距離を離したまま。
随分とこちょこちょを嫌がっているから、転移して強襲してこないと思うけど、一国の王女が一緒のため、警戒するのは仕方がない。
- そんなこんなで幸せな時間を過ごすこと、4日 -
エステルさんの誘導に従い、とある場所までやって来た。
フェンネル王国と砂漠の国デザートローズの国境、大きな亀裂のような崖を結んでいた橋の下。
遠回りしないと進めなかったこともあり、まだ真下とは言えないと思うけどね。
精霊獣チョロチョロと古代竜が壊した橋の残骸も、周囲には見当たらないし。
上空を見上げれば、地上までかなりの距離があることがわかる。
不思議と太陽の光はしっかり届いていて、崖の下でも充分に明るい。
ここは森のような場所が多く、誰も立ち入らないエリアなんだろう。
木々が生い茂っていて、人が住めるような雰囲気じゃないから。
橋の下とはいえ国境付近のため、魔物の強さもそれなりに強くなっている。
初心者の街で有名なフリージアでは、Dランク以上の魔物が出ることはない。
それなのに、この場所では平気でCランクの魔物が出てくる。
初めて見るようなミノタウロスまでいるから、明らかに異質な空間と言えるだろう。
順調に森の中を進んでいくと、森を抜けた先にはまた違う森があった。
崖の下にやって来て、すでに3つの森を抜けている。
いつまで経っても、森と魔物しかないような状態。
本当にこっちで合っているのか疑問に思えてくるよ。
エステルさんが騙しているわけはないと思うんだけど……。
そう思って森へ入ろうとすると、大きな変化があった。
今までは馬車も通れるような木々の間隔が広い森。
でも、今回は木々が密集していて、馬車では通れないような狭い森だったんだ。
「エステルさん、目的地まではまだ遠いんですか? 随分と奥深くまで来たように思いますけど」
「いや、この森の中にいると思う。スノーウルフの森と同じように、結界が貼られている不思議な森だ」
妖精の住む森はそういう仕組みになっているのかもしれないな。
それなら、古代竜がここにいる可能性は高い。
「暴れ馬の二つ名持ちにしては、随分と繊細な感覚を持っているんだな。俺は全く何も感じないぞ」
エステルさんが魔力を感じる体質ということは、ここにいるメンバーはスズとフィオナさん以外に知らない。
2人は我が家で話し合いをした時に、僕が話しているからね。
本人が隠していることだから、他に言いふらすつもりはないけど。
「エステルさん、一応伝えておきますが……」
「わかっている、古代竜を見ても戦いを挑まない。だから、あれだけはやめてくれ」
随分と素直な暴れ馬になってくれて嬉しいですよ。
「まっ、本当に古代竜がいたらシャレにならないけどな。こんな何もない辺境地に来たのは俺達も初めてだが、ドラゴンは森にいないと思うぞ。今までドラゴンが森にいた経験は1度もない。その辺りはリリアの方が詳しい……おい、リリア、何やってんだ?」
カイルさんの声でリリアさんの方を向くと、森の入り口付近にある石を触っていた。
大人の男性が座って休めそうな、何の変哲もない石に見える。
「………別に」
本当に何もしていなかったんだろう。
普通に歩いてこっちへ戻ってきた。
「詮索しないようになっているが、フィオナも行くんだろ? それなら、護衛の隊列を組み直すぞ。ランクの高い魔物が出てくるような森の護衛は、なかなかハードなものになるからな」
さすがにフィオナさんが一緒に行く理由は思い浮かばなかった。
そのため、国王の権力で詮索しないようにさせる以外に道はなく、曖昧な形で誤魔化すことにした。
結局、馬車を守るためにザックさんが残ることになり、ホットドッグを中心にごはんを渡してあげた。
どれくらい時間がかかるかわからないから、一応3食分は渡しておく。
森へ進む隊列は『スズ・エステルさん』を先頭にして、『僕とフィオナさん』が続いて歩く。
すぐ後ろに『カイルさん・リリアさん・シロップさん』が挟み込むような形で、護衛してもらうことになった。
高ランク冒険者に挟まれている以上、どんなことが起こっても安全だろう。
フィオナさんにビビりだと思われないように、胸を張って進んでいくべきだ。
- 堂々と歩き進めること、10分 -
フィオナさんのペースに合わせてゆっくり歩いているけど、早くも少し開けた場所にたどり着く。
魔物が襲ってくるような様子はないし、エステルさんの言う通り、今までとは少し違う森に感じる。
スノーウルフの森と同じように、魔物が襲い掛かってくる気配がないんだ。
もしかしたら、ここの魔物も古代竜が統率しているのかもしれないな。
「待て」
背後から声が聞こえて立ち止まると、リリアさんだけが少し後ろで佇んでいた。
武器を構えているから、近くに魔物の気配を感じたのかもしれない。
スズやカイルさん達も気を引き締めて、戦闘準備を取り始める。
「クッキー」
口数が少ないリリアさんだから、クッキーが欲しいだけなのか、クッキーが必要なほどの魔物が接近しているのか判断できない。
すぐにリリアさんの元へ駆けつけ、クッキーを手渡すと、すぐに食べ始めた。
そして、瞬時に魔法を展開し、氷の牢獄を作り出していく。
同じ仲間であるはずの、僕以外のパーティメンバーに向けて。
当然、混乱状態に陥ったカイルさんはアタフタするし、フィオナさんも驚きを隠せていない。
スズはエステルさんを落ち着かせるように手で制し、シロップさんは呑気に僕へ手を振ってくる。
「お、おい、リリア、どうした? いくら帝国が嫌いでも、俺達ごと閉じ込める必要はないだろう。今回は暴れ馬だって、大人しく過ごしてだな……」
「うるさい! クソガキが! 黙って武器でも磨いてろ!」
唐突にキレる人間ほど怖い者はない。
普段口数が少ないクールな人間だったら、なおさらのこと。
思わず、パーティのリーダーであるカイルさんが半泣きになる中、外界と遮断するように氷の牢獄が完成してしまう。
辺境の森の中で仲間と分断され、クッキーでステータスを強化したリリアさんと2人きり。
氷の牢獄の中にいる全員が力を合わせても、ステータスを強化できない時点で、リリアさんの魔法は壊せないだろう。
森の外にいるザックさんが助けに来る可能性もない。
醤油戦士、絶体絶命のピンチである。
この辺りの魔物は、僕が対処できる領域を超えている。
仲間を閉じ込めたリリアさんが僕を守るはずもないし、いつ攻撃されてもおかしくはない。
どういうつもりかわからないけど、ここは説得して切り抜けるしか……。
「あの~、リリアさん、いったいどうしt……」
「うるさい! ガキは黙っておっぱいでも飲んでろ!!」
怒り狂うリリアさんを見て、僕は思った。
氷の牢獄で仲間が閉じ込められたいま、おっぱいを提供できる女性はリリアさんだけ。
もしかして、『黙って私のおっぱいを飲め!』という意味なんだろうか。
服を脱がせるのは難易度が高いので、できたら誘導していただけると助かるんですけど。
めちゃくちゃ怖いから、口に出す勇気はありませんが。
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