第190話:予期せぬ存在

 最近僕は存在感が薄くなり、空気のようになっていることが多い。

 元々存在感のあるタイプではないし、弱すぎて相手にされなくてもおかしくはない。


 食事の時以外は。


 リリアさんが作った氷の牢獄は、完全に内側と外側を遮断しているみたいだ。

 中の声や音は一切聞こえてこないし、こちらから中の様子を見ることはできない。


 さて、どうしたものか……。


 存在が空気な僕にリリアさんが気を使うこともないので、ブツブツ呟いていることに耳を澄ませて聞いてみる。

 すると、「なぜ作動しない」「起動していただろ」と言っていた。


 明らかにリリアさんは計画的に何かをしようとしていたことがわかる。

 でも、同じパーティであるカイルさんが初めて来る場所に、予めリリアさんだけが訪れることは考えにくい。

 ましてや、近辺は人が住んでいない遠方の土地だから、依頼で来ることもないはず。


 それなのに、ここでおとしいれようとしていた。

 人目のない場所で暗殺するなら、証拠に残らない絶好の場所だとは思う。

 仮に自分だけが街へ帰ったとしても、フェンネル王国を守った英雄が1人しか帰還しないほど、古代竜は強かったと言い逃れもできる。


 可能性として高いのは、フィオナさんの命を奪うこと。

 王族の信頼を勝ち取り、絶好の機会が来るまで身を潜めていたんだ。


 帝国のエステルさんと仲が悪いなら、帝国の人間ではないはず。

 フェンネル王国と仲が悪いドワーフ……には見えない。


 もしかして、ダークエルフの仲間?!

 ……だったら、王都のスタンピードで寝込むほどの魔法を使って、国を救うこともないか。

 そもそも、フィオナさんを含めた王族や不死鳥フェニックスの命を狙っているなら、王都のスタンピードで裏切っているはずだ。


 なんだろう、リリアさんの行動に矛盾を感じてしまう。

 エステルさんを倒したかったとしても、仲間と敵対するほどのことじゃない。

 まだ誰の命も奪うことなく、1人で悩み続けている。


 ここに来た理由は1つ、古代竜の捜索だ。

 森に結界が貼ってあることを考えると、彼女は古代竜に仕える姫巫女のような存在かもしれない。

 それであれば、森に詳しくて『作動しない』という言葉にも納得できる。


 確かカイルさんが話している時、1人だけ森の入り口で石を触って何かをしていたな。

 平然とした顔をしていたけど、あの時に罠の作動を確認していたんだろう。

 でも、実際に森の中へ入ってみれば、罠は作動せずに奥へ進めてしまった。


 つまり、この開けた場所には本来立ち入ることができないんだ。


 なぜここまでして古代竜と会わせたくないのか、全くわからない。

 さっきも無闇に古代竜へ攻撃しないように注意したばかりで、敵対する意思をないと伝えたはずなのに。


 もしかして、精霊獣と騒ぎ過ぎたときにヒドイ怪我をしたのか。


「あの~、古代竜様の怪我は大丈夫ですか?」


「古代竜のことなんて知るわけがないだろ! いいから黙ってろ、ガキと話してる時間はないんだよ!」


 醤油戦士、痛恨の推理ミス。

 怒られてばかりで悲しくなってきた。


 いや、落ち込んでいる場合じゃない。

 僕と敵対するつもりはないみたいだから、完全に外れているわけでもないはず。


 もう少し冷静になって考えよう。


 仲間を裏切るつもりもなかったのに、森で仲間と敵対してしまった理由。

 結界が貼られた森で作動しない罠。

 パーティメンバーが初めて来る見知らぬ土地で、近隣に人が住まない場所。


 うーん……サッパリわからない。

 このままリリアさんを待っているわけにもいかないんだけど……。


 そんなことを考えていると、不思議な光景を目の当たりにした。

 イライラしたリリアさんが、帽子の上から頭を掻きむしるような仕草を見せたんだ。

 普通は両手で髪の毛がグシャグシャになるように取り乱すだろう。


 でも、リリアさんは違う。

 左手で帽子をしっかりと押さえ付け、右手だけで掻きむしるような動作をしていたんだ。

 絶対に帽子を外さないような、強い意志が感じ取れる。


 もしかしたら……。


「リリアさん、考え事をする時は帽子を外した方がいいですよ。頭が締め付けられると、脳に血液が循環しないですし」


 ビクッと反応するリリアさんを見て、僕の考えが確信へと変わっていく。

 怒っているような雰囲気から一転、警戒するように僕と向き合い始めた。


「いいんだよ、帽子を被っている方が落ち着く」


 前々から不思議に思っていたことがあるんだ。

 それは、リリアさんは常に帽子を被り続けていること。

 王都のスタンピードで寝込んでいる時でさえ、帽子を被ったまま看病されていた。


 確かあの時は、『地形を変えるほどの精霊魔法でも生き残った強化オーガを、リリアさんが大魔法で跡形もなく討伐した』と、フィオナさんが言っていたな。

 リリアさんってすごいだなーとしか思わなかったけど、よく考えれば不自然なことだろう。


 不死鳥フェニックスは優秀な冒険者だけど、相手は精霊魔法を耐え抜くような魔物だぞ。

 ステータスを3倍に強化したとしても、普通の魔法で消滅させることはできないはず。


 普通の魔法では……ね。

 たとえば、一部の種族にしか伝わらない古代魔法や、特別な力を解放したとか。


 エステルさんやマールさんが近くにいたから聞けてないけど、スズとシロップさんは人探しをしていたはず。

 フリージアへ戻ってきたことを考えれば、目的の人物が見つかっていることになる。

 偶然、不死鳥フェニックスが一緒に来たと思っていたけど、そうじゃなかったとしたら。





 もし、シロップさんが不死鳥フェニックスを連れて戻ってきたのなら、3人のうちの誰かがエルフになる。




 シロップさんは言っていた、友達のエルフなら行動範囲を知っている、と。

 フェンネル王国を中心に活動していた元パーティメンバーだったら、活動範囲も把握していて当然だろう。


 なぜか氷の牢獄に閉じ込められる時に手を振ってきたし。

 スズも転移で逃げられそうなエステルさんを制止させ、わざわざ氷の牢獄の中に引き留めている。


 2人は途中で気付いたに違いない。

 ここがエルフの隠れ住む森であるということに。


 リリアさんが帝国を嫌うのも、同族を帝国に殺されてしまったから。

 帽子を被り続けているのも、人族にエルフ耳が見えないようにするため。

 僕達を裏切ってまで対立しようとしているのは、この先にエルフの集落があるからだろう。


 そして、リリアさんが危険を冒してまで人族に紛れて活動する理由。

 おそらく……、ハイエルフを見付けて森へ帰還すること。


「リリアさん、エルフだったんですね」


「エルフと名乗ったつもりはない。私は帽子が好きなだけだ」


「別に帽子が好きか聞いていませんよ。それに、ずっと耳を隠しているのは事実ですし、そこまで警戒されたらエルフと言っているようなものです。僕はエルフが好きですから、敵対するつもりはありません」


 隠せないと思ったのか、リリアさんは大きな溜息を吐いた。

 そして、警戒を解くことなく帽子に手をかける。


 ゆっくりと頭から帽子が離れていくと、そこにはエルフの象徴ともいえる『尖った耳』があった。

 長時間帽子を被り続けたことで付いたペタンコの髪を直すように、手で髪の毛をバサバサと動かしている。


「今までバレたことはなかったんだがな」


「こんなことにならなければ、僕も気付きませんでした。そういえば、獣王が言ってましたよ。知り合いのエルフが10年ほどやって来ないって。今年のいも祭りの料理は僕が担当しましたけど、来年はすでにコロッケで決まりました。たまには顔を出してあげたらどうですか?」


「こっちも事情があるんだよ。本格的に笑えない状態になってきたからな。それに、私はワンワン吠える奴が苦手だ。あいつらは必要以上に近寄って来やがる」


「獣人らしくていいじゃないですか。それに、フェンネル王国はエルフに友好的なんですから、フィオナさんには正体を明かしてもよかったんじゃないですか? 国王は誤魔化すのが下手なので、言わない方がいいと思いますが」


「バカを言うな、エルフだと知られるわけにはいかない。もし誰かに聞かれれば、エルフが生きていると人族の間で広まってしまうからな」


「とは言っても、フェンネル王国の王族はハイエルフの末裔だと知っていますよね? フィオナさんがリリアさんを悪く扱うことはありませんよ。僕の婚約者はしっかりとした王女様ですから」


 きっと調子に乗り過ぎてしまったんだろう。

 リリアさんの警戒心が格段に上昇し、完全に殺意のような目線で見下ろしてきた。


 僕に武器を向け、いつでも魔法を使えるように戦闘態勢を取っている。


「王女と婚約するからと言って、そんなことまで話すのは正気とは思えないな。

 言わなくて正解だったよ。子供とはいえ、頭の回る奴は扱いに困る。あいつらを追い出すことより、お前の対処をどうするべきか問題になってきた」


 今しかない、僕はそう思った。

 緊迫感のあるこの状態を制すため、ハイエルフであることを告げるべきだ。


 エルフが探し求めた至宝ともいえる存在、ハイエルフ。

 好感度を爆上げして、リリアさんにもよく思われたい。

 目付きが鋭くて怖いけど、そういう人も大好きだ。


 もはや、エルフという時点で大好きだ!

 経験豊富な大人のお姉さんに弄ばれたい!


 無駄にカッコつけるため、ドヤ顔をしながらリリアさんに右手を突き出す。

 戦闘が始まりそうなほど緊張感が高まり、無駄にカッコつけて威嚇してしまったことを、早くも後悔をした。


 今日ほど女性に見下ろされて、チビりそうと思ったことはない。


「ほ、本当は頭が回るようなタイプではありませんから、攻撃はやめてください。ただ、扱いについては簡単です。これを見てもらえればねっ!!」


 再び自信を取り戻すようにドヤ顔を見せ付け、ステータスを表示させた。

 思わず絶句してしまい、リリアさんが見とれてしまうのも無理はない。


 あなたが探し続けてきた人物は、目の前にいる僕なんですから。


「お前、相当ヤバイ奴だったんだな。本当にフィオナはこんなやつを婚約者に選んだのか。フェンネル王国も……もう終わりだな」


 思っていた反応と違うため、自分のステータスを確認する。

 その瞬間、称号の異変に気付いてしまう。



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【称号】

 悲しみの魔法使い、初心な心、パティシエ、クッキーの神様、ニンジンの神様

 ヘタレキング new!

 童貞キング new!

 ばぶみの目覚め new!

 ロリコンの目覚め new!

 飯テロする者 new!

 パンツ博士 new!

 待ち続ける男 new!

 ド変態 new!

 知覚過敏(体) new!

 スパン・キング new!


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 なんだよ、このクソみたいな称号は!

 何1つ間違ったことはないけど、ただのド変態じゃないか!

 ちょっとステータスを確認しないうちに好き放題しやがって!


 10歳の子供が称号をもらうほどの性癖を持っているなんて、とんでもなく恥ずかしいステータスを知られてしまった!


「あぁぁぁ! ち、違います! 称号は見ないでー! 見ちゃやだー! それより、種族、見てほしいのは種族です!」


「見るなと言われてもな。これだけ称号がnewと書かれていたら普通は見るだろう。別に種族なんか見る必要もないs……」


 武器を構えていたリリアさんの手が、ワナワナと震え始める。

 口を大きく開けて、信じられないと驚いているような表情をした。


 そうですよ、そういうリアクションを求めていたんです。

 変態に驚かれても困りますよ。


 さぁ、もう気付いてしまいましたよね。

 僕がハイエルフだということに!


「嘘だろ……。探し求めていたハイエルフが……スパン・キングなんて!」


「称号は忘れてくださいよ! それに、僕はまだお尻を叩かれたことありませんからね!」

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