第191話:体育座り

 ハイエルフが極度の変態と知り、落ち込んだリリアさんを励ますという謎のイベントが発生した。


 イケメンじゃない僕はうまく励ますことができない。

 だから、アイスにチョコレートソースをかけて、餌付けすることにした。


 もう言わなくてもわかるだろう。

 目の色を変えたリリアさんが笑顔でアイスを食べていることを。


 帽子を取ったリリアさんの笑顔が、眩し過ぎてツラいよ。

 今まで抑えていた感情すら表情に現れて、美人のオーラがすごすぎるんだ。


「儚い夢のように溶けていくアイス、サクサクと甘みが広がるクッキー、なめらかな口どけのプリン。料理の腕だけはいいんだよなー」


 最低限の言葉しか発しない超無口キャラ、改め、鋭い目付きで毒舌を吐く美人エルフとキャラが変わってしまった。


「いつも無口でしたけど、普通に話せたんですね。エルフだということより、そっちの方が驚きですよ」


「生まれつき口が悪い自覚があって、人族の里では話さないようにしてんだよ。下手に話せば、喧嘩を売ってトラブルの元になるからな。エルフであることを隠す以上、物事を穏便に済ませたい。それに、うちにはおしゃべりなリーダーがいるから、余計なことを話す必要もない」


「そのおしゃべりなリーダーに、クソガキと言って黙らせたのはどうかと思いますよ。初めて見ましたからね、カイルさんが半泣きになるところ」


「仕方ないだろ、森の罠が作動しないなんて、予想できなかったんだよ。おそらくハイエルフであるタツヤに反応して、自動停止したはずだ。つまり、タツヤが私にハイエルフだと教えてなかったのが問題だった。私は悪くない、後でカイルに謝っておけよ」


 恐ろしいほど理不尽なエルフですね。

 そういう強気な姿勢、嫌いじゃないですけど。


「わかりました、リリアさんのスイーツを1か月禁止にする形で謝罪します」


「すまん、私が悪かった」


 いいんですよ、そういう素直なエルフさんも大好きですから。


「それで、古代竜とエルフは関係があるんですか?」


「わかりやすく言えば、仲の良い同盟国みたいなもんだな。暇潰しにエルフの森へ遊びに来たんだろう。敵意を向けなければ襲われることはない。まっ、実際に古代竜を前にしたら、戦いを挑もうとするようなバカな真似はできないだろうけど」


「元々戦闘する気はありませんよ。雪の都アングレカムで、スノーウルフキングという精霊獣と会ったんです。そこで古代竜が何か知っているかもしれないと思って、僕達はここまでやって来ただけで」


「あぁ、確かにそんな奴もいたっけ。確か名前は……ボロボロだ」


「チョロチョロです」


 色々と情報の共有を行うと、リリアさんは10年前からハイエルフの保護に向けて、里を離れたみたいだ。

 どこにいるのかわからず、誰にも相談することができない途方もない人探し。

 自分もエルフであることを隠すため、獣人国で冒険者登録をして、シロップさんと共に旅へ出ることにしたんだとか。


 以前、シロップさんは『フェンネル王国のニンジンの方がおいしくて里を出た』と言っていたけど、本当はエルフ族の為だったみたいだ。

 いくらシロップさんでも、ニンジンの良し悪しで将来を決めないよね。

 ………そうであったと信じたい。


 当然、途中でパーティを結成したカイルさんとザックさんは、リリアさんがエルフであることを知らない。

 10年間も帽子を取らずに過ごす仲間に、違和感を覚えなかったんだろうか。


 あの2人のことだから、リリアさんは異様に帽子が好き、と思っている気がする。


 僕はリリアさんに神獣のことを話して、このまま進むことを提案した。

 最初は関係のない者までエルフの里へ案内することを拒んでいたけど、ステータスのハイエルフの部分を見せ付けて説得。

 大きなため息を漏らしたリリアさんは、『なるようになるかー』みたいな諦めるような顔になった。


 まぁ、そこまで難しく考える必要はないと思うけどね。


 カイルさんは真実を知っても、今までと同じ付き合い方をしてくれるだろう。

 僕のスキルのことも隠してくれているから、同じパーティメンバーであるリリアさんを見捨てるはずがない。


 エステルさんに至っては、歴史の真実を話し、この先の光景を目の当たりにさせた方がいいだろう。

 幸いなことに、僕の料理がおいしくて帝国の洗脳が切れかかってるからね。

 正義感の強い彼女は、道を踏み外さないと思っている。


 帽子を取ってエルフ耳を見せたまま、リリアさんは氷の牢獄を解除した。

 すると、シロップさんがスーッと移動して、エステルさんの首根っこをつかむ。


 友達のリリアさんの安全を確保するため、エステルさんを素早く対処したんだ。

 もう少し遅かったら、撃退魔法『こちょこちょ』を使うところだったよ。


 フィオナさんがエルフ耳に目を奪われてポカーンとする中、スズはエルフ耳を難しい顔で眺めていた。

 両想いの僕にはわかる、1度でいいからエルフ耳を甘噛みしてみたい、という気持ちなんだろう。

 最近は僕の耳も甘噛みしてくれないのに、耳の浮気は許しませんよ。


 家に帰ったら、お願いしますね。


 端っこで体育座りして落ち込むカイルさんにリリアさんが近付き、「おう、すまんな」と、軽い感じで謝罪した。

 エルフだということに気付いたカイルさんは、言葉を発することができないほど固まってしまう。

 背中をリリアさんにバシバシ叩かれても、微動だにしないほど。


 当然のように暴れまわるエステルさんを、シロップさんが間接技で押さえ込んでいたので、僕はゆっくりと耳元へ近付いていく。


「お仕置きが欲しいんですか? 今なら特別サービスで、前回の7割り増しでいいですよ」


 自分の出せるできるだけ低い声で脅した。

 こちょこちょいっぱいしますよ、と言ってるだけに過ぎないけど。


「い、いや、すみません。あの、でも、あれ、エルフなんですけど」


 世界の秩序を最優先にしていたエステルさんは、もういない。

 暴れ馬の二つ名を持つ彼女は、こちょこちょに怯えきった可愛い女の子。

 醤油戦士にお伺いをたてないと、宿敵すら倒さないのだ。


「リリアさんは世界を壊すような人ではありません。それに、少し聞いてもらいたい話もあります。カイルさんもこっちに来てもらってもいいですか? ……カイルさん?」


 仲間がエルフだったことに受け入れられな……、いや、リリアさんにクソガキとキレられたことに落ち込んでいるな。

 生気のないような顔で僕を見つめてこないでくれ。


 結局、カイルさんは自分で動く気力がないみたいで、リリアさんがズリズリと引きずって持ってきてくれた。

 そして、僕はこの世界の正しい歴史について話していく。


「過去の戦争の話になるんですが……」





 フェンネル王国の国王から聞いた歴史を伝えても、カイルさんは変わらなかった。

 体育座りをしたまま、僕をじっと見つめてくる。


 でも、エステルさんは違う。


「そんな証拠がどこにある。フェンネル王国はエルフに騙されているだけだ。放っておけば、足元をすくわれるぞ」


 2,000年前に起きた戦争の事実だけなら、帝国が悪いという話にはならない。

 その後にエルフを恨み、命を奪ったということが問題ではあるけど。


「リリアさんは自分の身を犠牲にして、フェンネル王国を守った英雄ですよ。何週間も寝込むほどの力を振り絞らなければ、フェンネル王国に住む人間は亡くなっています。完全に国が消滅するレベルで、です」


 国王が大々的に発表したこともあり、帝国にも情報は入っているんだろう。

 エステルさんは苦虫を噛むような表情をしている。


 必死に否定したくても、僕達は王族が証明する形で活躍が認められている。

 人から人へ伝わる噂のようなレベルではなく、国が承認しているため、エルフ族であるリリアさんが国を守った事実は変わらない。


「帝国は、世界の秩序を正す国だ。エルフという悪魔を生かしておくわけには……」


「あの時の強化オーガは、精霊魔法も効かない魔物だったそうです。災害級を凌ぐ魔物を討伐した彼女は、世界を守ったと言い換えることもできると思います。そんな人を悪魔と呼んで殺そうとするのは、おかしいと思いませんか?」


「だが! だが……」


「スノーウルフの森で出会った神々しい魔物だって、討伐しなくても悪さをしてませんよね? 全ての人間に善悪が存在するのと同じで、エルフに善人がいてもおかしくはありません。もう少しエルフのことを知ったうえで、判断してもいいんじゃないですか?」


「………」


 押さえ込んでいたシロップさんも、もういいと思ったんだろう。

 彼女を立たせてあげて、手を離した。


 エステルさんは頑固だけど、悪い人じゃない。

 真面目過ぎるうえに視野が狭すぎるため、勘違いをすることが多いだけ。


 でも、エステルさんも薄々気付いているんだろう。

 わざわざ僕が嘘を付く必要はないし、魔物だから悪いという認識も薄くなっているはず。

 精霊獣チョロチョロも暴れていないし、古代竜も人を襲った情報は一つもなかった。


 何より、エルフのリリアさんが国を救っているという事実は大きい。


 話し合いがまとまったところで、僕達はリリアさんを先頭にして森へ進んでいくにした。

 エルフの里がある、結界の貼られた森の中を。


「あっ、カイルさん! いつまで体育座りしてるんですか? 置いていきますよ!」

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