第192話:誰もが恐れる古代竜

- リリアさんの案内で歩き進めていくこと、10分 -


 エルフの里にたどり着いた。


 大きな樹木が立ち並ぶこの場所は、フリージアのような土魔法をベースにした家はない。

 ログハウスのような家もあれば、大きな樹の一部を改造して家にしているところもある。

 まだ遠すぎてエルフを見かけないけど、こんな辺境地に住んでいるとは。


 そのまま里へ入ろうとした瞬間、地面にスコンッと1本の槍が落ちてきた。

 そして、一瞬のうちに大量のエルフに囲まれてしまう。


 咄嗟に武器を構えようとしたエステルさんをスズが制す中、1人の綺麗な女性が前に出てきた。

 思い描いていた通りの美男美女が揃っていて、貧乳で悩む女性はいなさそうな種族。

 なお、前に出てきた女性が1番胸も前に出ている。


「リリア、人族を里へ入れるとは何事か!」


「うるさい、ババア! 里へ連れ込む理由があるんだよ」


「誰がババアだ、このクソババア! 私の方が誕生日は1日遅いことを忘れたのか?」


「ふんっ、器の小さいゲスババアだな。だから私より老けて見られるんだ」


 どうしよう、思っていたエルフと違う。

 美人の女性エルフなのに、とにかく口が悪い。


 周りの人も2人の言い合いを冷めた目で見てるから、この2人だけだと思う。

 いや、そうであってほしい。

 清楚な美人エルフの女性と知り合いになりたいんだ。


 緊張感の欠片もない口喧嘩が続くと、カイルさんの体が震え始めた。

 きっと口の悪すぎるリリアさんが怖くなってきたんだろう。

 今後の彼の冒険者生活と豆腐メンタルが心配だよ。


 リーダーなのに、打たれ弱すぎるぞ。

 今まで甘やかされて育ってきたんじゃないのか。


 甘やかされて許されるのは、残念ながら子供特権なんだけどね!


 謎のマウントを心の中で取ってカイルさんに勝ち誇っていると、1人のイケメンエルフが前に出てきた。

 彼が実質のエルフ部隊のリーダーに違いない。

 周りのエルフの顔付きが変わり、一気に緊張感が高まっていく。


「もうそろそろ人族を連れてきた理由を話してくれないか?」


 すごくまともな男が出てきたことに、今までにないほど心がホッとした。

 やっぱり他のエルフはまともな人だったんだ。

 たまたま口が悪いエルフを最初に見ただけで。


「あ? ハイエルフを連れてきたんだよ。クソババアの相手をしている暇はないし、クソジジイの相手をしている暇もない」


 取り囲んでいるエルフ部隊の顔から、冷や汗が流れ落ちていく。

 口の悪いリリアさんの言葉で、一触即発の空気へ変わってしまった。


「待て、俺はお前より200歳若いぞ」


「見た目の問題だ、どうみてもお前はジジイだろ」


 どうやらエルフは男女関係なく、全員が年齢に敏感らしい。

 見た目が美男美女で若く見えるだけに、何歳でも構わないという感情が生まれてくる。


 そして、エルフ達がどうでもいいことで揉めているため、珍しく僕は真面目モードに突入していた。

 もし僕が間違っているのなら、速やかに教えてほしい。


 年齢で争っている暇はないんじゃないのか?

 世界の危機に瀕したこの世界で、1番重要なのはハイエルフじゃないのか?

 どうしてエルフ部隊に囲まれ、3人の口喧嘩を見ている必要があるんだ?


 ただ1つだけいえるのは、リリアさんにとってカイルさんは本当にクソガキみたいな年齢だったということ。

 詳しく聞けないけど、リリアさんは何歳なんだろうか。



- 年齢に関わることで揉め続けること、20分 -



 切り込み隊長のスズが「いつまで続くの?」と聞いたことで、罵り合いが終了。

 リリアさんがコソコソと2人に話し、実質的なリーダーである、クソジジイ認定されたイケメンエルフだけが残った。


 カッコよく渋い声で「俺はエリクだ、ついてこい」と言っても、もうカッコいいとは思わない。

 年齢を気にするエルフの男より、勇気をもって声を掛けたスズの方がイケメンだと思うから。


 リリアさんとエリクさんのエルフコンビについていくと、里の外れへと案内されていく。


 住居のようなものはなく、建物がないような森。

 でも、歩きやすいように草木は手入れされていた。


 そんな中、信じられない光景を目の当たりにする。

 道を歩いていると、そーっと落石をどける古代竜が目の前に見えてきたんだ。

 面倒くさそうな顔で汗を流して働く、工事現場にいそうな巨大なドラゴン。


 全長は約10mで、小さな落石を優しくどける姿がもどかしい。

 踏みつけて粉砕してしまえば、楽に対処できると思うんだけど。


 僕達に気付いて振り向いた古代竜は、大きな片手を挙げて挨拶をしてくるフランクなタイプだ。


「おっ、手伝ってくれるのか?」


 古代竜に瓦礫がれき除去の手伝いを要求された件について。

 これはいったい、何のイベントだろうか?


「古代竜様、橋を崩したのはあなたですよ。いい加減にやる気を出して撤去してください」


 エリクさんに古代竜が怒られてしまった。


 両手の大きな人差し指をグリグリして、古代竜はめちゃくちゃいじけている。

 新鮮な感覚だよ、怖可愛こわかわいい。


 ゴブリン以下のステータスの僕は、常に格上の存在としか会わないため、基本的に感覚が麻痺しているんだろう。

 古代竜を見たとしても、「あぁ、強そうだなー」としか思わない。


 でも、多くの戦場を生き抜いてきた者達は違う。


 メンタル崩壊のカイルさんが白目を向いてビビリ、

 ニオイフェチのシロップさんは過呼吸のようにビビリ、

 イケメンであるスズは呼吸を止めてビビリ、

 大人しくなったエステルさんに至っては、ビシッと直立したままビビって全身を震わせている。


 王女であるフィオナさんに関しては、尋常じゃない冷や汗を流していた。

 ガタガタと震える姿が可愛かったので、僕はそっと手を握ってあげる。


 珍しくまともに働いている、32万という強靭な精神のファインプレイかもしれない。


 称号の【初心うぶな心】のせいで恋愛面だとボコボコだけど、初めて強靭なメンタルが役に立った気がするよ。

 なぜかフィオナさんが近くにいると、僕の中にある僅かな男らしいところが表に出てくることも影響しているんだろう。


 安心させるように手を繋いだ僕の姿を見て、また頼もしいと思ってくれたに違いない。


「壊すのは得意なんだが、掃除は苦手で……ん? この感覚は……ハイエルフだな。悪いが、掃除は後回しにさせてもらおう。世界樹に用があるんだろう?」


 薄々と世界樹へ案内されていると気付いていたけど、フランクな古代竜にアッサリと教えられてしまうとは。

 なお、みんなビビり過ぎて、古代竜が普通に話せることを突っ込む者はいない。


「少しだけにしてください。ちゃんと片付けないと怒りますよ」


「えー、わ、わかってるよー」


 古代竜の性格がちょっと可愛い。

 どうやらエリクさんに頭が上がらないみたいだ。


 何気ない形で仲間になったような古代竜と共に、再び歩き出していく。

 なぜか最後尾に付いてくることになった古代竜は、大きな翼で飛ばずにズシンッ! ズシンッ! と大地を揺らして歩いてくる。

 エルフであるリリアさんとエリクさんは気にしないけど、普通の人は違う。


 恐ろしいほどの強さを持っているであろうドラゴンに後ろを取られ、大きな足音で煽られてしまうのだ。

 ガタガタと体が震え、ズシンッ! と音がする度にビシッと背筋が伸びるほどビビっている。

 同じ側の手足が同時に出て歩く姿は、誰がどう見てもぎこちない。


 冒険者や帝国兵として、死地を切り抜けてきた4人はまだ耐えられると思う。

 でも、手を繋いでいるフィオナさんはただの王女様。

 恐怖が強すぎて、精神に異常がきたしてしまう可能性がある。


 ここは精神32万の醤油戦士に任せてほしい。

 僕の男らしい部分を見せ付け、更なるポイントアップを狙っていこうと思う。


 フィオナさんの手を繋いだまま立ち止まり、後方に首をねじって古代竜を見つめる。


「古代竜様、足音がうるさいですよ。地面が揺れるんで、空を飛んでください。あまり揺らしていると、さっき片付けたばかりの瓦礫も崩れますからね」


 普通に考えて、古代竜にこんなことを注文する奴はいない。

 すごい勢いでスズが僕の目の前へやって来て、大きなバツサインを送ってくるのも当然だろう。

 ダラダラと流れ出る冷や汗と、声も出せないほど焦るスズの姿はなかなか見れるものではなかった。


 でも、僕は気付いている。

 古代竜は取っつきやすい性格で、これくらいがちょうどいいはず。


「えー、まじー? じゃあ飛ぶー。せっかく飛ぶなら、先に行っちゃおうかなー」


 バサッと飛び立っていく姿を見て、僕は確信した。

 あの竜、絶対に良い竜だ。


 何が起こったのかわかっていないスズは、石化するようにバツサインのまま固まっていた。

 これはダメだなと思って、シロップさんに運んでもらおうと、前を向いた時だ。


 カイルさんの『お前すごい勇気あるじゃん! いつの間にカッコイイ男に生まれ変わったんだ!』という尊敬の眼差しが送られ、

 シロップさんからは『どうして古代竜に命令できたの~! すご~い!』という好印象をもらい、

 エステルさんに至っては『本当に災害級の魔物を倒したのはこいつかもしれない』という、疑問に満ちた視線が送られてきた。


 そんな中、ギュッと手を握ってくれたフィオナさんの視線は熱い。

 きっと彼女はこう言いたいだろう。


『タツヤさん、しゅきっ!!!!』

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