第193話:世界再生

 固まったスズを立ち直らせて歩くこと、5分。

 明らかに巨大な、見たこともない樹が見えてきた。


 樹の周りには自然豊かな青々とした草木が生い茂り、小川には綺麗な水が流れている。

 差し込む太陽の光がキラキラと輝かせ、幻想的な空間になっていた。

 先行した古代竜も樹の近くで休んでいる。


 そのまま距離を詰めていくと、誰もが神聖な空気に心を奪われているようだった。

 古代竜に緊張し続けていたのに、この場所に来ただけで一気に解きほぐれていくような不思議な感覚。

 同じ世界とは思えないような雰囲気に、心が良い意味で麻痺してきたんだろう。


 幻想的な風景を見ながら樹に近づいていくと、妙に違和感を覚える。


 大きな樹はどう見ても世界樹であり、この世界を守っている樹で間違いない。

 ただ、その根元でつるに囚われている老婆がいるんだ。

 養分を吸い取られてしまったような、悲惨な運命を遂げたような人。


 誰もが息を呑むような光景を前に、自然と足が止まってしまう。


「エリクさん、これが……世界樹、ですよね?」


「そうだ、この樹が世界樹であり、彼女が世界樹でもある。2,000年前から世界を支え続けておられる方、ハイエルフのセリーヌ=フェンネル様だ」


 老婆の名前を聞き、誰よりもフィオナさんが驚いた。

 当然といえば当然かもしれない。

 フェンネル王国の王女である彼女も、同じ名前を受け継いでいるから。


「フェンネル……。では、彼女が初代フェンネル王国の王女ですか?」


「あぁ、ダークエルフによる災害を鎮めた後、地上で30年過ごされたそうだ。その後、エルフの里で暮らしておられる」


 エリクさんの話を聞いて、僕は納得した。


 フェンネル王国で歴史を聞かされた時、おかしいと思っていたんだ。

 ハイエルフだというのに、人と同じような寿命で伝えられていたから。

 人じゃないことがバレないように、初代王女の死を偽造したに違いない。


 ただ、ここに来て1つだけ心配なことがある。

 彼女がハイエルフで樹の養分になっているとしたら、代わりは僕になる可能性が高い。


 異世界で良い思いをさせてもらっているけど、同じ運命を辿りたくはない。

 樹に寄生されるような生活を送るくらいなら、僕はここから逃げ出したいよ。


 もし、世界を守るためにエルフが大切に育ててくれるとしたら、少しは考えてもいいですけどね。

 女性エルフの皆さんによる献身的なサポートを約束してくれるのなら、世界樹の養分になることを受け入れます。


「本来なら世界樹と同化する必要はない。だが、1,000年前に誕生したハイエルフ様は帝国によって命を落としている。そのため、セリーヌ様が世界を守るために世界樹と同化してくださっているのだ」


 僕の妄想エルフハーレムライフが、一瞬で崩れ落ちてしまった。

 それと同時に、エステルさんは膝から崩れ落ちてしまう。


 神聖な場所にそびえ立つ大きな樹、長年生きる古代竜と交流のあるエルフ、老婆になってまで世界を支えようとするハイエルフ。

 彼女の中で、信じていた常識が崩壊し始めているに違いない。

 辛い感情が心の中を巡っていると思うけど、こればかりは仕方のないことだ。


 世界樹と同化する必要がないのなら、獣人国でハイエルフが世界樹と呼ばれていた、と言ったことにも納得ができる。

 エルフ達から、世界樹を管理する者という意味で、『世界樹様』と呼ぶ人もいるんだろう。


 それを考えれば、同化する1,000年前までは、獣人国と裏で色々交流があったのかもしれないな。

 現にリリアさんは最近まで獣人国へ……ん?


「あの~、リリアさんはハイエルフの直系ですか?」


「私の曾祖母が世界樹になっているセリーヌ婆だ。それがどうかしたのか?」


 マジか……じゃあ、フィオナさんとは遠い親戚みたいな感じになるのか。

 確かにリリアさんは美形な顔立ちだけど、性格も口調も全然違うじゃん。


 フェンネル王国の王妃様。

 フィオナさんをお淑やかに育ててくださり、本当にありがとうございます。


「いえ……何でもないですよ」


「おい、顔に出てるからな。クッキー100個で許してやる」


 助かった、ただのクッキー好きで。

 クッキーを要求してくるとこは可愛いと思うけど。


「ところで、誰がハイエルフなんだ?」


「あ、はい。僕です」


 エリクさん、そんなに驚かないで下さいよ。

 むしろ、ちょっと引いてませんか?

 まだ醤油もソース出していないのに。


 当然、僕がハイエルフだと知らなかったカイルさんとシロップさんも驚いている。


 もはや、雑魚モブのような存在になってしまったカイルさんは、「俺、どうしたらいいの?」と呟いて、なぜか急速に落ち込み始めた。

 きっと僕よりかは世界に必要とされる人間だと、心の中でマウントを取って精神を安定させていたんだ。

 それなのに、まさかの世界を守るエルフ寄りの人間だったのである。


 シロップさんに至っては、「これがハイエルフの香り……」と、ニオイの研究を始めた。

 クンクンと遠くからニオイを嗅いで、「女と男でハイエルフは香りが違う」と呟いている。

 おそらく、僕が異世界人で体の造りが違うから、ニオイが違うだけだと思うけど。


 そんな中、ゆっくりとリリアさんが僕に近付いて来ると、ポンッと優しく肩に手を置いてきた。


「説明もなしに連れてきて、悪かったとは思っている。だが、お前なら喜びの方が強いから気にするな」


 どういう意味ですか、リリアさん。

 エリクさんがさらに引きましたよ。


「とりあえず、今からハイエルフの儀式を行いたい。世界樹も後1年は持つと言われているが、ギリギリの状態だ。いったん私とタツヤだけにして、他は広場に戻っててくれ」


 なぜ2人になる必要があるんだろうか。

 ちょっと嫌な予感がする。


「それなりにリリアさんと付き合いはありますけど、ちょっと不安なんですが」


「心配するな、性別によってハイエルフの役目は違う。女のハイエルフは世界樹を支えることが役目で、男のハイエルフは魔力を集めて受け渡すことが役目。簡単にいえば、体の魔力を一部吸い取られるようなイメージだな」


 僕のMPは0だけど、森で反応してたなら大丈夫だと思う。

 精霊獣チョロチョロも魔力を感じ取っていたし、古代竜もさっきハイエルフだと判断してきたから。


 そして、僕の精霊魔力は心臓に封印されている。

 変態イベントが起こる度、体の内側で自然と生産されているに違いない。

 仮に足りなくなったとしても、スズとフィオナさんがいれば無尽蔵に製造できるから、何も問題はないだろう。


「わかりました、死なない程度でお願いします」


「当然だろ、私もクッキーが食べたいからな。ジジイ、変なやつも混じってるが世話になってる奴らだ。人族でも普通にもてなしてくれ」


「お、おう、リリアが言うなら……」


 正式なハイエルフの血統であるリリアさんは、エルフの中でも偉い立場になるんだろう。

 世界樹に関わる大事な儀式をするために、ハイエルフを探していたことにも納得だ。


 スズとフィオナさんは僕のことが気になるのか、何度か振り返りながら里の方へ歩いていった。

 ショックを隠し切れないエステルさんとカイルさんは、シロップさんが運んで行ったけど。


 みんなが里へ戻って、リリアさんと2人だけになると、今までにないほど深刻な顔で見つめてきた。


「いいか、これは大事な儀式だ。この世界が崩壊するか否かは、お前にかかっている」


「プレッシャーを与えないで下さい。ほ、本当に死なないですよね?」


「そんなことするくらいなら、森で誘拐してあいつらは置いてきた。敵対するようなことをするつもりはない」


 確かに、同じエルフからも反発されることを理解したうえで、僕達を案内してくれている。

 世界を守るとはいえ、殺すつもりがあれば里の入り口でそうしていただろう。


「こっちに来い」


 リリアさんが強引に手を引っ張り、僕を世界樹の方へ近付けていく。


 どうしよう、口調も目付きも厳しいのに、手を繋がれると【初心うぶな心】が反応してしまう。

 フィオナさんと手を繋いでいたばかりなのに、リリアさんにまでドキドキするなんて……。


 このままクッキーで餌付けして、尻に敷かれる生活を送りたい。

 いや、僕は何を考えているんだよ。

 スズもフィオナさんも、心配して広場まで向かっていったばかりなのに。


 クソッ、口調とは裏腹にリリアさんの手が温かくて困る。

 トラブルを避けるために普段は無口と言っていたけど、自分の厳しい口調で誰かを傷付けないために、無口キャラでいるのかもしれない。


 フェンネル王国では、命を犠牲にするかもしれない危険な魔法を使って、人々を守り抜いた。

 帝国の人間じゃなかったとしても、同族を殺した人族のために、身を犠牲にして守ったんだぞ。


 そして、エルフだとバレるリスクを負いながら、人族の里で冒険者活動を続け、世界のためにハイエルフを探し続けていた。


 なんて心優しい女性なんだろうか。

 かつてないほどのギャップ萌えで、心臓がマシンガンを打ち鳴らしてしまう。


 そんなことを考えている間に、つるに囚われている老婆の前へやって来た。


「いいか、これから大事なことを言うぞ」


 手を繋がれてドキドキしている僕は、『大事なこと=愛の告白』だと確信する。

 ついモジモジしてしまい、リリアさんの顔がまともに見れなくなっていた。


「な、なんですか?」


「ケツを出せ」


「は?」


 パッと手が離された瞬間、理解できない感情に襲われてしまう。


 世界を救うために必要な物=僕のケツなの?

 世界樹はケツフェチ?

 リリアさんの趣味?

 女のハイエルフの趣味?


「男のハイエルフは尻から魔力を受け渡す、と伝わっている。普通なら女のハイエルフが1,000年に1度産まれてくるんだが、たまにイレギュラーな時があるらしい。その時は、魔力結合して男のハイエルフから魔力をもらうそうだ」


 魔力尻合けつごうの間違いじゃないですか?


 それに、普通は前から魔力を受け渡すと思いますよ。

 男は前に付いてるものがありますからね。

 いや、老婆と合体しろと言われれば、それは難しいことですが。


 初めては、天使リーンベルさんに捧げるつもりですからね。


「気持ちはわかるが、それしか方法はないんだ。ハイエルフのパワーを受け渡すためには、スパンキングが必要なんだよ」


 なぜだ! なぜパワーを与える側がケツを叩かれなければいけない!

 そっちも普通は逆だろう。

 スパンキングをしてパワー注入する方が理にかなってる。


 まぁ、叩かれる方が性に合っていますけど。

 老婆に叩かれる趣味はありませんが。


「嫌なのか? スパン・キングのくせに」


 称号いじりは反対です。

 数々の黒歴史を探るのはやめてください。


「それは言わないでくださいよ。今までお尻を叩かれたことはないんですから。正直……初めてが老婆っていうのに、すごく抵抗があります」


 僕は自分で何を言っているんだろうか。

 リーンベルさんだったら、嫌がる振りをしながらすぐに差し出したと思う。


「心配するな、パワーを受け渡せばセリーヌ婆もどんどん若返っていく。初代ハイエルフは、絶世の美女らしいぞ?」


 そんな言葉でケツを差し出すほど、僕のケツは甘くありませんよ。


「お前は本当に単純な奴だな。スズとフィオナが惚れている意味がわからん」


 僕も同じことを思っています。

 どうして体が勝手に、ケツを差し出してしまったのでしょうか。


 ハイエルフの本能が世界を守るために動いた、ということにしておきます。


「早くしてくださいよ、恥ずかしいんですから」


「ま、そうだな。ちょっと待ってろ、水やりをして起こすから」


 何のことかと思っていると、リリアさんが大きなウォーターボールを5つ作り出した。

 弱っているはずの世界樹の根元に、問答無用でドンドンとぶつけていく。


 僕はそんな光景を、老婆にケツを向けて見ている。


「うっ……」


 目が開いているのか、開いていないのかわからない。

 ただ、瀕死のようなうめき声が老婆から聞こえた。


「セリーヌ婆、男のハイエルフに来てもらった。スパンキングでパワーをもらってくれ」


「あっ……うっ……」


 ここまで来てしまっては仕方ない。

 スズとフィオナさんに見られないように、人払いをしてくれたリリアさんに感謝しよう。


 覚悟をして目を閉じると、早速お尻に何かが触れてきた。


 さすさす さすさす


 相当弱っているんだろう。

 木の枝で擦られるような感覚だった。


 本当にこれで大丈夫なのか?

 いったいこれは何のプレイなんだよ。

 この世界の再生方法は間違っていないか? 大丈夫か?


 ペシ ペシ


 お? ちょっと感じが変わってきたぞ。

 本当にパワーが渡っているのかもしれない。

 信じられないけど、僕のケツはすごいな。


 ペチン ペチン


 赤ちゃんのビンタくらいかな。

 これくらいなら可愛いもんだよ。

 ドンドン叩いてくれ。


「リリアさん、これってどれくらいまで続くんですか?」


「1時間らしい」


「え?! 1時間!? もしかして、だんだん叩く威力って強くなります?」


「……知らん! 後はしっかり叩かれてくれ! じゃ、健闘を祈る」


 ここに来て、まさかのリリアさんまで帰り始めてしまう。

 よくわからない老婆にスパンキングをされている、こっちの身にもなってほしい。


「え、ちょっと待tt……何?! つる?!」


 スパンキングから逃れてリリアさんを追いかけようとすると、つるが阻止するように絡みついてきた。

 混乱する僕は絡み取られ、女のハイエルフにケツを向けさせられている。


「おちりじゃー! おちりなのじゃー!」


 のじゃロリタイプ―!!


 一応確認するため振り向くと、絶世の美女どころか完全にロリな女の子だった。

 よく考えれば、僕も10歳まで若返っている。

 女性のハイエルフも若返って当然だろう。


 でも、僕より若返らないでくれ。

 5歳児程度にしか見えないんだ。

 これは色んな意味で犯罪になるぞ!


 クソッ、リリアさん、騙したな!

 僕はロリコン属性を持っていないというのに。


 パァーン! パァーン!


「おちりじゃー! プルプルのおちりなのじゃー!」


「痛い、痛いから! もう少し優しくして」


「そう言うでない、おちりは叩くためにあるんじゃ」


 見た目はともかくとして、女性から言われれば否定することはできない。

 彼女は2,000歳という立派な大人の女性だからね。

 でも、ロリ過ぎる見た目は僕の趣味じゃない。


 正直、ちょっと快感が目覚め始めていて、強めがいいと思い始めているけど。


「ま、待って、少しだけ待って」


「おちりは叩いてなんぼ、音を響かせてなんぼなのじゃ!」


 パァーーーンッ! パァーーーンッ!


「響かせるのは違うから、そんな激しく叩かないでぇーーー!」


「実に良いメロディじゃ! 叩きごたえがあるんじゃ!」


 世界再生のためとはいえ、セリーヌさんのスパンキングはなかなか終わらなかった。

 この後も激しいスパンキング音だけが辺りに鳴り響き、本当に1時間近く叩かれてしまった。


 スパンキングが終わった時、なぜ僕は寂しさを感じていたのかわからなかったけど。

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