第60話:料理長の奇跡

- 貴族逮捕から30分経過 -


 あれからずっと、英雄のように称賛を浴び続けていた。


 今はなぜか『たかいたかい』をされているよ。

 やっているのは、「養子にしたい」と言ってた変態のオッサン。


 なんでこんなクソ親父に遊ばれているんだ。

 にゃんにゃんに弄ばれたかったのに。

 僕の心は悲しみに満ち溢れているよ。


 たかいたかいをされる続けること、なんと10分。


 ようやく解放されると同時に、ギルドも落ち着きを取り戻していく。

 すると、偶然にも不死鳥フェニックスがやってきた。


 カイルさんは僕を見付けると、すごい勢いで距離を詰めて抱きつき、興奮のあまり押し倒してきた。


 君に襲われたくはないんだ。

 にゃんにゃん達に襲われたいだよ。


「よくここにいてくれた! 会いたかったぜ!」


 子供をいきなり押し倒して、変なセリフを言わないでくれ。

 僕はそういう趣味を持っていないんだ。


 カイルさんに馬乗りされたまま話を聞いてみると、どうやらホロホロ鳥を1匹取ってきたみたいで、から揚げにして食べたかったらしい。

 まだ解体してなかったので、解体後に城で渡してもらうことにした。


 その光景をみた周りの冒険者達は、「あの不死鳥フェニックスまで……」と、再びざわざわし始めた。


 国王からの指名依頼、貴族の撃退、一匹狼のスズを従え、不死鳥フェニックスと友好関係にある。


 いくつもの出来事が重なって、一気に王都で有名になってしまった。

 それなのに、にゃんにゃん達はもういない。


 にゃんにゃんに未練タラタラである。


 その後、ギルドマスターから「話がしたい」と声をかけられてしまう。

 ずっとネネちゃんを待たせ続けていたこともあったため、改めて後日来ることを約束して、ギルドを後にした。



 ネネちゃんの家へ行ってみると、思ったよりも近かった。

 ギルドから歩いて5分ほどの、小さな家。

 小さいといってもボロボロではなく、2,3人で住むなら充分の大きさだ。


 家にあげてもらい、ネネちゃんと一緒にお母さんの元へ向かう。

 日当たりの良い部屋で、ネネちゃんのお母さんは布団を敷いて横になっていた。


「遅かったじゃない、心配したのよ。そちらの方は……知り合いなの?」


「ご、ごめんなさい。あのね、さっき助けてもらったの。それに、お兄ちゃんが代わりに雑炊作ってくれるって」


 お母さんからしたら、めちゃくちゃ怖い経験だろう。

 小さな娘が外に行ったらなかなか帰ってこず、やっと帰ってきたと思ったら、知らない人間を連れてきたんだ。

 しかも、自分は寝込んで動けない。


 逆の立場だったら、風邪以上に頭が痛くなる展開。


 でも、何も心配する必要はない。

 名前だけで安心感を提供する、スーパー美少女が隣にいるからだ。


「火猫のスズです。ネネちゃんと知り合ったので、一緒に来ました。こっちはタツヤ、料理がおいしいので大丈夫です」


 料理がおいしいから大丈夫って、ちょっと意味がわからないけど。


「え?! あの火猫さんですか? ど、どうして火猫さんが家に……え?!」


 火猫ブランドは果てしなく強い。

 なんでも『火猫』といえば解決するような気もするよ。


 慌てるお母さんにフォローを入れていく。


「本当に偶然知り合っただけですから、安心してください。ネネちゃんに色々教えていただいたお礼に、雑炊を作りに来ただけですから」


 結果を言おう、全然フォローができなかった。

 お母さんは完全にパニック状態へ陥っている。


 後は火猫パワーに任せて、僕はネネちゃんと一緒に台所へ向かった。

 ネネちゃんにお米の場所を聞いて、早速『雑炊』を作り始めていくよ。


 1.土鍋でご飯を炊いていく。

 2.できる白菜、極・癒しニンジン、寄り添うネギ、心に響く大根、ホロホロ鳥を細かく切る。

 3.鍋に昆布だしを取り出して、切った野菜と肉を入れ、醤油で味付けをしていく。

 4.炊きあがったご飯を入れて、卵を流し込んだら完成。


 この世界は醤油も出汁もないから、雑炊ってマズイと思うんだよね。

 風邪を引いてると食欲があまり沸かないかもしれないけど、喜んでくれると嬉しいなー。


 出来上がった雑炊を、ネネちゃんのお母さんの元へ運んでいく。

 近くにあった小さなちゃぶ台のようなテーブルに、雑炊とスプーンを置いた。


 ネネちゃんのお母さんはゆっくり上半身を起こすと、雑炊を見て驚いていた。


「あ、あの、とても豪華な物なんですが、払えるお金など……」


「お礼ですから、気にしないでください。米はこの家の物を勝手に使いましたし。かなり熱いですから、気を付けて食べてくださいね」


「す、すいません……お言葉に甘えます」


 おい、スズ。雑炊を羨ましそうに見るんじゃない。

 今度作ってあげるから我慢しなさい。

 だから、お米を買ってね。


 お母さんは一口食べると、信じられないことに、無言でガツガツ食べ始めた。


 熱々の雑炊をその速度で食べるのは勇者だよ?

 口の中が強すぎないかな。

 その速さは絶対に火傷してるはずなんだけど。


 口の上の方がベローンってなること間違いなしだよ。


 風邪がうつると大変なので、勇者になったお母さんから離れることにした。

 別の部屋でネネちゃんと一緒に、タマゴサンドを食べていく。

 初めてのタマゴサンドに、ネネちゃんは大喜びだ。


「さっきのゴールドカードってなんだったの?」


「国王から認められた特殊なカード。この国しか効力はないけど、国王と同じ権限を使うことができる。今は私しか持ってない」


 この国限定とはいえ、最強のカードじゃん。

 どうりでフィオナさんのことも呼び捨てにしちゃうわけだよ。

 貴族が無抵抗だったのは、国王に逆らうことと同じ意味だったからか。


 無事故無違反的なやつを思い浮かべていたけど、当然のように違ったね。


「お姉ちゃんもお兄ちゃんもかっこよかったよー! 悪い人やっつけちゃった後、みーんな喜んでたもん」


 そういう褒め言葉はちょうだい。

 僕は子供の褒め言葉でも、がんばっちゃうタイプだからね。


 すると、火傷しているであろうお母さんが部屋に入ってくる。


「あの~、何か貴重なお薬を入れていただきましたか?」


「いえ、ただ雑炊を作っただけですけど、どうかしましたか?」


「おいしくて夢中で食べてしまったんですが、気が付けば体のだるさも熱もなくて、治っているような気がして……」


「「 ……… 」」


 僕とスズは目が合った。

 お互いに言いたいことが一致したようだ。


 絶対に『料理効果』だよね。

 ステータスを上げるだけが使い道じゃなかったみたいだ。


「え、栄養不足で風邪が悪化していただけかもしれませんね。ね、スズ?」


「そ、そう。栄養は、だだ、だ、だだだ、大事」


 僕も演技が下手だけど、スズも負けずと演技が下手くそだった。


 微妙な空気になってしまったけど、「風邪は大変だから休もう」と無理矢理ゴリ押して、何もなかったことにした。

 その後、ネネちゃんのお母さんに出会った経緯を説明する。


・ネネちゃんが蹴られたこと

・たまたまそこにいて声をかけたこと

・蹴った貴族はギルドで捕縛されたこと


 全て話し終えた後、ネネちゃんのお母さんは「娘がご迷惑を……」と言ってくれたが、大したことはやっていない。

 ネネちゃんを連れまわして、雑炊を作りに来ただけだ。

 僕としては米の存在が知れたので、ネネちゃんとの出会いにとても感謝しているよ。



 雑炊を作る約束も達成したので、2人と別れて、お城へ戻るために大通りを歩いていく。

 貴族の捕縛命令を出したのはスズだし、当事者である僕たちの証言も必要だろう。


「風邪が治ったのって、雑炊の料理効果だよね。確かに雑炊って、体の調子が悪い時に食べる代表みたいなものだけどさ」


「栄養も高いと思う。食材と調味料の合わせ方で、効果も大きく変化するのかもしれない」


「そうだね、一応雑炊で病気が治るかもしれないって覚えておこう。あと、米を食べるのはフリージアに帰ってからでもいい?」


「大丈夫。でも、どうして?」


「みんなガンガン食べ始めると思うから。下手したら、フリージアに帰る時間が伸びる気がするよ。米ってなんでも合うからね」 


 そのまま料理のことについて話していると、お城にたどり着いた。

 城では思った以上に慌ただしい状態で、色んな人があっちこっちに走り回っている。


 その光景にポカンとしていると、スズが僕の手を取って誘導してくれた。

 昨日の部屋とは違う場所に行き、迷わず扉を開けていく。

 すると、その先には国王と1人の男性がいた。


「おぉ! お前達か、助かったぞ」


「ほっほー。本当にスズさんがお子様を連れているのですね。知的な方だと伺いましたが、人は見た目によりませんね」


 息子とはいえ、公爵家を捕まえてしまったんだ。

 普通は大問題で頭を抱えるような事態だろう。

 それなのに、なんで喜んでいるの?

 あと、知的って言われると嬉しいから、もう1度言ってほしい。


 見知らぬ男性に自己紹介すると、彼は宰相の『クラリス=マスカール』さんだった。



 詳しい話を聞いてみると、今回捕まえた公爵家は質の悪い貴族だった。

 今までは由緒正しい公爵家で模範となるような存在だったけど、ここ10年で地に落ちたのか、誘拐・奴隷・強奪・殺人など、信じ難い噂が絶えなかった。

 しかし、いくら調べても証拠は見つからない。

 それが逆に公爵家の無罪を主張する形になってしまい、だんだん手が付けられなくなっていったんだ。


 そこに息子が権力を振り回して、獣人を奴隷にしようとしたことが発覚。

 獣人国と手を取り合おうとしている国の方針を、真っ向から否定するものだ。

 国際問題になりかねない由々しき事態を、国家に対する反逆とみなし、公爵家の屋敷や私有地にまで強制捜査をするらしい。


 だから兵士さんまで慌ただしくなるほど、動き回っていたんだね。


 僕達は当時の状況と、ネネちゃんのこともふまえて国王に話した。

 それを聞いた国王は、にゃんにゃんとネネちゃんに謝礼を払うと言っていた。



 当時の状況を話し終えた後、カイルさんと合流してホロホロ鳥を受け取る。

 から揚げにしてみんなで食べたいということなので、夜ごはんのメニューは『から揚げと豚汁』で決まり。


 夜ごはんの準備をするため、厨房へ向かっていく。

 厨房に着くと、料理長が近寄ってきた。


「師匠、マヨネーズとケチャップの試作品ができました。味見をしていただけませんか?」


 料理長が差し出してきたお皿には、試作品とは思えないマヨネーズとケチャップが乗っていた。

 適当に説明して丸投げしたにも関わらず、1日で試作品を作ってくるなんて。


 みじん切りはサボるけど、料理に対する思いだけは強いのかもしれない。


 早速味見をしてみると、完全に合格点だった。

 間違いなくマヨネーズとケチャップだ。


 どうやら料理長は調味料を作る才能があるらしい。

 この2つが大量生産できるだけでも、食文化が大きく変わるよ。

 まさに料理長らしい、素晴らしい仕事をしたと思う。


「料理長、たった1日でよく完成させましたね。マスタードなしのホットドッグと、タマゴサンドなら作れるでしょう。特別にマヨネーズを使った定番料理、ポテトサラダをお見せしましょうか」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


「ただし、手取り足取りは教えません。今から僕が作るところを見て、盗むのです。この程度のことが盗めなければ、料理長失格です」


「は、はい! 師匠!」


 本音を言うと、君達に教えていると日が暮れてしまうから、あまり関わりたくないんだ。


 それでも、料理長がマヨネーズとケチャップを開発してくれたことが、妙に嬉しかった。

 弟子の成長を見守る師匠の気持ちって、こんな感じなのかな。


 師匠っぽいことは何もやってないけどね。


 その後もずっと見学していた料理長に、出汁と味噌のことを聞かれた。

 出汁は魚介類が売ってないので、鰹だしも昆布だしも取れない。

 だから「お前にはまだ早い」と、意味のわからない理由で突っぱねておいた。


 味噌はサンプルを渡してあげたよ。

 ごめんね、渡すの忘れてたんだ。てへ。


 から揚げを作っている時も、『油で揚げる』という発想がなかったんだろう。

 カルチャーショックで、途中から頭を抱えて叫んでいたよ。

 揚げたてを味見させたら、「ハァ~~~ン」と言って倒れたけどね。


 意識を取り戻した料理長は、やる気をみなぎらせて、早速練習へ向かっていった。

 どうやら他の料理人達もやる気を出しているみたいで、地鳴りのように大声を出すぐらい気合いが入っている。


 盛り上がるのはいいけど、ちゃんとタマネギはみじん切りにするんだよ。

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