第61話:手汗が止まらない

 夜ごはんまで時間があったので、スズの部屋に戻ることにした。


 部屋に入ると、スズがベッドでゴロゴロしている。

 僕は近くの椅子に座って、体を休める。


 2人きりの部屋で可愛い女の子がベッドにいる。

 ただそれだけなのに、僕は妙に意識してしまう。

 スズはルックスもスタイルもいいから、1度意識すると頭から離れないんだ。


 体を少し動かすような仕草をしながら、スズをチラ見していく。


 あの太ももで顔を挟まれたい。

 あの柔らかそうなおっぱいで殴られたい。

 あの柔らかい唇で耳をハムハムされたい。


 午前中ににゃんにゃんできなかった欲求が、体の内側から溢れ出してくる。

 もうスズとにゃんにゃんすることしか、考えることができなかった。

 ゴロゴロしているスズさんをチラ見するたび、ムラムラレベルが上がっていく。


 すると、僕の思いが伝わってしまったのか、スズはバッと飛び起きた。

 不意を突かれてしまったため、急いで目線を外すと、なぜか天井を見上げてしまう。


 めちゃくちゃ不自然だと思いつつも、天井のシミを見付ける専門家のような雰囲気を出して誤魔化していく。


「私の体を見たいなら。もっと見ればいい。いつもチラチラ見てくる。胸と太ももの割合が多い」


 すいません、思い当たる節しかありません。

 チラチラ見まくっています。

 直視できないくせに変態だというのが恥ずかしい。


「見られたぐらいで怒らない。それに、もっと慣れてほしい。見たいならじっくり見て」


 なんてありがたいお言葉を言ってくれるんだ。

 今すぐじっくりと拝見させていただきたい。


 でも、女性関係が今までなかったから、直視することができないんだよ。

 本人から許可がおりたと言うのに、なんて勿体ないことをしているんだろうか。

 世の中にはじっくり見たくても見れない人だって、いっぱいいるというのに。


 スズさんだって欲求不満だというのに!!


 獣人とにゃんにゃんしたいとか、馬鹿なことを言ってちゃダメだ。

 まずはスズさんとにゃんにゃんして、スズさんの欲求解消マシーンになろう。

 せっかく両想いになってくれたスズさんに失礼だから。


「ごめんね、変なことに気を使わせて。僕も早く慣れて、スズさんに甘噛みをされたいよ。でも、そう考えるだけで心臓がヤバイことになっちゃうの」


 それなのに、弄ばれたいというアホみたいな欲求を持っててすいません。


 スズは本当に欲求不満なのか、ベッドから降りて僕の方へ歩み寄ってきた。

 座っている僕の目の前まで来て、お互いに向き合って見つめ合う。


 その瞳に魅了されるように、僕は目が離せなくなってしまった。


 すると、スズはその場でしゃがみ込んで、僕の両手をつかんできた。

 ゆっくりと撫でるように手を絡ませ、愛し合う恋人同士がするように手を繋いでくれた。


 通称、恋人繋ぎというやつだ。


 初めての恋人繋ぎに、僕は興奮を通り越して頭が真っ白になってしまった。

 両手から感じるスズさんの温もりが、絡み合う手から伝わってくる。

 ただ手を繋いだだけなのに、心の制御ができるような状態じゃない。


 バシャバシャバシャ


 バシャバシャ? 今日はちょっと変わった鼓動だな。

 きっとスズさんにも、僕の手から心臓の音が伝わってしまったんだろう。

 少しずつ顔がにこやかになって、「ふふっ」と無邪気な笑顔を見せてくれた。


 至近距離で見るスズさんの笑顔は、可愛いという言葉では表すことができないほど可愛い。


「よくわかった、ふふっ。少しずつ増やして慣れていこう。せめて……、手汗は減らそうね」


 スズに言われて、ようやく気付いた。

 手を繋いで1分も経っていないのに、両手から大量に手汗が噴き出ていた。


 心臓の音がバシャバシャ言っていると思ったら、まさか手汗だったとは。

 床にはおねしょをしたのかと思うほど、手汗が拡がっている。


 僕の手には蛇口が付いているんだろうか。

 スズさんの綺麗な手を僕の手汗で汚してしまって申し訳ない。


 思わずスズの手を振り払ってしまう。


「手汗ぐらいで嫌いにならない。でも、お姉ちゃんと繋ぐ時までには減らそうね」


 嫌いにならないっていう量じゃないですよ。

 こんなに手汗を出すなら、誰だって引いてしまいますから。

 僕に気を使って、やせ我慢をしなくてもいいんですよ。


 少なくとも、料理の隠し味に手汗を使っていませんからね!


 あわあわと取り乱す僕を落ち着かせるためか、スズは頭を撫で始めてくれた。

 手汗で混乱をしていたのに、一気に心が落ち着いてしまう。

 まるで、赤ちゃんがガラガラであやされているような感じだ。


 こういう包容力があるスズさんが大好きだよ。

 リーンベルさんのナデナデは快感だけど、スズさんのナデナデはとろけてしまう。


 あまりの心地よさに、僕は気付けば眠りについてしまった。

 


 スズに起こされると、夜ごはんの時間になっていた。

 みんなの元へ向かうと、すでに全員が座って待っているような状態。


 不死鳥フェニックスの4人はメニューがわかっているので、早くもルンルン気分だ。

 スズも鼻歌を口ずさみながら、椅子に座っていく。


 僕の頭はスズでいっぱいだ。

 スズの頭はから揚げでいっぱいだ。


 べ、別に悲しくなんてないんだからっ!!


「今日は不死鳥フェニックスからホロホロ鳥を提供していただいたので、夜ごはんはから揚げになります」


 パチパチパチパチ


 から揚げ経験者は全員がスタンディングオベーションだ。

 初めての王族は混乱している。


「スープは豚汁です。そして、料理長がマヨネーズとケチャップの開発に成功しました。ですから、特別にポテトサラダも用意しました」


 ポテトサラダ経験者は、再びスタンディングオベーションだ。

 フィオナさんは「これから城でポテサラが食べれる……」と、感動している。

 もちろん、王族は混乱したままだ。


「国王様、昨日みたいに動けなくなるまで食べないでくださいね。フィオナさん、サラちゃんがそうならないように、ちゃんと見ていてくださいね」


「わかりました」


 今日は王族達に構っていられないんだ。

 なぜなら、スズに構ってもらいたいからね。


 大皿にから揚げとポテトサラダをドンッと置いて、箸で突き合うスタイルにした。

 パンもテーブルの真ん中にドッサリ置いて、みそ汁もセルフサービスにする。

 もちろん、ずっとスズの横で座っていたいからだ。


 恋人繋ぎをされただけなのに、32万の豆腐メンタルは崩壊寸前である。

 スズが食事中に手を繋いでくる気がして、さっきから心臓がマシンガンだ。


 そんなこと絶対に起こらないんだけどね。

 だって、から揚げに夢中だもん。


 あとは、できるだけスズの方は見ないようにしよう。

 視線でバレてることがわかったから。


 その代わり、そばにいてくれることに感謝をする。

 僕はそれだけで幸せになれる純粋な心を持っているんだ。

 他のみんなは、から揚げに感謝をしているけど。


 ちょっとくらい作った僕に感謝してくれてもいいんだよ?

 また疑心暗鬼モードになっちゃっても知らないよ?


 国王は食事が始まると、テンションが上がりすぎておかしなことになっていた。

 でも、気にしない。


 「生まれ変わったら豚汁になりたい」と、言っても気にしない。

 「から揚げと一緒に眠りたい」と、言っても気にしない。

 「ポテトサラダで踵のひび割れを治そう」と、足に塗り始めても気にしない。


 僕の頭はスズでいっぱいなんだ。


 スズがパンを食べる度に、ポロポロ落としたり、

 から揚げを食べる度に、ポロポロ落としたり、

 豚汁を飲む度に、ポタポタ落としたり……。


 結局チラチラ見てしまうんだ。

 さすがに気になるから言わせてほしい。


「もうちょっと落ち着いて食べて、さっきからいっぱいこぼしてるよ」


「問題ない。いま来ている服は城で借りてるやつ」


 通りで見たことない服だと思ったよ。

 君の服にしては露出が少なくて、清楚な感じだもん。

 それならいっぱいこぼしても大丈夫だね。


 って、オイッ!


 薄々気付き始めているけど、城の中で何やっても大丈夫だよね。

 注意される気配が一切ないんだもん。

 この部屋でまともな人って、王妃様しかいないのかな。



- 1時間後 -



 やっぱり男どもは、食べ過ぎて動けなくなっていた。

 サラちゃんもお腹いっぱいなのに、まだ食べようとして、から揚げを手に持ってる。

 女性陣は集まって女子会の準備をしているよ。


 ……待って! フィオナさん、サラちゃんのことを見てあげる約束は?

 あの人はなぜ自分の妹をないがしろにして、女子会を開こうとしているんだ。

 サラちゃんだって女子会に参加するだろうに。


 僕は急いでサラちゃんの元に向かって、ドクターストップをかける。

 説得は得意だから任せてほしい。


「それ以上食べたら、クッキーが食べられないよ」


 サラちゃんはすぐに諦めて、女子会の方へ向かって行った。

 まぁ、結局食べるんだけどね。


 その後、女子会用のクッキーとトリュフを渡して、僕はお風呂に案内してもらった。

 またピチピチのメイドさんだったから、気になって仕方がない。

 今日こそは『背中流しイベント』が発生する可能性がある。


 でも、僕はいまスズさんのことで頭がいっぱいなんだ。



 もしイベントが発生しても、男らしく断ろうと思っているよ。



- 30分後 -



 クソッ、またのぼせてきた。

 なぜ背中を流しにこないんだ!


 のぼせきった体でお風呂を出ると、何食わぬ顔でメイドさんが待ってくれていた。

 やっぱり無駄に待たせてしまって申し訳ないと思いながら、部屋へ案内してもらう。


 僕はまたコーヒー牛乳を1人で飲んで、今日の夜について考えていく。


 夜ごはん前は甘い雰囲気だったし、今日こそスズさんと進展がありそうだ。

 むしろ、進展がなければマズいと思う。


 だって「手汗で嫌いになりました」って、言ってるようなものだもん。

 いつでもリードし続けてくれるスズに限って、見捨てることはないと思うけどね。


 正直、僕は期待しているんだ。


 甘噛みが来そうだよね。

 甘噛みしてくれるかな。

 甘噛みされたい。

 朝までひたすら噛まれ続けたい。


 恋人繋ぎしながら甘噛みしてくれないかなー。



- 1時間後 -



 なぜスズはやって来ないんだ。

 これはいわゆる、焦らしテクニックというやつだろう。

 スズはたまに高度な小悪魔テクニックを使ってくるから困る。


 メールの返信をあえてすぐに返さず、焦らして1時間後に返信するタイプだろう。

 そんなことやる必要ないのにね。

 押して押して押しまくれば、僕なんてイチコロなんだから。

 もっと物理的に押し倒してほしいぐらいだよ。


 こんなことを考えてる時点で、小悪魔テクニックの餌食なのかもしれない。

 早く来てくれないかな……。


 ガチャ


 そんなことを考えていると、扉が開いてスズがひょこっと顔だけ出してくれた。


 ようやく来てくれたか。

 ヤバイ、めっちゃ嬉しい。

 小悪魔テクニックでメロメロな自分が情けないよ。


 いつもよりワクワクして、早くもドドドドってなってるんだ。


「今日はフィオナとシロップと一緒に寝る」



 バタンッ



 おい、どうした。何があった?

 焦らすだけ焦らして、後は放置プレイっていうパターンなの?

 何そのテクニック、知らないよ。

 どういう効果があるの。


 すごい寂しいんですけど……。

 え、なに? 本当にこれで終わりなの?


 やっぱり手汗がダメだったのかな。

 でも、スズの好きな醤油も同じ手から出てくるよ?

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