第62話:スズと初デート

- 翌朝 -


「起きて……起きて……」


 目が覚めた僕は、衝撃な光景に驚いた。

 とんでもない事件に巻き込まれたのかもしれない。


 なぜなら、スズさんを飛びっきり可愛くしたような女神さまに起こされてしまったからだ。

 こんな経験は初めてで、どうしたらいいのかわからない。


 女神さまは体を優しく揺らして起こしてくださり、「起きた?」と問いかけてくる。

 真っ白のワンピースに、全てを癒し尽くす優しい笑顔。

 どことなく良い香りもして、神々しいオーラを放っていた。


「なぜ、女神さまがいるんですか?」


「……寝ぼけてる。装備を取りに行く時間」


 女神さまと装備を取りに行く?

 まさか、僕が伝説の勇者に選ばれて、地面に刺さった剣を抜きに行くことになったのか。


 調味料しか出せない僕が選ばれるのはおかしい。

 そんな大役は荷が重いよ。

 醤油戦士といっても、剣は使えないから。


「どうして、僕なんですか?」


「寝ぼけすぎ。昨日装備を作ってもらうお願いをしたばかり」


 装備を作ってもらう?


 あれ、よく見れば女神じゃなくてスズさんじゃないですか。

 えっ、やだ……恥ずかしい。


「おはようございます」


「おはよう、起きた?」


「はい」


 なぜか今日のスズさんはおしゃれをしていた。

 といっても、装備を外して真っ白なワンピースを着ただけである。

 それでも破壊力がヤバイ。


 女神さまと誤解するほど可愛くて、一緒にいてもいい存在じゃない。

 こんな神聖なお方のそばにいたら、浄化されてしまうだろう。


 どうしよう、今から2人で装備取りに行けるか不安だ。


「城の外で待ってるから早く来てね」


 スズはそういって部屋を出ていく。


 いつも一緒に行動してたのに、今日だけ待ち合わせパターンですか?

 なぜそんなに心躍る小悪魔テクニックばかり使ってくるんだ。クソッ。


 きっとデートをしたことがある人なら、待ち合わせなんて普通のことなんだろう。

 でも、僕はそういう恋人っぽいことをやったことがないんだ。

 実はずっと憧れていたから、めちゃくちゃ期待してしまうよ。


 急いで着替えて、スズさんのところへ向かっていく。

 城の外に出ると、そこには女神がいt……スズさんだ、危ない。

 また間違えるところだったよ。


 デートをしたことがない僕は、人生で一度は言ってみたかった言葉を言ってみる。


「ごめん、待った?」


「待ってない、起こしてからすぐだった」


 思ってたのと違う。


 現実はこんなもんかと思いつつ、スズの後ろについて防具屋へ向かっていく。


 服装が違うだけで、女の子ってこんなに変わるんだなー。

 街を歩いている人全員が、スズの可愛さに目を奪われている。

 近くを歩いている僕は、完全に魅入っちゃってるよ。


 そのままスズだけをボーッと見ながら歩いていると、気付けば防具屋に着いていた。

 扉を開けると、すぐにドワーフの店主が飛び出てくる。


「スズの旦那! オレッち2分で良いやつ作っちゃったニィー!」


 そうだ、このお店はこういう変な生き物がいるんだった。

 メルヘンチックなひと時が、一気に現実へ戻されてしまったよ。

 

 せっかくのドワーフなんだから、頑固ジジイの設定にしてほしい。

 ハイテンションのドワーフなんて、どこにも需要はないんだよ。


「2分もかかったなら、良いのができてるはず」


 異世界に来て初めての防具が、2分で作られたもの。

 今まで装備していなかったとはいえ、不安しか残らない。


「それにしても旦那。今日はおめかししちゃってどうしたんだニィー?」


「デート」


「ぶほぉっ」


 思わずむせた。


 知らないうちに、スズさんとのデートイベントが発生していたようだ。

 普段から2人で出歩いているため、デートだとは思わなかった。

 恋愛経験がなさすぎて、自分がリアルでデートをするという発想もなかったし。


 パッとスズの方を見たら、スズも僕の方を見ていた。

 デートと言われた後に目が合うと、なんでこんなにドドドドってするんだろうか。

 心臓がもちそうにない。


 こんな僕にデートという素晴らしい機会を作ってくださったスズさんには、本当に感謝したいと思う。


 32歳という長きにわたる人生において、ようやくの初デート。

 めちゃくちゃ混乱しているけど、素直に嬉しい。


 初デートでファーストキスされちゃったらどうしようなー。

 そ、そのまま最後までいっちゃうことだって、あるかもしれない。

 もしかしたら、この後すぐに激しい展開になることだって……。


 あぁ~、勝手に妄想が拡がっちゃうよ。

 スズさんの思うままに精一杯リードされようっと。


「それはめでたいニィー! まさか旦那の彼氏だとは思わなかったニィー!」


 旦那の彼氏って言葉はやめよう。

 普通に捉えると、すごい意味深な発言になるよ。


「おっと、本題へ移ろう。装備はあえて、私服のような形にしてみたよ。その方が動きやすく、邪魔にならないからだ」


 急な真面目モードはやめてくれ。

 頭が追いつかないよ。

 でも、そのまま話を進めてほしい。

 そのキャラの方が店も繁盛するし、好印象を持たれると思うよ。


「今回は、ナヒートの素材を使って『疲労を軽減』、ニヒートの素材で『快適を演出』、ヌヒートの素材で『体力向上』、ネヒートの素材で『自動修復機能』、ノヒートの素材で『移動速度』を向上させた。ぶっちゃけ会心の出来になったぜ。から揚げの影響が大きかった」


 聞いたこともないモンスター達だな。

 複数の効果を装備に付与してくれたなら、ありがたいことだけど。


 オレッちから受け取った装備は、上下ともに真っ黒で中二病っぽい感じが出ていた。

 僕の潜在的な中二病を見抜かれたのかもしれない。

 ちょっとカッコイイと思ってしまう。


 から揚げの影響がどこに出たのかは、全くわからないけど。


「特別に靴も作っておいたぜ。こいつは、から揚げの礼だ。靴にも疲労を軽減する、ナヒートの素材を使ってある。冒険者として活動するなら、子供でも長距離を楽に歩けた方がいい。どうせなら、裏で着替えていけ」


「あ、ありがとうごうざいます」


 意外にちゃんと考えてくれてるんだね。

 スズの言う通り腕は良いみたいだ、腕は。

 2分で作られたことは気にしないことにするよ。


 お言葉に甘えて、裏で着替えさせてもらった。

 全身真っ黒の装備……いや、漆黒の服に包まれれt(自重


 装備といっても、見た目は普通の服のようなデザインなんだけどね。

 なんでサイズがピッタリかはよくわからないけど。

 昨日の僅かな時間で、サイズまで見抜くとかヤバいよね。


 もし一緒に街を歩いたら、女性の3サイズを知りたい放題だな。

 関わりたくないのに、ちょっと友達になりたくなっちゃったよ。


 着替え終わってスズと合流すると、「肉料理を分けてあげて?」とスズに言われた。

 どうやら変態職人、オレッちも餌付けしてしまったようだ。


 冒険者をしている以上、またお世話になるかもしれない。

 スズもお世話になってるし、できるだけ多めに渡そうかな。


 アイテムボックスから、『カツサンド、から揚げ、ホットドッグ』の、肉を中心としたメニューを手渡してあげた。

 受け取ったオレッちは、まだ食べていないのに早くも発狂モードへ突入する。


「ニィー!! こいつは足が取れそうだニィー!」


 よくわからない表現で絶賛されてしまった。

 初めて聞いたわ、足が取れるって。


 僕は何も聞かなかったことにして、スズと一緒に防具屋を後にした。

 店を出るとすぐに、「ぬっひーーー!」という叫び声がまた聞こえてきたよ。

 やっぱり、この店主とはあまり関わりたくない。


 でも、「ぬっひーーー!」がデート開始の合図になったのかもしれない。


 スズが僕の左手に手を絡ませてきて、恋人繋ぎをしてきたんだ。

 緊張のあまり無駄にビシッと背筋を伸ばしてしまう。

 右手と右足が同時に出るけど、この際どうでもいい。


 初デートを無事に乗り切ることを考えよう。


 姿勢が良くなった僕を、スズは優しくリードして歩いてくれた。

 嬉しいというより戸惑いが強く、どうしたらいいのかわからない。



 あれ? デートって何したらいいの?



- おしゃれをしたスズに恋人繋ぎをされること10分 -



 僕の心臓は早くも危険領域に達していた。

 すでに手汗もダラダラとかいている。


 でも、昨日みたいに両手とも恋人繋ぎをされていないので、バシャバシャにはなっていない。

 だから、今日の夜は見捨てないでください、お願いします。


 恋人繋ぎで街を歩くだけで、僕は幸せ過ぎて浮かれ続けている。

 こんなにも手繋ぎデートって、幸せな感情を抱くものなのか。

 幸せすぎて足が取れそうだよ。

 あっ、オレッちもこんな気持ちだったのか。


 クソッ、なんでこんな幸せな時にあんな変人と共感してしまったんだ。


 そういえば、オレッちの店を出てから一言も会話をしていないぞ。

 もしかしたら、声をかけられたけど、恋人繋ぎに必死で気付かなかったのかもしれない。


 デートで無言はマズイと思って、スズの顔を見てみると、なぜか必死に笑いを堪えていた。


「なんで笑ってるんですか」


 心当たりがあり過ぎるんで、教えてくださいよ。


「ごめん、心臓の音が手から伝わってくるから」


 やっぱりバレてますか。

 興奮しすぎて心臓が痛いんですよね。

 いったい僕はどれだけドドドドってすれば落ち着くんだろうか。


 でも、恥ずかしいんで笑わないでください。


「スズさんは自分の可愛さがわかってますか? 普段から可愛いのに、おしゃれしたら暴力的な可愛さですよ。いや、もう幸せという名の暴力です」


「そう? だから女神だったの?」


「恥ずかしいところばかり聞かないでくださいよ」


 今日のスズさんはいつもより表情が柔らかい。

 それに僕を見てくる目線もいつもと違う。


 パーティメンバーや友達として見ているんじゃない。

 愛おしい存在として見てくるんだ。


 こんな可愛い子に視線だけで愛でられたら、僕の心はおかしくなっちゃうよ。

 もうなってるけど。


「これからどこに行くの?」


「王都は果物が有名だから、いっぱい買い込む。おいしいけど腐りやすいから、フリージアには出回っていない。アイテムボックスに入れたら、お姉ちゃんと一緒に食べられる」


 本当にスズはお姉ちゃん大好きっ子だよね。

 そういうお姉ちゃん思いなところが、また心にグッとくる。

 僕もリーンベルさんが好きだし、一緒に買いに行こうね。


 手汗を垂らしすぎて、脱水症状にならないように気を付けようっと。

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