第59話:にゃんにゃん

 貴族が奴隷と言い放ったのは、3人の猫耳獣人達だった。


 なんとなく見覚えのあるような気がする。

 もしかしたら、フリージアで見かけたのかもしれない。


 それに、どう見ても彼女達は奴隷じゃない。

 僕と違って、しっかり装備をしている立派な冒険者だ。


 きっとこんな可愛いにゃんにゃんを奴隷にしたい、という貴族の欲望に違いない。

 にゃんにゃんと夜のにゃんにゃんをしたい、という貴族の欲望に違いない。

 毎朝にゃんにゃんにペロペロされて起こされたい、という貴族の欲望に違いない。


 クソッ、気持ちがわかってしまって情けない!


 貴族による理不尽な罵声に誰も逆らえず、冒険者達も見守るしかないようだった。

 同じように獣人達も困り果てている様子。


「私達は奴隷ではありません。この国で冒険者活動しており、今はBランクです」


 彼女達は可愛いだけじゃない。

 強さも兼ね備えているにゃんにゃん三姉妹!!


 やだ、守ってもらいたい。

 モフモフして戯れたいよ。

 一緒に毛繕いとかやりたい。


「獣人ご・と・き・が、俺に逆らうのかー? しつけがなっていない失礼な奴隷だ。俺は公爵家の人間だぞ。今の言葉は俺と敵対、いや、この国に敵対するという発言と捉えることができる」


「け、けっしてそのような意味ではありません。ただ、私達もいきなり奴隷と言われては困ります」


 この国の貴族は大丈夫なの?

 フリージアでもアホ貴族がリーンベルさんを口説いてたけどさ。

 権力を好き勝手使う貴族って、本当にクソだよね。


 1度はそういうプレイをやってみたいと思うけど。


 居ても立っても居られないスズは、貴族を止めようと動き出す……が、僕はそれを手で防いだ。


 僕の大切なテンプレ回収……いや、モフモフパラダイス……いや、獣人は友達だからね。

 シロップさんにもお世話になっているし、にゃんにゃんを助けたいんだ。


 けっして、その後のご褒美を期待しているわけじゃないよ。

 にゃんにゃんたちとにゃんにゃんしようなんて、1ミリも思ってないから。


 自分の欲望をグッと押さえつけて、小声でスズに確認する。


「この国って、奴隷制度があるの? 公爵家ってかなり上の身分だよね」


「他国には存在するけど、この国では奴隷制度を撤廃している。それに、獣人国と協力関係を結んでいる途中。国の方針に逆らう行為を、公爵家がやってはいけない」


「わかった、今回は僕が止めるからフォローをお願いするよ。スズが間に入れば、この場は治まるかもしれないけど、公爵家を捕らえるのは難しいと思うから。あっ、ネネちゃんはよろしくね」


 僕はやる気に満ち溢れている。

 昨日の燃え尽き症候群が嘘のようだ。


 異世界転移したら必ず起こるであろうイベント、通称『テンプレ』。

 その1つが冒険者ギルドで悪いやつに絡まれること。

 僕もフリージアで絡まれたことはあるけど、サブマスのヴェロニカさんが一瞬で解決してしまった。


 だから、まだテンプレを回収できていないんだ。

 そして、今日テンプレを回収するチャンスがやってきた!


 僕に対してのテンプレじゃないのは悲しいけど、にゃんにゃんを守れるなんて最高に嬉しいイベントだ。

 絶対に助けた後、にゃんにゃんイベントが発生するもんね。


 心の奥底から燃えているよ。

 猫耳にも萌えているよ。


 押さえつけることのできない溢れ出す欲望にパワーをもらい、誰もが注目している貴族と獣人の問題に割り込んでいく。

 サッと近付いて、貴族の前で片膝をついた。


「聡明な貴族様。もしよろしければ、子供の私にもわかるように、公爵家様のことを教えていただけませんか? 立派な装備、強そうなたたずまい、王族のように気品溢れるオーラ。何より強そうな騎士達を従えている度量が気になりまして」


 日本の社会を生き抜いた経験が生きているのかな。

 心の中で1ミリも感じていない言葉が、次々と溢れてくるよ。


「子供にしては見る目があるじゃないか。俺は公爵家の長男で、たまに冒険者活動をしてやってるんだよ。久しぶりに王都へ来てみれば、薄汚い奴隷共がいたから掃除をしているところだ」


「猫さん達を掃除されるのですか? それはとても可哀想です……。せめて、公爵家様の奴隷として過ごすことができた方が幸せだと思いますが」


「おいおい、俺様を誰だと思ってるんだ?  猫は猫らしく、しっかり飼いならしてやるよ。奴隷としてな! ハッハッハ」


 あっ、言質ってこんなに簡単に取れるものなんだ。

 ありがとうございまーす。

 異世界の男どもって、本当にチョロいっすね。


「さすが公爵家様、彼女達を奴隷として飼いならすなんて、羨ましい限りです。彼女達の幸せを願って、私は失礼させていただきます」


 貴族に頭を下げて、足早に冒険者カウンターへ向かっていく。

 にゃんにゃんの横を通り過ぎる時、悲しそうな表情をするにゃんにゃんを見るのは心苦しかった。


 でも、もう終わりにしよう。


 にゃんにゃんを助けて、にゃんにゃんに笑顔を向けられ、にゃんにゃんされたい。

 その後に、猫っぽいスズともにゃんにゃんして、春のにゃんにゃん祭りを開くんだ。


 にゃんにゃんに飢えているんだよ!

 年中無休の発情期が到来した僕はモテたくて仕方がないんだ!


 わざと聞こえるように、大声でカウンターにいるお姉さんへ声をかける。


「すいませ~ん! 国王様からの指名依頼を受けに来ましたー!」


 その言葉で、ギルド中の視線を奪いつくす。

 時が止まってしまったかのように、辺り一面を静寂が包みこんだ。


 固まる冒険者達。

 固まるにゃんにゃん。

 固まる貴族と騎士。

 受付のお姉さんですら、固まっている。


 ちょっと気持ちいいよね。

 中二病が発動してしまいそうだよ。


「はい、ギルドカードです。昨日の夜、をされたんですが、連絡は来てますか?」


 貴族が真っ青になるように、わざわざ強調してあげる。

 受付のお姉さんもパニックで、手を震わせながら対処してくれた。


 この時、僕は思った。


 王都の受付のお姉さんも可愛い。

 でも、にゃんにゃんはもっと可愛い。


 指名依頼の確認をするお姉さんは、信じられないような顔で何度も確認していた。

 初めてクッキーをプレゼントした時のリーンベルさんと、同じようなリアクションだ。


「た、たた、確かに指名依頼が、来て……ます」


 ギルドは騒然とした空気に包まれていく。


 僕はこういう展開が大好きだ

 もっと注目してほしい。

 さぁ、みんなで褒め称えてくれ。


 にゃんにゃんに尊敬される眼差しで見られたいんだ。


「なんで子供に国王から指名依頼が……」


「子供だぞ? そもそも冒険者なのか?」


「貴族か? それにしては格好がみすぼらしいぞ」


「俺の養子にならねぇかな」


「弱そうなのになー」


 待て、1人変態がいただろう。

 おっさんの養子なんて問答無用で拒否だ。

 みすぼらしいのも余計なお世話だぞ。


 ちょうど変人に装備をお願いしたところだから、今日だけは見逃してくださいよ。


 それにさ、みんなもっと褒めてね?

 国王様から直接指名依頼を受けちゃってるんだから。

 すごいよね? 僕ってすごいよね?


 辺りを見回しても、誰も尊敬の眼差しで見てくれなかった。

 なぜか変わった動物を見るような目で僕を見てくるんだ。


 ただの32歳童貞で、子供に若返っただけなのに。

 ……お、おう。充分レアな人種だった。


 この悲しみと怒りは、貴族に八つ当たりするしかないな。


 貴族の方へ振り返ると、尋常じゃないほどの冷や汗を流していた。

 権力を振り回して独壇場だった時間は、気分が良かっただろうね。

 僕もそういう気分を味わう予定だったんだ。


 それなのに、見世物小屋にいるような気分だよ。


 でも、ポカンッとしているにゃんにゃんは可愛くて癒される。

 ポカンとしているネネちゃんも可愛いね。

 ロリコンじゃないけど。


 春のにゃんにゃん祭りが近付いている僕は、溢れ出す変態パワーに後押しされ、貴族を見ながら言い放つ。


「そういえば、しばらく国王様と夜ごはんを一緒に食べるんだった。何かいい話のネタがあればいいんだけどなー。スズ、何か国王様の為になる話とか知らないかな? たとえば、公爵家が獣人を奴隷にしようとしている話とか」


「偶然にも知っている。公爵家の人間がギルドで獣人を飼いならすことを宣言していた」


 今度はスズに視線が集まる。

 周りの人達がスズの存在に気付くと、辺りは先ほどとは比べ物にならないほど驚いていた。

 まるで、英雄が帰還したような雰囲気。


「おい、火猫じゃないか!」


「火猫が戻ってきてくれたのか?」


「なんで火猫があの子と一緒なの?」


「あの一匹狼がパーティを組んだのか」


「火猫さん相変わらず可愛いな、結婚してぇ」


「その横の小さい子がタイプだ」


 おい、最後の2人のロリコンども、ちょっとこっち来い。

 確かに可愛いのは認める。

 でも、スズさんの豊満なボディは僕の物だ。

 汚らわしい目で見るんじゃないよ。


 僕はまだ2秒以上凝視できないんだから、先にジロジロと見ないでほしい。


 それにしても、火猫ブランドがすごいな。

 誰もが知っている様子で、すごい騒ぎになってるじゃん。

 僕もそういう目で見られたかったよ。


「いや、私は奴隷にするとは言っていない! 奴隷ではないかと、勘違いしただけだ」


 貴族が早くも逃亡しようとしている。

 あんな大声で奴隷宣言しちゃったのに、往生際が悪いよね。

 そもそも、奴隷制度を撤廃しているんだから、彼女達を奴隷と思う方がおかしい。


 その言い逃れは0点だよ。


 あと、みんなが貴族の行為にイライラしていることがわかってないのかな?

 証人がこれだけいたら、逃げるなんて不可能だと思うよ。


「猫は奴隷として飼いならす、と聞こえましたけど。もしかして、僕の聞き間違いですか?」


「そ、そうだ! 私は言っていない!」


「そうですか、ハッキリと言っていたように思いますけど。偶然見ていた方も多かったようなので、貴族様がなんて言っていたか記憶している人がいたらいいんだけどなー。誰か奴隷にする宣言を聞いてた人はいないかなー?」


 僕は周りを見渡し、冒険者達に賛同を求めた。


「「「………」」」


 みんな展開について来れないのか、誰も答えてくれない。

 なんか僕だけ浮いた存在になっている。


 おい、同志達よ。いったいどうしたというんだ?


 にゃんにゃんを助けるために立ち上がれよ。

 にゃんにゃんパラダイスは目の前なんだぞ。

 にゃんにゃんの喜ぶ顔が見たいとは思わないのか。


 シーンとされると恥ずかしいから、誰か答えてくださいよ。

 子供の僕ががんばってるじゃないですかー。

 普通は大人がフォローして支えてくれるところでしょう。


 動機は不純ですけどね。


「俺は奴隷になると聞いたぞ」


 1人のイカツイおっさんが、ニッとした笑顔で言ってくれた。

 あのおっさんはにゃんにゃん仲間として認めてやろう。

 装備も強そうだし、貴族を恐れずにゃんにゃんのために先陣をきった姿勢が素晴らしい。


 ……よーく見れば、僕を「養子にしたい」と言ったオッサンだな。

 あいつとは仲間になりたくない、さっきのはナシだ。 


 そこから「俺もだ」「私も」「恥さらし!」など、次々に声が上がっていく。

 みんな日頃から貴族へ不満が溜まっていたんだろう。

 とても恐ろしい罵声があちこちから聞こえてくる。


 貴族と3人の騎士は完全に孤立し、罵声を浴びて立ち尽くしていた。


「だ、黙れ! 戯言をほざいているんじゃねえ! 俺は忙しいから帰るぞ!」


 帰ろうとする貴族に、スズが立ちはだかる。

 ポケットから金色のカードを取り出し、貴族達に突きつけた。


「この場にいてもらう。兵士が来るまで待機すること」


 貴族は膝から崩れ落ちる。

 その姿にギルド内は再び騒然となった。


「ゴ、ゴールドカードなのか……?」


「火猫やばくね?」


「あれって実在したの?」


「初めて見た」


「火猫かわいい」


「抱かれたい」


 僕も抱かれたい。

 いや、待て。そもそもゴールドカードってなんだ。

 無事故無違反になると貰えるやつかな。

 あれを持っていると、免許更新するときの講習時間が短くなるから助かるんだよね。


 ……絶対違うな、あとで聞いてみよう。


 公爵家を兵士に突き出すという深刻化な展開に、職員では対応しきれない事態となったんだろう。

 職員は急いで2階へ行き、ギルドマスターを呼びに向かった。


 降りてきたギルドマスターは、事態を確認すると兵士へ連絡することを指示。

 その間に騎士3人と貴族は縄で縛られ、やって来た兵士に引き渡した。


 その後は、ギルド内がお祭り騒ぎだった。

 僕は最近やりすぎる癖がついてしまったらしい。

 周りの冒険者達から囲まれて、賞賛を受け続けている。


 内容は、「スッキリしたぜ」「よく言ってくれた」「スカッとしたぜ」的なことばかり。


 ハッキリ言って、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 こういう展開は望んでいない。


 僕は『あいつすげぇ!』っていう、尊敬の眼差しで見られたいだけなんだ。

 直接大勢の人に褒められるのは嫌なんだよ。

 でも、女性からの熱い抱擁と、黄色い声援だけは受け取りたいと思う。


 オッサン冒険者達の熱い声援を受けていると、待ち望んでいたにゃんにゃんが駆け足で近付いてきた。


 ついに、春のにゃんにゃん祭りが開催されようとしている!


 その勢いのまま僕の胸に飛び込んでおいで。

 3人まとめて僕を押し倒してくれ。

 唾液でベトベトになるまで、顔を舐めまわしてくれてもいい。


 頬を緩めて待っていると、にゃんにゃん達は途中で失速。

 僕の目の前で止まり、「ありがとう、助かったよ~」と、握手をしてくれた。


 今の流れはハグして喜ぶ勢いだったじゃん。

 いや、握手も嬉しいけどね。


 ピコピコ動く猫耳は可愛いし、しっぽがピンと立っているから、喜んでいるのもわかる。

 でも、それじゃあ物足りないんだ。

 せめて、獣人ならクンカクンカしてくださいよ。

 3人で取り囲んで、トリプルクンカクンカなんていいじゃないですか。


 その後、僕の要望は1つも通ることはなく、にゃんにゃん達は離れていった。


 ……スズ、後でにゃんにゃんしてもらってもいい?

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