第58話:ちょっと……本気を出したくなったからね

- 翌朝 -


 僕とスズはコッソリ2人だけで、朝ごはんのタマゴサンドを食べていく。

 女の子と2人きりの朝食って、なんかいいよね。

 昨日は何もなかったけど。


 今日はスズが行きたい場所へ行き、帰りにギルドへ寄って指名依頼をもらう予定。

 その後は、城に戻って夜ごはんの準備かな。


 夜ごはんを作る以外にやることはないから、比較的自由なんだよね。

 王都へ観光に来た気分だよ。


 朝ごはんを食べ終わると、スズと一緒に城下町へ向かっていく。


 ずっとスズの後ろをついて歩いていると、一軒のこじんまりとしたお店に到着した。

 どうやら目的地がここらしい。


「ここで何するの?」


「タツヤの装備を買う」


 ヤバイ、忘れてた。

 いまだに装備を付けていなかったよ。


 なぜ不死鳥フェニックスのみんなは教えてくれなかったんだろう。

 護衛依頼だって受けてたのに。

 馬車の中にずっといたけどさ。


「ここの店主は変だけど、腕だけはいい。入ったら何も言わず、店主と目を合わせて」


 今の説明でなんとなくわかったよ。

 腕はめちゃくちゃいいけど、会話をしない方がいいタイプ。

 頑固ジジイで客を選んで仕事をする人だろう。


 つまり、職人魂だけで生きているような変態さんだね。


「わかった。しゃべった方がいい時は教えてね」


 頷いたスズと一緒に店の中へ入っていく。

 出迎えてくれたのは、ドワーフだった。


 背が小さくて筋骨隆々、厳しそうな顔で頑固者っぽい。

 そして、頭にねじり鉢巻きを巻いて、髭を生やしている。

 ザ・職人といったドワーフだ。


 厳しい表情したまま、ドワーフの店主はゆっくりと近付いてくる。


「おっ、スズの旦那。久しぶりだニィー! どうだい? オレッちの装備は?」


 ごめん、思ってたのと違う。

 全ドワーフに対して、謝罪会見をしてほしい。

 スズは女の子なのに、旦那って呼ぶのもおかしいよ。


 まさか店主の変って意味が、クレイジーの方だとは思わなかった。


「すごくいい」


「そうだろニィー! オレッちが30分もかかって作った力作だからニィー!」


 短時間すぎね?

 30分で装備作るとか意味がわからない。

 普通は1週間とか1か月とか、長い期間で作るものじゃないかな。


 あと『オレッち』と『ニィー!』の2つのキャラを合わせてくるのはやめてくれ。

 キャラが濃すぎてドワーフっぽさが0だよ。


「今日は私の装備じゃない。この子に動きやすい装備を作って欲しい。予算は気にしない。素材もないから任せる」


 店主は僕の方に目線を移した。

 スズに言われた通り、店主の目を見続ける。


「……そういえば、スズの旦那が誰かを紹介してくれるのは初めてだったな。旦那は永遠にソロでやっていくもんだと思っていたが。それにしても、旦那が目を付けただけはある。こいつからは特別な力を感じるよ」


 なんだよ、こいつは。

 急にキャラを崩壊させて真面目にならないでくれ。

 すっごい野太い声してるじゃん。


 でも、本当にすごい店主なのかもしれない。


 僕の戦闘センスの無さを見抜いたのか、

 ステータスの異常な低さを見抜いたのか、

 種族のハイエルフを見抜いたのか、

 ユニークスキルを見抜いたのかわからない。


 目を合わせただけで、特別なものを感じるなんて……。

 僕はドワーフの対応に混乱する一方だよ。

 真面目に話せるなら、そのまま真面目でいてほしい。


「この子はステータスが低い。その分、特殊な力を使う。動きやすくて、疲れにくい装備がいい」


「………1日だ。丸1日時間をくれ」


「1日も!? 1時間の間違いじゃない?」


 スズ、普通はオーダーメイドを1日で作ろうとする方がおかしいよ。

 1時間で作ったら変態だからね。


 あっ、この人は変態だった。

 僕が間違ってた、ごめんね。


「あぁ、久しぶりに考えがまとまらない。作るのは2分あればできると思うが……。今日はもう店じまいだ。こんな気持ちで店はできない」


 作るのは2分かよ!

 意識が高いのか低いのかわからないぞ。

 なんだこいつは、異世界に来てから1番理解に苦しむ人だ。

 極力関わりたくないよ。


「わかった。タツヤ、から揚げを少し分けてあげて。ホロホロ鳥でやる気が上がるタイプだから」


 確かに、ご褒美があるとわかれば、頑張りたくもなるよね。

 ここはスズの言う通り、から揚げを分けてあげよう。


 僕は大きめの皿にから揚げをいっぱい取り出して、店主に差し出した。


「うぉぉぉおーーーい! なんだいこの、エキサイティングでファンタスティックなホロホロ鳥は! オレッちの体は最高に沸騰しているぜ!」


 そのまま蒸発してしまえばいいのに。


 から揚げを渡さない方が良かった気がする。

 ダメなオレッち店主に戻ってしまった。


「タツヤの料理は恐ろしいほどおいしい。私は涙なしでは食べられなかった。また明日来る。それを食べて、装備を作っておいて欲しい」


「おっほーーー、おっほほーーーう!! スズの旦那が泣いちゃう気持ちもわかるぜ! オレッちは見てるだけで漏れちゃいそうだニィー!」


 こいつは多分バカだ。


「熱々の方がおいしい、早く食べた方がいい」


 スズと一緒に店の外に出ていく。

 すると、すぐに店内から「ぬっひーーー!」という、聞いたことがない叫び声が聞こえてきた。


「あの人、本当に大丈夫なの?」


「変わってるけど、腕は誰よりもいい。仕事も異常に早い。1日考えると言ってたから、良いのができると思う」


 かなり心配だけど、真面目モードのスズに間違いはない。

 良い装備ができることを信じよう。


 僕は職人のキャラを記憶から隠蔽して、王都のギルドへ向かっていく。

 といっても、スズの後ろをついていくだけ。



 大通りを歩いていると、1人だけ不審な子供の姿が見えてきた。

 バッグを大事そうに抱えて歩き、首を左右に何度も動かして周りを確認する女の子。


 僕より小さい5歳くらいの子だけど、何をしているんだろう。

 窃盗して挙動不審になっている……というより、大人とぶつからないようにバッグを守っているみたいだ。


 気になってジッと見ていると、3人の騎士と貴族と思われる1人の男が子供の方へ近づいていった。

 子供との距離をまっすぐ歩いて詰めていくと、貴族の男が子供を蹴り飛ばし、何事もなかったかのように立ち去っていく。


 僕は子供が好きなわけじゃないけど、さすがにイラッとした。

 周りの人が助けようとしないのも、貴族に関わりたくないからだろう。


 貴族には腹が立つけど、今は子供の方が心配。

 スズと一緒に子供の方へ近づいて、声をかけていく。


「大丈夫?」


「い゛た゛い゛。 あっ、たまご……」


 小さな子供がバッグの中を確認すると、卵が割れてグチャグチャになっていた。

 バッグの中には、割れた卵とタオルが入っているだけ。

 卵を割らないように、必死で歩いていたに違いない。


「卵だったら余分に持ってるから、あげようか?」


「いいの? でもお金が……」


「このお姉ちゃんがいっぱい買いすぎて、いっぱい余ってるんだよ」


 女の子に卵を分けてあげても、イケメンのスズは文句を言わないだろう。

 きっと同じことを考えているから。


 卵を渡してあげると、半泣きになりながら何度もお礼を言ってくれた。


「どうして1人で歩いてるの? お母さんとお父さんは?」


「お父さんはいない。お母さんはいるけど風邪ひいちゃったから、ぞうすいを作ろうと思って」


 はい、タイムアウトを要請します。


 この子は今、すごく大事なワードを唐突にぶち込んでこなかったか?

 もう1度聞いてみよう。

 いや、確認させてください。


「今の言葉、もう1度言ってくれない? お兄さんは少し聞き取れなかったよ」


「え? えっと……お母さんが風邪を引いちゃったの」


「その後、君は何をしようとしていたんだい?」


「ぞうすいを作ろうと思って……」


 ぞうすいに卵=米。

 米があるのか? ライスか? 白米か?


 フリージアで米は見なかったから、近辺では売っていないと思ってた。

 なぜスズに聞かなかったんだろう。

 不死鳥フェニックスをパシらせて、王都へ買いに行かせればよかったよ。

 

 って、今はそんなこと考えている場合じゃない。

 この小さな女の子と出会えたことに感謝しよう。


 ロリコン的な意味じゃないよ?


「スズ、大至急確認したいことができた。米ってどこで売ってるの?」


「米は保存食、どこでも売ってる」


 なんてことだ!!

 日本と同じような食材がある時点で、もっと早く気付くべきだった。

 むしろ、日本の食材よりおいしいことの方が多いし。


「君の名前は? 僕はタツヤ、このお姉ちゃんはスズ」


「私、ネネ」


「ネネちゃんの家にお米があったら、お兄ちゃんが雑炊作ってあげようか? お兄ちゃんこう見えても料理上手だから、お母さんもきっと元気になると思うよ」


「本当?」


「うん、本当だよ。ちょっと冒険者ギルドに用事があるから、その後に一緒に行ってもいい?」


「お願い!」


 少女の無邪気な笑顔、プライスレス。


 32年間の長きにわたる人生で、初めてイケメンっぽいことした気がするよ。

 今日はイケメン記念日だ。

 後でスズに米を買ってもらおう。


「スズ、僕は恐ろしい過ちを犯していたよ。今日は依頼を受けて、この子の家で雑炊を作ったら、急いで城へ戻ろう。ちょっと……本気を出したくなったからね」


「ほ、本気……? 昨日は面倒くさそうにしてたのに。まさか、米……あの保存食の米を、人類は侮っていたのか?!」


「料理人は口で語らない。語るのは……料理だ」


 なんだろう、この決め台詞。

 けっこう気に入ったかもしれない。

 めっちゃブツブツ言ってるのに、誰も突っ込んでこないんだもん。


 そもそも料理人じゃなくて、僕は醤油戦士だけどね。

 本当は「決め手は醤油だ」って言いたいのに、使うタイミングがないから。


 3人で一緒に歩いていき、冒険者ギルドへ向かっていく。



 王都の冒険者ギルドは、遠くからでもわかるほど大きかった。

 フリージアの倍くらいの広さで、入り口も4つある。


 中に入ってみると、朝の忙しい時間ということもあって、冒険者達がごった返していた。

 依頼する者も多くいるため、初詣の初日に来たくらいの人の混み方をしている。


 小さい体を活かしてギルドの中を進んでいくと、様子が変な場所があった。

 賑わっているというより、問題が起こっているような雰囲気。


 すると、大きな罵声が聞こえてきた。

 気になった僕達は、声がする方へ向かっていく。


 1か所だけ大勢の人が輪を作るようになり、注視している場所があった。

 3人で人の間をすり抜けていくと、さっきネネちゃんを蹴り飛ばした貴族の1人と騎士3人がいた。


「ハッハッハ、お前らみたいな奴隷がよー、なんでこんなところにいるんだ?!」

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