第209話:餃子

 酒のつまみを作るため、アイテムボックスから小麦粉を取り出し、スズの強烈なパワーで水と一緒に混ぜてもらう。

 一瞬でボールのように大きな塊になるのは、Aランク冒険者の恐ろしいパワーのおかげだ。


「新しい料理を作ってしまった」

「まだ完成してないよ」


 自意識過剰のスズに釘を刺し、中に詰める餡を作っていく。


 ニラ、キャベツ、オーク肉、生姜、ニンニクを混ぜて、醤油と胡椒で味付け。

 混ぜ合わせた物をスズが作った皮で包んでいけば、餃子の形になる。


「変わった形になりますね。包む作業はなかなか難しいですが」


「餡を少なめに入れないと、うまく包めなくなりますね。エステルさんが悪い例です」


 不意に話を振られて、エステルさんは「え?」と驚いていた。

 スプーン山盛りにすくった餡を、ちょうど餃子の皮に乗せたところだ。


「餡が多ければ、良いものではない。黄金比が崩れる。ちゃんと手本を見るべき、これが黄金比」


 黄金比という言葉を言いたいだけのスズは、見学しているだけ。

 細かい作業は苦手なため、挑戦しようともしない。


 でも、エステルさんは違う。

 なぜか「私ならできそうだ」という謎の自信を持ち、餃子作りに挑戦し始めたんだ。

 そのおかげで、対抗心を燃やしたフィオナさんが手伝い始めてくれたから、ファインプレイだったと思うよ。


 全然うまく包めなくて皮に穴を開けたいま、エステルさんの自信は崩壊してしまったけど。


 このままフィオナさんと、新婚みたいに餃子を作り続けるのもいい。

 でも、牢の中でスズに嫉妬されてはフォローができなくなるため、餃子をフライパンで焼いて、意識を食に向けていく。


 少量の水をフライパンに入れて蒸し焼きにしていると、牢で過ごす僕達を確認するため、ドワーフのリーダーが顔を覗かせてきた。


「今日は……カレーじゃないのか?」


 予想と違う光景だったのか、残念そうな顔をしている。


「毎日カレーばかりだと飽きてしまいますからね。普通の人は、ですけど」


 というより、この世界の人は飽きるという言葉を知らない。

 朝からカレーとステーキを出しても、喜んで食べそうな印象が強い。


 まだリーンベルさんにカレーを出してないけど、お茶みたいな感覚になりそうで怖いよ。

 きっと「ご飯にカレーをかけたら、どうして飲み物になるんだろうなー」と言いながら、タマゴサンドと一緒に食べるはずだ。

 一度食べてしまえば、朝ごはんの量が増えるに違いない……。


 天使の食欲に悪寒が走ったタイミングで、餃子を皿の上に乗せる。

 少し焦げ過ぎた部分もあるけど、いい感じの焼き色が付いた餃子に仕上がった。


 小皿に酢と醤油を混ぜていると、3人とも箸を持って餃子を食べるスタンバイが完了。

 そっと差し出すと、3つの箸が餃子に押し寄せ、それぞれの口元へ運ばれていく。


 モグモグと噛み締めると、焼き立ての餃子から肉汁が溢れ出てしまったんだろう。

 自分だけの世界へ入っていくように、それぞれ目を閉じてしまった。


「むっほー……」


 うん、これはスズの語彙力が消失するパターンのやつだ。

 この時のスズは言いたいことが全くわからないため、放っておくのが吉。


「なるほど、こう来ましたか。モチモチとした皮の中に旨みを閉じ込め、噛み締めると同時に開放されるなんて。揚げ物とは一味違うインパクトがありますね」


 フィオナさんはまともなコメントをしてくれるからありがたい。

 比較対象が揚げ物というところに多少の違和感を覚えるけど、餃子を食べたと思わせてくれる感想だ。

 新作料理を食べても、冷静に分析できるのは素晴らしい。


「どうして私は……フェンネル王国に生まれてこなかったんだ!」


 餃子を食べただけで、故郷を全否定する帝国の第4王女も置いておこう。

 早くも2つ目の餃子を口に入れ、牢の格子を両手でつかみ「うわぁぁぁ!」と叫ぶ姿を見ても無視だ。

 牢屋という空間が似合う暴れ馬、としか言いようがないからね。


 こんな光景を見れば、ドワーフのリーダーの目が点になるのも当然だろう。


 お淑やかな貴族らしい大人の女性を見せ付ける、王女のフィオナさん。

 餃子を食べると、「むっほー……」と必ず虚無になるスズ。

 なぜか「帝国に生まれてごめんなさーい!」と、大声で謝罪を始めるエステルさん。

 急いで作らないと足りないと思い、餃子を焼き始める僕。


「やっぱり、フェンネル王国は恐ろしいな」


 エステルさんが情緒不安定だからって、フェンネル王国を恐れないで下さいよ。

 これだけ王女が可愛いんですから、良い国なのは間違いありません。


「毒は入っていませんし、普通に食事をしているだけです。いっぱいありますから、少し分けますよ? お酒とも相性がいい料理で有名ですし」


「な、なに?! そ、そこまで言うなら貰ってやろう」


 サッと出してきた手に、餃子を3つだけ乗せて皿を渡してあげた。

 もう少し乗せてくれ、と言わんばかりの目をされたけど、そこは無視して酢醤油も渡してあげる。


「そうだ、今日は用事を思いだした。これで失礼するぞ」


 お酒と一緒に餃子を食べてくる、と言っているようなものだろう。

 皿を大事そうに抱えて、早足に離れていったからね。

 まだ昼にもなってないけど、朝から酒を飲む気だな。


「差し上げてもよろしかったんですか?」


 フィオナさんの声を掛けられたので振り返ると、1人だけ上品に餃子を食べていた。


「フェンネル王国と友好的でないなら、ああいう食べ物は初めてでしょうからね。またすぐに欲しくなって、戻ってくると思いますよ。そうしたら、色々と交渉できそうなので」


 ドワーフのリーダーがどんなリアクションを取るかわからないけど、悪いことにはならないだろう。

 エステルさんのように暴走すれば、すぐに交渉が始まると思う。

 逆に、スズのような虚無モードになれば、交渉は明日になるかな。


「高い食文化を体験してもらうことで、この世界に必要な国と思わせるのですね。餃子のインパクトは見た目以上に大きいですから、効果は高いかもしれません」


「昨日はカレーを欲していましたし、餃子で落ちると思いますよ。少しずつ量を増やして提供すれば、代わりに帝国の情報くらいは入るでしょう」


「では、のんびりと食べているわけにはいきませんね。もっと餃子を作らないと、私の食べる分がなくなるかもしれません」


 そこの心配をするんですか?

 もっと、「国を守るために私が餃子を作ります」とか言ってくださいよ。

 餃子で国を守るって言われても、全然しっくりきませんけど。


 フィオナさんが再び餃子を作り始めると、遠くの方で「宴だーーー!!」というドワーフの声が聞こえてきた。


 いきなりの宴宣言にドワーフ達が慌ただしくなる中、フィオナさんの餃子作りも慌ただしくなっていく。

 さらに、なぜかスズの餃子を食べる速度まで上がり、虚無の時間が短縮。

 その結果、僕の餃子を焼くスピードが自然と上がって、牢屋の中が忙しくなり始めた。


「元帝国兵士でごめんなさーーーい!!」


 たった1人の帝国出身者は、違う意味で忙しそうだったけど。

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