第208話:牢獄生活
「敵対しているとはいえ、お前達を騙して後ろめたい気持ちはある。捕虜とする以上、丁重にもてなそうと思っていた。だから、もう少し普通に捕まってくれ」
わざわざドワーフのリーダーが牢に来て、僕達にお願いをしてくるのには、理由がある。
アイテムボックス持ちだから、どんな場所でも快適に過ごす空間へ変えられるんだ。
冷たい地面にはウルフの毛皮を敷き、いつでも温かい豚汁が飲めるように準備して、牢の中でカレーを楽しむ。
甘やかしてくれるフィオナさんもいるため、実に快適な牢獄生活だよ。
景色が違うだけで、家で過ごしているのとあまり変わらないから。
「牢から出られないとわかった以上、落ち込んでいても仕方ありませんからね」
牢屋に閉じ込められるとき、ドワーフ達に注意されたことがある。
特別な格子で作られているため、牢を壊すと毒ガスが発生してすぐに死んでしまうらしい。
格子の間隔も狭くて、エステルさんの転移でも出られそうにはなかった。
「それはそうなんだが……、もう少し捕虜らしい行動をだな……」
ちなみに、雑炊を食べれば毒なんて関係ないからね。
正直、いつでも逃げ出すことができるよ。
でも、世界を滅ぼそうとするダークエルフが、普通にドワーフ達と共闘するなんて考えられない。
このままここにいれば、帝国の動向や作戦をつかめる可能性がある。
それに、敵対すると決まった以上、ドワーフ達を放っておくことはできない。
最悪、スズとエステルさんをパワーアップさせて、援軍に向かうところを背後から強襲するべきだ。
完全な悪であるダークエルフや魔物ならともかく、ドワーフは人族に近い意思疎通の取れる存在。
スズやエステルさんも命を奪うのは気が引けるだろうし、僕も気持ちが良いものではない。
でも、そんな甘いことを言ってるような状況じゃない。
獣人国で仲間の命を失いかけた僕は、もうわかっているんだ。
甘い気持ちを持ったままで、戦争を乗り越えることはできないって。
このままドワーフがフェンネル王国と敵対して衝突するなら、情けをかけてはならない。
スズだって同じ気持ちなんだろうね。
真剣な顔をしたまま、僕に目線を合わせてきたよ。
「カレーに入れる肉について話し合いたい」
そう、命を奪うことの辛さをスズはよくわかって………。
おい、カレーの肉にドワーフは使えないぞ?
今は大事な決意表明のタイミングなんだから、ちょっとくらい話を合わせてくれよ。
「チーズカレーには、チキンが合うと思います」
「トンカツを上に乗せるなら、オーク肉の方がいいんじゃないか?」
「パンと一緒に食べるなら、ブリリアントバッファローも外せない」
元々ここへ来た理由は何だったんだろうか。
牢越しとはいえ、ドワーフのリーダーと話し合いができるというのに、カレーに入れる肉について白熱した議論が飛んでいる。
チーズが好きなフィオナさんは、チキンカレーを譲らない。
まだカツカレーを食べたことのないエステルさんは、トンカツを上に乗せて食べてみたくて、オーク肉の主張を続けている。
そんな中、全てのカレーを愛するスズは優柔不断になってしまい、2人の言い分をフォローしながら、ブリリアントバッファローを推していた。
この後、3種類のカレーを作ることになり、食べ比べをする気だろう。
食べ比べをしなくても、すでに結論は決まっていると思うけど。
どんな肉を入れてもカレーはおいしいから。
「なんかすいません。今から忙しくなりそうなので、向こうに行ってもらってもいいですか? ドワーフとの話し合いより、大事なイベントが起こりそうなので」
国が亡びるかもしれない戦争より、好感度アップイベントは最も重要なイベントである。
狭い牢屋だからこそ起こる可能性の高い、肌が触れ合う密着イベントにも期待したい。
「……ワシにもカレーを恵んでくれ」
「牢に入ってる人間に要求しないでくださいよ。それなら僕達は、帝国との戦争に手を出さないことを要求します」
「うぐっ、それは無理な条件だ」
無理と言いながらも、ドワーフのリーダーはカレーの鍋をじっと見つめている。
ゴクリッと唾を飲み込む音を聞いた僕は、確信した。
カレーの香りで、早くも餌付けされたんだなって。
「そうですか、カレーの誘惑に耐えることができたらいいですね。カレーが1番怖いのは、何を入れてもおいしいことではありません。1度でも香りを嗅いでしまったら、食べたくなる衝動に駆られることですよ」
日本に住んでいた僕は、カレーの香りに何度もやられた経験を持っている。
これについては、誰でも経験したことがあるだろう。
仕事帰りにカレーの香りが飲食店から漏れ出していると、瞬間的にカレーの口になってしまうんだよ。
今日はサッパリしたものを食べようかなーっと思っていても、スパイシーなカレーの香りは脳に働きかけ、食欲を上昇させる。
その結果、サッパリとしたカレーが食べたいなーと、よくわからないことを考え始めるんだ。
スープカレーはサッパリしている。
セットで野菜があれば、カレーはヘルシーだ。
ナンと一緒に食べられるなら、今日はカレーでもいいかな。
こうして飲食店の罠にかかってしまい、ついついカレー屋さんに足を運んでしまう。
家ではなかなか食べられない、コッテリしたバターチキンカレーを頼むまでがテンプレだろう。
実質、チキンならコッテリじゃないから、という意味不明なことを思いながらね。
心の中で謎のマウントを取った僕は、最大限のドヤ顔をドワーフに見せ、カレーを作り始めていく。
「うっ、今日の酒はマズくなりそうだな」
……酒? そうか、ドワーフは酒好きで有名だったな。
さすがに調味料で酒は造ることはできないけど、つまみぐらいなら作れる。
そもそも、カレーと酒は合うんだろうか。
異世界転移パターンだと、から揚げにエールで喜ぶ姿が多かった気がするけど。
後一押しすれば落ちそうだし、ここはから揚げを取り出して……。
いや、今日はカレーで様子を見よう。
まだ時間はあるだろうから、慎重に餌付けを強化していくべきだ。
簡単にホイホイ出してしまえば、後々の交渉に支障が出るかもしれない。
もう1つ問題があるとすれば、ホロホロ鳥の需要が高すぎることにある。
まだ余裕はあるけど、肝心な時にスズへ提供できないと好感度が大きく下がってしまう。
寂しそうな背中を見せて立ち去るドワーフの姿が、獣人国でスズと別れた姿と重なっていく。
から揚げの温存を決意した僕は、代わりのつまみを作らなければならない、という使命を得た気がした。
牢屋で過ごす限り、時間だけは無駄にある。
エールに合う最高のつまみを届け、ドワーフの心を鷲づかみにしよう。
3種類のカレーを作って、好感度を上げた後になるけどね。
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