第207話:脳筋のドワーフ

 国境を越えて、いよいよドワーフの里を馬車で進んでいく。


 ドワーフの里は原始的で、鉱山の麓に街を作っているというものではない。

 鉱山を改造して、鉱物を掘りながら洞穴を作り、住居にしているような形。

 人族のように土魔法で住居を作るより、自然の土で過ごす方が落ち着くのかな。


 そのまま馬車で里の中へ入っても、ドワーフ達の視線は厳しい。

 帝国の第4王女で関り合いのある、エステルさんが馬車を操縦していても、想像以上に歓迎されていない。


 予め来ることがわかっていたはずなのに、馬車を進めていっても、誰も出迎えてくれなかった。

 それどころか、大勢のドワーフが武装して、警戒しているようにも感じる。


 エルフと敵対関係であるとはいえ、フィオナさんは隣国の王女。

 僕達が無下に扱われることはないと思うけど……。


 そう思っているのも束の間、里の中を進んでいくと、開いた場所に大勢のドワーフが待ち構えていた。

 先頭に立つリーダーらしきドワーフに、僕達はそのまま馬車で近付いていく。


 不穏な空気を感じたため、身を乗り出してエステルに声をかける。


「このまま行っても大丈夫ですか?」


「大丈夫だ、戦争前でピリピリしてるに過ぎない。いつもより遥かに多くのドワーフ達が集まっているが、彼らもバカじゃないぞ」


 と、エステルさんが言った瞬間、全ドワーフが否定するように武器を構えてきた。

 当然、ビビった馬が立ち止まる。


「ほ、本当に大丈夫ですか?」


「も、もちろんだ。私は何度もこの場所に出入りしたことがある人間だぞ。敵意をぶつけられるわけがないだろう」


「後ろからも武装したドワーフが来てますけど、本当ですよね?」


「……た、たぶん大丈夫だ。こんなことは初めてだが」


「取り囲まれ始めましたけど?」


「大……丈夫……だぞ?」


 説得力は0である。


 ここまでドワーフ達に囲まれたら、逃げることは難しそうだな。

 警戒しているだけかもしれないし、ちょっと様子を見た方がいい。

 少数で来た以上、戦いは極力避けるべきだ。


 そう思ってフィオナさんの隣に座り直すと、フィオナさんも難しい顔をしていた。


「私達が話し合いに来たことは理解しているでしょう。このような対応で出迎えられるのであれば、ドワーフ達との交渉は決裂しているようなものです。それでも、ここで敵対するわけにはいきません」


 やっぱりそうですよね。

 他国の王女を出迎えるような状態ではないですよね。

 完全に嵌められているパターンですよ。


 馬車を操縦していたエステルさんが馬をなだめていると、ドワーフのリーダーらしき男が近付いて来る。

 大きな斧を担いでいる姿は、高圧的な印象しか受けない。


「なぜフェンネルの使者のような立場で、お前が王女を連れてくるんだ?」


 エステルさんが寝返った情報は、まだドワーフにも帝国にも伝わっていないようだ。

 大きな戦力が帝国から失われたことを知れば、ドワーフの考え方も変わるかもしれない。


「私は帝国の過ちを正すため、フェンネル側へつくことにした。母国と敵対したくはないが、この戦いはもう止められないところまで来ている。このまま帝国にドワーフ達が力を貸すのなら、戦場で情けを掛けるつもりはない。一度フェンネル側の言い分も聞いて、考え直してくれないか?」


 予想以上にエステルさんの存在は大きいらしく、ドワーフ達がどよめきを起こす。


 ドワーフの体系からすれば、エステルさんのように転移してくる敵は倒しにくいはず。

 斧を担いでいる姿を見ても、明らかにパワーで攻めてくるタイプで鈍足だと思うから。


「まさか……お前がフェンネル側に落ちるとはな。帝国最強の兵士が相手に回れば、ドワーフ側の被害も大きい。これは、考え直す必要があるな」


「そうか! じゃあ……」


「ここでお前を相手にするほど、ワシ達もバカじゃない。王女を餌にしてフェンネルの兵士を戦場に引きずり出す予定だったが、予定を変える。全てが終わるまで、お前達は牢で過ごしてもらう。それで手を打てなければ、交渉は決裂だ」


 大きな斧を突き出すドワーフは、冗談を言っているように思えない。

 思っていたより、随分と脳筋なんだな。

 もしエステルさんと一緒に来なかったら、大勢のドワーフと戦闘する羽目になっていたとは。


 この戦争はもう……、本当に引き返せないのかもしれない。


「待て! 話し合いをするために我々はここへ来たんだぞ!」


「交渉するつもりはないと断っても、フェンネル側がしつこくてな。それなら、人質として有効活用した方がいいと思っただけだ。戦力の分散にもなれば、さらに被害は少なくなるだろ」


「卑怯な真似を!」

「構いません」


 エステルさんが逆上する中、フィオナさんが大きな声を張り上げた。

 落ち着いた物腰で馬車をゆっくりと降りていく。


「構いませんが、全員同じ牢に入れていただいてもよろしいですか? それであれば、何も抵抗はいたしませんので」


「ほお、何が目的だ?」


「目的も何も、利害が一致しているだけです。誰からも恨まれることなく、安全な場所で過ごすことができますから。一種の亡命のようなものと思っていただければ、わかりやすいかと」


 敵対する国へ亡命をしようと考える王女は、なかなかいないと思いますよ。

 優遇される可能性はありませんからね。


「仮に戦争で王都が滅んだとしても、フェンネルの領土は広大です。王女の私が無事に生きていることがわかれば、随分と人間の扱いが楽になる思いますよ。労働させるには、充分な数が手に入りますよね?」


 おそらく、この場で戦闘を回避するため、フィオナさんは悪女を演じているんだろう。

 王女が生きていれば民を奴隷として使いやすいと、ドワーフの利になることを提案している。

 4人共同じ牢に入れろと言えば、僕達の安全も保障されるから。


「騎士団を護衛につけて来なかったのは、そんなことを考えていたからか。通りでしつこく連絡をよこすわけだ。野郎ども、全員同じ牢へ案内してやれ。こんなとこで嘘をついて騙し討ちをするほど、フェンネルは落ちこぼれちゃいない」


 嘘をついて人質を獲得したドワーフが言う台詞ではない気がしますけど。

 自分達は落ちこぼれています、と宣言したようなものですよ。


 ドワーフのリーダーが背を向けて歩き始めるところを見て、僕は馬車を降りた。

 フィオナさんに近付き、念のため耳うちで確認をする。


「ほ、本当に亡命するんですか?」


「油断させるだけですよ。まだ戦争が始まるまで時間はあると思いますし、牢の中でも色々な情報を耳にできるはずです。今後の対応を考えるためにも、一時的に牢へ避難しましょう」


 よかった、僕の知ってるフィオナさんだ。

 演技がうますぎたから、ちょっと疑心暗鬼になってしまったよ。

 婚約者を疑ったことを反省して、牢で背中おっぱいの刑を受けようと思います。


 フィオナさんの狙いに気づいたであろうスズは、抵抗することなく僕達に近付いてくる。

 真顔のままボーッとしてるから、敵対するつもりはないことをアピールしているに違いない。


 一方、正義感の強すぎるエステルさんは納得がいかないのか、ドワーフのリーダーに詰め寄っていく。

 必死の形相で交渉を求める姿は、誰よりも真剣で勇ましい。


 エルフの里で「仲介役になる」と言ったことも影響しているのかもしれない。

 世界を平和へ導くため、諦めきれないんだろう。

 ドワーフ達と交渉できるのは、面識のある自分にしかできないと、責任を感じているんだ。


「こちょこちょ」


「だーっはっはっは」


 でも、今は邪魔である。


 エステルさんは貴重な戦力だし、厄介なことをして別の牢へ案内されたら困るんだよ。

 暴れ馬の二つ名を持つエステルさんを放っておけば、ろくなことにならないだろうし。


 帝国最強の兵士だったエステルさんが言葉1つで手懐けられたことにより、僕に注目が集まってくる。

 周りのドワーフ達が「こちょこちょと言っただけで笑わせたぞ」「精神に働きかける呪いでもかけているのか?」「子供だからと侮るな、奴も王女の護衛の1人だ」と、無駄に危険視されていく。


 その結果、ボソボソと「こちょこちょ」について話し合うドワーフ達のせいで、エステルさんの笑いが治まる様子はない。


 仕方なくスズが笑い転げるエステルさんを担ぎ、大勢の警戒するドワーフ達に囲まれる中、牢へ案内してもらうことになった。

 だーっはっはっはという、奇妙な笑い声に包まれたまま。

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